【R18】残念美女と野獣の×××

優奎 日伽 (うけい にちか)

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1. 残念美女は野獣の元に送り出される

残念美女は野獣の元に送り出される ⑧

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 しばらくの間、晃は言い淀んでは溜息を繰り返した。
 そんな父の様子に瀬里の不安が募っていく。

 居心地の悪さから瀬里が何度かキレかかったが、その度に彼女を抱き抱えたままの京平が耳に息を吹き掛けて、それを挫いていた。
 これはコントか? コントなのか!? と兄弟たちがそう大差ない声なきツッコミを入れているとは露知らず、かれこれ五分が経っただろうか。ようやく晃が「私は正直言ってまだまだ早いと思うのですが…」と重い口を開いた。
 瀬里の肩がピクリと震え、上目遣いに晃を見る。父と目が合って瀬里はコクリと息を呑んだ。

(………なんだ。この悪寒は)

 高熱が出る直前の様な、凄まじい震えが襲ってくる。
 急にガタガタ震え始めた瀬里の躰をギュッと抱きしめ、「どうした? 寒いのか?」と京平が訊いてきた。けれど彼女がそれに答える事はなく、ひたすらに父を見つめる。

「以前から勝明先生には是非ともと乞われていましたし、利加香さんも大変乗り気でしたから、何れはと覚悟してましたけれどね」
「そんな前置きなんて………っ?」

 何かが琴線に触れた。
 何が? と僅かに首を傾げるも、じわじわと得体の知れないものに絡め取られそうな不安に駆られ、呼吸が浅くなっていく。掌がじとりと汗ばんでいる。
 右斜め向かいに座った晃が消沈も露わに項垂れて、大きな溜息を吐き出した。   

「……はぁぁぁあ……少しでも長く、手元に置いておきたかったんですよ? それなのに……」
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと。先刻から何か空恐ろしい表現が含まれているような気がするのは、あたしの気のせい?」
「空恐ろしい? ふふっ……どこでどう間違ってしまったのか、うちのお嬢さんはとんでもなくアグレッシブに育ってしまいましたからねぇ」
「だからっ! それが何!?」

 言葉にしてしまってから、聞きたいような聞きたくないような、尻の座らない悶々とした気分で、遠くを見つめて薄く笑う父に、瀬里はこっちに戻って来てと言わんばかりの縋る目で見つめた。

「五人目にしてようやく授かった女の子なのに」

 父の虚ろな声。
 真実を知ることが必ずしも幸せではないと、瀬里はこの時唐突に悟る。

「ひぃぃぃぃ。も、もおいいから……こっこっこの話は、なかったことに!」
「無かったことに出来る訳、ないでしょうねぇ」
「いやぁぁぁぁ!! パパさんごめんなさい~ぃ。お願いだから言わないでぇ」

 耳を塞ぎたくても出来ないから、半べそ掻いて懇願した。
 なのに。

「是非にと仰って下さるお宅の息子さんに、もしかした「きーきーたーくーなーいぃぃぃ」」

 父の言葉を遮って言葉を被せれば、基樹から目で何やら指示を受けた京平の大きな手が、瀬里の顔下半分を覆って口を塞いだ。

「! ……んんーっ!」

 手の圧迫感に窒息しそうな危機感を覚え、腕の中でジタバタする。京平は瀬里を余裕で押さえ込みながら、「静かにしないとキスするぞ」と家族の前で臆面もなく言い切った。
 リビングに何とも言い難い沈黙が流れる。
 瀬里が渋面の晃と目を合わせ、頭を弾かれた首振り人形のように連続で首肯すると、小さく笑った京平の手が離れていく。それで思い出したように晃が咳払いをし、再び話し始めた。

「もしかしたら、ある程度の後遺症は残るかも知れません。そんな怪我をさせてしまっては、もうズルズル引き延ばす事も、お断りすることも叶いませんよ? 瀬里」
「…………」
「私も腹を括りましたから、先ずは三か月。瀬里も花嫁修業だと思って頑張りなさい」

