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8. 参戦しなくていいですから! ホントお願いします。
参戦しなくていいですから! ホントお願いします。⑫
しおりを挟む坂本と一緒にやって来たのは、学校の屋上だった。
美佳の手を取って、早足で彼女を屋上まで連れてくる間、全く後ろを振り向かず、話しかけてもこない様子から坂本の焦りを感じる。
美佳は薄っすらと笑みを浮かべた。
坂本は焦っていた。
優に邪魔されたくない一心で、見つかる前に二人きりになって話がしたかった。
振り返る心の余裕もなく、屋上の昇降口の扉が閉まってから漸く、彼は息を大きく吐き出した。
だから坂本は気が付かなかった。
「やっと安西抜きで会えて良かった」
心底安堵しているのだろう。ふにゃっとした笑みが浮かぶ。
坂本は昇降口の日陰になる所に移動し、正面から美佳を見て真摯に言う。
「本当に、このままで良いの? 安西と縁を切りたいなら、どんな事だって協力するよ?」
美佳の両手を取って、目を覗き込んでくる坂本を彼女はしばらくポカンと眺め、ニッコリ笑って「バカ?」と小首を傾げた。
今度は坂本がポカンとする。
「未成年が協力したところで、限界なんて目に見えてるでしょ」
「それは……」
坂本が言い淀んでいるのを無機質な表情の美佳が見上げている。
そこに至って坂本は違和感を覚えた。
彼の知っている和良品美佳は、間違ってもこんな表情はしない。いつだって心がほっこりする笑顔を見せてくれるのが、彼女の魅力の一つなのだから。
「前に優が対の話をしたの覚えてる?」
「つい……?」
坂本は首を捻った。そう言われてみれば、そんな事を聞いたような気もする。
いつだっけ? と首を捻っている坂本。平然とした面持ちの美佳が「そろそろかな?」と身じろいで、昇降口に視線を送った。
人待ち顔になった美佳に、坂本がムッと口を歪ませると、美佳は「対の答えを教えてあげる」と、大凡彼女にはそぐわない婉然とした微笑みで坂本を見る。
坂本の背中にゾクリとしたものが走った。
「…だ……れ?」
掠れた坂本の問いに応えず、美佳は瞼を閉じてくすくす笑っている。
坂本が美佳の肩に手を伸ばし……
グァ――――ンッ!!
スチールの重たい金属音が響き、一呼吸置いた怒声。
「ちょっと優ッ!! どーゆーつもり!?」
坂本は驚いて手を引っ込めた。
安西優が美佳を “優” 呼んで、怒りを露わにズンズンと歩いて来る姿に、坂本は困惑した。
優の本気で怒った様子を見る限り、二人が坂本を揶揄っているようには見えない。
「どうゆう…こと?」
坂本は二人を交互に見て、茫然と呟いた。
追試が終わるまでまだ時間はあったが、ブラブラするのも、女子に声を掛けられるのも面倒臭くなって、優は美佳のいるクラスに戻って来た。
張りの陰で追試の教室を伺い見る坂本を見つけ、殴りつけに行こうと一歩足を踏み出して、優はある考えを思いついた。
坂本を完全に諦めさせる方法。
優はにんまり笑って踵を返した。
“優”は失敗のバツの悪さをありありと顔に浮かべ、不審の眼差しを向ける坂本を束の間見入ってから “美佳” に視線を移した。
すすすっと “美佳” の隣に並んで肘で腕を突っつく、 “優” の見たこともないしおらしさに寒気がする。
「人がいるならいるって言ってよ」
引き攣った笑顔を浮かべ、“優” がぼそぼそと呟いた。
全開の声で叫んでしまった今となっては、どんな態度を取ったら良いものなのか思案どころといった感じだろうか。
坂本の目には、異様な光景に思えた。
普通に考えたらあり得ないはずなのに、そのあり得ないことが起こっているのか。
坂本の脳が総動員して認識する限り、中身が入れ変わっているようにしか見えない。
“美佳” は坂本の動揺などお構いなしに “優” を斜めに見上げ、
「ラスト二十分、全ての穴を埋めてやったからな。これで美佳も落第しなくて済むし、俺も評価が上がって万事OKだろ?」
「そんなズル…てか優。あんたまたやらかしてくれたわね! 勘弁してって言ったのに」
