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第二幕 あやかしとの青春

その6

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 芹沢と伏見さんが喫茶店に入り、僕とルネさんはたまたま隣のテーブル席が空いていたのでそこに座った(透明だから人がいても関係ないんだけどあまりいい気分じゃないからちょうどいい)。
 さて芹沢達だがお互いに慣れてきたのか、会話が少しはずんできているようだ。
 これはいい傾向だ。

 しかしまあ、僕はともかく……。

「よく飽きませんね」

「ん? 何がだい?」

「尾行ですよ。僕は芹沢が気になるという理由が一応ありますけど、ルネさんはそういうのないですよね?」

「そうだね。でも見ていて楽しいんだ」

 ようは冷やかし、野次馬精神。
 まだ実害を出してないだけマシなのかな……。

「それにね、これは言わば人間観察だ。人間観察というのはね、色々な発見があるものなんだ」

 また何か言いだした。するとルネさんは僕に伏見さんの手元を見るよう言う。

「伏見ちゃんの指を見てごらん。せわしなく動かしたり合わせたりしているよね? そして次に目の動き、まばたきが多いけど芹沢君をまっすぐ見ようとしている。でもその度にキョロキョロしてしまっている。恥ずかしいってことだよ」

 たしかにルネさんの言う通り伏見さんはどことなく恥ずかしそうだ。
 そして芹沢は伏見さんよりも顕著で頭によく手を当てている。

「見習い君、小説におけるキャラクターの描写に大事なものはなんだと思う? 持論でいいよ、あたしもそのつもりだから」

「大事なこと……やっぱり魅力じゃないですかね? 読んでる人がいいな、好きだなって思えるような」

 ルネさんがうんうんと頷く。どうやらお気に召したらしい。

「そうだね、魅力のあるキャラクター。それはもちろん大事だね」

「ずいぶん簡単に肯定するんですね」

「だってそうだもん。反論する理由があるかい?」

 ない。でも僕としてはまだ何か言って欲しい。
 そんな衝動に駆られた。
 これだけではまだ不十分な気がするから。

「じゃあルネさんの持論を聞かせてください」

 するとルネさんは待ってましたと言わんばかりに得意げな笑みを浮かべる。
 ほんとこの人は話したがりだ。

「あたしが思うキャラクターの描写に大事なこと、それはことだと思うんだ」

「というと?」

「そうだね、現実味があってちぐはぐじゃないってことだよ。例えば、自由奔放な性格って設定のはずなのに行動や発言がネガテイブなものばかりだとあれ? ってなると思わないかい?」

「つまりキャラクターをきちんと作れば自ずとそのキャラに合った行動や発言が出てくる、そうすれば自然とキャラが生きてくる」

「そうそう、そんな感じ。でも設定だけじゃ限界がある。作者は人間だからね。だからこうして」

 もう一回ルネさんが芹沢達を指す。

「人を見る。そうすればこの人はこういう仕草や表情をするとかが見えてくるでしょ? それを蓄えることがキャラクターを描写するための糧になる。つまりそれは、いい小説を書くのにつながるわけだ」

 僕は感心し思わず拍手した。
 ルネさんはどうよ? とドヤ顔をしてくる。今回ばかりは素直に褒めるしかない。
 やっぱりルネさんといる方が一人でいるより見えてくるものが変わってくる。
 きっとこれは、いいことだ。

「だからルネさんは二人を尾行しようって言ったんですね!」

「ううん、ただの好奇心からだよ」

 即否定。

「……僕の羨望を返してください」

「やなこった。貰えるものは貰っておく。これがあたしの主義だからね」

 なんという強欲!
 僕は反射的に頬を膨らませていたらしく「そんなに拗ねないでよ」とルネさんにツンツンと頬を突かれた。
 でもちょっぴり恥ずかしいのだから仕方ない。

