【R18】残念美女と野獣の×××

優奎 日伽 (うけい にちか)

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3. 野獣、企む

野獣、企む ①

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 咄嗟に出した左手を一閃した熱。
 続いて散ったのは赤い飛沫。

 らしくもない失敗をした。
 普段の彼なら、刃物の前に手を出すなんて愚行はしない。
 余裕がなかったわけじゃない―――いや。自分で思うほど余裕はなかったのかも知れない。でなければこんな失敗は有り得ない。

(……怪我なんて、中学以来か?)

 思いの外傷は深いらしい。ドクドクと脈を打って流れ出す血を暫し眺め、取り敢えず傷口を心臓より高くする。
 刃物を振るった男に眼くれると、先刻まで狂気じみた目付きで暴れていたとは思えないほど動揺しているかのようだった。

「……小者だな」

 ボソリと呟いたその声は、少しばかり残念そうだ。薬でもやっていて完全にイッちゃっているような輩なら、少しは歯応えがあったろうに、と溜息まで吐く。

「や。瀬里を狙った時点で私刑決定だな」

 独り言ちて、右の手首を弛める為に軽く振り、左右に倒した首がパキッポキッと鳴る。僅かに顎を上げて睥睨すると男がじりっと後退った。

「逃がすかよッ!」

 フェイントで殴ると見せかけて上段回し蹴りを頭部に入れると、面白いくらいに吹っ飛んでいった。男が握っていた刃物も一緒に何処かに吹っ飛んでいったが、それらしい悲鳴は上がらなかったから、誰かを傷付けるような事はなかったのだろう。
 我ながら悪運が強いと感心する。
 それでも、先にナイフを取り上げなかったのは失敗だったと後悔しつつ、束の間の安堵の色を面に浮かべた。

「まあ、吹っ飛んだ凶器を探すのは、警察の仕事ってことで」

 倒れて身動ぎ一つしない男の傍らにしゃがんで胸ぐらを掴み、「気絶すんのは早ぇぞ」とガクガク揺する。
 が、一向に目を開ける様子はなく、諦めて手をパッと放した。当然男の頭は引力に逆らうことが出来ないまま、ゴッと鈍い音を立ててアスファルトに沈んだ。
 息を呑んで見守るギャラリーを一巡し、ニッコリ笑いながらダメ押しの踵落としを鳩尾に一発。一応、内臓破裂しない程度に力加減はした。

(奴の内臓が破裂しようと知ったこっちゃないけどな)

 それだけ、瀬里を手に掛けようとした男に京平の怒りは心頭である。
 しかし。一時の感情で瀬里との未来を投げ出すほど愚かではない。
 やんちゃは十四の終わりから十六の約二年で遣り尽くした。今更昔の荒れた生活を繰り返す心算もない。

(お陰で一年ダブったけどな)

 今となっては良い思い出だ。
 そんな事を思い返していたら、どうやら警察が到着したようだ。
 野次馬を掻き分けてやって来た警察官に事情を説明し、気絶している犯人の男を引き渡すと、京平は引き留める声に適当な返事をして瀬里の元に戻った。



 暫く呆けていた瀬里とタクシーに乗って、彼女の親が経営する病院に向かった。

「ほんっっっと馬鹿じゃないの。お陰で一目惚れして買ったタオルが使い物にならなくなったじゃない」

 憎まれ口を叩きながらそんな事を言っているが、呆けるくらいにはショックを受けていた。手がまだ小刻みに震えている。それを指摘しても絶対に素直には認めたりしないのも知っている。

「タオルには一目惚れとか簡単に言う癖に、俺に惚れてると言ってくれないのは中々切ないぞ?」

 態とらしく溜息混じりにぼやけば、瀬里は半眼で京平を見ながらも追加のバスタオルで彼の左手をグルグル巻きにし、「寝言は寝てから言って」と突き放した物言いをする。
 一連の行動に感謝をしようものなら、きっと彼女は『あんたの為じゃないわよ。親切に乗せてくれたタクシーに迷惑を掛けるなんて、あたしが嫌なのよ』と判り難い動揺を瞳に浮かべて冷ややかに言うことだろう。
 素直じゃない癖に、これで結構人が好い。
 寄るな触るな大嫌いと罵って暴れても、最終的には京平の腕の中に呑み込まれてくれる。諦めた振りをして。

 瀬里本人はそんなささやかな心の機微に気付いてないようだが、彼女ほどの身体能力があれば、過剰防衛だろうと何だろうと逃げるのに微塵も躊躇わないだろう。なのに彼女は、牙を剝いていると見せかけて、簡単に捕らえられてくれる。
 だから遠慮なく付け込んでやるのだ。
 一筋縄ではいかない女を堕とすために。  

「瀬里の罵りも俺には甘美な調べに聞こえる」
「ばっ……」

 言葉に詰まった瀬里の面に朱が走った。
 何をどう言ったら彼女は答えに窮するだろうか、非常に判り難い彼女の可愛さを見たいが為だけに、歯の浮くような台詞だって苦なく言って退けてやる。京平はそんな不貞不貞しく腹黒い自分が結構好きだ。来る者拒まず去る者追わずだった彼の昔を知る者が見たら、『京平が女のためにそこまでする!?』と仰天するだろうが。

「瀬里はホント可愛いなぁ」
「あ、頭煮えてんじゃない?」
「いつも煮えたぎってるぞ」

 ぷるぷる肩を震わせて悪態を吐いた瀬里を引き寄せ、「下半身もな」と耳元で囁くと一瞬白目を剝いて倒れそうになっていたが、ハッと我に返って「絶対イヤッ」と京平の顔を押し返した。
 それすらも可愛いとニヤケてしまう京平は、自分をここまで変えた瀬里に責任を取って貰うべく、さてさてと独り言ちながら思案を始めるのだった。
  
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