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第二幕 あやかしとの青春

その7

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 花火大会当日

 結局芹沢の予言通り僕はルネさんと行くことになった。
 だがその予言が完璧に当たったわけではない。
 なぜなら芹沢自身がこの日孤独であるということを外したからだ。

「あ~~……緊張してきた」

 待ち合わせ場所である会場の入り口辺りに着いてからずっとこうだ。
 陽はさっき落ちたばかりだというのに周りは屋台がずらりと立ち並び、既に大勢の人が練り歩いている。
 家族連れからカップル、子供の集団から老夫婦まで様々だ。
 この中にあやかしと呼ばれる存在がどれだけ混じっているのだろうか。

「肩の力抜いたら?」

「抜けるものならとっくに抜いてるって。しかしこう考えるとほんと速水ってすごいんだな」

「なんで突然?」

「だってさ、あいつまず彼女いるだろ? それに緊張しないんだとさ、むしろ『デートなんてくっそ楽しいもんだろ? 特に初デートなんてなおさらだ』って。経験者はすげえわ」

 そりゃ彼は違う世界の住人だから。もちろん比喩的な意味で。

「芹沢は楽しくなかったのか?」

 楽しむ余裕が無かったようにも見えてたけど。

「そりゃ楽しかったぞ。でもやっぱ緊張しちゃってさ~」

「そうだね~芹沢君、とても緊張していたよね~」

 僕達二人は突然後ろから声をかけられてギョッとした。
 振り返ると声の主であるルネさんが「やあ」と手をちょいとあげる。
 服装はいつも通りラフなものだ。

「どうもルネさん、ってあれ? なんでこの前のこと知って――」

「ところで二人とも、伏見ちゃんの浴衣姿どうよ?」

 芹沢の疑問をぶった切ったルネさんが大げさに後ろに隠れていた伏見さんの浴衣姿を披露する。
 お淑やかな雰囲気を纏ったまま微笑む伏見さん。
 僕達は一瞬言葉を失った。

「何か言ってあげたらどうだい? ん?」

 グイグイと聞いてくるルネさん。
 僕は素直に「とてもきれいです」と言えたが芹沢は褒めるのに数十秒は時間を要した。

 こればかりは仕方ない。何せ一目惚れした相手の浴衣姿、それもかなり魅力的な。
 鮮やかな緋色の浴衣はどこかはつらつさがあり、一方でうなじからのぞかせている白くみずみずしい肌が艶やかさを覗かせている。
 それに一挙手一投足にも気を遣っているようだし、何より神様だというのだからこれほどピッタリな人は他にいない。

 気づけば周りの人達の視線が伏見さんに集まりつつある。
 中には写真でも撮ってほしそうにしている人まで……。
 これはすごい、そう思っていると伏見さんは僕達に軽く挨拶する。
 そして軽やかに芹沢の手を取り「行こう?」と小さく首をかしげた。芹沢は見たことないくらい顔を赤くしている。
 そんな芹沢と歩きだそうとする伏見さんだが、突然「ちょっと待って」と言って回れ右をして僕とルネさんに近づき――

「今日は尾行なしだから」

 くぎを刺された……。
 ルネさんは相変わらずいい加減な返事を返すだけ。
 何だろう、この適当な感じがいつもより嫌な予感を感じさせる。

「さて、大変すばらしくお似合いな二人が行ったところで」

 芹沢達が遠ざかるのを見てルネさんは僕の肩に手を置く。

「尾行しようか」

「ほんと懲りないんですね」

「ダメと言われたら突き進む。赤信号みんなで渡れば怖くない」

「いやそれダメじゃないですか!」

「ダメ? ならばなおさら」

 ああこりゃだ。まるで話が通じない。それにやる気満々だ……。
 しかも「この言葉を最初に思いついた人は天才だね」なんて言う始末。

「さて、ここだと人が多い――」

 急に無言になるルネさん。どうしたのだろうと僕が思ったのもつかの間、急にふらふらと屋台へ歩きだした。
 僕が慌てて追いかけるとどうやらルネさん、射的に大変興味を持ったらしい。
 尾行よりも射的なのか……。この人実は中身が子供なんじゃないかな?

「欲しいものでもあるんですか?」

「ない」

 つまりやりたいだけか……。そう言いながら店主に金を渡し銃を構えて物色している。

「はぁ……。なんでまた射的なんか」

「最近見た映画の影響」

 パン!!
 軽く乾いた音がした。
 狙ったのはもこもこした小さな白いぬいぐるみ。どことなくポメぞうに似ている。
 でも外れた。ルネさんは悔しそうにもう一発装填し、撃った。

 これも外れ。弾はあと三発。

「宣言しよう。次は当てる」

 店主のおじさんが微笑ましそうにしている。それでもかまわずルネさんは舌なめずりをしてから撃った。
 ぬいぐるみの腹に当たりルネさんは拳をグッと握って僕にドヤ顔を披露する。
 だが店主は「倒さなきゃ当てても意味ないよ」とルネさんに冷や水を浴びせる。

 しょんぼりとするがしかしそれでもめげないのがルネさん。「だったらまた当てたらいいだけだよね」とすぐに気を取り直してもう一度撃った。
 当たった、だけど倒れない。ルネさんは見透かすように目を細めたまま首をかしげている。

「う~ん……。やっぱりにやると難しいね」

「ま、射的なんてそんなもの――」

 ん? ってどういうこと?
 射的に普通、普通じゃないなんてあったかな?