「ま、とにかく人間観察はいいものなんだ。でもほどほどにね」

「魔法を使ってまで尾行している人の言うセリフじゃありませんよね」

 誤魔化すように笑うルネさんをよそに僕は芹沢達へ視線を移す。
 ちょうど頼んでいたものが運ばれてきていた。
 どうやら二人ともパフェを頼んでいたようだ。
 芹沢はチョコパフェ、伏見さんは抹茶パフェだ。

「抹茶、好きなんですか?」

「うん! 昔から大好きなんだー」

 そう言ってパフェを食べる伏見さんはかなり可愛い。
 さすが数多の男達を落とし、四股をしていただけはある。
 あの屈託のない笑顔にきっと世の男達は射抜かれたのだろう。
 そして芹沢も案の定その一人になりそうだ。
 パフェをすくったスプーンを持ったまま放心状態で伏見さんを見つめている。

「彼、一目惚れしちゃったっぽい?」

「かもしれませんね。でもあんな幸せそうな笑顔を目の前で見せられたら仕方ないと思いますよ」

「さすが四股したことだけはあるね」

 全く同じ感想に僕は吹き出してしまう。
 ルネさんが不思議そうにしていて僕が同じ感想を抱いてたことを言うとルネさんもカラカラと笑う。

「これは余談なんだけど。彼女ね、実は四股をする前もしている時もよく告白されてたらしいよ。それも同じ学校だけじゃなく他校からも」

「はあ~……。現実離れしてますね」

「だって伏見ちゃんは神様だし」

 たしかに。現実離れしてる方が当たり前の住人だった。
 で、そんな彼女に芹沢は今手を拭いてもらっている。
 どうやら持ってたスプーンを手に落としてパフェがついてしまったようだ。
 拭いてもらってる最中も、そして終わってもなお芹沢は顔を熟れたりんごのように赤くしている。
 そんな芹沢を見る伏見さんはなんだか少し楽しそうにしている。もしかして伏見さんってサド?

「あ、あの! 伏見さん!」

 おっ。話を切り出してきた。
 さあ何を話す? どんな話題を――

「好きな食べ物はなんですか?!」

 それを今言う? そもそもさっき抹茶パフェが好きか聞いてたから話題が若干かぶっているような。

「もっと他にあるでしょ」

 珍しくルネさんから辛辣な言葉が飛んでくる。
 芹沢が聞いたらきっと心の折れるに違いない。

「好きな食べ物? 抹茶パフェ以外で?」

 ここで芹沢が露骨すぎるくらいしまった! って顔をする。
 仕込んでいたとしか思えないくらいだ。
 もしそうだとすればある意味才能があると讃えたいところだがあの様子だと多分、素に違いない。

「は、はい! 他に何が好きですか?!」

「えっとね~甘いものは大体好きかな? 特に栗きんとんが好き」

 僕は生まれて初めて栗きんとんが甘いもので一番好きだと宣言する女性を見た。
 でも神様だから納得せざるを得ない。
 それに栗きんとんが美味しいことに疑う余地もない。
 おせち料理で僕が二番目くらいに手をつけるものだ。ちなみに一番は海老だ。

「へえ~栗きんとん。いいですね」

「あとはね~、そう! とんこつラーメン!!」

 ……なんだって? とんこつラーメン??
 甘いとんこつラーメンなんてあったかな??

「えっと、ラーメン?」

「そう! とんこつラーメン! 甘いものと同じくらい大好きでこだわりがあって、麺はかためでスープは少し濃いめ、にんにくは気分によるかな? それでね、最初はスープを一口飲んで口の中で麺を迎える準備をするの! それから――」

 暴走機関車のごとく伏見さんはラーメンについて熱く語りだし、その熱さはさながらラーメンのスープくらいだ。
 なんだか手に持ったスプーンが教師の持つ杖のようにも見えてきてしまう。それくらいの熱弁っぷり。
 芹沢はというと口をポカンと開けて聞き入っている。
 そりゃそうだ、まさか喫茶店でとんこつラーメンについて熱く語る美少女を前にしているのだから。

