【R18】残念美女と野獣の×××

優奎 日伽 (うけい にちか)

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1. 残念美女は野獣の元に送り出される

残念美女は野獣の元に送り出される ⑩

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いつも有難うございます (o*。_。)oペコッ

今回ちょっと短め。
『~送り出される』は今回で終わりです。

**********************************************


 
 ***


 どんなに厭っても、まんじりともしない夜を過ごそうとも、朝は容赦なくやって来た。
 寝不足の頭でのっそりと起き上がり、瀬里はベッドの上で深く暗い溜息を吐く。
 遂に来てしまった今日という日に、彼女の心はどんよりと重く淀み、すっかり気力が萎れてしまっていた。
 ふと昨夜のことを思い返す。

 ぽろりと零した独り言がずっと頭から離れず、夜中に “家出してみようかな” なんて軽い気持ちで実行しようとしたら、部屋の外で毛布に包まった次兄が扉に寄り掛かるように座り込んで待機していた。肩越しに振り返った基樹がニヤリと笑ったのを見て、瀬里はそっと扉を閉めた。

 本気で家出をしようと思った訳ではなかったが、先手を打たれているのは実に面白くない。なので窓から脱出してやろうかと鍵に手を伸ばし掛けて、瀬里は慌てて手を引いた。窓枠の下方には少しでも動かしたらヤバイかもと、躊躇させる物が取り付けられていた。

 よくよく見たら危険な物ではなさそうで、ホッと胸を撫で下ろす。しかし水平器が付いているそれは、少しでも揺らしたら面倒臭いことになると、これまでの経験から容易に想像できた。
 水平器の取り付けられた小さく黒い箱型のプラスチックの側面に、“泰成謹製” 印のシールが貼ってあるのを見、無意識に舌打ちが漏れていた。

 三兄の泰成は子供の頃から何かしらの改造品を作っては、家族で実験する非常に迷惑な趣味を持っていて、被害に遭ったのは一度や二度ではない。怪我をするような代物ではないけど―――ちょっとビリッとしたり、チクッとしたり、ヒリヒリッとしたりするくらいなので、両親は早い内から諦念している。瀬里などは偶に……割と頻繁に、泰成の首をキュッとしたくなる。

 瀬里は不審物に顔を寄せ、まじまじと目を凝らした。
 黒い箱から二本のコードが伸びていて、二枚のガラスに一本ずつ貼り付けられている。
 はてさてどうしたものかと、角度を変えながら見入った。
 そっと、粘着部分に手を伸ばす。右手人差し指の爪がガラスに当たって、カチッと小さな音を立てた瞬間。

 ビ――――ッ! ビ――――ッ! ビ――――ッ!

 けたたましい警告音が鳴り響く。
 瀬里は思わず飛び跳ねてからオロオロし、背後では勢いよく扉が開かれた。反射的に振り返れば、やっぱりかと言った顔の基樹が目を眇めてズカズカ入って来る。そう間を空けず、駆け付けた家族も入って来た。

「ちょ……ちょっと空気の、入れ替えしようとしただけよ!」
「ならば換気口を開ければよろしかろう」

 慌てて言い訳をする瀬里に、時代掛かった物言いの泰成が近付いて来る。今では瀬里よりも長く肩に届いた髪は寝ぐせでボサボサになり、言葉遣いも相まって脳裡に落ち武者の残像が掠めた。因みにこれはいつもの事だ。
 瀬里は上目遣いで泰成を睨む。

