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プロローグ 魔術師との再会

その4

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「意外と普通ですね」

 陳列の仕方は上と似たようなものだった。
 相変わらずまとまりないように見えて不思議な魅力に満ちている。
 ルネさんではない誰かが描いた絵、大小様々な食器、小道具、かご等々。
 生活必需品から装飾品までよくここまでそろえているものだ。
 それによくもまあ部屋の中に入りきる――

「……ルネさん、この部屋ちょっと広すぎませんか?」

「お、よく分かったね。そうだよ、この部屋は魔法でちょっと手を加えててね。普通よりも何倍か広いんだ」

 なるほど、意識してみると確かに奥行きもあるし天井も普通より高い。
 魔法って便利なものだとつくづく思う。

「ま、これでも食べながらゆっくりしていってね」

 そう言って投げ渡されたのは小さな鉢植えだった。
 植えられている小さな葉を生やした植物はどこからどう見ても森に植える苗木みたいだ。
 触ってみるとプラスチックに似た感触をしている。

「食べるって、え? これをですか?」

「そ、おいしいよ」

 信じられないが今日は信じられないことだらけだから謎の勇気が湧いてきた。
 恐る恐る食べるとクッキーのような食感と甘いミルクチョコの味が口の中に広がった。
 それも甘ったるくないちょうど良い加減だ。

「おいしい!」

「でしょ? ちなみに土も食べられるんだ。あと容器もね」

 わざわざ言うということは試食してみろってことだ。
 僕は恐れずに土と容器を一口ずつ食べてみた。
 土はパサパサとしていて口の中の水分が一気になくなるが濃厚なバニラの味が広がってくる。
 白い容器はオレンジ味のキャンディーのようだった。

「それ試作品なんだけどどう?」

「まあ、おいしいですよ。おやつにしては量が多いと思いますが」

「ああそれね、おやつじゃなくて非常食のつもりで作ったんだ」

「へ? 非常食? じゃあなんでわざわざこんなものにしたんですか?」

「非常時には癒しが必要でしょ? だから観葉植物みたいにしたんだ」

「いや、そもそもこれじゃ持ち出すのが面倒ですよ……」

 重くはないけど荷物になるし場所もとる。
 ルネさんはしばらく考えると「そうだね~」と他人事のように言いながら葉っぱをひょいと一口食べた。
 多分非常食というのはでまかせでルネさんのことだから何も考えず作ってみたに決まってる。
 まあ、実際避難所にこれがあれば嬉しいと思うから無駄ではない……かな?

「そうだ! 来週柳田の演奏を聞きに行くよね? その時に差し入れとしてこれを持っていくのってどうかな?!」
 
 ナイスアイデア! と言わんばかりにキラキラした目で僕を見ている。
 まるで親に褒めてもらいたいようにしている子供みたいだ。

「うーんまあ……いいんじゃないんですか? 一応食べ物ですし」

 僕が賛同するとルネさんは嬉しそうに土と容器の一かけらを食べた。
 その姿はさながら異常であり、モダンなカッコよさを持っている柳田君がルネさんのように食べる姿を想像すると思わず吹き出しそうになってしまう。

 その後もしばらく売り場を見て回ったがいかにも魔法の道具! というのは無かった。
 話を聞くとどうやらそういうのは危険だから表には置いていないらしい。そりゃそうか。

「満足した?」

「はい。でも本音を言うとそのちょっと危ない魔法の道具も見てみたかったんですけど」

「うーん、さすがに君の頼みでもそれはねえ。君が店員ならいつか見れると――」

 突然ルネさんが何か考え事を始めた。
 どうしたのだろうか?

「あのー、ルネさん?」

「……そういえば見習い君には前から店の掃除とかしてもらってたね」

「そうですね。でもあれはお世話になっていますし、いるだけだと店の迷惑になるかと思ってやってるだけですから」

 これについては八割くらい本当だ。
 では残りの二割はなんだというと、ルネさんはとにかく掃除をめんどくさがるから僕が代わりにやってるという感じだ。
 なんでしないんですか? と前に聞いたことがある。
 そしたら「めんどくさい」とまあ実に大人げない返事が返ってきた。
 
 ルネさんの悪い所に興味関心のないことに対しては究極のめんどくさがりを発動するというのがある。
 よくそれで店の経営を維持できているのかいまだ疑問だ。

「それが何だって言うんですか?」

「さっきふと思ったんだ。あれって働かせているんじゃないかな~って」

「今更ですか? あながち間違ってないと思いますよ」

「でしょ? それでね見習い君、これからもここに来るよね?」

「そうでしょうね。……なんですか? また掃除しろってことですか?」

「違う、いや違わないね」

 どっちだよ!
 というか人に掃除をやらせる気満々なのかこの人!
 いやそれはいいんだけど、いやいいとは言い切れないな……。

「ねえ見習い君。よかったらここでバイトしない?」




 それから僕は帰ってバイトをしても大丈夫か校則を見た。
 どうやら大丈夫らしい。
 というわけで翌日にそのことをルネさんに伝え、晴れて? 僕はコペルニクス堂でバイトをすることになった。

 といっても特に何かするというわけでもなくいつも通り過ごすだけだった。
 強いて言うならルネさんが思い付きで掃除や商品の整頓をしておくよう言ってくるくらい。

「本当にこんなのでいいんですか?」

 働き? 初めて三日くらいに僕が聞くと「別にいいよ、どうせすることなんてほとんどないし」と返ってくるだけだった。

 本当に気楽な職場だ。
 そう僕は思っていたが休日だけはちょっと違う。

 土曜日

 コペルニクス堂の開店時間はあのルネさんにしては珍しく10時だと決めていた。
 僕は早めに行こうと20分前に店に行ってみたが驚くくらい静かだ。

 どうしたのだろう。そう思った矢先、上の階からドン! と物凄い物音がした。
 物音の正体を確かめるために向かうとルネさんの寝室からルネさんのものと思えるうめき声が聞こえてきた。
 これは一大事だ。
 女性の部屋に勝手に入ってはならないのは分かってるがそんなの今は言ってられない。

 僕は警察が突入するみたいに中へと入った。
 そして心配したことを激しく後悔する。

 ルネさんはベットから転げ落ち、それでもまだ幸せそうに眠っていたのだ。
 なんてだらしない。

「ルネさん、朝ですよ起きてください」

「ん~? 今は夜だよ」

 何言ってるんだこの人は……。
 僕は朝だと分からせるために部屋のカーテンを勢いよく開ける。

「ああ~ごめん、今は夕方だったねぇ~~……」

「だから朝なんですって!!」

 その後四苦八苦したが開店時間には当然間に合わなかった。
 それでも正午までには店を開けることができた。

 もしかしてこれから僕の仕事の一部に『ルネさんを起こすこと』が加わるのだろうか?
 なんてことだ。これじゃまるで家政婦だ……。
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