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第二部

44話 りんとサキ

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 駅に近づくにつれ心が重くなっていく。
 あおいはいつも通り電車に乗っていてくれるだろうか?
 
 いや、乗っていなくても仕方がない。
 昨日の今日だ。
 気まずくて当然。

 ため息混じりに何度も繰り返し思ったことを再び思う。

『どうしてあおいに手を繫がれただけで、あんなにキョドってしまったのだろう?』

 いや、キョドるだけならまだ良かったのに。
 何故動揺を悟られないためにあおいにキツく当たってしまったのだろう。

 甘えていたんだ。
 あおいならちょっと突き放してもきっと許してくれると思って。

 でもあおいはおれの想像以上に優しくて。
 おれのことを責めるのではなく自分を責めてしまった。
 
 おれが本気で怒ったと思って。
 そして『おれに触らないで』と。
 それを伝えるために、返事を期待しない告白を……。
 
 今日何度目かのため息を再び吐いた。
 後悔先に立たず、だ。

 プラットフォームにいつもの電車がやってきた。
 ドキドキしながら、あおいと乗る約束をしているいつもの車両に乗り込む。

 少し探して、すぐあおいを見つけた。
 あおいはおれが気付くより先におれを見つけていて。
 目が合うと口の端を上げた――ニコリ。

 そんなあおいに嬉しくなったのと同時に、切なくなった。

『どうしていつも通りいるんだよ、あおい。
おれ、あんなに酷いことをしたのに。
どうしておれのためにこの電車に乗ったんだ?
何でそんなにお人好しなんだよ?』

 あおいと、どう接すればいいのだろう? と緊張してくる。
 いや、いつも通り。
 それでいいんだ。

 今まで通り――友達――。
 
 あおいは『りんがこれからも友達でいてくれるかわからないけど』なんて言っていた。
 と言うことは『おれが友達をやめたがる』と思ったのだ。
 ならば。
 おれが今まで通り友達として接すれば、また前のように仲良くなれるのではないか?

 今は反省もしている。
『あおいの優しさに甘えすぎてはいけない』と。

 だから、今まで以上にきっと仲良くなれると言うか。
 あおいに対して誠実になれるはず。

「おはよ、あおい」

 とドキドキしながらも笑いかけるとあおいも微笑んだ。

「おはよ」

 と言うと中腰になり、

「座る?」

「いや、いいよ」

 いつものやりとり。
 と言っても『座る?』と言われて座ったことはないのだけど。
 あおいは毎回聞いてくる。

 今日も変わらない。

 その後はお互いあまり話さなかったが。
 それもいつも通りだ。
 あおいもおれも朝から――少なくとも電車内では――あまり話さないのだ。

 話はしなかったけど、ホッとしていた。

 きっと大丈夫。
 今まで通りになれる。

 今まで通り……。
 それでいいのか?
 と言う言葉が思い浮かんで。
 慌てて打ち消す。

 それでいいんだ。
 だって、もう無理だから。

『どうしておれの返事を聞かないんだよ?
あおい……』

 とまた繰り返してくる問いを振り払うように、小さく首を振った


※※※

 学校へ向かう道を歩くときも今まで通りだった。
 話題はお互いあった。
 いつも以上にあったかもしれない――何を話すかきっとお互いあらかじめ考えてきたのだ。

 あおいの歩く速さ(遅さ)にすっかり慣れた、あおいとの登下校の道。
 でも今までと違うこともある。

『あおいに触れることは二度とできない』。


※※※

 教室へ入り、友達のケイとハヤトがおれたちを認め明るい顔で近づいてくるのを見たときは、正直少しホッとしてしまった。
 あおいと2人きりより、良いと思った。
 今はまだ。
 どこかぎこちないから。
 きっとあおいの方が気まずいのではないだろうか。
 だからあおいにとっても良いんだ。

 少し4人で話した後、おれは自分の席に着き授業の準備を始めた。
 すると唐突に目の前の机に、小さな箱が差し出された。
 折りたたまれた小さな紙が何枚も入っている箱。

 見上げるとクラスメートの美少女田中サキが机の前に立っていた。

 箱を軽く振ると、

「くじ引き」

「えっ」

「席替えだよ」

 とサキは言った。

 このクラスは1ヶ月に1回席替えをする。
 色々な人と触れ合って欲しいと言う先生の指示によるものだが。
 不正をする者もいたり結局近くの席になっても休み時間になると友人同士で集まったり。
 あんまり先生の意図通りにはなっていない。

 くじを引いた後、サキはチラリとまわりを伺って誰もこちらに注目していないことを確かめてから、顔を近づけてきた。

「あおいくんと仲直りした?」

 サキの顔が近くにあるから。
 あおいのことを聞かれたから。
 サキはあおいとおれのことを知っているんだと思ったから。
 サキはどこまで知っているんだろ? と思ったから。
 
 色んな理由でドキドキしながら、うなづいた――「うん」。

「良かった」

「ん……」

 と曖昧に相づちを打つと、サキは首をかしげる。

「なんか元気ないねえ……」

「いや……」

 と苦笑いを返すと、サキはあおいの方に視線を走らせ、

「あおいくんも、かな?」

 と言った。
 あおいも元気が無い、と。

「そうかも……」

「ま。元気出して」

 とサキはあおいからおれに視線を戻すと微笑み、

「人にはそれぞれ立場とか事情があるよね。
それですれ違ったりするけど。
でも、結局のところ誰も悪くないんだよ、きっと」

 と言った後、少し照れた。

「お節介……だよね」

「いや」

 とおれは笑顔を作り、

「ありがとう」

 サキはうなづくとおれの前から去り、次の人にクジ引きの箱を持って行く。

 サキの後ろ姿を見ながら思う。

 サキはおれを励ましてくれた。
 あおいの100%味方だろうに。

 サキがあおいの写真を合成――他人の胸を写真のあおいの胸部分に切り貼りしたのだろう――して。
 『みどり』――男のあおい――の実在に信憑性を持たせようとしたと考えたときは反感を持ってしまったが。
 実際のところ、サキはあおいを助けたのだ。
 あおいのことを思って。
 クラスメートの悪気ない好奇の目から助けた。

 自分のことばかり考えていたのはおれの方。
 あおいを責めて。
 あおいとサキとキョウが必死で隠したこと――あおいの秘密――を無理に聞きだそうとした。

『友達なのに』とこちらに正当性があるようなことを言って。

 実際のところは隠されたことにムッとしたのだ。
 仲間外れにされたようで。
 そして自分があおいの『いちばん』じゃないと思って、キョウとサキに嫉妬した。

 実際はおれがあおいの『いちばん』だったのに。
 あのときは。まだ。
 
 その結果がこれ。
 あおいに秘密を問いただした際の一連のやりとりの結果が、今のこの状況。

 おれはため息を吐き、小さく首を振った。
 まさに自業自得と言うやつだ。
 
『あおいはおれに恋をしていた』。

 どんどん過去形になっていく。
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