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8. 参戦しなくていいですから! ホントお願いします。

参戦しなくていいですから! ホントお願いします。②

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 補習授業から締め出された。
 優の動向が気になって授業にならないから、授業は免除するから帰ってくれと懇願された。
 そう言い渡された後、教科担任は優に責任持って勉強を教えるように言い含め、最終日のテストに合格させられたら、優の内申に加味すると付け加えた。

 自分の成績に関係するとなったら、俄然やる気を出した優は背筋も凍る微笑みを浮かべ、補習に参加したいと泣いて哀願した美佳を嬉々として引っ張って行った。
 教室から遠ざかって行く美佳の悲鳴を聞きながら、一同 “すまん” と心中で謝罪したのは美佳の知り得ないことだった。



 えっぐえっぐと子供みたいにしゃくり上げる美佳の鞄を肩に掛け、ぎっちり手を握って駅に向かっていた。
 美佳はずっと項垂れて、ぽたぽた涙を落としながら優に手を引かれている。

 何が泣けてくるって、自分の頭の出来の悪さが招いた現実と、九を助けるために一を切り捨て、気持ち良いくらいスパッと優に売られたことが切ない。
 確かに今日の状態では全く授業が進まないのは理解できる。だから元凶となっている癌患部ゆう周辺みかを切除するのも。

(理解は出来るけど……)

 感情がそれに付いていけるかは別だ。
 これからテスト日まで優に拘束されることは必至だし、スパルタも怖いけど、それ以上に優の下半身事情が怖い。

 恵莉にアフターピルを貰って、ここ最近は何とかやり過ごしてきたけど、聞いたら結構高くって、しょっちゅう貰うには非常に申し訳ない代物だった。恵莉は気にしなくていいと言うけど、そういう問題じゃない。
 アフターピルに比べて安価の低用量ピルを処方して貰うのに、恵莉は病院に付き添ってくれると言っていたけど、四六時中一緒に居ることになりそうだし、優の目を掻い潜るのは骨が折れそうだ。バレたら元も子もない。
 通販のピルもあるらしいけど、最初はちゃんと病院で処方して貰った方が良いと、恵莉に口酸っぱく言われた。

 優が避妊に協力的だったら、こんなことで悩まないのに。
 つらつらとそんな事を考えていたら無性に腹が立ってきて、歩いている優の膝裏に蹴りを入れた。すると面白いくらい膝がカクンとなって、危うく転びそうになった。

「みぃぃぃぃかぁぁぁぁ!」

 優がギロリと睨み上げてくる。それに頬を膨らませ口を尖らせた美佳が無言で対抗し、彼は眉間に皺を寄せると、繋いだ手をぐっと引っ張り、今度は美佳がバランスを崩した。小さい声を漏らし、彼女がアスファルトに膝を着く前に抱き留めると、優の腕の中でぎっちりしがみ付いた美佳が安堵の吐息を漏らした。

「…ったく。何やってんだ俺たち」
「優が悪いんじゃん」
「わざわざ夏休みに学校行かなくて良くなったんだから喜べよ」
「喜べない」
「何で?」
「毎日優と一緒なんて怖すぎるぅ」
「ここで犯されたいのか?」

 美佳がまた涙を目に溜めて嫌そうな顔をすれば、半眼で優が見下ろす。
 そうやって互いを暫く見合って、美佳の頭をポンポンするともう一度手を繋ぎ直して歩き出した。



 優とこうやって一緒に歩いていると、尽々不釣り合いだなぁと美佳は思う。おまけに泣きはらした顔だし。
 学校からずっと、すれ違う女性たちが優に見惚れ、次いで一緒にいる美佳に敵愾心を向けてくる。
 優は涼しい顔で手を引いて歩いているけど、美佳にはこの視線が針の筵だ。
 距離を取りたくて、半身を後ろに引く美佳の手を問答無用で引っ張る優。

(…居心地悪ぅ……ホント…あたしなんかで済みません)

