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第一部
28話 『みどり』とキョウ
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「お姉ちゃん、その格好で写真撮るならカツラも着けてきたら?」
とタケルが言うと、キョウは不思議そうな顔をした、
「カツラ?」
「うん。
お姉ちゃん、女の姿で外出するとき用にカツラ持ってんの」
まだ『?』と首をかしげるキョウに、タケルは詳しく説明した、
「近所の人には、この家には男子高校生『あおい』が住んでいると思われているだろ?
だから『あおい』がそのままワンピースとか着て出かけたら、
『まあ、あの子、女装趣味があるのね』
ってなるだろ?
だからお姉ちゃん、女として外出するとき用に――変装用に――長髪の女物のカツラを持っているんだ」
「伊達メガネもかけるよ」
「へえ……。
思ったより、色々大変なことあるんだねえ……」
「そうなの」
「家族も大変なんだぜ?
この家には『あおい、タケル』の他にもう1人、女の子どもがいると近所の人に思われているからね。
もう1人の設定を家族全員で共有して話を合わせなくちゃならないんだよ」
「もう1人?」
「うん。
女の格好をしている方のお姉ちゃん――『みどり』」
「みどり?」
とキョウは首をかしげたので、私は『みどり』について話した、
「私の名前――碧――って『みどり』とも読めるでしょ? それが由来なんだけど。
女の格好をした私のこと、ご近所さんには『みどり』と言う、普段は離れて暮らしているこの家の長女だと言うことにしているの」
「『みどり』は大学一年生の女の子――この家の長女――で普段は一人暮らしをしているんだけど、ときどきこの家に帰ってくる……と言う設定なんだよ。
この設定を家族で共有して、矛盾がないよう日々打ち合わせしながら、ドキドキしつつ暮らしているんだ」
「……へえ……。
何か思っていたよりよっぽど、男装ライフってキツそうなんだねえ。
楽しいのかなとちょっと思っていたけど……」
「そうなの。
全然楽しくないよ」
「おれも全然楽しくない。
罪悪感とか、緊張感とかあるし。
お父さんもお母さんも、近所の人に『みどり』のこと聞かれるのイヤだと思うよ」
「早く『みどり』とか言うウソ吐かずに済むといいんだけどね」
と私がしみじみ言うと、タケルも重々しく頷いた、
「あと一年ちょっとでお姉ちゃん卒業だから、それまでか……」
タケルと私はため息を吐きあった。
ごめんね、タケル……。
※※※
私が茶髪の肩を少し過ぎたあたりのカツラを被ってリビングに戻ると、キョウが再びひとしきり褒めてくれた――『可愛い、可愛い、可愛い』
私は先ほどの褒め殺しで学んだので、適当に流した。
「普段は黒髪ショートでしょ。
だからできるだけそのイメージから離れるため、茶髪なんだ」
と私は説明した後、キョウを見た、
「でも、うちの高校、髪染めるの禁止でしょ?
なのにこのカツラ付けて写真撮ったのを見たら、
『何故あおいちゃんは茶髪なんだ? 不良なのか?』
ってキョウくんのお父さんたちに思われないかなあ」
「いや、大丈夫だよ、それくらい。
ちょっとカツラ着けてるって言えばいいだけだし」
と言うとキョウはスマホを私に向かってかざした。
私はビックリした、
「えっ。
一緒に撮るんじゃないの?
私一人を撮るの!?」
キョウはカシャッと音を立てて写真を撮ると顔を私に向けた、
「だってうちの家族、僕の顔は毎日見てるだろ?
僕の顔よりあおいちゃんたちの顔を見たいよ」
「思う存分撮りなよー」
とタケルがニヤニヤしている。
私はタケルを指差した、
「タケルは?
