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第三部
72話 負けたくない
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あおいに『実は女』だと打ち明けられた後。
色んな話を聞かされた。
一応話を聞きながらも、何度もフラッシュバックしたのは、あおいの胸の感触。
この手にまだ残っている。
『女の子の胸』
あおいのこと、『心は女の子』だと思っていた。
けど、いざ『身体も女の子』と聞くと。
何だか今までと全然印象が違う。
と言うのは酷いのだろうか?
『あおいは心は女だけど、身体は男』
と思っている間は、おれたちには『共通点』みたいなものがあった。
『身体は同じ』と言う。
しかし今。
『あおいは身体も心も女の子』とわかってしまった今。
おれにはあおいが今までとは全然違う人間に思えた。
性別が思っていたのとは違う、と言うだけでこんなに? と思うけど。
あおいはおれには理解できない、遠い存在になってしまった。
『女子』。
正直、ほとんど知らない存在。
まだ小さい頃は――小学生の頃などは――仲良く話すこともあったが。
最近はほとんど事務的な会話しかしたことがない。
!?
いや、あおいは女子だと言うことは、おれは『女子』と事務的な話以外もしたことがあったと言うことか?
あおいの話をぼんやり聞いているうちに、話は終わったようだ。
混乱してパニック状態だったので、正直あまり真面目には聞けなかった。
しかし要点はわかったつもりだ。
『男子高校生になること』は、あおいの意思ではなかったこと。
できるだけ男子に対して淑女的に振る舞ってきたつもりだったが申し訳ないと思っていること。
特におれたち友達――ケイ、ハヤト、おれ――に申し訳なかったこと。
もちろんいちばん悪いと思っているのは『性別のことを言わないままおれと付き合う』と言ってしまったこと。
などなど。
おれはぼんやりとソファから立ち上がると、あおいに言った。
「もう帰る」
怒っていると言うより、怒れば良いかどうかもわからない状態だった。
ひとりで色々考えたい、と思った。
あおいは眉を八の字にして、頷く。
「駅まで送るね」
と立ち上がるが、一刻も早く1人になりたかったので断った。
「1人で帰る」
駅はどの方向にあるかぐらいはわかるので、その方へ向かって歩けば良い。
多少遠回りになっても良いと思った。歩きながら考え事ができる。
玄関で靴を履き、一応「お邪魔しました」とだけ言って、あおいの家から出た。
※※※
まだ何も筋道立って考えることができずに――胸の感触だけが何度も思い出された――駅と思われる方向へしばらく歩いていると。
何となく後ろを振り返ってみた。何か雰囲気を感じたのかもしれない。
すると視界にあおいの姿が目に入った。
おれの5メートルくらい後ろを歩いている。
カツラをかぶった『みどり』ちゃん姿だ――あおいの話の中には『みどり』の話もあったことを思い出す。
駅に迎えに来てくれたときもあおいは茶髪のカツラをしていたが――家の中では外した――、あおいは常習的にあおいの大学生の姉『みどり』として外出しているらしい。
なかなか手のこんだ、スリリングな生活をしているようだ。
色んな偶然が重なり、『男子高校生』として生活することになったために、架空の存在『茶髪の女子大生であおいの姉=みどり』を作り出した。
何だかあおいが痛々しく思えて、胸が痛む。
おれもあおいが悪いんじゃない、と思ってはいる、と思う。
でも。
何だか、複雑だった。
『寂しい』。
のだと思う。
心は女だと思って、だから好きになったと思っていたけど。
やはりあおいは『男友達』でもあったのだ。
心は女でも、身体は同じだから、女男カップルよりもわかり合える、なんてお花畑なことも考えていたのだろうか?
自分は思っていた以上に、自分勝手だ、と思った。
あおいはトボトボと下を向いて歩いていて、おれが振り返って見ていることにしばらく気付かなかったが。
視線に気付いたのか、顔を上げた。
目が合う。
あおいは驚いた顔をして立ち止まった後、曖昧な微笑みを浮かべた。
その顔を見て切なくなったけど、だからと言ってどう返せば良いかわからなかったので、何の返しもしないまま背を向けた。
けど、先程より遅い速度で歩き始める。
イヤな奴だ、と思った。
あおいを立ち止まって待つこともできないのに。
あおいに追いついて来てもらいたいと、思っているのだろうか?
