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第三部
65話 浮かない理由
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朝の教室でカバンの中の教科書を机に移したりなど授業の準備をしていると、ポンッと肩が叩かれた。
顔を上げるとサキがいる。
「おはよ」
「おはよ……」
と反射的に笑顔を返すもサキは真顔だ。
「あおいくん、ちょっと私に付いて来てくれるかな」
と言われて、
「うん……」
と答えるしかなかった。
なんか怖い。
けどサキが教室の扉へ向かう後に、私は続いた。
サキは廊下をどんどん進んでいき、使う人が少ない階段――以前サキとキョウとで打ち合わせなどをした――の所まで来ると、後ろを振り返り私が付いてきているのを確認すると階段を登り始めた。
私も付いていく。
踊り場を越えた辺りまで来ると、キョウがいることに気付いた。
彼は階段の3段目に腰を掛けていたが、私を見ると立ち上がり
「あ、あおいちゃん、おはよ~」
といつもの調子で言った。
「おはよ」
と私も返す。
サキはキョウの隣に並び、私たちが挨拶を交わすのを見守った後、パチパチ――と言っても音を出さないよう気を付けている感じで――拍手を始めた。
「おめでとう」
とサキが笑顔で、しかし棒読みで言う。
サキは演技が下手なんだな、とふと思う――美人だけど女優は無理そう、なんて失礼な考えが浮かぶ。
「おめでと~」
とキョウも笑顔で言った。
2人とも笑顔で祝福してくれているのだが、何だか硬い感じだ。
きっと笑顔がぎこちないから。
「あ。ありがと……」
と私も緊張しつつ答えた。
するとサキが「ん?」と不思議そうな顔をする。
「あんまり舞い上がってないね?」
と首をかしげる。
「あおいくんのことだから、ニヤけ顔全開で学校に来るかと思ったんだけど」
失礼な。
まあ、『ボーイズラブ?』と気付くまではニヤけ顔全開だったけど……。
「舞い上がって何かミスしないか心配で、釘を刺しておこうと思って、来て貰ったんだけど大丈夫そうね」
と言うとサキはキョウを見た。
キョウも「だね」と答える。
「あ。僕たちが何であおいちゃんとりんのことを知っているかと言うと。
昨日りんが……」
キョウが『まだ話してないのに、私とりんが付き合い始めたことを知っている理由』を説明しようとしたので私は制した。
「りんから聞いてるよ。
りん、2人に『告白宣言』したとか」
「そうなんだよ~。
りんって大人しそうで、行動力あるよね」
とキョウが曖昧な笑顔を浮かべながら言うと、サキが
「手も早そう」
とポツリとつぶやき、肩を落とした。
それに答えて「ね」と相槌を打つキョウも暗い表情をしている。
「りんが手が早いって……」
と私が苦笑いをすると、
「あおいくんは遅そうだよね」
とサキが言った。
失礼な(失礼だよね?)。
「でもアイツ――加藤くん――は早そう。意外と。
リードされるね、あおいくん。
旦那の尻に敷かれるよ。
と言うか見るからに男の尻に敷かれそうだもん、あおいくんて」
失礼な。
サキは今日は特に辛辣だ。
「仕方ないよ。
少しくらい尻に敷かれても。
惚れた男と両思いになれたんだからさ……」
キョウの方も今日は何だか毒がある様子だ。
私の方は何だか上手い返しが思い浮かばなくて、何も言えなかった。
口数が少なくなってしまったからか、2人が『?』と不思議そうな顔をしてくる。
「何か想い人と両思いになったのに。
あおいくん、何も言えねぇって感じだね。
ノロケていいんだよ?」
とサキが『どうぞどうぞ』と言う風に手の平を向けた。
「まあ、こっちが『あんまりノロケてんじゃねぇよ』みたいな警戒した態度、ちょっと取っちゃったのもあるけど。
お気になさらずに」
「そうだよ、あおいちゃん。
ニヤけてノロケて良いんだよ?」
とキョウも言った。
「こっちが
『みどりちゃんが男のものになってしまう』
って、暗い顔をしていても!
