【R18】残念美女と野獣の×××

優奎 日伽 (うけい にちか)

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2. 残念美女、野獣に転がされる

残念美女、野獣に転がされる ④

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大変長らくお待たせいたしました。申し訳ありません m(_ _"m)

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 華子の車が見えなくなると、唐突に視界がくるりと変わって高くなる。ピクピクする蟀谷を軽く押さえ、瀬里は半眼で京平を見下ろした。
 こう言っては何だが、身長は四捨五入したら百八十センチだし、常に筋トレしているお陰で筋肉質だから、見た目よりも体重があったりする。
 なのにどうしてこの男は、瀬里の躰をふわりと軽やかに抱き上げるのか。
 その手並みがあまりにも鮮やか過ぎて、逃げる余地など与えてはくれないと痛感する度に、瀬里は手玉に取られている自分が口惜しくなる。

(少しでももたつけば、まだ可愛げがあるものを。これっぽっちも逃げる隙を見せないなんて、ムカつくムカつくムカつくぅぅぅぅっ)

 悔しまぎれに京平の脚をガッガッと蹴りつつ、“大嫌いな男” 堂々の第一位を眼光鋭く睨めつける。すると京平は少し困った顔をして、彼女の足を腕で絡め取って抑え込み、駄々を捏ねる子供をあやす様に「よしよし」と躰を揺すり出した。

(まったく相手にされていない! 何たる侮辱ぅぅぅ!!)

 これで少しでも不快を露わにしたら、ちょっとは溜飲が下がったかも知れないのに。
 数秒唇を噛んで、京平に負けじと口を開いた。

「蹴っ飛ばしてんだから怒りなさいよ! でっ! 何を当たり前のようにあたしを抱き上げてるわけ!?」
「瀬里が足癖悪いのは今更だし? 別に腹も立たなければ怒る必要もないだろ。俺にしたらゼロ距離の為ならそんなのどーでもいいしな」
「ゼロ……すこぶる不愉快なんだけど」
「そっか? 俺は今めちゃくちゃ心が満たされてるぞ」
「人の話聞いてる? あたしは不愉快だから降ろしてって言ってるの!」
「そっかそっか」

 軽く流した京平は瀬里を降ろす心算がないらしい。ニコニコと笑って家に上がり、尚も抗議しようとする瀬里に、京平が「しーっ」と声のトーンを落とす様に促すと、彼女はハッとして口を噤んだ。
 迷いのない足取りで廊下を歩く。
 L字廊下の角部屋から一つ隣の部屋の襖を開けて、瀬里を抱えた京平が中程まで歩いて行く。廊下の灯りが差し込んだ薄暗い部屋で瀬里が首を傾げていると、白い光が頭上で数度瞬いて部屋の中を照らし出した。  

「一応、今日からここが瀬里の部屋な」

 京平の顔を束の間見下ろしてから部屋の中を見回す。六畳の部屋の片隅に瀬里の荷物が有るだけの閑散とした部屋だ。

「布団はそこの押入な」

 入り口から右手側の襖を指さした。その動きに合わせて目線を移動する。

(あ、あそこは隣部屋に続いてる訳じゃないんだ)

 全部が全部、続き部屋とは限らないらしい。そう知って少し安堵していると、

「必要ないだろうけどな」
「おいこら。薄ら寒い発言するな」
「で、あっちが」

 瀬里の言葉を完全無視し、言いながら反対の襖を指す京平の手の動きに釣られて顔を向けた。

「俺の部屋だから」

 何を言われたのか一瞬理解できず、じっと京平を見つめる。ん? ん?と首を傾げながら、言葉がじんわりと脳に浸透してきた所に、とても良い笑顔で「訂正。俺と瀬里の、だったわ」と追撃されて途端に口元がヒクヒクした。

「ふ、ざ、け、る、なっ! 冗談じゃないわよ。寝泊まりするのも相当の譲歩なのに、縒りにも縒ってケダモノの隣部屋!?」

 この際、“俺と瀬里の” 云々は無視する。一々ツッコんでいたら身が保たない。
 それよりも宛がわれた部屋が襖一枚隔てただけの心許ない状況なのを見過ごすとか、自滅行為だろう。

「部屋替えを希望するっ!」
「却下」

 間髪入れず、目が笑っていない笑顔で即答された。

「客間はこの並びの部屋だけだ。奥に行けば行く程、親父の部屋に近くなる。どんなに気を付けたって、生活音を完全に抑えることは出来ないだろう? そんな状況でリラックスも出来ないじゃないか」
「なんか尤もらしいこと言ってるけど、アンタの隣部屋じゃ却って寛げないんだけど」
「大丈夫だ。俺が誠心誠意、身も心も解してやるから」
「それって全然大丈夫じゃないよね!?」
「朝の、気持ち良かったろ?」

 艶っぽい声が瀬里の耳元で囁く。
 瞬間、京平の手に弄ばれ、抵抗できなくなった事を思い出した。
 差し迫る貞操危機の恐怖にザワッと総毛立つ。

(のぉぉぉぉぉっ!! く…喰われる……あたし絶対喰われる……不本意極まりないけどっ。このままじゃ、間違いなく喰われる未来しか見えないんですけどーっ!)

