4 / 18
プロローグ 魔術師との再会
その4
しおりを挟む「意外と普通ですね」
陳列の仕方は上と似たようなものだった。
相変わらずまとまりないように見えて不思議な魅力に満ちている。
ルネさんではない誰かが描いた絵、大小様々な食器、小道具、かご等々。
生活必需品から装飾品までよくここまでそろえているものだ。
それによくもまあ部屋の中に入りきる――
「……ルネさん、この部屋ちょっと広すぎませんか?」
「お、よく分かったね。そうだよ、この部屋は魔法でちょっと手を加えててね。普通よりも何倍か広いんだ」
なるほど、意識してみると確かに奥行きもあるし天井も普通より高い。
魔法って便利なものだとつくづく思う。
「ま、これでも食べながらゆっくりしていってね」
そう言って投げ渡されたのは小さな鉢植えだった。
植えられている小さな葉を生やした植物はどこからどう見ても森に植える苗木みたいだ。
触ってみるとプラスチックに似た感触をしている。
「食べるって、え? これをですか?」
「そ、おいしいよ」
信じられないが今日は信じられないことだらけだから謎の勇気が湧いてきた。
恐る恐る食べるとクッキーのような食感と甘いミルクチョコの味が口の中に広がった。
それも甘ったるくないちょうど良い加減だ。
「おいしい!」
「でしょ? ちなみに土も食べられるんだ。あと容器もね」
わざわざ言うということは試食してみろってことだ。
僕は恐れずに土と容器を一口ずつ食べてみた。
土はパサパサとしていて口の中の水分が一気になくなるが濃厚なバニラの味が広がってくる。
白い容器はオレンジ味のキャンディーのようだった。
「それ試作品なんだけどどう?」
「まあ、おいしいですよ。おやつにしては量が多いと思いますが」
「ああそれね、おやつじゃなくて非常食のつもりで作ったんだ」
「へ? 非常食? じゃあなんでわざわざこんなものにしたんですか?」
「非常時には癒しが必要でしょ? だから観葉植物みたいにしたんだ」
「いや、そもそもこれじゃ持ち出すのが面倒ですよ……」
重くはないけど荷物になるし場所もとる。
ルネさんはしばらく考えると「そうだね~」と他人事のように言いながら葉っぱをひょいと一口食べた。
多分非常食というのはでまかせでルネさんのことだから何も考えず作ってみたに決まってる。
まあ、実際避難所にこれがあれば嬉しいと思うから無駄ではない……かな?
「そうだ! 来週柳田の演奏を聞きに行くよね? その時に差し入れとしてこれを持っていくのってどうかな?!」
ナイスアイデア! と言わんばかりにキラキラした目で僕を見ている。
まるで親に褒めてもらいたいようにしている子供みたいだ。
「うーんまあ……いいんじゃないんですか? 一応食べ物ですし」
僕が賛同するとルネさんは嬉しそうに土と容器の一かけらを食べた。
その姿はさながら異常であり、モダンなカッコよさを持っている柳田君がルネさんのように食べる姿を想像すると思わず吹き出しそうになってしまう。
その後もしばらく売り場を見て回ったがいかにも魔法の道具! というのは無かった。
話を聞くとどうやらそういうのは危険だから表には置いていないらしい。そりゃそうか。
「満足した?」
「はい。でも本音を言うとそのちょっと危ない魔法の道具も見てみたかったんですけど」
「うーん、さすがに君の頼みでもそれはねえ。君が店員ならいつか見れると――」
突然ルネさんが何か考え事を始めた。
どうしたのだろうか?
「あのー、ルネさん?」
「……そういえば見習い君には前から店の掃除とかしてもらってたね」
「そうですね。でもあれはお世話になっていますし、いるだけだと店の迷惑になるかと思ってやってるだけですから」
これについては八割くらい本当だ。
では残りの二割はなんだというと、ルネさんはとにかく掃除をめんどくさがるから僕が代わりにやってるという感じだ。
なんでしないんですか? と前に聞いたことがある。
そしたら「めんどくさい」とまあ実に大人げない返事が返ってきた。
ルネさんの悪い所に興味関心のないことに対しては究極のめんどくさがりを発動するというのがある。
よくそれで店の経営を維持できているのかいまだ疑問だ。
「それが何だって言うんですか?」
「さっきふと思ったんだ。あれって働かせているんじゃないかな~って」
「今更ですか? あながち間違ってないと思いますよ」
「でしょ? それでね見習い君、これからもここに来るよね?」
「そうでしょうね。……なんですか? また掃除しろってことですか?」
「違う、いや違わないね」
どっちだよ!
というか人に掃除をやらせる気満々なのかこの人!
