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3. 野獣、企む
野獣、企む ⑦
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***
その日もやはり学校周辺をウロウロしていた。
もうすぐ正門前という頃、背後から雄叫びが聞こえて振り返れば、「あ~あ~あ~ぁ」と嘆く少年が落ちた物を拾い集めていた。どうやら買い物のビニール袋が破れたらしい。その中の一つと思しきペットボトルが京平の足元にまで転がってきた。
それを拾って「ほらよ」と差し出せば、キョトンとした顔が京平を見上げる。
「おおっ。申し訳ない。ありがとうございます」
少年が破顔してペットボトルを受け取ると、すくっと立ち上がって深く頭を下げた。
京平と比べたら目線の位置は下だが、十分すぎる高身長だ。人懐っこい笑顔はどこかまだあどけなく見える。
繁々と彼の顔を伺いながら脳内の情報を引き出す。
黒くストレートの前髪は目に掛かりそうな程で、対して襟足の方は刈り上げに近いくらいに短い。アーモンド型の双眸はくっきりとした二重で、鼻筋はすっとし、やや大きめの口は口角が上がっていて、いたずらっ子のように見える。
総合的に見るとそうでもないが、目の形は彼女と似ているようだ。
速やかに照合された事前情報と一致した容姿に『っしゃぁ』と心の中で歓喜の声を上げつつ、それをおくびにも出さない。いかにもな風情で怪訝な表情を作った。
「こんな時間に買い出しか?」
彼が拾い集めた品々に目を落とす。
今は二時限目の最中だろう時間帯だ。もちろん彼がこんな中途半端な時間に登校して来る理由を京平は知っているが、訊かれた当の本人は知りようもない。
彼―――高本力は脱いだブレザーを広げ、そこに拾い集めた物を乱雑に置いていくと袖を結び、端々を手の中で一つに束ねた。その大雑把さに苦笑が浮かぶ。
「違う違う。これから登校」
「んじゃあ頼まれたのか? その大量の食いもんは。難儀だな」
「全部俺の朝昼御飯だけど」
平然と返ってきた言葉に唖然とし、丸く膨らんだブレザーと力の顔を何度も交互に見る。弁当やパンにスナック菓子、一リットルのペットボトルが二本。どう見積もっても十人前は有りそうな量だったのだが。
「……は? これ全部、か?」
京平が引きつり気味の笑顔で力を見返すと、彼はにへらっと笑う。
「どうも俺の躰、燃費が最悪みたいでさぁ。皆にはフードファイターって言われてるんだよね」
「そりゃ、そうだろうな」
他に言葉の返しようがない。
京平は自分が割と食の太い方だと思っていたが、さすがに十人前は無理だ。
しかし、この細身の体の一体どこに入って行くのだろう。力の食べる様子を想像しただけで胸焼けしそうだ。
「あ、ヤバっ。ガッコ忘れてた」
「慌てたって、どうせ授業の真っ最中だろ」
「そうなんだけどさ。一応これでも受験生だから」
「はっ。とか言って、弁当買う時間は惜しくないのか」
「これは死活問題に関わる大事なことです」
威張れるような事でもないのだが、力は胸を張って言う。
専ら舞台を中心に活躍する人気俳優―――と聞いていたから、それを鼻に掛けたイケ好かない男を想像していたのだが。
(……脱力するわ、こいつ)
あの俊敏なネコ科の動物を思わせる瀬里の兄弟なのか、怪しいと疑ってしまっても誰も意は唱えないだろう。そう確信する。
言いようもない疲労を感じている京平に、尚も力の言葉が続く。
「腹減ると朦朧として、頭に入るもんも入らないでしょ」
「そこまでか」
力の同意を求めるような眼差しからついと目を逸らし、溜息混じりの言葉が漏れる。それが意外だとばかりに「えっ? ない?」と力が目を瞬いた。
「数日絶食したらそうなるだろうが、一食二食じゃそこまでならないだろう」
「うっそぉ」
「嘘ついてどうする」
「えーっ。俺なんて頑張って頑張って、三時間が限界」
驚いたような顔で左の指を三本立てた。
寧ろそれしか保たない方がビックリである。
(こいつ、食いもんで懐柔できんじゃね?)
そんな事を考えて、ふと財布の中身に思考を巡らせる。と同時にチノパンのバックポケットに手を滑らせた。
きょとんとする力の前でチェーンの付いた長財布を開き、内ポケットを確認する。
「お、あったあった」
そこから取り出した二枚のチケットを「これやるわ」と力に突き出した。
「え?」
と言いながらも力も目がチケットをがん見している。
京平の手にあるのは、フランチャイズ焼き肉店のお食事券一万円相当である。
そんな物を軽々しくあげると言う京平に力は戸惑っているようだが、目線はしっかり京平の手の物を凝視している。
「どうせ貰いもんだし、また寄越されるだろうから気にしなくていいぞ?」
「でも、悪くないです?」
「いや全然。焼き肉飽きたし」
食事券をくれた相手の顔を思い浮かべ、微妙な笑みを刷く。
やたらと京平を気に入っている知人と顔を合わせれば、問答無用で手渡されるのだ。まあ相手にしてみたら、将来的に自分の息子の仕事を手伝わせたいと言う下心があるのだが。
因みに今回の件の情報元でもあったりする。
「美味しく食って貰う方が肉も喜ぶだろ」
「神っ!」
目をキラキラさせる力の鼻先に突き付けると、京平の手から食事券を引っ手繰るように奪い、それを頭上に翳して「ようこそお肉さん」とうっとりした眼差しを注いでいる。流石にちょっと引く。
が、もう一押しだ。
「なんなら、また貰った時にやろうか?」
「マジかっ⁉ 何。これってもしかして夢⁉ それとも俺、近く死ぬのか?」
「ないない。それより要るのか要らないのか。どっちだ?」
「要るっ!!」
即答に、こいつ将来大丈夫か? と他人事ながら少々不安になる。しかしこの展開は京平にとって願ったりだ。
まんまと連絡先を交換すると、丁度終業のチャイムが鳴った。
校舎に向かって走って行く力は何度も振り返っては京平に手を振り、応えるように手を挙げながら「チョロ」と満悦の笑みを浮かべるのだった。
その日もやはり学校周辺をウロウロしていた。
もうすぐ正門前という頃、背後から雄叫びが聞こえて振り返れば、「あ~あ~あ~ぁ」と嘆く少年が落ちた物を拾い集めていた。どうやら買い物のビニール袋が破れたらしい。その中の一つと思しきペットボトルが京平の足元にまで転がってきた。
それを拾って「ほらよ」と差し出せば、キョトンとした顔が京平を見上げる。
「おおっ。申し訳ない。ありがとうございます」
少年が破顔してペットボトルを受け取ると、すくっと立ち上がって深く頭を下げた。
京平と比べたら目線の位置は下だが、十分すぎる高身長だ。人懐っこい笑顔はどこかまだあどけなく見える。
繁々と彼の顔を伺いながら脳内の情報を引き出す。
黒くストレートの前髪は目に掛かりそうな程で、対して襟足の方は刈り上げに近いくらいに短い。アーモンド型の双眸はくっきりとした二重で、鼻筋はすっとし、やや大きめの口は口角が上がっていて、いたずらっ子のように見える。
総合的に見るとそうでもないが、目の形は彼女と似ているようだ。
速やかに照合された事前情報と一致した容姿に『っしゃぁ』と心の中で歓喜の声を上げつつ、それをおくびにも出さない。いかにもな風情で怪訝な表情を作った。
「こんな時間に買い出しか?」
彼が拾い集めた品々に目を落とす。
今は二時限目の最中だろう時間帯だ。もちろん彼がこんな中途半端な時間に登校して来る理由を京平は知っているが、訊かれた当の本人は知りようもない。
彼―――高本力は脱いだブレザーを広げ、そこに拾い集めた物を乱雑に置いていくと袖を結び、端々を手の中で一つに束ねた。その大雑把さに苦笑が浮かぶ。
「違う違う。これから登校」
「んじゃあ頼まれたのか? その大量の食いもんは。難儀だな」
「全部俺の朝昼御飯だけど」
平然と返ってきた言葉に唖然とし、丸く膨らんだブレザーと力の顔を何度も交互に見る。弁当やパンにスナック菓子、一リットルのペットボトルが二本。どう見積もっても十人前は有りそうな量だったのだが。
「……は? これ全部、か?」
京平が引きつり気味の笑顔で力を見返すと、彼はにへらっと笑う。
「どうも俺の躰、燃費が最悪みたいでさぁ。皆にはフードファイターって言われてるんだよね」
「そりゃ、そうだろうな」
他に言葉の返しようがない。
京平は自分が割と食の太い方だと思っていたが、さすがに十人前は無理だ。
しかし、この細身の体の一体どこに入って行くのだろう。力の食べる様子を想像しただけで胸焼けしそうだ。
「あ、ヤバっ。ガッコ忘れてた」
「慌てたって、どうせ授業の真っ最中だろ」
「そうなんだけどさ。一応これでも受験生だから」
「はっ。とか言って、弁当買う時間は惜しくないのか」
「これは死活問題に関わる大事なことです」
威張れるような事でもないのだが、力は胸を張って言う。
専ら舞台を中心に活躍する人気俳優―――と聞いていたから、それを鼻に掛けたイケ好かない男を想像していたのだが。
(……脱力するわ、こいつ)
あの俊敏なネコ科の動物を思わせる瀬里の兄弟なのか、怪しいと疑ってしまっても誰も意は唱えないだろう。そう確信する。
言いようもない疲労を感じている京平に、尚も力の言葉が続く。
「腹減ると朦朧として、頭に入るもんも入らないでしょ」
「そこまでか」
力の同意を求めるような眼差しからついと目を逸らし、溜息混じりの言葉が漏れる。それが意外だとばかりに「えっ? ない?」と力が目を瞬いた。
「数日絶食したらそうなるだろうが、一食二食じゃそこまでならないだろう」
「うっそぉ」
「嘘ついてどうする」
「えーっ。俺なんて頑張って頑張って、三時間が限界」
驚いたような顔で左の指を三本立てた。
寧ろそれしか保たない方がビックリである。
(こいつ、食いもんで懐柔できんじゃね?)
そんな事を考えて、ふと財布の中身に思考を巡らせる。と同時にチノパンのバックポケットに手を滑らせた。
きょとんとする力の前でチェーンの付いた長財布を開き、内ポケットを確認する。
「お、あったあった」
そこから取り出した二枚のチケットを「これやるわ」と力に突き出した。
「え?」
と言いながらも力も目がチケットをがん見している。
京平の手にあるのは、フランチャイズ焼き肉店のお食事券一万円相当である。
そんな物を軽々しくあげると言う京平に力は戸惑っているようだが、目線はしっかり京平の手の物を凝視している。
「どうせ貰いもんだし、また寄越されるだろうから気にしなくていいぞ?」
「でも、悪くないです?」
「いや全然。焼き肉飽きたし」
食事券をくれた相手の顔を思い浮かべ、微妙な笑みを刷く。
やたらと京平を気に入っている知人と顔を合わせれば、問答無用で手渡されるのだ。まあ相手にしてみたら、将来的に自分の息子の仕事を手伝わせたいと言う下心があるのだが。
因みに今回の件の情報元でもあったりする。
「美味しく食って貰う方が肉も喜ぶだろ」
「神っ!」
目をキラキラさせる力の鼻先に突き付けると、京平の手から食事券を引っ手繰るように奪い、それを頭上に翳して「ようこそお肉さん」とうっとりした眼差しを注いでいる。流石にちょっと引く。
が、もう一押しだ。
「なんなら、また貰った時にやろうか?」
「マジかっ⁉ 何。これってもしかして夢⁉ それとも俺、近く死ぬのか?」
「ないない。それより要るのか要らないのか。どっちだ?」
「要るっ!!」
即答に、こいつ将来大丈夫か? と他人事ながら少々不安になる。しかしこの展開は京平にとって願ったりだ。
まんまと連絡先を交換すると、丁度終業のチャイムが鳴った。
校舎に向かって走って行く力は何度も振り返っては京平に手を振り、応えるように手を挙げながら「チョロ」と満悦の笑みを浮かべるのだった。
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