 ホームに立ってても、電車に乗っても、チラチラ優を見る視線。
 ゴールデンウィーク前に戻れるなら戻りたい。
 戻って優に暫く大人しくしてて欲しいと言いたい。
 入れ替わったあの日をやり過ごすまで。

(あたしのゆ―ことなんて聞いてくれないだろうな、優の事だから)

 きっと無視する。
 最寄りの駅で降り、信号待ちしていた。

「和良品さん…?」

 不意に声を掛けられて、優ともども後ろを振り返り、美佳はゲッていう顔になる。その様子を見逃さなかった優は、瞬く間に不機嫌顔になった。

「ああ。やっぱり。学校の帰り?」

 にこにこと人好きのする笑顔で近付いて来るのは、私服姿の隣のクラスの男子。
 優といる所に何故声を掛けてくるんだと、炎天下にありながら美佳は背中に冷たい汗を感じた。
 美佳の手を握る指にぎりぎりと力が籠る。優は近付いて来る彼から美佳を背中に隠し、「誰?」と冷ややかに彼を見た。隣り男子は大袈裟に溜息を吐いた。

「ホント変わらずヤな奴だよね安西」
「…はっ?」
「昔っから和良品さん独り占めしてさ」

 苦虫を噛んだような顔で、彼よりも若干高い優を上目遣いで見上げる。優はぱちくりと瞬きして「誰?」と美佳を振り返って見下ろす。彼女は微妙に顔を引き攣らせ「ね?」と小首を傾げて笑んだ。
 二人のやり取りに、何とも悲し気な顔で美佳を見た。

「俺、和良品さんに言ったよね? こっちに戻って同じ高校なんて嬉しいって」
「……えーっと…?」

 全く記憶にない。
 いくら出来が良くない頭でも、それくらいの記憶は残ってていいはずだ、とぐるぐる思考を巡らすが、それっぽい記憶に掠りもしない。で、ふと優を見上げた。
 可能性としては優が “美佳” の時。
 優と美佳は眉を寄せて互いを見、優は「あっ」と声を漏らすと彼を振り返った。「坂本大吾だ」と言いながら美佳を見下ろし、彼女は坂本を数秒見詰めてから「あ~坂本くん」とワンテンポずれて頷いた。

(道理で、知ってるような感じがしたんだぁ)

 言われてみれば当時の面影がある。
 やっぱり二人が入れ替わっている時に、接触していたようでちょっと安心した。
 そんな事情など知るわけがない坂本が、ムッと優を見て、すぐに憤った眼差しで美佳を見た。

「何で安西が先に思い出すかな? 和良品さんちょっと薄情じゃない?」
「はあ。ゴメン、ね?」

 眉を下げた笑顔を浮かべて謝罪していると、ぐっと手を引っ張られ歩行者信号が変わった道路を横断し始めた。その後を坂本も付いて来る。

「お前なんぞ美佳が記憶する価値なし」
「安西って性格の悪さに磨きが掛かってるよな。和良品さん苦労してるでしょ? さっさと見切りつけて、俺と付き合ってよ」

 眼中から完全に優を排除し、満面の笑顔が美佳を見詰める。
 坂本はつい先日の騒ぎを知らないのだろうか?

「えっと、無理って言ったよね?」
「だから何で無理なのか、何度も聞いたよね? 結局田端くんは違うって分かったんだけど。この間の騒ぎで」

 騒ぎの事、知っていてこれかと思った瞬間、美佳がぐったりして膝を折った。すかさず手を伸ばしてきた坂本から美佳を守り、

「美佳は今も昔も俺のだから。下手なちょっかい掛けるな」
「和良品さんも同意してんの?」
「同意以前の問題。俺らは対だから」
「つい? 何それ?」
「説明する義理はない。行くぞ美佳」
「ぅ…うん」

 不機嫌な足取りでずんずん歩く優に引っ張られながら、美佳は坂本を振り返り小さく会釈する。そんな彼女に「要らん事するな」と頭を抱え、二人は坂本の前から立ち去った。 

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