 手が自由だったら、ムンクの “叫び” を完璧に体現できただろう。
 父の言葉は、それ程の衝撃だった。


   
 口から抜けかけた魂が宙をユラユラ揺れているような、そんな錯覚から抜けきれないでいる瀬里に向かって、天使のような微笑みを浮かべた利加香が、悪魔の如き追撃を喰らわせて来るなんて微塵も考えていなかった。

「あ、そうそう。瀬里ちゃん。新学期からは、京平くんや力ちゃん淳ちゃんと一緒の学校よ。心強いわね」
「…………え?」

 茫然と母を見る。

「でもその前に、一応、編入試験は受けて貰わないといけないのだけど。瀬里ちゃん、明々後日はお休みでしょ? その日に受けさせて頂く事になったから、頑張ってね?」
「……は?」
「寮のお引越しはママに任せて。その日、非番の看護師さんたちが手伝ってくれるって言うから、瀬里ちゃんは心置きなくお仕事に専念して頂戴ね?」
「…………」

 五十も後半の利加香が、少女のようにきゅるんと可愛げなポーズで微笑んだのを見て、慣れている筈だったのに、瀬里は途轍もない疲労感に襲われた。
 本当にこの母と血が繋がっているのか、と浮かび上がった、もう何度目か定かではない疑念を頭の隅に押し遣りつつ、心の中で盛大な舌打ちをする。 

(チッッッ! 今日の今日でこの手際ッ! 完全にやられたわ)

 瀬里の算段では、春休み終了と同時に、京平から解放される筈だった。あと八日で京平の手の届かない場所に逃げ込める、そう信じていた。

(……なのにぃぃぃぃい!)

 転校の諸連絡や引っ越しの段取りから鑑みれば、連々と考えるまでもない。
 瀬里が在学していた全寮制の中高一貫校は、当時の彼女の為を思った両親が、已むに已まれず入学させた学校だ。
 二年も過ぎた頃から、本意ではなかった母は、事ある毎に家に戻って欲しいと言っていた。瀬里としては、必要以上に男がウロウロしていない空間は居心地が良く、のらりくらりと母を躱し、ずっと平行線のまま時間稼ぎをしてきた訳で。

 だから、妙に納得できた。
 利加香は、きっと何処かで連れ戻す機会を窺っていたのだろう、と。
 口実を与えてしまったのは、外ならない瀬里だ。

(完全に退路を断たれた)

 親の保証もなしに、十六の小娘に部屋を貸してくれる訳がない。未成年の瀬里に仕事を斡旋する以上、両親の信用を失くせない華子に泣きついたって、無駄な足掻きなのも解っている。
 巻き戻らない不運に溜息を零しながら、詮なき事を考えてハッとする。瀬里はもっと重大な案件を失念していた事に気が付いた。
 転校云々ももちろん彼女には重要な案件ではあるが、それ以上に、魂が危うく滅してしまいそうになった案件とは比べるまでもない。

「ママさん」
「なぁに?」
「京平ン家の家事手伝いは、嫌だけど。ほんとぉぉぉぉぉに嫌だけどっ。行ってケジメ着けるわ。けど、親同士の約束うんちゃらは、あたしに関係ないから。結婚の話は承服しかねる」
「えぇぇぇっ。ダメよそんなの」
「ママさんの言ってる方がダメでしょ。普通」
「だってだって。この機会を失くしたら、瀬里ちゃん結婚してくれなさそうだし」
「だから。結婚する気なんてないんだってばっ!」

 語尾を荒くして言い捨てると、途端に利加香の目が潤む。
 やがて、ホロホロと零れる利加香の涙に、瀬里は強く言い過ぎたと少々呵責を感じたけれど、撤回する訳にも行かず、不貞腐れるようにムッと唇を引き結んだ。
 直ぐに泣くとか狡いと思う。

「俺がその気にさせますよ」

 背後から聞こえた自信漲る口調と声に、瀬里は「はあっ!?」と目を三角にして、勢いよく肩越しを振り仰いだ。すると京平は、文句を言いかけた彼女の額にチュッと音を立てて唇を落とし、瀬里の思考を停止させると悠然と微笑んで見せる。

「絶対にね」

 脳を震わせるようなバリトンが、瀬里の耳元で愉し気に囁いた。


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