わからない。
1人になりたいけど、あおいがおれを『送ろうとしてくれた』ことは嬉しかった。
そのとき中学生と思われる男の子がおれの横を自転車で通り過ぎていった。
その後、キキーと軽くブレーキ音が聞こえた後、たっと地面に足をつく音が聞こえる。
そして。
「お姉ちゃん?」
と言う声がした。
「あっ。タケル……」
と言うのはあおいの声。
あの男の子はあおいの弟のタケルくんか! と脳は混乱中のくせに正確な情報を思い出させてくれた。
タケルのあおい『お姉ちゃん』呼びに今更ながら衝撃を受ける。
本当に姉――『女』――なんだと。
あおいが弟と話している間に距離を離してしまえば、おれもあおいも両方気まずくないのではないか? と思って足を速めようとしたところで。
「キョウくんは?
一緒じゃないの?」
と言うタケルくんの声がして、立ち止まる。
キョウくん!?
「えっ。キョウくん?」
あおいが驚いた声を出す。
「うん。お姉ちゃん今日キョウくんとデートだったんだろ?」
「えっ。違うけど?」
とあおいのあたふたした声が聞こえてくる。
「えっ。嘘」
と驚いた声でタケルくんは言ったあと、からかうような調子で、
「あ。もしかして隠してる?」
「えっ。隠すも何も……」
「いや。おれはお姉ちゃんとキョウくんのこと、応援しているから。
全然隠す必要ないよ」
と明るい声でタケルは言った。
「いや。だから、キョウくんが何で今、出てきたの?」
あおいの戸惑う声が聞こえてくる。
あおいはおれに聞かれているかと思い、焦っているのかもしれない。
「だって今日お姉ちゃん、家に高校の友達呼ぶって言っていたけど、それキョウくんだろ?
お姉ちゃんがそんな格好で――女の格好で――会える『友達』って言ったら。
キョウくんしかいないじゃん?」
そんなタケルの言葉を聞いて、キョウのことが頭に浮かぶ。
そして何だか色々、納得してしまう。
キョウの言っていたことは、『あおい=女』として考えると、腑に落ちる発言ばかりだった。
おれはこねくりまわして考えていただけだった……。『あおい=男』としか思っていなかったのだから、しかたないけど。
キョウはあおいが『女』だと知っていた。当然。
幼なじみだから。
そして、『あおい=女』だと言うことを隠すことに協力した。
キョウと一緒にあおいの――普通に女の姿をした――写真を見ていたサキが頭に浮かぶ。
サキもあおいが女子だと知っていたんだろうか?
きっと知っていたんだろう。知っていたと考える方が腑に落ちる言動が多い。
サキとキョウが『みどり』の写真が出現した時、あおいをかばっていたことを思い出す。
サキもキョウも、あおいの『男装』を隠すのを手伝った。
2人はあおいに協力した。
何故だろう?
『あおいのことを考えたから』じゃないか?
あおいにとって『実は女』は人に知られたら高校生活存続が危ぶまれる真実なのだろうから。
嫉妬、の気持ちがわき上がってきた。
『あおいのためを思って、行動してきた』2人におれは嫉妬している。
おれのあおいへの気持ちは、キョウやサキに劣るのだろうか?
おれは『女』だと打ち明けてくれたあおいの必死の思いに、何も言えないままただ目の前から去ろうとした。
自分の気持ちの整理を優先した。
嫉妬。
そして。
あの2人に負けたくない、と思った。
こんなときに思うようなことじゃないかもしれないけど。
「キョウくんじゃないよ。
今日家に来たのは別の友達」
「でも。そんな格好で会える友達他にいないだろ?