 パニックに陥りながらも、抱き上げられたまま必死で腕を突っ張って京平を遠避けようと試みる。しかし彼の腕はピクリとも揺るがなかった。
 しばらく頑張った。
 薄っすら汗が滲んでくる位には頑張った。
 けど京平はニヤニヤしているだけで、無駄な抵抗に終わった。
 脱力して天井を見上げ、ふっと乾いた笑いを漏らす。

(うん。解ってた。ゴリラから逃げるのは難しいって)

 どんなに鍛えたところで所詮は人の身。人外の相手に捕らわれた状態のままでは分が悪すぎる。

(せめて人だったら……)

 そんな事を考えてたら、左の頬をむにっと摘ままれた。

「何気に失礼なこと考えてただろ?」
「……な…何の事かしら?」

 微妙な間を置きつつ、瀬里が素っ惚けてにっこりと小首を傾げれば、京平は右眉を聳やかせて瀬里の目を覗き込み、「まいっか」と苦笑した。

 しかし。どうしたものかと考える。
 四枚の襖はつっかえ棒を噛ませたところで全く意味がない。こちら側から棒を噛ませても京平の部屋からは完全に無防備な状態だ。塞げるような家具もないし、余所様の家の建具に傷を付ける訳にも行かないしと、眉間に深い皺を刻む。
 瀬里が自衛に頭を悩ませていると、唐突に視界が反転した。彼女の丸くした目がパチパチと瞬く。一瞬だけ天井が見え、すぐに目の前を京平の顔が埋め尽くした。

「ちょっとぉ……っ!」

 いきなり何するのと言い掛けて、瀬里は目を見開いたまま硬直する。縦抱っこからの横抱きは思いの外近い所に京平の顔があって、飽きる事なく全身の毛がバササッと音を立てて逆立った。目を瞠ったまま硬直している瀬里に京平は「逆毛立てて威嚇する猫みたいだな」と実に楽しそうに笑い、髪が膨らんだ頭頂に口付けた。
 数秒経ってその事実が脳に伝わり、更に髪が逆立っていく。

「はっ……放して!」

 落とされるのを覚悟で、全身をくねらせながら京平の腕の中で暴れる。
 活魚かよ、と自己ツッコミ入れるくらいの勢いで暴れれば、流石の京平も諦めて瀬里を畳にゆっくりと下ろした。
 ちょっと振りの地上を肌で感じて間もなく、サカサカと物凄い勢いで後退して京平から距離を取る。と……。

「ぶはっ」

 何を思ったか、京平がいきなり吹き出した。顔を真っ赤にして、目には涙を浮かべながら、前屈した躰を揺すって笑っている。
 何がツボったかは知らないが、瀬里は自分が笑われていることは理解した。非常に不愉快である。  
 かと言ってそれを問い質そうとは思わない。もっと気分が悪くなりそうな予感しかしないので。

(そもそも京平と居て、気分が良くなった事なんてないし。きっと碌でもない)

 悲しいかな。これまでの経験則から確信を持って言える。こんな事実など蓋をして地中深く埋めてしまいたい。
 畳の上を擦って移動し、自分の荷物に縋りつく。
 京平が近付いて来たら、躊躇なく投げつけてやる心算だ。
 瀬里が恨みがましい目で京平の動向を窺って暫くすると、ようやく笑いが収まって来た京平が震える声で「瀬里サイッコーだわ」と涙を拭う。

「どれ。明日も早いんだろ? 風呂炊いてあるから入って来いよ」
「……何企んでるのよ」
「失敬な。入りたくないならそれでも構わないけど?」

 全然失敬じゃないとツッコんでやりたいのを堪え、上目遣いで京平を見上げた。

「…………鍵、は?」
「付いてる。今日は初日で疲れたろ? ゆっくり浸かってこいよ」
「……入る」

 京平の言葉を完全に信じた訳ではないけど、お風呂に入らない選択肢はない。何しろ今日は冷汗やら脂汗やら、見なかったことにしたい体液やら、京平の唾液やら……兎に角洗い流して綺麗にしなければ、寝入った傍からうなされそうな気がする。
 瀬里はキャリーバッグから着替えを取り出し、「絶対に付いて来ないでよ」と後退って京平を牽制しながら部屋を出、ぴしゃりと襖を閉めた。京平の襲撃に備えてそのまま後ろ向きで玄関方面に歩き、台所の隣の引き戸を開けて、中に滑り込む。空かさず鍵を掛け、そこでようやく瀬里は安堵の吐息を漏らしたのだった。


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