気にせず、あおいちゃんは堂々と喜べばいればいいんだよ!」
「そうそう」
とサキが続けて、
「『みどりちゃんが男を知ってしまう』とか
『みどり萌え秘密倶楽部もお終いだ』とか
『こんなことなら始めから「みどり」に萌えなきゃ良かった』とか。
外野が何を言っても、あおいくんは何も気にせず浮かれて良いんだよ」
みどり萌え秘密倶楽部、ってなんだよ。と私は思う。
「ね」
とキョウが続ける。
「まるでアイドルの彼氏発覚時のドルオタ気分にこっちが浸っていても。
あおいちゃんは彼氏とのラブラブを見せつけてくれて良いんだよ!」
「そうよ」
とキョウに相槌を打ちサキがまた何か言い出そうとしたところで『そろそろ止めよう』と思い、私は口を挟んだ。
「それがね。
あまり浮かれても居られない状況なんだ」
と言うとサキとキョウは興味深げに私を見てくる。
「えっと……」
と私はくちごもりつつ、
「ほら。
私、りんと付き合うことになったけど。
肝心なこと忘れていたんだよね」
『ん?』と言う顔で見てくる2人から目を逸らして私は言った。
「ホラ、私、『実は女』でしょ?
でもりんにそのこと、言えないでしょ……」
と言ってしばらく沈黙した後、サキとキョウをチラリと見ると。
2人は目を輝かせていた。
「そうよね!
加藤くんはあおいくんが女だと知らない方がいいよ!
少なくとも高校卒業までは!」
とサキ。
何だか嬉しそう。
「無垢『みどり』ちゃん延命した」
とキョウがニコニコした。
「『秘密倶楽部』解散取り消し」
とサキがキョウに言うと、キョウは親指を立てる。
こいつら……。
私がジト目で2人を見ると、2人は少し慌てた。
「ごめん、つい……自分の欲望を優先してしまい……」
とサキ。
「ついみどりちゃんのことを考えてしまって……」
とキョウは両手の平を私に見せて軽く振った。
「ごめん」
私は頬を膨らませた後、ふぅ……とため息を吐いた。
「いや、いいけど……」
私は2人に皮肉っぽく笑いかけた。
「……でも。
ほんと、りんと両思いとか確率0%だと思っていたから。
そう言う状況になったときのこと、全く考えていなくて……。
もうどうしたらいいかわからなくて」
「う~ん」
とサキが腕を組んでうなった。
「加藤くんは良い子だと思うけど。
全然予想が付かないなあ……」
とキョウを見る。
「うん。
良い子だと思うけど、確かにどう言う行動を取るかわからないから。
僕も何ともアドバイスしにくいなあ」
とキョウが言った。
その後笑って、
「でも。
りんがあおいちゃんのことが好きなのは確かだから。
あんまり思い詰めないで……」
と言うキョウを遮って、
「いや、好きだからこそ、と言うのがあり得る。
好きだからこそ、許せなくなる。みたいな」
とサキが言うと
「いや、うん。まあね」
とキョウも曖昧になる。
2人は私に声をそろえて言った。
「「加藤くん/りんのことはよくわからない」」
うん……。
私もよくわからないよ。
と思う。
※※※
授業中に考えてもみたけど、やはり言うべきだと思った――私は『実は女』だと。
サキに性別を明かしたときに、一度『炎上』を覚悟したじゃないか、と自分を励ます。
と言ってもあのときは今後を考える時間があまりない状況だったから、思い切って言えたのかもしれない。
と言うことは今も考える時間がない方が言えるんじゃないか?
となれば、思い立ったら吉日、と言う奴だ!
よし。
今日の放課後『実は女』と打ち明けよう!