「見習い君、あたしは宣言しよう。次で必ず仕留めてみせる」

 店主が「お、言うねえ」と笑う。たまたま一緒になってる客もルネさんのエンターテイナーっぷりに興味津々だ。
 僕達は変に目立ってしまい、そのせいで勢いづいたルネさんは祈りを込めるように何か一言ささやき丁寧に弾を込める。
 そしてあろうことか普通に構えず片手だけで銃を持った。
 まるで荒野のガンマンみたいだけど絶対持ち方が間違っている。
 でも周りから煽り立てるように歓声が上がっているからこの際あってるか否かはお門違いなんだろう。

「仕留める――」

 パン!
 弾がぬいぐるみの腹にたしかに命中した。だけどそこで弾が消えた。
 するとほんの少し遅れてくぐもった爆音と共に腹に小さな穴が空き、ぬいぐるみは戦死したようにぱたりと倒れた。
 一体何が? 誰もが目を丸くしてぽっかりと穴の空いたぬいぐるみを見つめる。

「……ルネさん?」

「これでも抑えた方だよ?」

 そっけなく言うとルネさんは「楽しかったよ」と言ってあぜんとしている店主から穴の開いたぬいぐるみをニコニコしながら貰う。

「じゃあ行こうか。まだまだ見て回りたいからね」

 鼻歌交じりにルネさんは歩きだす。僕はまだポカンとしている店主に頭を下げ、たくさんの視線を背中に受けながらルネさんについていく。

「使いましたよね? 魔法」

「うん、だってどうみてもイカサマしてたからね。ちょっと驚かせてやろうと思って」

「気持ちは分かりますけどこんなしょうもないことに魔法を使わないでください。リスクとリターンを考えてください」

「難しいこと言うね~」

「もう! ちゃんと聞いてくださいよ!」

 ルネさんはいつものように手をひらひらとさせながら適当に返事をする。
 僕の事を信用していない、とは思わないけどこうなったら仕方ない。

「……このことは後で柳田君にも言っておきますから」

 ルネさんの眉がピクリと動く。どうやら効果があるようだ。
 最近になって柳田君があやかし界隈でかなり顔が広いことを知った僕は、今回みたいにルネさんがやりすぎた場合、柳田君の存在をほのめかすことにしている。
 そうすることであやかしの存在が認知されないように努めているのだ。
 人間である僕がこんなことをするのは何だかおかしな話だが、これもルネさんのためだ。
 それに魔法やあやかしといった超常現象について僕がとやかく言ったところでどうしようもない。
 餅は餅屋、そういうしきたりとかの事情は柳田君に任せることにしている。

「え~このくらいで?」

「それでもです。でもこれは僕達のためなんですから」

「…………それを言うのはずるいよ」

 微妙な間があった。
 でもこれは全て僕達のためなんだ。時には心を鬼にしなければならない。




 それから僕達は平穏無事に祭りを楽しんだ。
 りんご飴を食べたり金魚すくいをしたり。ルネさんは僕よりも色々とたくさんのものを食べていて終始「なぜ屋台の焼きそばやたこ焼きはこんなにも美味しいのか?」と普段あまり使っていない頭をフル回転させていた。
 そこまで深刻に考えること?
 たしかに僕もそれについては長年の疑問ではあるが……。

 そうした中、クラスメイトに遭遇することもあった。
 大体の反応は「海野ってお姉さんいたっけ?」とか「シスコンか?」だった。シスコンとは失礼な。
 中には僕とルネさんがカップルだと勘違いする輩もいた。
 面倒だがどれも違うと僕はきちんと否定しようとするがその度にルネさんが僕の努力を無駄にしてくる。

 姉だと勘違いしている輩には「弟がどうも~」なんて言ってみたり、付き合ってると勘違いしている輩には「ついにばれちゃったね~」なんて言ってみたり。
 面倒になるから止めてほしい。
 僕は彼らに間違った認識だとに伝えた。

「そんなに嫌だった?」

 彼らと別れた後、ルネさんがからかうように聞いてくる。

「面倒なんですよ色々と。ほら、僕って高校生ですよね?」

「ん? あ~なるほど。付き合ってるって冷やかされるのか~。でも中学生ならともかく高校生にもなってそんなことするのかい?」

「芹沢みたいに高校生同士――」

 いや待てよ、そもそも伏見さんは神様だ。
 そう考えるとあの二人は普通のカップルじゃない。
 うーん……でも知ってるのは僕達くらいだから関係ないか。

「おーい見習い君、急に話を止めてどうしたんだい?」

「何でもありません。とにかく、芹沢と伏見さんのような高校生同士みたいなのは何も言われないんです、普通ですから。でも僕とルネさんの場合、もし付き合ってるとしたら高校生と大人が付き合ってるってことになるんですよ。それって世間からすればその、目立つんです」

「そう?」

「そうなんです!」

「なるほどね~。世間というのは実にめんどくさい」

「いやそうなんですけど……。というかルネさんは僕よりもずっと長く生きてるんですよね? それくらい分かると思うんですが」

「あたしは長く生きてるだけだよ。それ以上は何もない」

 相変わらず意味不明だ。
 一体どんな生き方をしてきたらこうなるのか。

 そんな風に呆れていると、芹沢達と遭遇した。
 二人が言うにはどうやらもうすぐ花火が打ち上げられるらしい。
 その事を伝えると芹沢達は二人で見たいらしく僕達と別れた。

 いよいよクライマックス、頑張れ芹沢。僕は心の中で応援団を結成しエールを送った。
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