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20 . Prisoner
Prisoner ⑤
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五月一週目火曜日。ゴールデンウィーク真っただ中。
世の中は休日を愉しんでいる人も多いのに、先週ついに新事務所が稼働始めたお陰で、関係各所からご祝儀代わりの仕事が舞い込み、大わらわのA・Dである。
渡来グループの傘下ともなれば、入ってくる仕事の質も違ってくるから、世の中現金なものだと思う今日この頃。
十玖がまだ十八歳未満なので、二十二時以降の仕事は名目上ないが、曲作りやら何やらと仕事はある。今は自分たちの事だけじゃなく、双子のデビューに向けて遣ることが多い。
その所為もあって最近、夜ランニングの時間が取れず、早朝にシフトしつつある。
(ここんとこ、早起きもちょっと辛いんだけどね)
しかしそうも言ってられない理由が出来た。
先ずは第一に、日付変更線を跨いだ後の時間帯に走るのは、あらぬ疑いを掛けられる原因にもなるから止めるように、筒井が口酸っぱくして言うので、素直に従っていた。その辺りは真面目くんの十玖である。
早朝の澄んだ空気の中を走るのは嫌いじゃない。
十キロのコースを一時間かけて走る。
「とーくちゃん、おはよ」
「おはよ」
合流場所で先に待っていた萌が爽やかな笑顔の挨拶を寄越し、十玖も笑顔で応える。立ち止まることなく萌の前を通り過ぎると、彼女は十玖の隣に並んで走り出した。
第二の理由が、この萌だ。
彼女の早朝ランニングは今に始まった事ではない。朝練がない時はこうして自主的に走っているのだが、最近妙な視線を感じるらしく、気持ち悪いと言って十玖に伴奏を頼んできた。あわよくばその根源を探り出し、何かしらの策を講じなければならないと十玖は考えている。
だったら自重しろと、第三者なら言うだろう。
(萌も僕と一緒で、走らないと調子でない子だからなぁ。こればかりは、解る人にしか解らない事だもんね)
兎に角、走ることが何よりも好きな子だから、十玖で出来る事なら協力してあげたいと思っている。
本来なら晴日が付き合うべきだ。解っている。
護衛も出来て早朝デートも出来るし、なかなか会えない二人には一石二鳥だろう。しかし晴日の寝起きの悪さは、ツアーの時一人部屋に出来ないくらい最悪で、十玖が加入し、子守から解放された竜助が感涙したほどだ。以来毎回同室を組まされる十玖が、端から晴日を当てにする訳がない。
もしかしたら、萌に関することなら、あの晴日も頑張るかも知れないけれど、後に来るシワ寄せを考えたら、A・Dの平和のために自分が堪えた方が良いのではないかと思うのだ。
「変わったことは?」
「とーくちゃんと走るようになってから、変な感じしないかも。どっかで見てんのかな?」
数週間前、早朝の三嶋家の庭先に駆け込んで来て、萌は『誰か追っかけて来る』と血相を欠き、窓から飛び込むように助けを求めた。
ひたひたと追い駆けて、纏わり付く不快さを訴えた時の萌は、顔色が本当に悪かった。
(母さんの話じゃ、露出狂の変態野郎も出てるみたいだし、苑子は太一に任せるとして、美空も気を付けないとな)
ぎゅっと眉を絞り、唇を噛んだ。
美空が犯罪に巻き込まれる――――掠めた想像に記憶が呼び起こされ、かつて味わった喪失感に心臓が凍り付き、未だ自責の念に食い殺されそうな錯覚を覚える。
誰もが十玖に責任はないと言う。
けれど、美空が傷付けられた事は紛れもない事実で、もう少し自分が注意を払っていたら防げたかもしれないと、どうしても思ってしまうのだ。
美空を近くに置き百パーセント守り抜くなんて、とんでもない思い上がりかも知れない。でもそう在りたい気持ちは、二年前から何も変わってない。寧ろ強くなっている。
十キロの行程をクリアし、マンション下まで萌を送って帰路を辿る。