いやそれはいいんだけど、いやいいとは言い切れないな……。
「ねえ見習い君。よかったらここでバイトしない?」
♢
それから僕は帰ってバイトをしても大丈夫か校則を見た。
どうやら大丈夫らしい。
というわけで翌日にそのことをルネさんに伝え、晴れて? 僕はコペルニクス堂でバイトをすることになった。
といっても特に何かするというわけでもなくいつも通り過ごすだけだった。
強いて言うならルネさんが思い付きで掃除や商品の整頓をしておくよう言ってくるくらい。
「本当にこんなのでいいんですか?」
働き? 初めて三日くらいに僕が聞くと「別にいいよ、どうせすることなんてほとんどないし」と返ってくるだけだった。
本当に気楽な職場だ。
そう僕は思っていたが休日だけはちょっと違う。
土曜日
コペルニクス堂の開店時間はあのルネさんにしては珍しく10時だと決めていた。
僕は早めに行こうと20分前に店に行ってみたが驚くくらい静かだ。
どうしたのだろう。そう思った矢先、上の階からドン! と物凄い物音がした。
物音の正体を確かめるために向かうとルネさんの寝室からルネさんのものと思えるうめき声が聞こえてきた。
これは一大事だ。
女性の部屋に勝手に入ってはならないのは分かってるがそんなの今は言ってられない。
僕は警察が突入するみたいに中へと入った。
そして心配したことを激しく後悔する。
ルネさんはベットから転げ落ち、それでもまだ幸せそうに眠っていたのだ。
なんてだらしない。
「ルネさん、朝ですよ起きてください」
「ん~? 今は夜だよ」
何言ってるんだこの人は……。
僕は朝だと分からせるために部屋のカーテンを勢いよく開ける。
「ああ~ごめん、今は夕方だったねぇ~~……」
「だから朝なんですって!!」
その後四苦八苦したが開店時間には当然間に合わなかった。
それでも正午までには店を開けることができた。
もしかしてこれから僕の仕事の一部に『ルネさんを起こすこと』が加わるのだろうか?
なんてことだ。これじゃまるで家政婦だ……。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
毎日記念日小説
百々 五十六
キャラ文芸
うちのクラスには『雑談部屋』がある。
窓側後方6つの机くらいのスペースにある。
クラスメイトならだれでも入っていい部屋、ただ一つだけルールがある。
それは、中にいる人で必ず雑談をしなければならない。
話題は天の声から伝えられる。
外から見られることはない。
そしてなぜか、毎回自分が入るタイミングで他の誰かも入ってきて話が始まる。だから誰と話すかを選ぶことはできない。
それがはまってクラスでは暇なときに雑談部屋に入ることが流行っている。
そこでは、日々様々な雑談が繰り広げられている。
その内容を面白おかしく伝える小説である。
基本立ち話ならぬすわり話で動きはないが、面白い会話の応酬となっている。
何気ない日常の今日が、実は何かにとっては特別な日。
記念日を小説という形でお祝いする。記念日だから再注目しよう!をコンセプトに小説を書いています。
毎日が記念日!!
毎日何かしらの記念日がある。それを題材に毎日短編を書いていきます。
題材に沿っているとは限りません。
ただ、祝いの気持ちはあります。
記念日って面白いんですよ。
貴方も、もっと記念日に詳しくなりません?
一人でも多くの人に記念日に興味を持ってもらうための小説です。
※この作品はフィクションです。作品内に登場する人物や団体は実際の人物や団体とは一切関係はございません。作品内で語られている事実は、現実と異なる可能性がございます…
【台本置き場】珠姫が紡(つむ)ぐ物語
珠姫
キャラ文芸
セリフ初心者の、珠姫が書いた声劇台本ばっかり載せております。
裏劇で使用する際は、報告などは要りません。
一人称・語尾改変は大丈夫です。
少しであればアドリブ改変なども大丈夫ですが、世界観が崩れるような大まかなセリフ改変は、しないで下さい。
著作権(ちょさくけん)フリーですが、自作しました!!などの扱いは厳禁(げんきん)です!!!
あくまで珠姫が書いたものを、配信や個人的にセリフ練習などで使ってほしい為です。
配信でご使用される場合は、もしよろしければ【Twitter@tamahime_1124】に、ご一報ください。
ライブ履歴など音源が残る場合なども同様です。
覗きに行かせて頂きたいと思っております。
特に規約(きやく)はあるようで無いものですが、例えば舞台など…劇の公演(有料)で使いたい場合や、配信での高額の収益(配信者にリアルマネー5000円くらいのバック)が出た場合は、少しご相談いただけますと幸いです。
無断での商用利用(しょうようりよう)は固くお断りいたします。
何卒よろしくお願い申し上げます!!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
猫又の恩返し~猫屋敷の料理番~
三園 七詩
キャラ文芸
子猫が轢かれそうになっているところを助けた充(みつる)、そのせいでバイトの面接に遅刻してしまった。
頼みの綱のバイトの目処がたたずに途方にくれていると助けた子猫がアパートに通うようになる。
そのうちにアパートも追い出され途方にくれていると子猫の飼い主らしきおじいさんに家で働かないかと声をかけられた。
もう家も仕事もない充は二つ返事で了承するが……屋敷に行ってみると何か様子がおかしな事に……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる