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3. 野獣、企む
野獣、企む ⑥
しおりを挟む瀬里を探すのに必死になって夏休みを潰し―――もとい。四六時中夏休み状態を更新し、当て所なく彼女を探した。
誰かに訊ねようにも、顔は半分隠れていたし、背格好だけではアバウトで検索範囲が広すぎる。
結局瀬里を見付けることが出来ないまま無駄に時間は過ぎていった。
もうやめちまえ、ともう一人の自分が呆れたように言う。その一方で嫌だとゴネる自分も居た。
何でこんなに拘るのだろうと、自問しても答えが見つからない。
こんなに自分を悩ましくさせた存在は、後にも先にも彼女だけだ。見つけたらタダじゃ済まさない―――そう何度、毒吐いた事だろう。
晩秋に差し掛かったそんなある日の事だった。
「なんだコレ……写真集?」
学校から帰宅した保が、帰りしなに買って来た本屋の袋を無造作に机に置き、制服を脱ぐ傍らで京平は興味津々に覗き込んで、中の本を手に取った。
“aqua” と付けられた写真集の表紙をしげしげと眺めながら「グラビアじゃねえの? 真面目だねぇ」と揶揄いつつ、パラパラとページを捲る。
水を主体に人工、自然との融合。
綺麗だとは思うが、それだけだ。何の感慨も浮かばず、京平は本を閉じようとして不意に手を止めた。
見間違いではないだろうかと、食い入るようにそのページを見詰める。
「あ~それ」
遂に幻覚まで見るようになったか、と内心焦っている京平の隣にいつの間にか保が立って、手元の写真集を覗き込んでいた。
「いい写真だよね。水と戯れるあどけない笑顔と、少女から女性に変化していく不安定さのあるエロチシズム」
「……真面目一徹かと思ったけど、お前もやっぱり男だったんだな」
「あのねぇ。これは客観的かつ、芸術的目線で言ってるんだけど」
京平じゃないんだから、と心外そうにブツブツ言っている保を無視して、再び写真に目を落とした。
先を潰したホースから迸るキラキラした水飛沫を全身に浴びる姿態に、張り付いたTシャツ。透けて見えそうで見えないジレンマを感じつつ、羽化を待つその未完成な色香に何故だか動悸を覚える。
「……いや。おかしいだろ」
「どこがさ」
つい漏れ出た言葉にすかさず保のツッコミが入った。自分の事を言われたと誤解しているのか、半眼で京平を見返してくる。それを一蹴して言を継ぐ。
「胸は大きい方が好きだ」
「はあ?」
「……でもまあこれはこれで良いか、とか思う俺って、壊れたか?」
「意味わかんないんだけど」
「この女、俺のもんにする」
「何、その唐突な展開! 彼女がどこの誰だか知ってて言ってんの!?」
「いや。知らない」
「あのね~ぇ」
心底呆れた顔で京平を眺め、対峙したかと思いきや両肩に手を置く。
「ま、いいか。どうせ京平の手の届かない子だから」
「保、知ってんのか?」
コレ、と写真の彼女を指さす。すると保ははあと溜息を吐いた。
「五、六年か前に、子役の高本淳弥がプリンのCMに出たの覚えてる?」
「あったか? そんなの」
「あったの。CM見て美味しそうでさ。一緒にそのプリン食べたじゃんか」
「う~ん……覚えてねえ」
「うん。そうだよね。京平ってそういう奴だよね。聞いた僕が悪いんだ。ごめんよ」
ふふふと乾いた笑いを漏らす保を訝しく眺めていると、今度は盛大な溜息を吐いた。項垂れたまま小さく何度か頷き、達観したような笑顔を京平に向ける。それが妙に腹立つ。
ムッとした顔で保を見る京平を彼はスルーし、気を取り直した口調が唇を滑り出した。
「彼女は高本淳弥の姉で、モデルのSERI。主に雑誌のモデルをしていて、CMに出たのはプリンの一本だけ。残念なことに中学入学を機にモデルは引退してる」
「何でそんなに詳しいんだ?」
「一時期、結構話題になったの知らないの?」
「知らん」
胸を張って肯定したら、また溜息を吐かれた。
それから保の講義が始まった。
SERIを取り巻く環境を彼の知る限り、懇切丁寧に、芸能関係に疎い京平に分かり易く。
そして、世界が違うからと締め括った。
しかしそんな事で諦めがつく事なら、延々と彼女を探し回ったりしていない。
接点がないならないで作れば良いだけの事。
にんまり笑った京平の顔を見て、保が身震いしたのを見なかった事にしたのは、言うまでもない。
これまでのヤンチャのお陰、と言ってはなんだが、その道に滅法明るいツテを使いまくって、まずは瀬里の実家を突き止めた。尤もこれは比較的簡単だったらしい。何しろ実家は総合病院であり、兄弟たちが有名人揃いときてる。なんでも二年ほど前にバラエティー番組で取材を受けているそうだ。京平は全く知らなかったが。
(しかし。お嬢様とは思えない見事な身のこなしだったよな)
一瞬とはいえ京平の肝を冷やしたくらいだ。江戸時代から続く医者の家系のお嬢様だなんて、誰が想像しようか。寧ろお庭番の方がしっくりくる。
あの時、京平に向けられた殺気に肝を冷やしたのは確かだが、時間の経過とともにそれは高揚感へと姿を変えた。
今までそんな女いなかった。
ワクワクして、心底から欲しいと思う。
愛とか恋とかそんなもの解らないが、彼女を手に入れたらこのモヤモヤと胸中に蟠った何かが晴れていく、そんな核心めいたものがあった。
実家が分かった所で、いざ行かんと逸った京平に情報主が語った事実は、彼を一瞬フリーズさせた。
瀬里は全寮制の学校に在籍しているため、実家にはいないと聞いた時の絶望感。それを即座に振り払うと、ならば外堀を埋めるまでとシフトチェンジする。
まずは誰から近付こうか思案を巡らせた。
自慢じゃないが、健康過ぎて病院にはとんと縁がない。強いてあるとしたら外科だが、それだけの為にわざわざ怪我するほどイカレていないし、何より京平が怪我をしようものなら、ここぞとばかりに襲撃してきそうな連中の相手をするのは、考えるだけでも鬱陶しい。もちろん負ける心算は毛頭ないが。
そう考えると、医療従事者である彼女の両親や長男次男に手っ取り早く近付く選択肢は、ない。
三男は父 勝明と同じ作家だが、その生態は父同様ほぼ引き篭もりらしい。彼を引っ張り出すだけの有効なデータがないため策も練れず、かと言って父の伝手を使って借りを作るのだけは全力で遠慮する。
色々と考えを進めていくと、接触可能なのは四男と五男である。
二人がまだ中学生なら、他の家族に比べて比較的に容易だと思われた。
が――――。
嘗めていた。
芸能界なんてこれまで興味もなく、所詮は義務教育中の子供だからと軽く考えていた。ランダムな登下校で空振りすること数回。『義務教育はちゃんと学校行けよ!』とつい怒声を上げ、保に『お前が言うかっ』と後頭部を殴られた。そりゃそうだ。
それならばと校門前で待ち伏せすれば、二日目に警らから職質される有様で。補導じゃないところが微妙な気分にさせられた。老け顔なのは、認めたくないが勝明の遺伝子のせいだ。
そんな理由で近所住民に目を付けられてしまい、校門前でずっと張り付いているわけにもいかず、かと言って近くには隠れ蓑になりそうなコンビニも無ければファミレスもないせいで、二人の通学路であろう辺りをウロウロする羽目になった。
毎日毎日飽きもせず、自分は一体何しているんだと省みて溜息吐くこと数知れず。
そのくらい足繁く登校すればいいのに、と皮肉った保にアイアンクローを見舞ってやった後も、足は学校に向いた。
いっそ瀬里の在籍する学校にまで行ってやろうかとも思ったが、生徒たちが敷地内から出て来ることはほぼなく、身内の面会でさえ事前の予約が必要らしい。まるで拘置所だなとウンザリした。
そして――――張り込みを始めてから二週間。
チャンスは唐突に転がり込んできた。
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