【R18】残念美女と野獣の×××

優奎 日伽 (うけい にちか)

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2. 残念美女、野獣に転がされる

残念美女、野獣に転がされる ①

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いつも有難うございます (=゚ω゚)ノ

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 高本家から車で十分ちょっと。
 父 晃の運転するセダンが、一軒の日本家屋の前で停まった。立派な門構えに “狭間” の名を見つけた瞬間、高本瀬里は青褪めた顔を引き攣らせ、目の前の助手席の背凭れにしがみ付くと、いやいやと首を振る。
 しかしそんな抵抗は、天敵 狭間京平の前では何の意味もなさなかった。

「往生際が悪い所も好きだぞ」
「ぎゃ――――っ!!」

 耳元で囁いたかと思ったら耳朶を舐められた。脳に響く水音と鳥肌が立つ感触に瀬里はお上品とはほど遠い絶叫を上げ、同時に不快の元を遠避けようと手が勝手に動いていた。しまったと思ったところで後の祭りである。

 瀬里はまんまと京平の策に乗り、必死にしがみ付いた手を解いてしまった。京平は車から彼女を引っ張り出すとそのまま肩に担ぎ上げる。女性としてのフォルムに些か欠けるものの、筋肉質で高身長の瀬里をいとも軽々と。
「はーなーせー! おーろーせー!」と身を捩り、手足をバタつかせる瀬里に対し、京平は余裕の足取りで玄関に向かった。

「親父ーっ! 晃先生と瀬里来たぞーっ!」

 引き戸を開けるや否や、京平が奥に向かって声を張り上げた。その音量に目を剥いた晃へ苦笑を見せ、京平は一歩引いて彼を招き入れる。

「どうぞ晃先生。……あ~、親父には極力散らかすなとは言ってますが、散らかってたら申し訳ないです」
「いやいや、とんでもない。こちらを気にする必要なんてないですよ」

 家中に促した京平に晃が恐縮して返す。その間にも京平の手は肩上で暴れる足から靴を脱がすと三和土たたきに揃え、かまちに上がって晃を振り返った。
 一呼吸置いて晃が家に上がり込む。膝を着いて靴を直している所に「晃先生」と呼びかける勝明が、奥から迎えに出て来た。

「よし。真面な格好だな」

 瀬里にだけ聞こえるように呟いて、小さく頷くのを怪訝に見つめれば、京平は「普段はヨレヨレのジャージで頭もボサボサなんだよ」と顔をしかめる。世の中で一番信用していない相手の言葉だからか、瀬里は素直に信じ難く思いながら勝明を見た。

 それ程面識がある訳ではないけれど、瀬里が知る限りの勝明は、いつだって身綺麗にしているイメージしかない。
 ストレートの髪を緩く後ろに撫でつけ、白いシャツにチャコールグレーのスラックス。凛々しい眉と眉間に年月と共に刻まれた縦皺。京平よりは若干柔和に見えるものの、それでもきつめの眼光を放つ双眸。通った鼻梁と、口角を上げて笑みを浮かべる薄い唇。

 顔は京平と似ているだろうか。歳を取ったらこんな感じ、と京平の数十年後が容易に想像できる。
 父親同士が挨拶を交わし合い、世間話をしながら連れ立って家の奥へと歩いて行く。それを京平の肩上でぼんやりと、背中に両腕を突っ張ったまま肩越しから見送り、瀬里は唐突に我に返った。

「ちょっと。いい加減降ろしてよ」
「逃げるなよ?」
「に……逃げないわよ………多分…?」
「うわーぁ。降ろしたくねぇ」
「降ろしてくれなきゃ、ここに来た意味ないじゃない」
「意味? 意味ならこの家に来たってだけで充分だろ。そもそも可愛い嫁を扱き使う気はないんだし」
「嫁言うなっ! お尻触るなっ!」

