上 下
37 / 167
7. Please, open the box 【 R18】

Please, open the box ②

しおりを挟む


 オープニングは、“聖者が街にやってくる” のロックアレンジで始まった。

 それからもクリスマス鉄板ソングで盛り上げ、オリジナルのクリスマスソングの後に晴日のMC。
 ゲームで盛り上がり、最後まで勝ち残った客にメンバーからのプレゼントが贈呈された。その時にファンが十玖の女装に触れ、すっかり忘れていた十玖を打ちのめし、彼はふにゃふにゃと崩れ折れた。

 ファンたちには、すこぶる反応が良かったようで、掲載に至るまでの経緯が晴日の口から面白おかしく語られると、十玖は「泣いてもいいですか?」と一度袖に引っ込んでしまった。

 戻ってコールとバスドラムのリズムに引きずり出されて十玖がステージに立つと、ドラムの十六ビートが十玖を総毛立たせた。

 十玖が引っ込んでしまうというアクシデントがあったものの、二時間のライヴは少々オーバーして終わろうとしていた。
 これでもかってくらいのステージパフォーマンスに誰もが酔っていた。

 ハイテンションだった謙人が、一瞬硬直したのを晴日は見逃さなかった。彼の呼びかけで気を取り戻し、大事には至らなかったが。

 しかし謙人はホールの一点から視線が離せなくなっていた。



 筒井は謙人の頼みでホールの人物に声をかけた。

 頷いたのを確認し、控室に通そうとしたところで謙人と鉢合わせた。

 謙人は筒井から引き取った相手の手を取って、ズンズン歩いて行く。通路の突き当りで立ち止まり、相手に向き直った。

 丸く広い額を露わにし、手入れの行き届いた弓なりの眉。きれいな弧を描く二重の瞳は優しげで、ぷっくりとした唇は控えめなティーブラウン。長い髪を後ろでゆるく纏め、質の良いワンピースは、育ちの良さを醸し出している風貌にとても良く似合っていた。
 しかし、ライヴハウスには凡そ似つかわしくない、清楚な身なりだ。

 謙人はあからさまなため息をついた。

「いつ……日本こっちに?」

 チラリと謙人を見て俯いた。彼女は躊躇いがちに口を開く。

「夕方、着いた」
「そう。今まで…連絡もなかったのに、なんでここに……?」
「……ごめん。祐人ゆうとちゃんから話は聞いていて、空港着いたら、謙人の顔がどうしても見たくなって、気付いたらここに来てた」

 祐人は謙人の年の離れた兄だが、彼女の口から出てきた途端、我慢していたものが沸点に達した。

「はっ。何なんだよッ!! 逃げるようにいなくなってッ、俺には! 連絡先も教えなかったくせに、兄さんには連絡してるって何なんだよッ!!」
「ごめん」

 彼女は微かに震えながら体を小さくする。
 普段あり得ない謙人の怒声に、控え室からぞろぞろと顔を出した。

「ケント。まだお客残ってるから、落ち着いて」

 筒井にそう言われて、思いのほか大声が出ていた事に気付いた。

「冷えるから中で話したら?」
「いいえ。筒井マネ。今日のクリパ、パスしていいですか? 彼女と話があるんで」

 肩越しに指さす面持ちは、冷静になろうと努めても隠し切れない怒りが滲んでる。いつもしれっとしている謙人が感情を露わにするのは、それなりの理由があるからだろう。

「分かったわ。で、その方は?」

 まじまじと品定めするかのように、筒井が見ているのに気がついて、謙人は「あ~」と彼女を振り返った。

「松下佐保。俺の……許婚」

 聞き慣れない言葉を理解するまでの間が空き、続いて驚きの声が通路に響き渡る。愕然と謙人を見るメンバーたちに、おどけたような顔で小首を傾げた。

 謙人は佐保を振り返るとむっとして、手を引っ張る。豆鉄砲食らったメンバーの前を通り過ぎ、リュックのポケットからスマホを取り出した。

「もしもし謙人です…兄さん! 佐保が来てるんだけど、どういう事か後で説明して下さい! あとこっちに車回してくれますか? 佐保連れて、一度そっちに戻りますから」

 一方的に捲し立てて電話を切ると、憤慨しながら更衣室に入って行った。

 さっきまでの高揚感なんか吹き飛んでしまってる。
 筒井は入り口で突っ立ってる佐保に椅子を勧め、「こんな物しか出せないけど」とペットのお茶を差し出した。

 佐保は会釈して受け取り、彼女の向かいにニコニコした美空が腰かける。

「許婚って本当にあるんですねぇ。佐保さんて、謙人さんの幼馴染み?」
「そうですけど…?」
「謙人さんの1コ上?」
「? はい」
「クーちゃん! 余計な事言わなくていいからっ」
「はあい」

 更衣室のカーテンの隙間から顔を出し、美空に口止めすると、佐保に視線を移した。

「佐保! 俺めちゃくちゃ怒ってるから! 約三年分の怒り、とくと聞いて貰うからな。今度は逃げんなよ!?」

 全部ぶつけなければ、この怒りは収まらないようだ。
 ムスッとした謙人が、ドレッサー前の椅子にどっかりと腰かける。
 謙人の不穏な空気に声を掛ける事もはばかれ、何故だかこそこそしながら、十玖たちはまとまって更衣室に滑り込んだ。

 重苦しい空気。
 筒井はペットの水を謙人に差し出したが、無視されてすごすご引き下がる。
 いつもなら騒がしい控室が、異空間のようだ。

 全員が居心地の悪い空気の中、まんじりともせずやり過ごしていると、謙人のスマホが鳴った。

「佐保。行くよ」

 荷物を担ぎ、「お先です」と佐保の手を引いて謙人が出て行くと、全員が目いっぱい息を吐きだした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

サディストの飼主さんに飼われてるマゾの日記。

恋愛
サディストの飼主さんに飼われてるマゾヒストのペット日記。 飼主さんが大好きです。 グロ表現、 性的表現もあります。 行為は「鬼畜系」なので苦手な人は見ないでください。 基本的に苦痛系のみですが 飼主さんとペットの関係は甘々です。 マゾ目線Only。 フィクションです。 ※ノンフィクションの方にアップしてたけど、混乱させそうなので別にしました。

孤独なメイドは、夜ごと元国王陛下に愛される 〜治験と言う名の淫らなヒメゴト〜

当麻月菜
恋愛
「さっそくだけれど、ここに座ってスカートをめくりあげて」 「はい!?」 諸般の事情で寄る辺の無い身の上になったファルナは、街で見かけた求人広告を頼りに面接を受け、とある医師のメイドになった。 ただこの医者──グリジットは、顔は良いけれど夜のお薬を開発するいかがわしい医者だった。しかも元国王陛下だった。 ファルナに与えられたお仕事は、昼はメイド(でもお仕事はほとんどナシ)で夜は治験(こっちがメイン)。 治験と言う名の大義名分の下、淫らなアレコレをしちゃう元国王陛下とメイドの、すれ違ったり、じれじれしたりする一線を越えるか超えないか微妙な夜のおはなし。 ※ 2021/04/08 タイトル変更しました。 ※ ただただ私(作者)がえっちい話を書きたかっただけなので、設定はふわっふわです。お許しください。 ※ R18シーンには☆があります。ご注意ください。

処理中です...