タケルは撮らないの?」
「おれはお姉ちゃんがカツラを取りに自分の部屋へ行っている間に撮ったからさー」
とタケルはニヤつき顔で私を横目で見ている。
私は釈然としないまま、キョウに何枚か撮らせたあと、
「もうそろそろ一緒に撮ろうよ~」
と言った。
キョウは何故か残念そうな顔で『うん……』と頷く。
私たちは何枚か一緒に撮った。
最初は気が進まない様子だったキョウも二人で撮っていくうちに笑顔になった、
「これはこれでいいな……」
とつぶやいている。
タケルはニヤニヤと私たちを見守っていた。
何だこいつ。
※※※
写真を撮ったあとしばらく話をし、夕食も一緒に食べた。
その後そろそろ遅くなったこともあり、キョウは帰ることになった。
「あおい、キョウくんを駅まで送ってあげなさい」
とお父さんに言われたので、私は伊達メガネをかけた。
外に出ると、あたりはもう暗かった――時間帯は秋の19時なのだ。
「みどりちゃん。こんにちは~」
近所の人に会ってしまい、私は体を強ばらせながら挨拶を返した、
「こんにちは~」
「彼氏?」
とキョウを見つつ近所の人が笑いかけてくる。
キョウは何も言わずにニコニコ会釈している。
「いや……。
弟の友達で……」
とだけ私はやっと言った。
「ああ。
確かにあおいくんと同じ高校の制服ね」
「……」
いや、『弟(タケル)の友達』と言う意味で言ったんだけどね。
あまり嘘を吐きたくないから、こう言う叙述トリック(?)を使うようになってしまう。
「気を付けてね~」
と近所の人は見送ってくれた。
しばらく歩き、近所の人と離れた後キョウは言った、
「大変だね~」
私は苦笑いを返す、
「そうなの」
「でも……何か楽しいなあ……」
私は唇をとがらせた、
「そりゃあ、見ている分にはおもしろいかもしれないけどさー」
「あ、ごめん。
あおいちゃんは大変だよね」
とキョウは申し訳なさそうな顔をしてから、笑顔になった、
「でも僕は……楽しい」
私は頬をふくらませたが、キョウはそんな私を優しい目でジッと見る。
私は変顔をやめて、キョウを見つめ返した。
キョウは優しい目をさらに細めると、満面の笑顔で言った、
「あおいちゃんと秘密を共有できて……。
僕は楽しいし……。嬉しい」
キョウの笑顔を私は何も言えずに見つめた。
感動してしまったのだ――心が洗われるような気持ちになった。
今まで男装ライフは辛いことが多かった。
辛いこと以上に多くの人にウソを吐いたり迷惑をかけていたりする自覚があり、罪悪感ばかり感じていた。
しかし今、初めて私の男装で迷惑をかけられただけではなく、ポジティブな感情を持ってくれた人に出会えたのだ。
「ありがとう、キョウくん」
と言うとキョウは少し不思議そうな顔をした後、ニコニコした。
キョウは何故お礼を言われたのかわからないのだろう。
私はキョウの言葉に救われたのに。
それを伝えるすべを持たなかった。
男子ってほんと、ときどき天使のようになる。
不思議な存在……。
とタケルが言うと、キョウは不思議そうな顔をした、
「カツラ?」
「うん。
お姉ちゃん、女の姿で外出するとき用にカツラ持ってんの」
まだ『?』と首をかしげるキョウに、タケルは詳しく説明した、
「近所の人には、この家には男子高校生『あおい』が住んでいると思われているだろ?
だから『あおい』がそのままワンピースとか着て出かけたら、
『まあ、あの子、女装趣味があるのね』
ってなるだろ?
だからお姉ちゃん、女として外出するとき用に――変装用に――長髪の女物のカツラを持っているんだ」
「伊達メガネもかけるよ」
「へえ……。
思ったより、色々大変なことあるんだねえ……」
「そうなの」
「家族も大変なんだぜ?
この家には『あおい、タケル』の他にもう1人、女の子どもがいると近所の人に思われているからね。
もう1人の設定を家族全員で共有して話を合わせなくちゃならないんだよ」
「もう1人?」
「うん。
女の格好をしている方のお姉ちゃん――『みどり』」
「みどり?」
とキョウは首をかしげたので、私は『みどり』について話した、
「私の名前――碧――って『みどり』とも読めるでしょ? それが由来なんだけど。
女の格好をした私のこと、ご近所さんには『みどり』と言う、普段は離れて暮らしているこの家の長女だと言うことにしているの」
「『みどり』は大学一年生の女の子――この家の長女――で普段は一人暮らしをしているんだけど、ときどきこの家に帰ってくる……と言う設定なんだよ。
この設定を家族で共有して、矛盾がないよう日々打ち合わせしながら、ドキドキしつつ暮らしているんだ」
「……へえ……。
何か思っていたよりよっぽど、男装ライフってキツそうなんだねえ。
楽しいのかなとちょっと思っていたけど……」
「そうなの。
全然楽しくないよ」
「おれも全然楽しくない。
罪悪感とか、緊張感とかあるし。
お父さんもお母さんも、近所の人に『みどり』のこと聞かれるのイヤだと思うよ」
「早く『みどり』とか言うウソ吐かずに済むといいんだけどね」
と私がしみじみ言うと、タケルも重々しく頷いた、
「あと一年ちょっとでお姉ちゃん卒業だから、それまでか……」
タケルと私はため息を吐きあった。
ごめんね、タケル……。
※※※
私が茶髪の肩を少し過ぎたあたりのカツラを被ってリビングに戻ると、キョウが再びひとしきり褒めてくれた――『可愛い、可愛い、可愛い』
私は先ほどの褒め殺しで学んだので、適当に流した。
「普段は黒髪ショートでしょ。
だからできるだけそのイメージから離れるため、茶髪なんだ」
と私は説明した後、キョウを見た、
「でも、うちの高校、髪染めるの禁止でしょ?
なのにこのカツラ付けて写真撮ったのを見たら、
『何故あおいちゃんは茶髪なんだ? 不良なのか?』
ってキョウくんのお父さんたちに思われないかなあ」
「いや、大丈夫だよ、それくらい。
ちょっとカツラ着けてるって言えばいいだけだし」
と言うとキョウはスマホを私に向かってかざした。
私はビックリした、
「えっ。
一緒に撮るんじゃないの?
私一人を撮るの!?」
キョウはカシャッと音を立てて写真を撮ると顔を私に向けた、
「だってうちの家族、僕の顔は毎日見てるだろ?
僕の顔よりあおいちゃんたちの顔を見たいよ」
「思う存分撮りなよー」
とタケルがニヤニヤしている。
私はタケルを指差した、
「タケルは?
タケルは撮らないの?」
「おれはお姉ちゃんがカツラを取りに自分の部屋へ行っている間に撮ったからさー」
とタケルはニヤつき顔で私を横目で見ている。
私は釈然としないまま、キョウに何枚か撮らせたあと、
「もうそろそろ一緒に撮ろうよ~」
と言った。
キョウは何故か残念そうな顔で『うん……』と頷く。
私たちは何枚か一緒に撮った。
最初は気が進まない様子だったキョウも二人で撮っていくうちに笑顔になった、
「これはこれでいいな……」
とつぶやいている。
タケルはニヤニヤと私たちを見守っていた。
何だこいつ。
※※※
写真を撮ったあとしばらく話をし、夕食も一緒に食べた。
その後そろそろ遅くなったこともあり、キョウは帰ることになった。
「あおい、キョウくんを駅まで送ってあげなさい」
とお父さんに言われたので、私は伊達メガネをかけた。
外に出ると、あたりはもう暗かった――時間帯は秋の19時なのだ。
「みどりちゃん。こんにちは~」
近所の人に会ってしまい、私は体を強ばらせながら挨拶を返した、
「こんにちは~」
「彼氏?」
とキョウを見つつ近所の人が笑いかけてくる。
キョウは何も言わずにニコニコ会釈している。
「いや……。
弟の友達で……」
とだけ私はやっと言った。
「ああ。
確かにあおいくんと同じ高校の制服ね」
「……」
いや、『弟(タケル)の友達』と言う意味で言ったんだけどね。
あまり嘘を吐きたくないから、こう言う叙述トリック(?)を使うようになってしまう。
「気を付けてね~」
と近所の人は見送ってくれた。
しばらく歩き、近所の人と離れた後キョウは言った、
「大変だね~」
私は苦笑いを返す、
「そうなの」
「でも……何か楽しいなあ……」
私は唇をとがらせた、
「そりゃあ、見ている分にはおもしろいかもしれないけどさー」
「あ、ごめん。
あおいちゃんは大変だよね」
とキョウは申し訳なさそうな顔をしてから、笑顔になった、
「でも僕は……楽しい」
私は頬をふくらませたが、キョウはそんな私を優しい目でジッと見る。
私は変顔をやめて、キョウを見つめ返した。
キョウは優しい目をさらに細めると、満面の笑顔で言った、
「あおいちゃんと秘密を共有できて……。
僕は楽しいし……。嬉しい」
キョウの笑顔を私は何も言えずに見つめた。
感動してしまったのだ――心が洗われるような気持ちになった。
今まで男装ライフは辛いことが多かった。
辛いこと以上に多くの人にウソを吐いたり迷惑をかけていたりする自覚があり、罪悪感ばかり感じていた。
しかし今、初めて私の男装で迷惑をかけられただけではなく、ポジティブな感情を持ってくれた人に出会えたのだ。
「ありがとう、キョウくん」
と言うとキョウは少し不思議そうな顔をした後、ニコニコした。
キョウは何故お礼を言われたのかわからないのだろう。
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