こっち引っ越してからはさ」
「いや。あのね」
そんなことを話す姉弟の方へおれは足を向けた。
※※※
2人で話すタケルとあおいのすぐ近くまで来ると
「こんにちは」
なんて間抜けなあいさつをしてしまった。
あおいはビクッとしておれを見上げ、タケルもハッと目を丸くしておれを見た。
「ごめん。話が聞こえてきて……」
と盗み聞きを謝ってから、タケルに向き合い、
「初めまして。あおいの弟の……タケルくん、だよね?
おれ、あおいに家に呼んで貰った……」
友達、と言おうと思っていたけど。
先程のタケルの『お姉ちゃんとキョウくんのこと応援している』と言う言葉にムカついていたようだ。
「あおいの彼氏、です」
なんて言ってから、顔が熱くなるのを感じた。
居たたまれなくなりタケルから視線を外した先に、あおいが見えた。
あおいはおれをポカンと見上げていて、目が合うと顔を赤くした。
……可愛い。いや、言っている場合か。
「えっ。あー。えっ?」
とタケルの戸惑う声が聞こえてきた後、
「あ~」
と納得したような声がする。
「確かに……」
タケルを訝しげに見ると、
「あ。すみません」
とタケルは謝った。
「いや。ただ……。
確かに、お姉ちゃんのタイプっぽいな、って思って」
「タケル」
とあおいが慌てて言う。
「やめてよ!」
「いや。ほんとお姉ちゃん、好みがブレないよな?」
タケルはあおいにニヤニヤした顔を向けた。
その後、ハッとした顔になった後、真面目な表情で探るようにおれを見つつ言う。
「あの……姉。いや、兄とお付き合いしているんですか?」
あおいのことを今更ながら『兄』と言い出すタケル。
家族であおいの男装生活を助けているそうだから。
あおいがおれに自分のことを『実は女』だと打ち明けずに、男として『女装姿』を見せている可能性もあると思いついての発言だろう。
おれはそんなタケルの様子を見て、考える。
あおいが『男装』をしていることがバレたら。
きっとあおいの家族もただでは済まないのではないか。
『共犯者』なのだし。
キョウやサキは他人だから『男装』を黙っていたことを少しは責められる可能性もあるが、そこまで責任は負わされまい。
しかし『家族』は。
一生尾を引く可能性もあるのだ。
おれはあおいをチラリと見た。
家族の将来にも関わるだろう『リスク』があるのに、何故あおいはおれに『実は女』だと話してくれたのだろう?
そう言えばあおいは『男装している理由』などは話してくれたが。
『これから』のことは何も言わなかった。
これからおれに望むことを言わなかった。
『皆には黙っていてほしい』とか。
何も頼まれなかった。
そんなことを瞬間的に考えて胸がいっぱいになりながら、おれはやっとタケルに答えた。
「あおいが女って、知ってるよ」
「あ。そうですか……」
とタケルは恐縮したように言った。
「良かった」
とホッとしたように言った後、慌てて言う。
「本当にすみません。
姉、最初は、黙っていましたよね……あの……彼氏さんにも」
「りん」
とあおいがおれを指差しながら名前を教えるとタケルは『あ~』と言う納得顔をした。名前くらいはあおいから聞いたことがあるようだ。少し嬉しい。
「りんさんも、女だと知らなかったですよね~。
お姉ちゃん、ほんと変態行為をしていて、すみませんでした」
「タケルくんが謝ることないよ」
とおれは言った。
タケルは「あは……」と笑うと、可笑しそうにあおいを見た。
「お姉ちゃんのタイプがブレていなくて、良かった」
「え……」
タケルはおれを見つめると、肩をすくめて
「お姉ちゃん、優しそうな男子が昔から好きなんですよね。
で、りんさんも、お姉ちゃんが女と知っても怒らないで居てくれた……ですよね?
お姉ちゃん、優しい人が好きで良かったなーなんて」
と言った後、慌てたように
「いや。もちろん!
