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第二部
43話 どうして?
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ぼんやりとした背景の中。
悲しげな笑顔が揺れている。
あの笑顔は……
あおい……?
その後。
どこからか不釣り合いなほどハッキリした声が聞こえてくる……
『どうしておれの返事を聞かないんだよ?
あおい……』
そこでハッと目が覚めた。
見慣れた自分の部屋の天井をぼんやり見ながら思い返す。
夢の最後に見た顔と、聞こえてきた声。
『どうしておれの返事を聞かないんだよ?
あおい……』
『どこからか聞こえてきた声』と夢の中のおれは思ったが。
その言葉を発したのは、もちろんおれ自身の脳。
しかし、どこか他人のような声だった。
そして、他人の声のように聞こえたからこそ、とても印象的だった……
自分が意識して――思考して――紡いだ言葉と言うより。
潜在意識が心の奥底にある気持ちを教えてきた感じがしたから。
何だか怖い。
『どうしておれの返事を聞かないんだよ?
あおい……』
……もし返事を聞かれていたら、おれは何て答えたんだろう?
※※※
家を出て、駅に向かう途中も昨日からずっと考えていたことを繰り返していた。
『あおいはおれが好き』
『恋愛感情で』
恋愛感情……。
『あおいはおれに恋をしていた』と知った今、振り返ってみれば確かにそう言うところがあったように思う。
あおいは他の男子とは違い、抱き締めたり触ったりすると本当に照れたし――その反応がおもしろくて行動がエスカレートしてしまった面もある―― 。
おれのことをしょっちゅう褒めてくれた――『かっこいい』とか。
けなしてくることもあったけど、どこか照れ隠しが見えて。
『あおいはおれのことが好き』
とずっとどこか自信があった。
そう言うことってわかるものだ。
誰に好かれていて、誰に嫌われているか。
何となくわかる。
あおいの好意に答えてか――人に好かれているとわかることは嬉しいことだから――。
それともあおいにたとえ好かれなくてもそうだったのか。
わからないけど、おれもあおいのことが大好きだった。
でも。
おれは昨日のあおいの告白を思い出す――
「おれはりんが好き。
恋愛感情で」
『恋愛感情』であおいがおれのことが好き……。
そう疑ったことがこれまで一度もないと言うと、嘘になる。
『あおいはおれのことを友達以上に好きなんじゃないか?』
と思ったことが確かにあるから。
あおいのどこか『普通の男子』とは違う面を発見するたび。
あおいにはちょっと『女子っぽい』ところがあると実感するたび。
少しは考えた。
『あおいがもし本当に女子に近くて。
「そっち」だったら。
おれのことを「恋愛感情」として好きな可能性もあるのではないか?』と。
しかし。
そう考えてはみるものの、すぐ打ち消してきた。
『まさかあるわけない』と。
あおいが――男子が――女子っぽくても、それ即ち『男が好き』とは限らないし。
いや、あおいはちょっと『男が好き』っぽいところもあったが――BLが好きとか言っていたし。
しかし『男が好き』だからってそれ即ち『恋愛感情で男が好き』とは限らないし。
そしてたとえ『恋愛感情で男が好き』でも『おれのことが好き』とは限らない――普通に友達として好意を寄せてくれているだけかもしれない。
あおいがおれを『恋愛感情』で好きな可能性を少しは疑ったものの。
やはり本当のことだとは思えなかった。
机上の空論と言うか――現実に起きているとは思わなかった。
現実感がなかった。
最後には何だか勝手に変なことを――ありえないことを――想像していると思い恥ずかしくなった。
あおいにも悪いと思い。
自分は本当に自意識過剰だと苦笑していた。
でも、あってた。
『あおいはおれに恋をしていた』
※※※
でも。
あおいの気持ちがわからなかったのは当たり前だ。
他人なのだから。
だから。
今考えるべきは、おれ自身の気持ちなのではないか?
『どうしておれの返事を聞かないんだよ?
あおい……』
と夢の中で浮かんだ言葉がずっと頭の中でこだましている。
おれにとって、初めての『告白』だった。
する方もされる方もなかったから。
『初めての告白』。
よく想像していたものだ。
ずっと好きだった女子に呼び出されて告白され、もちろん承諾する。
そんな妄想。
しかし現実で実際に起きた初めての『告白』は。
『同性』からのもので。
承諾するとか以前に、相手は『返事を求めなかった』。
自分はごく平凡な人間なのに『初めての告白』は平凡じゃなかったな、とおれは苦笑した。
あおいの告白について考えると胸が痛む。
『返事を求めなかった』
それはつまり。
あおいはフラれると確信しながらおれに告白したのだ。
おれがあおいに二度と触ることのないよう注意するため――それが理由のひとつ。
自分より人のことを考える、いじらしいあおい。
もう二度と触ることを禁じられたあおいの身体。
男子の中では小さい方。
160センチちょっとくらい?
女子の平均より少し高いくらいの身長。
そして細い。華奢だ。
何故か胸板だけは厚いけど……。
抱き締めるととても心地良くて。
可愛くて、幸せだった。
他の男子よりあおいにちょっかいを出してしまうのも、そのせいだったのではないか?
あおいの他の男子はもっとゴツゴツしていて固い――まあ男子だから当たり前だけど。
あおいは華奢なのにポチャッとしていた――柔らかい。
本当に女の子みたいだった。
いや、女の子に触ったことがないからわからないけど。
あおいに『りんに触られることを内心喜んでいた』と謝られたとき。
あおいが謝るなら、おれも謝らなければならないんじゃないか? と思った。
いや、あおいよりもっと悪いのでは?
あおいはおれのことを『りん』――おれ自身――として抱き締められることを喜んでくれた。
でもおれはあおいをあおいとして――彼自身として――抱いて喜んでいたのではなく、『女子の代用品』として扱っていたのではないか?
『女の子を抱くってこんな感じなのかなあ』と思いながらあおいを抱いたことがなかっただろうか。
あおいはそのことに気付いて、傷ついていたのではないだろうか?
だから『もう触るな』と言ってきたのかもしれない。
おれは本当にあおいを『女子の代用品』として触ってきたのだろうか?
わからない……。
あおいだから――彼だから――あおいを抱き締めるのが好きだった。
そうとも思う。
でも……。
つい、考え過ぎてしまう。
自分の表面的な考えを『自己弁護』として、もっと深い意味を探してしまう。
『自分の気持ち』に正直になればいいだけなのに。
考えるな、感じろ、と言うじゃないか……。
『感じろ』。
あおいに手を握られたときの気持ち……。
小さな手がそっとおれの手を握り。
ぎゅっとして。
驚いて振り返ったとき目に入った、おれを見上げる、あおいのおずおずとした笑顔……。
わからない。
だってあおいは男だから。
好きになる子はずっと女子だった。
同性を好きになることに偏見はないつもりだったけど。
あくまで他人に起きることだった。
自分が同性に好かれることが、同性を好きになることがあるなんて想像だにしなかった。
『同性愛』に偏見はないと言いながら。
『フィクション』でしかなかったのだ。
でも手にあおいの感触を感じた状態で、あおいの臆病そうな笑顔を見たとき。
パッと脳が明るくなるのを感じた。
そして……混乱した。
『何で?』
『どうして?』
『男同士なのに?』
『もしあおいがおれの今の気持ちを知ったら?
どう思われる?』
自分の気持ちがわからず、咄嗟にあおいの手を離し。
傷ついた顔をするあおいに、さらに心ない言葉を浴びせた。
「なんだよ、あおい……。
急に手を握るなんて」
自分の気持ちを――混乱を――悟られたくなくて、咄嗟にわざとあおいを動揺させることを言った――大袈裟に。
「あおい、最近変だよ……」
違う。
変なのは、今のおれ。
そして自分の混乱した気持ちをあおいにぶつけるように怒って、あおいから逃げた。
一旦あおいから離れて考えようと思って。
ホントはあおいに怒ってなんかいなかったのに。
あおい……。
『もし返事を聞かれていたら?』
おれは何て答えたのだろう?
きっと断っていた。と思う。
だっておれは平凡な人間だから。
同性愛なんて……。
でも。
あおいと付き合うところを想像すると幸せな気持ちにもなるから。
あるいは、もしかしたら……。
でも、もう終わってしまった。
あおいは『返事を求めなかった』。
そして返事を求めないのに告白した理由の一つは……
『けじめ』のためだ。
『あおいはおれに恋をしていた』
きっと、どんどん過去形になっていく。
悲しげな笑顔が揺れている。
あの笑顔は……
あおい……?