と私はドキドキしながら、放課後を待った。
放課後――りんがサキとキョウに『付き合い始めた』と言う報告をしなきゃならない、と言っていた放課後。
サキとキョウは
『「私たちお付き合い始めました」なんて挨拶、別にいらない。
もう知っているし。
どうしても言いたいなら付き合うけど』
と言っていた。
……ので独断で2人には放課後すぐ帰ってもらうことにした。
しかし、りんにはそのことを言わずに教室に残って貰う。
そして話す。私が『実は女』だってことを。
ドキドキしながら放課後に言うことを考えた。
でも、考えたところで結局ぶっつけ本番になる気がする。
その方が気持ちが伝わるような気がするからだ。
とても緊張する。
打ち明けると言うことにまず緊張するし、りんの反応を考えて緊張するし、りんの取る行動によって私の身の振り方がどうなるか考えて緊張してしまう。
しかし言うべきなのだ。
りんのことを考えたら、すぐに言うべき。
『傷の浅いうちに』と言っても、今でも十分深い状況なのだが……。
なんて考えて、その日は一日、ほぼ上の空だった。
※※※
放課後。
りんに
「皆が帰るまで――教室に人がいなくなるまで――待とうか」
とりんの席まで言いに行くと、りんは「わかった」と言った後、軽くあくびをした。
「眠いの?」
と聞くと
「昨日あまり眠れなくて」
と言いりんはニヤリとした。
「そっか」
同じだな、と思いつつ笑顔を返してから、
「寝てていいよ」
と声をかけた。
「起こしてあげるから」
「う~ん。
寝ないとは思うけど」
と言うとりんは机に突っ伏した。
しばらくすると静かな寝息が聞こえてくる。
寝ないと言いつつ、早い。
可愛い。
でも。
確かにりんは普段あまり寝ているところを見たことがない。
だからきっとホントに昨日は眠れなかったのだろう。
嬉しい気持ちの後、胸がチクチク痛んだ。
これから話すことはりんを失望させてしまうだろうし、今夜も眠れなくしてしまうかも知れない。
私は皆が帰っていくのを自分の席で明日の予習をしながら――実際にはほとんど手に付かないから予習するフリをしながら――待った。
サキとキョウも『とりあえずガンバレ』みたいな心配そうな顔をして帰って行った。
皆が教室からいなくなり、りんと2人きりになるとりんの席へ行く――りんを起こして、打ち明け話をしようと。
でもりんの顔が突っ伏す腕の間から少しだけ見えるのを見ると、起こすのをためらう。
これが最後の2人の時間かもしれないから。
だってもしりんに『変態』として警察に通報されたら、もう会えないから。
いや、警察に通報されなくても、退学になったらやはりもう会えない。
嫌われたらもう一緒にはいられない――自業自得だが。
私はりんの前の席に座って、りんが自分で起きるのを待つことにした。
しばらく待つ気あったのに――と言うかいくらでも待つつもりだったのに――りんはすぐにビクッと身体を揺するとガバッと顔を上げた。
そしてキョロキョロ周りを見渡してから前の席に座る私に気付くと、
「ごめん。寝てた」
と言い、時計を見た。
「まだ、4時半か。よかった。
あれ、キョウと田中さんは……」
「えっと……」
と口ごもってから、
「帰ったよ」
とだけ言った。
「えっ。
もしかしておれが寝ていたせい?」
と申し訳なさそうな顔をするりんに、
「いや、そうじゃないと思うけど」
と答えてから。
そうじゃないと思うけど、じゃないよ!
曖昧な言い方して。
『帰って貰ったんだよ』と何故そのまま言えないんだ。
と自分の言うことにツッコみつつ、
「あの、りん」
と切り出した。
「ん?」
りんと私は、夕日の当たる教室で前後の席に向かい合って座っているが。
見つめ合った。
私はりんの顔をじっと見ながら、最初の言葉を探していた。
『りん、私、実は女なんだ……』
と始める、しかない。
と決心して、
「りん……」
と言ってりんの目をジッと見ると。
りんも私をジッと見つめ返してきて……
しばらくすると。
そっと目を閉じた。
……
…………
何 コ レ
何でりんは目を閉じたの!?
と私は頭が真っ白になる。
えっ、ここで目を閉じるって何。
何なの?
も、もしかして……キス?
キス待ち!?
これキスしていいの!?
後で怒られない!?
えっいいの!?
などと混乱したが。
おそるおそるもう一度りんの顔を見つめると。
ドキドキしながらもまるで吸い寄せられるようにりんの顔に――唇に――顔を近づけていった……。
磁石だ! などと頭の中は混乱しつつも、身体が勝手に動いていく感じ。
唇と唇が近づき……。
あと少しで触れ合う、と言うところで、しかし理性が勝ってくれて、私の身体は動きを止めた。
ダメだ!
キスなどしてはいけない!
だってりんは私を男だと思っているのだから。
『男の私』にキスされたいと思っていてくれても、『女の私』に対してはそう思わないんじゃないか?