お姉ちゃんが100%悪いんですけどね! 当然。
非難されて当たり前のことしてる」
と言うタケルにおれは、曖昧に笑い返しながら言った。
「あおいは、悪くないよ……」
多分、それであっている、と思った。
おれの心の中にわだかまりが全然ないとは言えなかったけど。
『あおいは悪くない』と思っているのは、確かだと思った。
色んな話を聞かされた。
一応話を聞きながらも、何度もフラッシュバックしたのは、あおいの胸の感触。
この手にまだ残っている。
『女の子の胸』
あおいのこと、『心は女の子』だと思っていた。
けど、いざ『身体も女の子』と聞くと。
何だか今までと全然印象が違う。
と言うのは酷いのだろうか?
『あおいは心は女だけど、身体は男』
と思っている間は、おれたちには『共通点』みたいなものがあった。
『身体は同じ』と言う。
しかし今。
『あおいは身体も心も女の子』とわかってしまった今。
おれにはあおいが今までとは全然違う人間に思えた。
性別が思っていたのとは違う、と言うだけでこんなに? と思うけど。
あおいはおれには理解できない、遠い存在になってしまった。
『女子』。
正直、ほとんど知らない存在。
まだ小さい頃は――小学生の頃などは――仲良く話すこともあったが。
最近はほとんど事務的な会話しかしたことがない。
!?
いや、あおいは女子だと言うことは、おれは『女子』と事務的な話以外もしたことがあったと言うことか?
あおいの話をぼんやり聞いているうちに、話は終わったようだ。
混乱してパニック状態だったので、正直あまり真面目には聞けなかった。
しかし要点はわかったつもりだ。
『男子高校生になること』は、あおいの意思ではなかったこと。
できるだけ男子に対して淑女的に振る舞ってきたつもりだったが申し訳ないと思っていること。
特におれたち友達――ケイ、ハヤト、おれ――に申し訳なかったこと。
もちろんいちばん悪いと思っているのは『性別のことを言わないままおれと付き合う』と言ってしまったこと。
などなど。
おれはぼんやりとソファから立ち上がると、あおいに言った。
「もう帰る」
怒っていると言うより、怒れば良いかどうかもわからない状態だった。
ひとりで色々考えたい、と思った。
あおいは眉を八の字にして、頷く。
「駅まで送るね」
と立ち上がるが、一刻も早く1人になりたかったので断った。
「1人で帰る」
駅はどの方向にあるかぐらいはわかるので、その方へ向かって歩けば良い。
多少遠回りになっても良いと思った。歩きながら考え事ができる。
玄関で靴を履き、一応「お邪魔しました」とだけ言って、あおいの家から出た。
※※※
まだ何も筋道立って考えることができずに――胸の感触だけが何度も思い出された――駅と思われる方向へしばらく歩いていると。
何となく後ろを振り返ってみた。何か雰囲気を感じたのかもしれない。
すると視界にあおいの姿が目に入った。
おれの5メートルくらい後ろを歩いている。
カツラをかぶった『みどり』ちゃん姿だ――あおいの話の中には『みどり』の話もあったことを思い出す。
駅に迎えに来てくれたときもあおいは茶髪のカツラをしていたが――家の中では外した――、あおいは常習的にあおいの大学生の姉『みどり』として外出しているらしい。
なかなか手のこんだ、スリリングな生活をしているようだ。
色んな偶然が重なり、『男子高校生』として生活することになったために、架空の存在『茶髪の女子大生であおいの姉=みどり』を作り出した。
何だかあおいが痛々しく思えて、胸が痛む。
おれもあおいが悪いんじゃない、と思ってはいる、と思う。
でも。
何だか、複雑だった。
『寂しい』。
のだと思う。
心は女だと思って、だから好きになったと思っていたけど。
やはりあおいは『男友達』でもあったのだ。
心は女でも、身体は同じだから、女男カップルよりもわかり合える、なんてお花畑なことも考えていたのだろうか?
自分は思っていた以上に、自分勝手だ、と思った。
あおいはトボトボと下を向いて歩いていて、おれが振り返って見ていることにしばらく気付かなかったが。
視線に気付いたのか、顔を上げた。
目が合う。
あおいは驚いた顔をして立ち止まった後、曖昧な微笑みを浮かべた。
その顔を見て切なくなったけど、だからと言ってどう返せば良いかわからなかったので、何の返しもしないまま背を向けた。
けど、先程より遅い速度で歩き始める。
イヤな奴だ、と思った。
あおいを立ち止まって待つこともできないのに。
あおいに追いついて来てもらいたいと、思っているのだろうか?