その後。
どこからか不釣り合いなほどハッキリした声が聞こえてくる……
『どうしておれの返事を聞かないんだよ?
あおい……』
そこでハッと目が覚めた。
見慣れた自分の部屋の天井をぼんやり見ながら思い返す。
夢の最後に見た顔と、聞こえてきた声。
『どうしておれの返事を聞かないんだよ?
あおい……』
『どこからか聞こえてきた声』と夢の中のおれは思ったが。
その言葉を発したのは、もちろんおれ自身の脳。
しかし、どこか他人のような声だった。
そして、他人の声のように聞こえたからこそ、とても印象的だった……
自分が意識して――思考して――紡いだ言葉と言うより。
潜在意識が心の奥底にある気持ちを教えてきた感じがしたから。
何だか怖い。
『どうしておれの返事を聞かないんだよ?
あおい……』
……もし返事を聞かれていたら、おれは何て答えたんだろう?
※※※
家を出て、駅に向かう途中も昨日からずっと考えていたことを繰り返していた。
『あおいはおれが好き』
『恋愛感情で』
恋愛感情……。
『あおいはおれに恋をしていた』と知った今、振り返ってみれば確かにそう言うところがあったように思う。
あおいは他の男子とは違い、抱き締めたり触ったりすると本当に照れたし――その反応がおもしろくて行動がエスカレートしてしまった面もある―― 。
おれのことをしょっちゅう褒めてくれた――『かっこいい』とか。
けなしてくることもあったけど、どこか照れ隠しが見えて。
『あおいはおれのことが好き』
とずっとどこか自信があった。
そう言うことってわかるものだ。
誰に好かれていて、誰に嫌われているか。
何となくわかる。
あおいの好意に答えてか――人に好かれているとわかることは嬉しいことだから――。
それともあおいにたとえ好かれなくてもそうだったのか。
わからないけど、おれもあおいのことが大好きだった。
でも。
おれは昨日のあおいの告白を思い出す――
「おれはりんが好き。
恋愛感情で」
『恋愛感情』であおいがおれのことが好き……。
そう疑ったことがこれまで一度もないと言うと、嘘になる。
『あおいはおれのことを友達以上に好きなんじゃないか?』
と思ったことが確かにあるから。
あおいのどこか『普通の男子』とは違う面を発見するたび。
あおいにはちょっと『女子っぽい』ところがあると実感するたび。
少しは考えた。
『あおいがもし本当に女子に近くて。
「そっち」だったら。
おれのことを「恋愛感情」として好きな可能性もあるのではないか?』と。
しかし。
そう考えてはみるものの、すぐ打ち消してきた。
『まさかあるわけない』と。
あおいが――男子が――女子っぽくても、それ即ち『男が好き』とは限らないし。
いや、あおいはちょっと『男が好き』っぽいところもあったが――BLが好きとか言っていたし。
しかし『男が好き』だからってそれ即ち『恋愛感情で男が好き』とは限らないし。
そしてたとえ『恋愛感情で男が好き』でも『おれのことが好き』とは限らない――普通に友達として好意を寄せてくれているだけかもしれない。
あおいがおれを『恋愛感情』で好きな可能性を少しは疑ったものの。
やはり本当のことだとは思えなかった。
机上の空論と言うか――現実に起きているとは思わなかった。
現実感がなかった。
最後には何だか勝手に変なことを――ありえないことを――想像していると思い恥ずかしくなった。
あおいにも悪いと思い。
自分は本当に自意識過剰だと苦笑していた。
でも、あってた。
『あおいはおれに恋をしていた』
※※※
でも。
あおいの気持ちがわからなかったのは当たり前だ。
他人なのだから。
だから。
今考えるべきは、おれ自身の気持ちなのではないか?
『どうしておれの返事を聞かないんだよ?
