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アマルガムの繭(前編)

第1話 闇夜1B(九竜サイド)

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 駅まで徒歩で10分、電車で揺られること30分、更に徒歩で10分。そこにオレの通学する高校がある。


 家には資産家の親が残してくれた遺産があり、百葉単語ももはは勉強が出来たオレを私立の進学校に行かせようと考えていたようだが、オレ自身が乗り気になれず今の公立学校に進学した。


 生活態度は静かを通り越して存在があるのかどうか分からない立ち位置にいる。クラスの雰囲気に馴染むというのはどうしても無理だった。


 クラス替えが行われて2か月経過しても友人と言える存在はいない。そんな孤高というよりも孤立している学生がどのような生活を送るかは凡そ決まっている。本を読む、勉強をするぐらいしかない。いじめに遭っていないだけで十分幸運であると言えるだろう。


 最初のころは特に問題なくこれらをルーティンとして出来るようになったが、3か月ほど経過してしまえば飽きることになる。当然と言えば当然だ。


 オレには目指すべき世界が何もない。百葉のように背負うもの、夢追い人が持つべき夢も願いも何1つとして。


 校門を通って敷地に入ると校舎が出迎える。


 建築してから時間が経過しているらしい校舎は風雨に晒され、塗装が剥がれて灰色に変色している。階層は5階で屋上が設けられ、敷地内にはプールやグランド、体育館など公立学校に必要な設備がしっかり整えられている。


 校舎に入って階段を上がり、教室に足を踏み入れる。後は時間を潰して下校の時刻になるまで待つだけだ。それでも、クラスには陰キャを放っておかない陽キャというアニメや漫画など二次元にしかいないだろうと思える人物が現実に存在する。

 席に背を預けて本を読んでいると1人の女子生徒が近づいてくる。


「今日は何読んでるの?」


 クラスで中心人物の馬淵海が近づいてくる。


「何か用?」


 本を閉じてオレは嫌悪を混ぜた視線を送る。


 馬淵海単語まぶちかい


 明るさと世話焼き気質、本当に日本人かと問いたくなる美しいロングの銀髪と青い瞳を持った美少女だ。性格も良しで容姿も良し。更に勉強も出来て運動神経も抜群となれば男女ともに人気は高く慕われて不思議はない。つまるところ、生きる世界が違う。彼女がオレに関わるということが余計な悪感情をクラスに振りまくことになるのは火を見るよりも明らかなことだ。


「用がないなら早く戻った方がいい」


 視線を馬淵が元居た場所に送る。男女混合のグループがオレに怒りと嫌悪を混ぜた視線を送っている。


「用がないなら来ちゃいけない?」


 口元に笑みを浮かべて馬淵は顔を近づける。こっちの気も知らないで…と思わずにいられないが彼女を前にするとその言葉をいつも飲み下すことになる。


「…分かったよ」


 立ち上がると廊下に出る。あとで顰蹙を買うことになるだろうが、馬淵を巻き込んで事態をややこしくするよりは余程いいと割り切る。


 廊下に出て、階段を上って屋上の手前で止まる。屋上は昼休みと放課後に限って解放されている。今はこの場に人はいない。


「ここまで来なくたって誰も邪魔しないよ?」


「オレが嫌なんだ」


「何でわたしは認めてくれたの?」


 壁にもたれかかりながら馬淵が問いかける。答えは知っているだろうと突っ込みたくなる衝動を抑えて答えを言う。


「あそこまで粘られたら折れるしかないだろ」


 縁が出来たのは去年、入学式があった日だ。


 うっかり上履きを忘れるというのは珍しくない話だ。スリッパを借りて終わりという話だが、馬淵はギリギリに来たらしく借りに行くだけの時間を作ることが出来そうになかった。その場面に遭遇してしまったオレは持っていたスリッパを貸した。今となっては余計なことをしたと後悔している。


「近づくなって空気はちゃんと纏っていたはずだぞ」


 思い返すまでもなく登校初日を始めに今日までオレの態度は一貫している。


 他人に干渉しない、させない。棘だらけの鎧を身に纏っていれば下手に近づこうと考える人間はいない。普通の人間ならば触れようとはしない。


「ちゃんとお礼は言っておきたいじゃん」


「言えば終わりの話しだろ」


「まあ、そうなんだけどね」


 少しだけ馬淵は言い淀む。彼女が思っていることは何となく察しが付く。


「友達になりたいとでも言うつもりか?」


「勿論。九竜単語くりゅう君って他の子とは違うからね」


 他の人間と違うのは当たり前だろう。十人十色というぐらいに人間は個人個人で考えが違う。


「馬淵ほど交友関係が広いなら刺激的な話をしてくれる人間だっているだろ?」


「そうでもないよ。何処でも自己研鑽を怠らない勤勉な生徒はわたしが知る中にはいないよ」


「生憎とオレはお前のお眼鏡に適うような人間じゃない。オレがしている読書は勉強ではなくただの自己防衛だ」


 その言い草が面白かったのか馬淵が噴き出す。


「本当に1人になりたい人はそんな風には言わないよ」


 一瞬だけ自分の中の芯のようなものが揺れたような気がし、「これ以上近づけるな」という警告文と共に頭の中で警報音が鳴り響く。


「断っても損はない。失うものはそっちにない。わたしがちょっと火傷するだけで済む。違う?」


 こちらが反論する前に馬淵は畳みかけるように言葉を続けた。


「傷つくだけではすまないだろう。オレと下手に関わればお前の評価が下がる。付き合いが悪くなればそれだけ今後の交友関係に響く」


 負けじと反論する。その言葉が目の前にいる少女のために言っているのか自分のために言っているのか分からなくなりそうになって馬淵のためであると言い聞かせる。直後に予鈴が鳴った。


「そろそろ戻らなきゃね」


 一足先に馬淵は階段を下りていく。オレは彼女の背中を見送る。続かないことを疑問に思って彼女が振り向く。


「どうしたの?」


「オレは後で行く。先に戻っていてくれ」


 実際にはそんなつもりはないと心中で付け足しておく。


「分かった。じゃ、後でね」


 納得したのかは分からないが馬淵は立ち去った。気配が完全になくなると階段を降りる。


 1限目は教室に戻るつもりはない。お楽しみタイムの最中に馬淵という話の回し役を連れ去ってしまったオレをクラスメイトは許さない。以前に同じような出来事があった際に見事にクラスメイトに絡まれた。相手は女子だった。


 しかし、想像以上に鬱陶しかった上に口調が癇に障ったため徹底的に論破して泣かせた。そこから消火作業に当たるのは面倒なことこの上なく思い出すだけでも気分が悪くなる。普通に考えてみればいじめに発展してしまいそうなものだが、馬淵の存在が抑止につながって最悪な事態に発展はしなかった。


 階段を下りていると1つの疑問が浮かび上がる。


 何故、高々スリッパを貸した程度でここまで付きまとわれるのか。物語のテンプレートな展開をなぞるのならば、惚れているからだろう。だが、魅力的な人間などオレ以外にいくらでも居る。自分から他人を徹底的に拒絶する問題児などよりも。


 いくら考えても結論の出ない思考の整理も兼ねて保健室を目指した。
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