道々人が隠れられそうな所をチェックしながら、周囲を用心深く確認する十玖を、離れた場所から鬱陶しそうに見る眼差し。彼はソレに気付くことはなかった。
オリエンテーリングが終わり、新入生の部活勧誘も終わった。
客寄せパンダにホイホイ釣られて合唱部に入部した新入生は、過去最高の五十三人。うち二人は強制的に入部させられた片岡姉弟だ。果たしてこの中から何人が淘汰され、何人が残るのだろう。
合唱部は、はっきり言って文化部と言う名の運動部だ。中学時代遊び惚けていた新入生にとって、地獄の特訓が待ち受けている。十玖とお近付きになる前に、粗方この時点で辞めていく。
片岡姉弟は、その体力を大自然の中で培ったと言うだけあって、余裕そうだ。尤も十玖の化け物染みた体力には及ばないようだが。
ソワソワと十玖を伺う新入生に目もくれず、と言うか十玖が新入生を見ると統制が取れなくなると苑子及び三年から苦情が出たため、黙々と筋トレに励む彼の隣で、同じように筋トレ中の天が、ボヤくように口を開いた。
「北海道の大地は、僕の身長だけなかなか育んでくれませんでしたが、これから伸びる可能性はあると思いますか?」
五月晴れの屋上で、曇り空のような顔の天に訊かれ、太一とコンビを組んで背筋反りをする十玖が、反った状態のまま静止して弟分を見た。
「あ、や。楽な姿勢でお願いします」
とは言ったものの今は筋トレ中だ。十玖の向こう隣りで海とコンビを組んでいる苑子が「止まるんじゃないわよ」と空かさずチェックを入れて来る。
背筋反りを再開させた十玖が「う~ん」と唸っていると、苑子が海に訊いた。
「身内で大きい人いる?」
「居ないです。これでも私たち、大きい方の部類になるかと」
「じゃ、ほぼないわね。伸びてもいいとこ五センチ?」
苑子の切って捨てるような言い種に、天が「そんなぁ」と情けない顔で、コンクリートの床に突っ伏した。
消沈する天を見かねた十玖が、『サボるな』と目で語る苑子を横目でチラリと見、天に目で合図をする。二人は背筋を熟しながら、十玖が喋り出した。
「大きいのも善し悪しだよ? 特に規格外だと、天井からぶら下がってる照明や出入り口の上枠で、よく頭や顔ぶつけるから結構痛い目に遭うし、服は他のサイズと比べたらどうしたって割高になるし、地方に行くと買おうにもサイズなかったりするから、ツアーには多めに持って行かなきゃならないんで荷物増えるし、特に夏場は。それから、既製品がないとオーダーで時間掛かる上に、親には文句言われるし、どこ行っても目立つから隠れるの大変だし、初対面の人には威圧されて居るみたいだって怖がられるし、身内は普段邪魔だって容赦なく蹴り入れる癖に、手が届かないとこあるとガンガンこき使ってくるし「十玖、まだ続くか?」
天をフォローするはずだったのに、放っといたら延々と日頃の鬱憤が出てきそうな十玖の口を、太一が制した。
「白熱して喋ってるとこ悪いんだけど、次俺の番」
「あ、ごめん」
無意識のうちに急ピッチで背筋反りをやり終えていたらしい。
十玖は太一と場所を交代しながら言を継ぐ。
「身長がコンプレックスになってる天に僕が言うのもなんだけど、高ければそれなりに弊害もあるし、天は極端に低い訳じゃないんだから、気にしなくていいと思う。何より歌っている時の天は、大きく見えるから。存在感があるって、僕たちみたいな仕事をしてると大事だからね?」
ふんわりと十玖が微笑む。
瞬間、目の当たりにした部員たちが、彼に見惚れて動きを止めた。
バシッ!!
突如後頭部を襲った衝撃につんのめり、十玖は背後を振り返る。するとスナップを利かせて叩いた態勢のまま、苑子が「とーくに見惚れてる暇があんなら、ノルマ増やすわよッ!」と発破を掛けると、慌てて筋トレに戻る部員たちの姿がそこにあった。
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