唇にキスなんてしたら、後にりんをヨリ傷つけてしまうかも知れない……。
顔を離した私は、りんのまだ『待っている顔』にチクチク胸が痛みながら。
おでこにキスをした。
おでこにキスなんて。
子どもっぽい、のかもしれない。
しかしそれでもポーッとしてしまう。
唇をおでこから離すと、りんは目を開けて……
おでこのキスした部分に手を当てるとニッコリした。
私はその顔を見て真っ白になってしまった。
何も言えない、と思った。
言おうと思っていたことが、抜けてしまった。
「帰ろうか、りん……」
こんなの間違っている。
『実は女』って言わなきゃいけない。
けど、もう少しこのままでいたいと思ってしまった。
私は確信犯だ……。
ひどい。
顔を上げるとサキがいる。
「おはよ」
「おはよ……」
と反射的に笑顔を返すもサキは真顔だ。
「あおいくん、ちょっと私に付いて来てくれるかな」
と言われて、
「うん……」
と答えるしかなかった。
なんか怖い。
けどサキが教室の扉へ向かう後に、私は続いた。
サキは廊下をどんどん進んでいき、使う人が少ない階段――以前サキとキョウとで打ち合わせなどをした――の所まで来ると、後ろを振り返り私が付いてきているのを確認すると階段を登り始めた。
私も付いていく。
踊り場を越えた辺りまで来ると、キョウがいることに気付いた。
彼は階段の3段目に腰を掛けていたが、私を見ると立ち上がり
「あ、あおいちゃん、おはよ~」
といつもの調子で言った。
「おはよ」
と私も返す。
サキはキョウの隣に並び、私たちが挨拶を交わすのを見守った後、パチパチ――と言っても音を出さないよう気を付けている感じで――拍手を始めた。
「おめでとう」
とサキが笑顔で、しかし棒読みで言う。
サキは演技が下手なんだな、とふと思う――美人だけど女優は無理そう、なんて失礼な考えが浮かぶ。
「おめでと~」
とキョウも笑顔で言った。
2人とも笑顔で祝福してくれているのだが、何だか硬い感じだ。
きっと笑顔がぎこちないから。
「あ。ありがと……」
と私も緊張しつつ答えた。
するとサキが「ん?」と不思議そうな顔をする。
「あんまり舞い上がってないね?」
と首をかしげる。
「あおいくんのことだから、ニヤけ顔全開で学校に来るかと思ったんだけど」
失礼な。
まあ、『ボーイズラブ?』と気付くまではニヤけ顔全開だったけど……。
「舞い上がって何かミスしないか心配で、釘を刺しておこうと思って、来て貰ったんだけど大丈夫そうね」
と言うとサキはキョウを見た。
キョウも「だね」と答える。
「あ。僕たちが何であおいちゃんとりんのことを知っているかと言うと。
昨日りんが……」
キョウが『まだ話してないのに、私とりんが付き合い始めたことを知っている理由』を説明しようとしたので私は制した。
「りんから聞いてるよ。
りん、2人に『告白宣言』したとか」
「そうなんだよ~。
りんって大人しそうで、行動力あるよね」
とキョウが曖昧な笑顔を浮かべながら言うと、サキが
「手も早そう」
とポツリとつぶやき、肩を落とした。
それに答えて「ね」と相槌を打つキョウも暗い表情をしている。
「りんが手が早いって……」
と私が苦笑いをすると、
「あおいくんは遅そうだよね」
とサキが言った。
失礼な(失礼だよね?)。
「でもアイツ――加藤くん――は早そう。意外と。
リードされるね、あおいくん。
旦那の尻に敷かれるよ。
と言うか見るからに男の尻に敷かれそうだもん、あおいくんて」
失礼な。
サキは今日は特に辛辣だ。
「仕方ないよ。
少しくらい尻に敷かれても。
惚れた男と両思いになれたんだからさ……」
キョウの方も今日は何だか毒がある様子だ。
私の方は何だか上手い返しが思い浮かばなくて、何も言えなかった。
口数が少なくなってしまったからか、2人が『?』と不思議そうな顔をしてくる。
「何か想い人と両思いになったのに。
あおいくん、何も言えねぇって感じだね。
ノロケていいんだよ?」
とサキが『どうぞどうぞ』と言う風に手の平を向けた。
「まあ、こっちが『あんまりノロケてんじゃねぇよ』みたいな警戒した態度、ちょっと取っちゃったのもあるけど。
お気になさらずに」
「そうだよ、あおいちゃん。
ニヤけてノロケて良いんだよ?」
とキョウも言った。
「こっちが
『みどりちゃんが男のものになってしまう』
って、暗い顔をしていても!