「外の空気に触れたかったのよっ」
「ほお? しっかり外出着に着替えて、ですか?」
「う"っ……」

 そこを指摘されると返す言葉もない。
 言葉に詰まった瀬里を横目にチラッと見、泰成が慣れた手つきで黒い小箱を操作すると、速やかに警告音は停まった。

「やらかすだろうと思ってたけど」
「力うるさいっ!」
「煩いのは瀬里じゃん。こんな夜中に傍迷惑な」

 呆れた顔で小馬鹿にする力にイラっとして言い返せば、尤もな事を逆に言い返されて瀬里は口を噤んだ。

「せっちゃんてホント、色々と残念だよね」

 中性的な容姿で瀬里が例外的に可愛がっている唯一の弟、淳弥が首を振りながら嘆息した。それに倣って頷く家族の目が居た堪れない。  

「ちょっと魔が差しただけよ。本気で抜け出そうとか、考えてなかったし」
「ホント残念」
「しみじみ言わないでよぉぉぉ」

 斯くして抵抗は無駄に終わり。
 悔し涙に暮れ、うつらうつらと時を過ごした瀬里は、小鳥の鳴き声で重たい躰を起こしたのだった。



 何もやる気が起きなくて、項垂れたままベッドの上で時間を過ごした。

 爽やかな朝の小鳥の囀りが煩わしい。
 車が走り抜ける音。
 外が俄かに活気づき始めたのをぼんやりと聞き流す。

 ポタポタと、パッチワークのリネンに雫が落ちた。それは僅かに生地の色を変え、じわりと広がって浸み込んで行く。
 瀬里は思わず鼻の下に手を当てて、違うだろとセルフツッコミを入れながら、ジンとして熱く潤んだ目元に手を遣った。
 そうと気付いた途端、どうにも出来ないもどかしい涙が、堰を切ったように滴り落ちた。

(……なんで、こんな事に)

 しゃくり上げながら、次々と浸み込んで行く涙を見るともなしに見ていると、一層の涙が溢れて来る。
 瀬里は折った膝を抱えて顔を埋めると、声を押し殺した嗚咽を漏らした。

「なんだ。嬉し涙か?」

 唐突に飛び込んで来た神経を逆撫でしてくる声に、瀬里はガバッと顔を上げると扉の方を振り返った。ニヤッと笑った京平の姿が視界に入った瞬間、彼女は背後の枕を手にして投げつけた。

「朝から威勢がいいなぁ。好きだぞ瀬里」

 軽く躱した京平が近付いて来る。

「誰の了解を得て入って来てるのよっ!」
「義母さん」
「誰が義母さんよ!」
「利加香さんに決まってる。朝飯だから起こして来て欲しいって頼まれたんだけど? 一人で着替えられないなら、俺が手伝ってやるか?」
「結構よっっっ」

 パジャマに伸ばして来た手を叩き払うと、京平はおどけた顔で「おーイテ」とわざとらしく手を振り、性懲りもなくまた手を伸ばしてくる。やはり手を払い退ける瀬里を愉しそうに眺め下ろす京平は、これっぽっちもへこたれない。「それにしてもバッサリやったなぁ」と彼女の髪に次々と手を伸ばし、しつこかった。

 ムキになっているうちに涙は引っ込んだ。
 京平は肩を怒らせている瀬里に満足気な笑みを見せ。

「早く着替えて下りて来いよ? 手伝って欲しいなら吝かではないが」
「断固拒否する」
「ツレないなぁ。けど、そんな瀬里も好きだぞ」
「寒気がする寝言は自分の部屋で言って」
「睦言を所望ならば幾らでも」
「いらんわっ!」

 拳を握った瀬里の手に目を落とすと、京平はくすくす笑って部屋を出て行った。
 パタンと軽い音を立てて閉まった扉を暫く睨んだ後、娘の部屋にあっさり男を通した利加香を恨めしく思う。
 これからこんな状態がしばらく続くのかと思うと、我が身の不運を嘆かずにいられない瀬里なのであった。



 そして――――
 瀬里は運ばれて行く仔牛の如く、黄昏ながら心中を流れる “ドナドナ” を聴いていた。




**********************************************

次回からは『残念美女は野獣のせいで胃が痛い』です。
宜しくお願いします (=゚ω゚)ノ
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