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アマルガムの繭(前編)

第7話 闇夜6B(合流)

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 話をするのに選んだ場所はオレがよく利用するファミリーレストランだった。


 ドリンクバーと冷房は当然完備、何よりもここは労働力の殆どをロボットで代用しているため余計な気を回す必要がない。試験的に導入されたばかりでその異質さからあまり客の出入りは今のところ見られないが、個人的には静かで気に入っている場所だ。


「何か飲みたい?」


 女はドリンクバー2人分をタブレット端末で注文するや席から立ち上がった。


「自分で取りに行きます」


 追随する形でオレも立ち上がる。


「信用ないね」


「人に何でもかんでも頼るのが好きじゃないだけです」


「君、友達いないでしょ?」


 さり気なく酷いことを女は口にする。彼女はカップを設置するとエスプレッソのボタンを押した。対するオレはアイスコーヒーのボタンを押す。


「ストレートですね」


「回りくどいのは嫌いなんだよね」


 そのように言ったところでデリカシーがあるだろうと突っ込みたくなったが、これもオレ自身が望んでやった結果だと理解しているから反論はしないでおく。


「確かに、いないですね」


 言いかけたところで馬淵の顔が浮かんで違うと否定した。その時に生まれた僅かな空白が存在すると肯定してしまった。


「訂正した方がよさそうだね。1人はいるみたい」


 淹れ終わると女は席に戻る。オレも後に続く。しばらくは互いにドリンクを飲んで口を開かなかった。


「で?話を聞く覚悟は出来た?」


「そうでなければ、ここに来てません」


 張れるだけの虚勢は張っておく。誤魔化せるような相手とは思っていないが、初めから及び腰で挑むよりはマシだろうという判断だ。


「いいよ。じゃあ、教えてあげる。君が知りたいこと全部」


 さっきまでの何処か陽気なお姉さんの雰囲気が霧散する。仮面を外したと表現するのが的確かは定かではないが、別人としか思えない重圧がこの場に充満する。


「アタシは弦巻葵単語つるまきあおい。怪物殺しを生業にしてる」


 本来なら作り話だと一蹴するべきなのだろう。


 殺したのは、人間だ。怪物ではないのだと。だが、胸に何かが引っかかって言えない。


「否定しないんだね?」


「そうしたいのは山々ですが、それだけの根拠がありません」


 葵と名乗った女性の目を見て情報を抜こうと試みるが、翠眼に魅入られそうになってすぐに視線を逸らした。


「思ったより論理的なんだね」


「自然とこうなっただけです。自分の意志ではありません」


 テーマは、与えられている。あとは何処まで踏み込むか。知りたいことは全て教えてくれると宣言はしたが、鵜呑みには出来ない。信じるには不確定要素が多すぎる。


「幽霊、ゾンビ、魔女、鬼、吸血鬼。これらはいると思う?」


「個人的には存在していたと思っています」


「残念だけど、存在する。今も闇の中で生きとし生ける者を食んでいる。そして、君は吸血鬼に襲われてたところをアタシに助けられた」


 エスプレッソを一口飲んで葵は話を続ける。


「アタシたちは対抗するために組織を組んで連中と戦っている」


「すみません。ちょっと、待ってもらっていいですか?」


 虚構としか思えない話を受け入れようとしながらも拒絶反応を示しながらの頭で言える言葉はそれが限界だった。


「受け入れられない?」


「それは、まあ…。居ないはずの存在がいるなんて言われたところで…」


 ましてや自分を殺そうとした人間が実は吸血鬼だったと言われてあっさり受け入れることが出来る人間など普通はいない。


 ふぅ…と息を吐くと葵は腕を組んで椅子に背を預ける。このまま話が進んでしまえばこの場は彼女の支配下に落ちる。話のテーマを無理やり変えて空気を換えようと試みる。


「貴方はオレがあの場所に行くと知っていた。いや、黒スーツのバックにいる連中はあの場所に行くように誘導していた。違いますか?」


 口を挟ませないようにオレは畳みかける。


「署名をした時に余計なことを話すなと文面に書かれていた。しかし、調べるなとは一言も書かれていなかった。一切表面に出ていない話だ。連中にとっては首を突っ込まれることすら都合が悪いはずだ」