「芹沢君だけかと思ってたけど、伏見ちゃんも伏見ちゃんで問題があるね……」

「でも変わり者同士、意外と合うかもしれませんね」

「言えてる」

 ルネさんはまたカラカラと笑っていた。
 類は友を呼ぶ、その言葉を最初に考えついた人はきっと今の僕と似たような心境なのだろう。




 夕方、街が緋色に染まりだすと芹沢と伏見さんは駅で別れた。
 見ていて色々大変そうだった二人だけど、別れる時はまんざらでもない、といった様子だった。
 とりあえず嫌われてはいないのかな?
 だとしたら一安心だ。目の前で容赦なく罵倒される友人の姿なんて見たくないから。

「ふう……。さて、あたしたちも帰ろうか」

「そうですね」

 そうして帰ろうとした時だった。

「ずっと見てたでしょ?」

 伏見さんが僕達のいる方を向いたままそう言った。
 芹沢はもう帰っている。
 狙ったようなタイミング。思いつき、というわけではなさそうだ。

「腕が落ちたんじゃない道具屋? 私なんかに感づかれるなんて」

 ルネさんの方を恐る恐る見ると「弱ったな~」と笑っていた。
 すると観念したように僕の肩に手を触れ、かと思うと一瞬にして僕達は元に戻った。
 幸い、他の一般人は気づいていないようだ。

「伏見ちゃんの方が鋭くなっただけじゃないかな?」

「そう? ま、そんなことはどうでもいいの。何でついてきたの? タダで映画を見るなんて姑息なことはしてないらしいけど」

 初めから全部分かってたってこと?!

「人間観察だよ」

「人間観察?」

「そ、初々しい男女の観察。下手な恋愛映画を見るよりよっぽど興味がそそられると思わないかい?」

 やっぱり最低だこの人……。ニンマリと笑っているせいでそれが余計に際立っている。
 案の定、伏見さんは侮蔑にも近いような眼差しでルネさんを見ている。

「ちなみに彼はあたしのわがままに付き合ってくれただけだから、責めるのはあたしだけにしてね」

「で、でも僕も同罪です! もっと注意すればよかったのにほんとすみま――」

「いいわよ別に。嫌だったらすぐに二人を帰らせてたし。それに、芹沢君がどんなものか見定めるのに多い方が都合がいいでしょ?」

 発言がまるで恋愛のプロだ。
 さすが数多の男達を落としただけはある。

「アッハハ~。怖いね伏見ちゃん」

「怖いなんて失礼しちゃう。私はただ……。ちゃんと相手を見たかっただけ。それで二人とも、今日の芹沢君についてどう思った?」

「今のままだと疲れるだろうね」

「僕もそう思います。初めてだからあまり言わなかったんでしょうけど、やっぱり言いたいことは言うべきですよ。芹沢はその、不器用ですから」

 伏見さんがうんうんと頷く。
 やっぱり思う所があったのだろう。というよりよく我慢したと思う。

「うん、分かった。ま、そういう不器用なところがちょっと犬っぽくて可愛かったんだけどね」

 既に下に見られてる?!
 もしちゃんと付き合うなら芹沢は苦労しそうだな。

「それで伏見ちゃん、例の花火大会だけど」

「もちろん芹沢君と行くよ。まだ恋、とまではいかないけど彼と一緒に行きたいなって思ってるし。それに彼、可愛いから」

 そう言って狐のようにくすくすと無邪気な笑みを浮かべながら小走りで伏見さんは去っていった。

 そして後日、芹沢が僕に伏見さんと花火大会が行くことを連絡してきた。
 しかもメッセージを送った直後に電話までしてきて……。
 よっぽど嬉しいかったのだろう、同じことを速水にもしていたらしい。
 もし二人が付き合いだしたらきっと惚気話を嫌というほど聞かされるに違いない。

 考えるだけでドッと疲れが押し寄せてきた……。
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