わからない。
1人になりたいけど、あおいがおれを『送ろうとしてくれた』ことは嬉しかった。
そのとき中学生と思われる男の子がおれの横を自転車で通り過ぎていった。
その後、キキーと軽くブレーキ音が聞こえた後、たっと地面に足をつく音が聞こえる。
そして。
「お姉ちゃん?」
と言う声がした。
「あっ。タケル……」
と言うのはあおいの声。
あの男の子はあおいの弟のタケルくんか! と脳は混乱中のくせに正確な情報を思い出させてくれた。
タケルのあおい『お姉ちゃん』呼びに今更ながら衝撃を受ける。
本当に姉――『女』――なんだと。
あおいが弟と話している間に距離を離してしまえば、おれもあおいも両方気まずくないのではないか? と思って足を速めようとしたところで。
「キョウくんは?
一緒じゃないの?」
と言うタケルくんの声がして、立ち止まる。
キョウくん!?
「えっ。キョウくん?」
あおいが驚いた声を出す。
「うん。お姉ちゃん今日キョウくんとデートだったんだろ?」
「えっ。違うけど?」
とあおいのあたふたした声が聞こえてくる。
「えっ。嘘」
と驚いた声でタケルくんは言ったあと、からかうような調子で、
「あ。もしかして隠してる?」
「えっ。隠すも何も……」
「いや。おれはお姉ちゃんとキョウくんのこと、応援しているから。
全然隠す必要ないよ」
と明るい声でタケルは言った。
「いや。だから、キョウくんが何で今、出てきたの?」
あおいの戸惑う声が聞こえてくる。
あおいはおれに聞かれているかと思い、焦っているのかもしれない。
「だって今日お姉ちゃん、家に高校の友達呼ぶって言っていたけど、それキョウくんだろ?
お姉ちゃんがそんな格好で――女の格好で――会える『友達』って言ったら。
キョウくんしかいないじゃん?」
そんなタケルの言葉を聞いて、キョウのことが頭に浮かぶ。
そして何だか色々、納得してしまう。
キョウの言っていたことは、『あおい=女』として考えると、腑に落ちる発言ばかりだった。
おれはこねくりまわして考えていただけだった……。『あおい=男』としか思っていなかったのだから、しかたないけど。
キョウはあおいが『女』だと知っていた。当然。
幼なじみだから。
そして、『あおい=女』だと言うことを隠すことに協力した。
キョウと一緒にあおいの――普通に女の姿をした――写真を見ていたサキが頭に浮かぶ。
サキもあおいが女子だと知っていたんだろうか?
きっと知っていたんだろう。知っていたと考える方が腑に落ちる言動が多い。
サキとキョウが『みどり』の写真が出現した時、あおいをかばっていたことを思い出す。
サキもキョウも、あおいの『男装』を隠すのを手伝った。
2人はあおいに協力した。
何故だろう?
『あおいのことを考えたから』じゃないか?
あおいにとって『実は女』は人に知られたら高校生活存続が危ぶまれる真実なのだろうから。
嫉妬、の気持ちがわき上がってきた。
『あおいのためを思って、行動してきた』2人におれは嫉妬している。
おれのあおいへの気持ちは、キョウやサキに劣るのだろうか?
おれは『女』だと打ち明けてくれたあおいの必死の思いに、何も言えないままただ目の前から去ろうとした。
自分の気持ちの整理を優先した。
嫉妬。
そして。
あの2人に負けたくない、と思った。
こんなときに思うようなことじゃないかもしれないけど。
「キョウくんじゃないよ。
今日家に来たのは別の友達」
「でも。そんな格好で会える友達他にいないだろ?