気にせず、あおいちゃんは堂々と喜べばいればいいんだよ!」
「そうそう」
とサキが続けて、
「『みどりちゃんが男を知ってしまう』とか
『みどり萌え秘密倶楽部もお終いだ』とか
『こんなことなら始めから「みどり」に萌えなきゃ良かった』とか。
外野が何を言っても、あおいくんは何も気にせず浮かれて良いんだよ」
みどり萌え秘密倶楽部、ってなんだよ。と私は思う。
「ね」
とキョウが続ける。
「まるでアイドルの彼氏発覚時のドルオタ気分にこっちが浸っていても。
あおいちゃんは彼氏とのラブラブを見せつけてくれて良いんだよ!」
「そうよ」
とキョウに相槌を打ちサキがまた何か言い出そうとしたところで『そろそろ止めよう』と思い、私は口を挟んだ。
「それがね。
あまり浮かれても居られない状況なんだ」
と言うとサキとキョウは興味深げに私を見てくる。
「えっと……」
と私はくちごもりつつ、
「ほら。
私、りんと付き合うことになったけど。
肝心なこと忘れていたんだよね」
『ん?』と言う顔で見てくる2人から目を逸らして私は言った。
「ホラ、私、『実は女』でしょ?
でもりんにそのこと、言えないでしょ……」
と言ってしばらく沈黙した後、サキとキョウをチラリと見ると。
2人は目を輝かせていた。
「そうよね!
加藤くんはあおいくんが女だと知らない方がいいよ!
少なくとも高校卒業までは!」
とサキ。
何だか嬉しそう。
「無垢『みどり』ちゃん延命した」
とキョウがニコニコした。
「『秘密倶楽部』解散取り消し」
とサキがキョウに言うと、キョウは親指を立てる。
こいつら……。
私がジト目で2人を見ると、2人は少し慌てた。
「ごめん、つい……自分の欲望を優先してしまい……」
とサキ。
「ついみどりちゃんのことを考えてしまって……」
とキョウは両手の平を私に見せて軽く振った。
「ごめん」
私は頬を膨らませた後、ふぅ……とため息を吐いた。
「いや、いいけど……」
私は2人に皮肉っぽく笑いかけた。
「……でも。
ほんと、りんと両思いとか確率0%だと思っていたから。
そう言う状況になったときのこと、全く考えていなくて……。
もうどうしたらいいかわからなくて」
「う~ん」
とサキが腕を組んでうなった。
「加藤くんは良い子だと思うけど。
全然予想が付かないなあ……」
とキョウを見る。
「うん。
良い子だと思うけど、確かにどう言う行動を取るかわからないから。
僕も何ともアドバイスしにくいなあ」
とキョウが言った。
その後笑って、
「でも。
りんがあおいちゃんのことが好きなのは確かだから。
あんまり思い詰めないで……」
と言うキョウを遮って、
「いや、好きだからこそ、と言うのがあり得る。
好きだからこそ、許せなくなる。みたいな」
とサキが言うと
「いや、うん。まあね」
とキョウも曖昧になる。
2人は私に声をそろえて言った。
「「加藤くん/りんのことはよくわからない」」
うん……。
私もよくわからないよ。
と思う。
※※※
授業中に考えてもみたけど、やはり言うべきだと思った――私は『実は女』だと。
サキに性別を明かしたときに、一度『炎上』を覚悟したじゃないか、と自分を励ます。
と言ってもあのときは今後を考える時間があまりない状況だったから、思い切って言えたのかもしれない。
と言うことは今も考える時間がない方が言えるんじゃないか?
となれば、思い立ったら吉日、と言う奴だ!
よし。
今日の放課後『実は女』と打ち明けよう!
