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8. 梓、一難去ってまた一男(難)…!?
梓、一難去ってまた一男(難)…!? ④
しおりを挟む早い内に城田に連絡を取らなければと、ゆっくり会場を見て回ったが戻ってくる様子もなく、梓の身体を考えて由美がお茶にしようと提案した。
三人が最寄りのカフェに移動して十分も過ぎた頃、梓の電話が鳴った。着信は城田からのもので、すぐにこちらに来ると言うものだ。
それからものの五分と掛からないで城田はやって来て、梓と二人、由美たちから少し離れた席に着いた。
初夏のこの時期に走ってきた城田は、噴き出す汗をタオルハンカチで拭っている。
出された水を一気に飲み干し、アイスコーヒーを注文すると、城田は大きく息を吐き出した。
久し振り、そう言ったまま言葉が続かない。
一年ぶりの城田は陽に焼けてパサパサの茶髪に浅黒く焼けた肌も、人好きしそうな相貌も相変わらずで、梓は何だかホッとして吐息を漏らす。
アイスコーヒーがくると、何も入れずにストローだけ差して一口含み、そして徐に口を開いた。
「元気そうで、良かった」
「城田さんも」
そう言ってまた暫く黙り込む。
話そうと思っていたことが、なかなか言葉になって出てこない。それは城田も同じ様で目が合うと困った顔して苦笑する。梓も釣られて口元を緩めた。
梓は自分のテーブルから持ってきたアイスティーを口に含み、一つ息を吐き出して城田を見、頭を下げた。
「先ずは最初にごめんなさい」
「? 何で謝るの?」
城田が首を傾げた。梓は一瞬呆けた顔で彼を見る。まさかの返しに「えっとぉ」と頭の悪そうな返答をしてから、気を取り直して咳払いをし、言を継ぐ。
「家出して、周囲に迷惑を掛けまくったので。それと、城田さんには良くして貰ったのに、不義理を尽くして済みませんでした」
深く頭を垂れると、城田は「そんなこと」くしゃりと顔を歪める。梓が上目遣いに彼の顔を見やれば、泣きそうな目を細めて梓を見返していた。
「少なくとも懐いてくれてるなって、思っていたんだよね」
その通りです、と心中で頷く。
「男としてすぐに見られなくても、好意を持って接してくれていると思っていた。だからアズちゃんの気持ちが俺に向いてくれるまで、幾らだって待つって言ったよね?」
「……はぃ」
穏やかな声音なのに有無を言わせない何かに、梓は尻すぼみに返事をすると、城田は小さな溜息を吐いた。
「ごめん。責めたい訳じゃないんだ」
俯きかけた梓の頭に手を伸ばし、躊躇って途中でその手を引く。束の間手を見遣って、城田はグラスに手を伸ばした。
「……何回か食事してみて、やっぱり違うって思ったなら、それは仕方ない。そう言われてフラれるなら、縁がなかったんだと俺も納得できたんだと思う。けど」
「けど?」
不自然に言葉を区切った城田を見、梓は顔を上げオウム返しに訊ねた。梓の目を射抜くように見詰めてくる。
「ごめんなさいの理由が、それだけじゃなかったなかったでしょ?」
城田を見返していた瞳が揺らぎ、見透かされていたことに言葉が出てこない。
(あの時、何て言った……?)
テンパっていて、城田に何と断ったのか思い出せない。
兎に角、怜にバレてしまう前に、早く城田から離れないとと、焦っていた事だけは覚えている。
「あの、あたし……」
困惑しているのが城田に伝わったのか、「覚えてない?」と口元を微かに歪めて笑った。フッた言葉も覚えていないなんて、失礼な話だと梓が恐縮して項垂れる。彼から注がれる視線に申し訳なさまで覆い被さって来た。
「ごめんなさい。あの時、凄くテンパってて」
「ん。こっちこそ悪い。ちょっと意地悪だった。あの時アズちゃんは、ごめんなさいばかリ言って、お兄さんたちを説得するって言った俺に、そこまでして貰う価値がないって言ったんだ。その価値を決めるのは俺だって言っても、待つって言っても拒絶の言葉しか返って来なかった。泣いている理由すら教えてくれなかったよね」
思い出して、城田は酷く傷ついた顔をする。梓はくっと眉に力を入れ、唇を噛んだ。
城田はアイスコーヒーで喉を潤し、ふっと表情を緩めて薄く笑う。
「俺のことを嫌って付き合えないって言っている訳じゃないんだと、あの時思った。言えない事情があって、けど今はどうしても近くに居られない理由があるんだと、勝手に解釈して、気持ちが向くまで待ちたいって思った」
訊いた途端、梓は地面に穴を掘って頭を突っ込み、土下座したい気分になる。
中途半端な事をして、一年も城田に無駄な時間を過ごさせてしまった。彼の一年を思ったら酷く胸が痛むのに、どうやって彼に詫びたら良いのか分からない。梓の口から出るのはやっぱり「ごめんなさい」だった。
「それだけ?」
城田にそう訊かれて、眉尻をふにゃりと下げる。一年も無意味に待たされた詫びが “ごめんなさい” だけで済むなんて、そんな調子の良い話はないだろう。
でもどうしたら赦して貰えるのか分からない。
梓はそのまま口にする。
「どうしたら、お詫びになりますか?」
「そうだなぁ……そうだ。だったら俺と付き合って」
「……えっ!?」
そう言って硬直してしまう。
顔を引き攣らせ、目を瞠ったまま動かなくなった梓をじっと見ていた城田が、突然「ぶっっっ」と吹き出した。何で急に吹き出されたのか分からない。梓は目を瞬いて「城田さん?」と声を掛けた。
「ごめんごめん。今の冗談」
「なっ…冗談、って」
本気で焦ったのに、質の悪い冗談はやめて欲しい。血の雨が降る場面を想像してしまったじゃないか。
気を落ち着けようとアイスティーを啜ると、城田は笑いを引っ込めた。
「Cooちゃんから聞いてるよ。結婚したんだって? 子供も出来たそうだね?」
ああ、と口を開きかけてすぐに閉じる。
美空の兄弟子なのだから、伝わっていても不思議ではない。
小さく頷くと、城田は不機嫌に顔を顰めてアイスコーヒーを口にする。身を竦めて上目遣いに城田を見ると、彼は溜息を漏らした。
「正直、おめでとうとは言いたくない。相手の男に凄く腹立つからね」
「はぃ…ですよね」
「何で俺じゃなかったんだって思うよ」
「すみません」
「アズちゃん。悪いと思ってるなら、あの時に泣いていた理由、家を出た理由、話して」
城田に否は通じない眼差しを向けられ、梓は躊躇いながらも頷いた。
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