こっち引っ越してからはさ」
「いや。あのね」
そんなことを話す姉弟の方へおれは足を向けた。
※※※
2人で話すタケルとあおいのすぐ近くまで来ると
「こんにちは」
なんて間抜けなあいさつをしてしまった。
あおいはビクッとしておれを見上げ、タケルもハッと目を丸くしておれを見た。
「ごめん。話が聞こえてきて……」
と盗み聞きを謝ってから、タケルに向き合い、
「初めまして。あおいの弟の……タケルくん、だよね?
おれ、あおいに家に呼んで貰った……」
友達、と言おうと思っていたけど。
先程のタケルの『お姉ちゃんとキョウくんのこと応援している』と言う言葉にムカついていたようだ。
「あおいの彼氏、です」
なんて言ってから、顔が熱くなるのを感じた。
居たたまれなくなりタケルから視線を外した先に、あおいが見えた。
あおいはおれをポカンと見上げていて、目が合うと顔を赤くした。
……可愛い。いや、言っている場合か。
「えっ。あー。えっ?」
とタケルの戸惑う声が聞こえてきた後、
「あ~」
と納得したような声がする。
「確かに……」
タケルを訝しげに見ると、
「あ。すみません」
とタケルは謝った。
「いや。ただ……。
確かに、お姉ちゃんのタイプっぽいな、って思って」
「タケル」
とあおいが慌てて言う。
「やめてよ!」
「いや。ほんとお姉ちゃん、好みがブレないよな?」
タケルはあおいにニヤニヤした顔を向けた。
その後、ハッとした顔になった後、真面目な表情で探るようにおれを見つつ言う。
「あの……姉。いや、兄とお付き合いしているんですか?」
あおいのことを今更ながら『兄』と言い出すタケル。
家族であおいの男装生活を助けているそうだから。
あおいがおれに自分のことを『実は女』だと打ち明けずに、男として『女装姿』を見せている可能性もあると思いついての発言だろう。
おれはそんなタケルの様子を見て、考える。
あおいが『男装』をしていることがバレたら。
きっとあおいの家族もただでは済まないのではないか。
『共犯者』なのだし。
キョウやサキは他人だから『男装』を黙っていたことを少しは責められる可能性もあるが、そこまで責任は負わされまい。
しかし『家族』は。
一生尾を引く可能性もあるのだ。
おれはあおいをチラリと見た。
家族の将来にも関わるだろう『リスク』があるのに、何故あおいはおれに『実は女』だと話してくれたのだろう?
そう言えばあおいは『男装している理由』などは話してくれたが。
『これから』のことは何も言わなかった。
これからおれに望むことを言わなかった。
『皆には黙っていてほしい』とか。
何も頼まれなかった。
そんなことを瞬間的に考えて胸がいっぱいになりながら、おれはやっとタケルに答えた。
「あおいが女って、知ってるよ」
「あ。そうですか……」
とタケルは恐縮したように言った。
「良かった」
とホッとしたように言った後、慌てて言う。
「本当にすみません。
姉、最初は、黙っていましたよね……あの……彼氏さんにも」
「りん」
とあおいがおれを指差しながら名前を教えるとタケルは『あ~』と言う納得顔をした。名前くらいはあおいから聞いたことがあるようだ。少し嬉しい。
「りんさんも、女だと知らなかったですよね~。
お姉ちゃん、ほんと変態行為をしていて、すみませんでした」
「タケルくんが謝ることないよ」
とおれは言った。
タケルは「あは……」と笑うと、可笑しそうにあおいを見た。
「お姉ちゃんのタイプがブレていなくて、良かった」
「え……」
タケルはおれを見つめると、肩をすくめて
「お姉ちゃん、優しそうな男子が昔から好きなんですよね。
で、りんさんも、お姉ちゃんが女と知っても怒らないで居てくれた……ですよね?
お姉ちゃん、優しい人が好きで良かったなーなんて」
と言った後、慌てたように
「いや。もちろん!
お姉ちゃんが100%悪いんですけどね! 当然。
非難されて当たり前のことしてる」
と言うタケルにおれは、曖昧に笑い返しながら言った。
「あおいは、悪くないよ……」
多分、それであっている、と思った。
おれの心の中にわだかまりが全然ないとは言えなかったけど。
『あおいは悪くない』と思っているのは、確かだと思った。
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関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
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