 狙いを見抜かれていることぐらいは最初から理解している。それを裏付けるように葵の目には少し嗜虐の色が表れている。


「実際に来る奴なんて滅多にいない。アタシが知る限りは君が初めてだ」


 葵の口角が上がり、話し手が彼女に変わる。


「君は頭が良くて恐れ知らずだが、現実を知らない」


 翠眼が再び冷たさを帯びる。


 気付いたら、テーブルの下に隠した手を無意識に握っていた。


 分かっている。分かっているから、オレはこんな場所に来てしまった。


 そして、間違っていると理性がずっと耳元で囁いている。


 歌のようにじっとり、ネットリ。


 言われるまでもない。


 オレがやっていることは、間違っているかもしれない。


 考えてしまうとどんどんドツボに嵌ってしまいそうになる。


「聞こえてるかな?」


 葵に呼びかけられ、ハッとして顔を上げた。蠱惑的な視線に射貫かれ、壊れそうになる。


「…全部知っている」


 感情的に反論した。自分の敗北を認めてしまうようで嫌だった。尤も彼女はオレの感情など露知らずか、戯言としか思わなかったのか無視して話を進める。感情的に言ってしまった手前だが、話したくはなかったので言及してこなかったのはありがたかった。


「乗り掛かった舟だ。もっと知りたくないか?」


 食事を一緒にどう?そんな感じのする軽い言葉で葵はオレに誘いをかけた。今度こそ返す言葉は浮かばなかった。


「聞こえなかったか?アタシたちと一緒にやろうと言っている」


 鋭い目で葵は再び問いかける。


「本命はそれか。だが、オレはまだ信じてはいない」


「ここまで話したのに骨折り損だな」


 こっちが信じるかどうかは葵にとって範囲外の話らしく見事にスルーされた。


「何でオレを?戦いなどしたことはこれまでにない」


「君があの場所に来た。知らなくてもいいことを知りに。それに思ったよりも優秀そうだから余計に欲しくなった」


「受けなければ?」


「何もないし、何もしない。奴らにも手出しはさせない。これまで通りの生活に戻るだけだ」


 拒否の言葉をぶつけても葵は表情と態度を変えない。


 エスプレッソを一口飲むと彼女は話を再開する。


「勝つか死ぬか。世界はこれだけだ。負けはない。目を閉じ、耳を塞いでいる間に外では血が流れ続けて最後にその毒牙はお前も犯す。例外はない。アタシが知っている世界はそれだけだ。頭が良いお前なら、分かるだろ?」


「…あんたは何で戦っている?」


 口調を鋭いものに変えて詰問する。


「アタシはアタシのためさ。自分の願うことのために」


 その願いがどのような願いか気になるところではあるが話の本筋からは外れると考えて指摘しないでおく。


「誰も強要はしない。ただし、破滅は誰にでも等しく訪れる。ここから去るにしろアタシと一緒に来るにしろ忘れないことだ」


 カップを一息に煽ると葵は立ち上がる。カップを手に持っておらず話はもう終わったということなのだろう。


「最後に聞かせてくれ」


 立ち去ろうとする葵を呼び止めて問いかける。


「あんたは何と戦っている?」


「さっきも言ったはず。化け物と戦う仕事だ。それ以上を知りたいのならボーダーラインを超えることが条件」


 さっきのように誘いの言葉はない。ここから先の言葉はお前が言えと葵は暗に言っている。どれくらい逡巡したのかは分からないが、オレは口を開いた。


「いいでしょう。引き受けます」


「なら、すぐに家に戻って荷造りをしろ。明日は早い」


 葵は再び背を向けるとそのまま外に出て行った。


 少し遅れて会計を済ませようとすると既に支払い済みだった。
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