 京平の顔近くにある瀬里の尻を、彼の大きな手が円を描いて撫で回している。怖気に身悶えながら、瀬里は京平の短く切り揃えられた黒髪の中に両手指を突っ込んだ。むんずと引っ掴み「毟ってやるっ毟ってやるっ」とぎゅうぎゅう引っ張れば、京平は京平で「大人しくしないと下半身剥くぞっ」とジーンズのウエストに指を掛けた。

「ぎゃーぁ変態っ!」
「それがどうした! 男はみんな変態だっ」
「威張るなバカッ」

 言い合っているうちに応接間まで連れて来られ、瀬里はようやく肩から降ろされた。これで解放されたと思いきや、足が畳に着く前にくるりと躰の向きを変えられて、下座にどっかりと腰を下ろし、胡坐を掻いた京平の脚の間に尻がぽすんと嵌まっていた。

(何この早業!)

 唖然とお腹に巻き付いた腕を見下ろす。
 目に留まった左手の包帯。
 まるで瀬里の体重を物ともしない手並みに、この包帯が実は単なる飾りなんじゃないかと疑ってしまう。
 だから勝手に手が動き、無造作に叩いていた。

「痛ぇし」
「あ、痛いんだ。あんまり痛そうに見えないけど」
「こら瀬里! 何やってるんですかっ」

 窘める晃を一瞥して、つーんとソッポを向く。その様子を見ていた勝明が喉の奥で笑っているのをチラッと見、瀬里は顔を俯けた。
 流石に京平の親が見ている前で、堂々と怪我の上を叩くのは体裁が悪かったかと、らしくもなく居心地の悪さを感じる。
 勝明は可笑しそうに笑っているけれど、晃は渋面だ。
 上目遣いの視線をウロウロと彷徨わせる。

 十二畳ほどの和室の真ん中に、分厚い一枚板の天板が重厚さを醸し出している座卓。その飴色に輝いた天板の上を滑るように、茶托に乗せられた湯呑みが差し出される。品の良い藤色の茶器の内側は白く、透き通った深い緑が瀬里の目を引いた。

「唯一これだけは京平に褒められるものなんですが」

 勝明がそう得意げに胸を張って勧める緑茶から、ほんのりと青海苔のような覆い香が漂ってくる。

「茶だけは淹れるの上手いんだよ。ホント茶だけな」
「一日中飲んでるからね。あ、どうぞどうぞ」
「……ほお。これはまた美味しい玉露ですね」

 勧められるまま一口含んだ晃の相好が緩んだのを見て、瀬里はそろそろと茶を啜る。温めの緑茶はコクリと舌に絡んでふわりと甘い。喉に味覚はないのに喉まで美味しく感じて、ほっと吐息を漏らした。

「……美味しい、です」
「そっかそっか。それは良かった」
「茶殻は掃除に使うから捨てるなよ?」

 瀬里の素直な感想に勝明が嬉しそうに微笑んで頷いていると、京平が口を挟んで来た。心なしか不機嫌のように感じるが、瀬里にとってはどうでも良い情報なので、空気は読まずに思ったままを口にする。

「何その主婦発言。あんたの口から聞くと何か異様だわ」
「畳み部屋ばかりだからな。埃は舞い上がらないし消臭殺菌もしてくれるとなったら、ただ捨てるのは勿体なかろう? 先人の知恵は侮るべからずだ」

 ふんっと鼻息を吐き、京平は折角のお茶を味わいもせずにごくごくと飲み干した。
 京平が家の事を取り仕切っていると言うのは、強ちデマでもなさそうだが。

(なんか、小姑っぽい)

 この男の監視下の元、家事手伝いとは何とも気分が落ち込みそうだ。ただでさえ嫌々来ているのに。
 父親同士がこれからの事を話し合っているのを流し聞きながら、瀬里は両手に持った湯飲みを傾ける。一口、また一口と飲んでは、遣る瀬無い溜息を吐いた。

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