「予備が一個、財布に入っててくれて助かったけど、美佳に比べたらイマイチでちょっと焦った」
「ばっ……そーゆー問題じゃないッ! あたしがどんな思いで」
真っ赤になった “優” がそこまで口にして、はたっと押し黙り坂本を振り返る。“優” は空気が抜けた風船のようにシュルシュルと窄み、その場にしゃがみ込んだ。
申し開きのしようもないと、観念した面持ちで溜息を吐く。
外見はともかく、“優” の中身は坂本の知っている美佳の気がする。そして坂本の好きな女の子の中身は、いま大嫌いな男で……。
頭がふらふらして、坂本は額に手を当てて小さく唸った。
「これが対の答えだよ」
“美佳” が “優” の腕に腕を絡めて立ち上がらせた。
「俺たちは、中身が入れ替わるから、お互いじゃないとダメなんだよ」
美佳に似つかわしくないぞんざいな口調。
初めて目にする優のなよなよした姿。
「な…んでそんな……」
「何でと言われても、俺たちも解んないから答えようがない。けど、前世からの因縁ってやつ? 前世でも俺たち夫婦だったし。離れられない縁なんだよ」
「う…嘘だそんなの!」
「嘘だって言われてもな。美佳に “優” の演技が出来るほど、こいつ器用だと思うか?」
“美佳” を指差しながら “優” を見上げ「なあ」と同意を求めれば、素直に頷く。
そう。優が素直に頷くことなんて、坂本には青天の霹靂としか言えない。
美佳は良くも悪くも素直で、思っていることが顔に出やすい。仮に今演技していたとしても、直ぐにボロが出るのは想像できる。
でも目の前にいる美佳は、一貫して中身は優のままだった。
これが美佳の演技だとして、ここまで上手くいっていたら、堪え切れずにきっと口元がニヤニヤしてとっくにバレている頃だろう。
坂本は熱が出そうだった。
炎天下で脳天を炙られ、脳内は許容量オーバーでヒート寸前。
“美佳” が坂本の胸に指を突き立てる。
「もしこれからもお前が美佳を呼び出すなら、目の前に立つのは俺だと思え」
ニヤッと笑って “美佳” は坂本から離れると、何を思ったか “優” の背後に回って両肩に手を置いた。肩越しに “美佳” の行動を見ていた “優” の背中に飛びつく。
「ちょっ優!」
「歩くの面倒。負ぶってけ」
「この暑いのにくっ付かないでよ!」
「これからもっと密着すんのに、細かい事言うなって」
「密着しない」
「しないの?」
「しない」
「ホントに?」
肩に顎を乗せ、ニヤニヤ笑って耳元で訊き返した。
吐息に耳を擽られ、反対側に頭を引いた。“美佳” をじろっと見、
「あたし怒ってるんだからね?」
「何に?」
「うるさいッ!」
「言えって」
“優” の腰に絡めた足をぎゅっと締め付ける。痛いとか苦しいとか喚いている “優” を無視して、坂本を振り返った。
「何だかんだと上手くいってるだろ? 俺たち」
そう言って笑った “美佳” は、坂本が良く知っている美佳の顔で、本当に嬉しそうに見える。そして文句を言っている “優” も満更でもなさそうで…。
(頭が、クラクラする)
騒ぎながら校舎の中に戻って行く二人を見送り、坂本も長い溜息を吐きながらのろのろと校舎に戻って行った。
熱中症の一歩手前だったのか、坂本は家に帰ると発熱し、ベッドに張り付く羽目になった。尤も原因はそれだけじゃないだろうけど。
扉を潜る直前、“美佳” が振り返って、信じられないなら恵莉に聞いてみろと言っていた。
信じる信じないではなくて、信じるしかないと心の何処かでは解っている。
それでもやっぱり信じたくないと足掻いている自分は、滑稽だ。
二人に入り込む余地など、なかった。
特異な体質云々を省いても。
翌日は流石に一日中寝て過ごし、その翌々日に出勤して来た恵莉を捕まえて、事の真相を確認した。
坂本の甘い期待は無残に打ち砕かれ、その日の仕事が終了した後、恵莉が残念会と言って食事に誘ってくれた。
そこで彼女に散々愚痴って、素面で管を巻き捲り、めそめそして慰められて、大分すっきりして帰宅した。
この胸の痛みは、完治するまでもう暫く掛かりそうだけど。
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