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5. それぞれの想い

それぞれの想い ⑥

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 十玖のクラスに、養護教諭に有るまじき美貌と、匂い立つ色気を漂わせた鈴田有理すずたゆりが来たのは、ホームルームが終わってすぐの事だった。

 クラスの男子がどよめくのは無理からぬ話で、一度はお願いしたい女性の一人として、ランキング一位の教諭が、何の用か知らないが自分たちのクラスに来たのだから。

 鈴田有理は目標を確認すると、つかつかと歩み寄った。

「顔貸してくれる?」
「何ですか?」

 上から目線の有理に、不機嫌な十玖が応える。

「用があるからに決まってるでしょ」
「僕には有りませんけど」
「三嶋の都合なんて聞いてないわ。いいからいらっしゃい」

 そう言って十玖の腕を取り、彼が抗うと何やら耳打ちをした。
 有理の不遜な笑みを見て小さく舌打ちをし、嫌々席を立って今度は大きなため息を付いた。

 十玖と腕を組んで、教室を出ようとした有理が振り返って美空を見る。茫然としている彼女に「借りるわね」と妖艶な笑みを浮かべ、二人は教室を後にした。
 教室は大騒ぎである。

「何なんだ、ありゃ!?」
「なんで三嶋!?」
「何か入ってけない雰囲気じゃなかったか!?」
「ちょっと美空。あんた彼女でしょ!? 一体どーゆー事か説明しなさいよ!!」

 すごい剣幕のクラスメートたちが、美空の周りに集まってくる。
 説明を聞きたいのは美空の方だ。

 親密に見えた。
 自分よりもずっと近い存在のように感じた。
 当たり前のように腕を組んで、十玖も振り解くことなく行ってしまった。
 昨夜の気まずさを思い出し、涙が浮かんでくる。

「どうしたの?」

 きょとんとした苑子が、ハンカチを手にして入って来た。

「苑子どこ行ってたの?」
「トイレ。ちょっと我慢限界だったんで。何か賑やかだけど?」
「いま養護の鈴田が来て、三嶋を攫ってったんだけど!」

 苑子は数回瞬きをして「ああ」と呟いた。
 今にも泣き出しそうな美空を見て肩を竦める。
 この様子だと、美空は知らされていないらしい。
 苑子はどうしたものかと思案し、美空に微笑んだ。

「心配しなくても大丈夫。浮気するような器用さはヤツにはないから」

 慰めになってない慰めの言葉で、ケラケラ笑う苑子は教室の空気を完全無視だった。

  

 一方、保健室に半ば引き摺られるように連れて来られた十玖は、完全に不機嫌だった。

「学校では、馴れ馴れしくしないでって言いましたよね?」
「あら。冷たいのね。十玖とあたしの仲で」
「人が聞いたら誤解する」
「他人行儀なもの言いね」

 言いながら十玖の手を取ると、手の甲を見て有理は嘆息する。

「ほんとバカじゃないの、あんたって」

 こんなになるまで、と言って手の甲に湿布を貼る。包帯を巻きながら、ブスったれた十玖に肩を竦めた。

「一晩中、壁を殴ってたんですって? それで何か変わったの?」

 手は腫れ上がったわね、とそっぽを向く十玖に苦笑する。

「まあ。お陰でケンカは中断したけど」
「…まだケンカしてたの?」
「アイツがガキなのよ」
「嫌ならやめたらいい」

 有理に頭を叩かれ、恨みがましい目で見返す。

「少なくとも、あたしが知ってる十玖は、何かに八つ当たりするヤツじゃないわよ?」

 包帯を巻き終えると今度は手の甲を叩かれ、十玖は一瞬顔をしかめてため息を漏らした。

「アイツ等、全員ぶっ殺してやりたい」

 うなだれて呟いた十玖に、今度は有理がため息をついた。

 十玖がここまで深く傷ついた理由を全て知っているわけじゃないが、恋人が傷つけられた現場を目撃した時の衝撃は、第三者には計り知れない。
 その上傷ついた恋人を見守っていくと決めた以上、精神的負荷は半端ないだろう。
 自分たちに出来ることは、傍にいて話を聞くことくらいだ。
 心の傷を癒すのは簡単な事じゃない。

 目の前の少年の頭をふわっと抱き、優しい声音で語り掛ける。

「ねえ十玖。時間はかかっても癒えない傷はないわ。あんたが弱気になっちゃダメ。守ってあげるって決めたんでしょ? 担任にはあたしから言っておくから、少し寝なさい」

 十玖の艶やかな黒髪を撫でながら、ふと口元に笑みを這わせる。昔から何でも一人で抱え込んで、愚痴ひとつ言った事ない彼の本音は随分と物騒だったけど、有理は少し安心していた。

 かた…っと廊下で物音がして、走り去る足音。

「あらあら」

 有理は独りごちて、去って行く足音の方に視線を向けると、「困ったわね」と言いながらどこか楽しそうだった。



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