あおい……』
と夢の中で浮かんだ言葉がずっと頭の中でこだましている。
おれにとって、初めての『告白』だった。
する方もされる方もなかったから。
『初めての告白』。
よく想像していたものだ。
ずっと好きだった女子に呼び出されて告白され、もちろん承諾する。
そんな妄想。
しかし現実で実際に起きた初めての『告白』は。
『同性』からのもので。
承諾するとか以前に、相手は『返事を求めなかった』。
自分はごく平凡な人間なのに『初めての告白』は平凡じゃなかったな、とおれは苦笑した。
あおいの告白について考えると胸が痛む。
『返事を求めなかった』
それはつまり。
あおいはフラれると確信しながらおれに告白したのだ。
おれがあおいに二度と触ることのないよう注意するため――それが理由のひとつ。
自分より人のことを考える、いじらしいあおい。
もう二度と触ることを禁じられたあおいの身体。
男子の中では小さい方。
160センチちょっとくらい?
女子の平均より少し高いくらいの身長。
そして細い。華奢だ。
何故か胸板だけは厚いけど……。
抱き締めるととても心地良くて。
可愛くて、幸せだった。
他の男子よりあおいにちょっかいを出してしまうのも、そのせいだったのではないか?
あおいの他の男子はもっとゴツゴツしていて固い――まあ男子だから当たり前だけど。
あおいは華奢なのにポチャッとしていた――柔らかい。
本当に女の子みたいだった。
いや、女の子に触ったことがないからわからないけど。
あおいに『りんに触られることを内心喜んでいた』と謝られたとき。
あおいが謝るなら、おれも謝らなければならないんじゃないか? と思った。
いや、あおいよりもっと悪いのでは?
あおいはおれのことを『りん』――おれ自身――として抱き締められることを喜んでくれた。
でもおれはあおいをあおいとして――彼自身として――抱いて喜んでいたのではなく、『女子の代用品』として扱っていたのではないか?
『女の子を抱くってこんな感じなのかなあ』と思いながらあおいを抱いたことがなかっただろうか。
あおいはそのことに気付いて、傷ついていたのではないだろうか?
だから『もう触るな』と言ってきたのかもしれない。
おれは本当にあおいを『女子の代用品』として触ってきたのだろうか?
わからない……。
あおいだから――彼だから――あおいを抱き締めるのが好きだった。
そうとも思う。
でも……。
つい、考え過ぎてしまう。
自分の表面的な考えを『自己弁護』として、もっと深い意味を探してしまう。
『自分の気持ち』に正直になればいいだけなのに。
考えるな、感じろ、と言うじゃないか……。
『感じろ』。
あおいに手を握られたときの気持ち……。
小さな手がそっとおれの手を握り。
ぎゅっとして。
驚いて振り返ったとき目に入った、おれを見上げる、あおいのおずおずとした笑顔……。
わからない。
だってあおいは男だから。
好きになる子はずっと女子だった。
同性を好きになることに偏見はないつもりだったけど。
あくまで他人に起きることだった。
自分が同性に好かれることが、同性を好きになることがあるなんて想像だにしなかった。
『同性愛』に偏見はないと言いながら。
『フィクション』でしかなかったのだ。
でも手にあおいの感触を感じた状態で、あおいの臆病そうな笑顔を見たとき。
パッと脳が明るくなるのを感じた。
そして……混乱した。
『何で?』
『どうして?』
『男同士なのに?』
『もしあおいがおれの今の気持ちを知ったら?
どう思われる?』
自分の気持ちがわからず、咄嗟にあおいの手を離し。
傷ついた顔をするあおいに、さらに心ない言葉を浴びせた。
「なんだよ、あおい……。
急に手を握るなんて」
自分の気持ちを――混乱を――悟られたくなくて、咄嗟にわざとあおいを動揺させることを言った――大袈裟に。
「あおい、最近変だよ……」
違う。
変なのは、今のおれ。
そして自分の混乱した気持ちをあおいにぶつけるように怒って、あおいから逃げた。
一旦あおいから離れて考えようと思って。
ホントはあおいに怒ってなんかいなかったのに。
あおい……。
『もし返事を聞かれていたら?』
おれは何て答えたのだろう?
きっと断っていた。と思う。
だっておれは平凡な人間だから。
同性愛なんて……。
でも。
あおいと付き合うところを想像すると幸せな気持ちにもなるから。
あるいは、もしかしたら……。
でも、もう終わってしまった。
あおいは『返事を求めなかった』。
そして返事を求めないのに告白した理由の一つは……
『けじめ』のためだ。
『あおいはおれに恋をしていた』
きっと、どんどん過去形になっていく。
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