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1. 残念美女は野獣の元に送り出される
残念美女は野獣の元に送り出される ③
しおりを挟む実家の病院に京平を連れて行くと、彼は直ぐに手術室へ連れて行かれた。
後を担当医師である長兄の健に任せ、瀬里は一旦着替えに自室へ向かう。その途中でスマホが鳴った。スポーツバッグの外ポケットからそれを出して確認する。発信元は華子だ。
慌てて電話に出る。
どうやら先程の事件が速報で流れたらしく、瀬里が向かったジムの近くだったことからの安否確認であった。
無事を伝えるのと同時に京平のことを伝えると、華子は瀬里の無事に安堵する傍らで、京平に感謝の言葉を述べていた。
些か複雑ではあったものの特に何かを言う心算はない。もし仮に瀬里が被害を受けていたなら、間違いなく関係各所に多大な迷惑を掛けていた。
それが最小限で済んだことは、僥倖だったのだろうと思う。
(迷惑を掛けたのが、外ならぬ京平だってことが問題だけどね)
怪我の状態は聞いていない。
検査結果を待っている時間はなかった。
これからシャワーを浴びて着替えたら、直ぐに事務所に戻って華子と合流し、今日の残された仕事を熟す。京平の状態を詳しく聞くのはそれからだ。
出血のせいで顔色は芳しくはなかったが、タクシーの中でも軽口を叩けるくらいには元気だった。数十分の間に何度気絶してやりたいと思った事か。
兎に角。長兄の腕を信じて結果を待つしかない。
(どうせあたしが居たところで役にも立たなければ、結果に変わりもないしね)
それに、と家族たちの顔を思い浮かべる。
両親を筆頭に兄四人と弟一人、その全員がやたらと京平をお気に入りなのだ。中でも三男の康成と四男の力は格別に仲が良い。京平と同い年の力などは彼の好いようにコキ使われる事だろうし、他の家族たちも手厚く看護するだろう。
(依ってあたしが介入する余地はなしってことで)
当事者の自分がこんな事で良いのか、と脳裡をチラリとだけ掠めたものの、頭をぶんぶん振って追い払う。
(どんな難癖付けてくるか判ったもんじゃないし、これ以上の接触は危険だわ。家族が当てにならない以上、自分の身は自分で守らないと)
拳をぐっと握りしめ、毅然とした面持ちで顔を上げた。
そうして瀬里はこの後に訪れる父の無情な采配に『可愛い一人娘を何だと思ってるのぉぉぉぉぉっ!』と絶叫し、一蹴されることなど知る由もなく、今日のノルマを果たしに事務所へと向かうのだった。
***
二十二時過ぎに帰宅した瀬里を母の利加香がいつものように玄関まで迎えに出てくると、「パパと健ちゃんがお待ち兼ねよ」とどこか気の抜ける声色とぽわーんとした面持ちで言った。
いつもなら利加香の顔を見て一気にリラックスモードになるところなのだが、“お待ち兼ね” という二人に瀬里の表情は浮かない。
正直、何度寄り道をして時間を潰そうと思った事か。
そんな事をしても待ち受ける結果は同じだし、何よりも華子が家の前まで送り届けるので、否が応にも送還させられる。
瀬里は肩を落として大仰に溜息を吐き、「わかった」とローヒールのパンプスを脱いでリビングに向かった。
磨りガラスの扉を押し開く。
二十畳ほどのリビングソファに父の晃と長兄の健だけがいるとばかり思っていたら、次男の基樹と三男の康成、四男の力に五男の淳弥と、高本家男衆のフルラインナップで待ち構えていた。野次馬根性丸出しの兄弟たちがツライ。
脱力した肩から荷物が滑り落ちたのにも気付かず、「……マジ勘弁」呟くともなしに漏れた言葉。
家族からの吊し上げを想像した所で、その美麗な面立ちを間抜け面に変えた。
顎が外れたように大口を開け、瀬里を愕然とさせているのは、病院の消灯時間が過ぎたにも拘らず、家族に混ざって談笑している病院衣姿の京平を見つけてしまったからだ。
「あらあらまあ」
利加香は娘が落とした荷物を拾い上げ、脇を擦り抜けてソファに向かう。荷物をその足元に置き、「瀬里ちゃん。突っ立ってないで早くお座りなさいな」とのほほんと笑みを浮かべ、目線で京平の隣に座れと促した。
促された。
瀬里の喉がヒュッと鳴る。
この家で、母の命令は絶対だ。
そう決めたのは外でもない彼女の夫である晃。先代の院長に請われて一人娘に婿入りした彼の生家は男系の一族で、女性を兎に角大事にする家訓がある。もちろん瀬里も例外に漏れることなく(迷惑なくらい)大事にされているが、ヒエラルキーの頂点は当然母であった。
“京平の隣じゃないとダメ?” と目で訴えれば、“ダメです” と目で返事が返ってくる。
瀬里よりもずっと小柄な母を半眼で眺め下ろし、その頭上を通り越して京平に目を遣った。すると彼はニヤッと笑って「カモーン」と両手を広げる。
耳の奥にブワサッと音が響き、全身鳥肌に包まれた。髪の毛はまるで猫みたいに膨らんで、威嚇モード全開である。
とは言え、母を前にして拒否権はない。
(……嫌な予感がする……てか、寧ろそれしかしない)
せめて他の兄弟の隣に滑り込もう、と目で探る。
コの字に据えられたソファ。こちらに背を向けた縦棒の位置には父の晃と健が座っている。上の横棒の位置には基樹と康成と淳弥が座り、下の横棒位置には力と京平が座っていた。
必然的に力と京平が座っているソファは省かれる。
しかし瀬里の考えなどお見通しとばかりに、兄弟たちは涼しい顔をしてソファに寝そべってみたり、隣同士で腕を組んでみたりと隙間を埋めていく。
(この連携、いつ見てもムカつくわね)
瀬里にとって、良くも悪くも仲の良い兄弟たちである。特に年の離れた上三人の兄バカ連携プレーには幾度と無く恥ずかしい思いを味わい、泣かされたか知れない。
それでも小さな頃は、兄たちをそれなりに好きだったと思うのだけど、如何せん彼らは瀬里を構い過ぎた。今となっては鬱陶しさしか感じない。
ソファをぐるりと見回して、このままもたもたしていたら強制執行されそうな予感に、瀬里は選択の余地がないと諦めの溜息を吐いた。出来れば京平の隣だけは回避したかったのだけど。
(パパさんの隣には当然ママさんが来るでしょ。健ちゃんを押し退けて座る選択肢もないこともないけど、これから始まるだろう話を考えたら、多分無理。基康淳の間にお尻を捩じ込むのも何だかなぁって感じだし。パパさんの正面に正座して座る? ……うぅん。無理だね。意味ないね。そんな事許す筈がなかったね。京平が。……はぁ。こんな事になるって知ってたら、出掛けたりしないで大人しく事務所で待機してたのに~ぃ)
今さら言っても詮無いことだと解ってはいるが、往生際悪くそんな事を思ってしまう。
もう一度大仰な溜息を吐いて、ゆっくり足を踏み出した。
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