と私はドキドキしながら、放課後を待った。
放課後――りんがサキとキョウに『付き合い始めた』と言う報告をしなきゃならない、と言っていた放課後。
サキとキョウは
『「私たちお付き合い始めました」なんて挨拶、別にいらない。
もう知っているし。
どうしても言いたいなら付き合うけど』
と言っていた。
……ので独断で2人には放課後すぐ帰ってもらうことにした。
しかし、りんにはそのことを言わずに教室に残って貰う。
そして話す。私が『実は女』だってことを。
ドキドキしながら放課後に言うことを考えた。
でも、考えたところで結局ぶっつけ本番になる気がする。
その方が気持ちが伝わるような気がするからだ。
とても緊張する。
打ち明けると言うことにまず緊張するし、りんの反応を考えて緊張するし、りんの取る行動によって私の身の振り方がどうなるか考えて緊張してしまう。
しかし言うべきなのだ。
りんのことを考えたら、すぐに言うべき。
『傷の浅いうちに』と言っても、今でも十分深い状況なのだが……。
なんて考えて、その日は一日、ほぼ上の空だった。
※※※
放課後。
りんに
「皆が帰るまで――教室に人がいなくなるまで――待とうか」
とりんの席まで言いに行くと、りんは「わかった」と言った後、軽くあくびをした。
「眠いの?」
と聞くと
「昨日あまり眠れなくて」
と言いりんはニヤリとした。
「そっか」
同じだな、と思いつつ笑顔を返してから、
「寝てていいよ」
と声をかけた。
「起こしてあげるから」
「う~ん。
寝ないとは思うけど」
と言うとりんは机に突っ伏した。
しばらくすると静かな寝息が聞こえてくる。
寝ないと言いつつ、早い。
可愛い。
でも。
確かにりんは普段あまり寝ているところを見たことがない。
だからきっとホントに昨日は眠れなかったのだろう。
嬉しい気持ちの後、胸がチクチク痛んだ。
これから話すことはりんを失望させてしまうだろうし、今夜も眠れなくしてしまうかも知れない。
私は皆が帰っていくのを自分の席で明日の予習をしながら――実際にはほとんど手に付かないから予習するフリをしながら――待った。
サキとキョウも『とりあえずガンバレ』みたいな心配そうな顔をして帰って行った。
皆が教室からいなくなり、りんと2人きりになるとりんの席へ行く――りんを起こして、打ち明け話をしようと。
でもりんの顔が突っ伏す腕の間から少しだけ見えるのを見ると、起こすのをためらう。
これが最後の2人の時間かもしれないから。
だってもしりんに『変態』として警察に通報されたら、もう会えないから。
いや、警察に通報されなくても、退学になったらやはりもう会えない。
嫌われたらもう一緒にはいられない――自業自得だが。
私はりんの前の席に座って、りんが自分で起きるのを待つことにした。
しばらく待つ気あったのに――と言うかいくらでも待つつもりだったのに――りんはすぐにビクッと身体を揺するとガバッと顔を上げた。
そしてキョロキョロ周りを見渡してから前の席に座る私に気付くと、
「ごめん。寝てた」
と言い、時計を見た。
「まだ、4時半か。よかった。
あれ、キョウと田中さんは……」
「えっと……」
と口ごもってから、
「帰ったよ」
とだけ言った。
「えっ。
もしかしておれが寝ていたせい?」
と申し訳なさそうな顔をするりんに、
「いや、そうじゃないと思うけど」
と答えてから。
そうじゃないと思うけど、じゃないよ!
曖昧な言い方して。
『帰って貰ったんだよ』と何故そのまま言えないんだ。
と自分の言うことにツッコみつつ、
「あの、りん」
と切り出した。
「ん?」
りんと私は、夕日の当たる教室で前後の席に向かい合って座っているが。
見つめ合った。
私はりんの顔をじっと見ながら、最初の言葉を探していた。
『りん、私、実は女なんだ……』
と始める、しかない。
と決心して、
「りん……」
と言ってりんの目をジッと見ると。
りんも私をジッと見つめ返してきて……
しばらくすると。
そっと目を閉じた。
……
…………
何 コ レ
何でりんは目を閉じたの!?
と私は頭が真っ白になる。
えっ、ここで目を閉じるって何。
何なの?
も、もしかして……キス?
キス待ち!?
これキスしていいの!?
後で怒られない!?
えっいいの!?
などと混乱したが。
おそるおそるもう一度りんの顔を見つめると。
ドキドキしながらもまるで吸い寄せられるようにりんの顔に――唇に――顔を近づけていった……。
磁石だ! などと頭の中は混乱しつつも、身体が勝手に動いていく感じ。
唇と唇が近づき……。
あと少しで触れ合う、と言うところで、しかし理性が勝ってくれて、私の身体は動きを止めた。
ダメだ!
キスなどしてはいけない!
だってりんは私を男だと思っているのだから。
『男の私』にキスされたいと思っていてくれても、『女の私』に対してはそう思わないんじゃないか?
唇にキスなんてしたら、後にりんをヨリ傷つけてしまうかも知れない……。
顔を離した私は、りんのまだ『待っている顔』にチクチク胸が痛みながら。
おでこにキスをした。
おでこにキスなんて。
子どもっぽい、のかもしれない。
しかしそれでもポーッとしてしまう。
唇をおでこから離すと、りんは目を開けて……
おでこのキスした部分に手を当てるとニッコリした。
私はその顔を見て真っ白になってしまった。
何も言えない、と思った。
言おうと思っていたことが、抜けてしまった。
「帰ろうか、りん……」
こんなの間違っている。
『実は女』って言わなきゃいけない。
けど、もう少しこのままでいたいと思ってしまった。
私は確信犯だ……。
ひどい。
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