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6. 梓、ビビッて逃走する
梓、ビビッて逃走する ⑰
しおりを挟む遅くなって済みません <m(__)m>
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正面のソファに怜の母親を挟むように姉が二人、さすが怜の血縁者と言わんばかりの美貌で嫣然と梓を見ている。
母親と姉たちに対面するだけでも途轍もない緊張だというのに、人を圧倒するようなオーラと美貌を前に、しかも彩織には、怜に押し倒された現場を目撃され、梓は完全にテンパっている。
上目遣いでチラチラと三人を窺いながら、あまりの居心地の悪さに怜に擦り寄ると、繋がれた彼の指に力が篭もる。
(……ダメ。心臓止まりそぉ)
いっそここでひと思いに切って捨てて欲しい。
母の凛子は完全に怜の女性版だ。緩やかなウェーブが掛かった栗色の髪をふんわりとアップにし、施された化粧は華美ではないのに、充分過ぎるほどの美貌を見せつけて来る。彼女の榛色の双眸が梓を捉え、その微笑みはうっとりするほど艶やかで、女神光臨と口走りそうになった。とても六十代後半とは思えない。
凛子の左隣には長女の志織、右隣には次女の彩織が座っている。二人ともやはり美人ではあるけど、凛子や怜とは対照的だ。
怜よりも五歳上の志織はストレートロングの黒髪をハーフアップにし、形よく整えられた眉とやや垂れ目がちの大きな瞳、通った鼻梁に、小さくぷっくりとした唇は艶やかで瑞々しい果物のようだ。ぱっと見は可愛い系美人の上品な奥様。その志織が先刻まで玄関前で喚いていた人と同一人物なんて、ちょっと信じたくない。
そして三つ上の姉彩織は、パーマの掛かったアッシュグレイの髪を無造作に束ね、好奇心旺盛な黒い双眸を梓から離さない。凛子と志織が控えめな化粧をしているのに対して、割としっかりメイクだ。それでも遣り過ぎ感は全くなく、彼女の美しさをより引き立てている。顔の造りとしては志織に似ているが、どことなく怜とも似ていて、梓が感じるイメージとしては格好いいお姉さんだ。
凛子はにっこり梓に笑い、直ぐに怜へと視線を移す。
「結婚したいと言うのは、本当の事なのかしら?」
行き成り核心を突いて来た。
梓の心臓がビクンと跳ね、耳の奥で心臓の音が響き出す。全身の毛穴が開いて、変な汗が噴き出した。怜は繋いだ手に手を重ね、彼女を安心させるように笑みを寄越すけど、それくらいで落ち着ける状況ではない。
怜が真摯な眼差しを凛子に向ける。
「本当です。結婚を前提に付き合って欲しいと、彼女に交際を申し込みました」
「あなたはゲイだったのではなくて?」
「そうですよ」
「なのに彼女と結婚するの? それで上手くいくのかしら?」
その心配は尤もだ。
怜では後継者を残せないから、家督を長女夫婦に譲ったのだ。
「彼女とならそれが出来ると思ったので。梓は特別だから」
ね? と怜に顔を覗かれ、梓の顔がぶわっと赤くなる。正面の三人と目が合って、更に赤くなった顔を俯けた。
(ね? じゃないからぁ。こっちに話を振らないでぇ)
ただでさえ竦み上がっているのに、三人の視線を集めないで欲しい。
凛子の視線に怯えながら、無意識に怜の手を解こうとしていた。それを彼は許さないとばかりに握り込み、手元に凛子の視線が注がれる。梓はヒッと息を呑んだ。
「ゲイではなくなったという事かしら?」
「最初に言って置きますが、僕の子供を抱きたいと思うなら、彼女以外じゃ無理ですからね? 梓限定のバイにでもなったと思ってくれたらいいです」
「そうなの?」
凛子はふぅんと鼻を鳴らして梓をマジマジと見た。怜とそっくりな顔で探って来るような強い眼差しに、完全に引け腰だ。怜とは違うと分かっているのに、この顔には昔から弱い。
梓をじっと見詰めていた凛子が、不意に表情を弛め「そうそう」と話題を変えてくる。
「先日は梓さんの都合も確認しないで、うちの柏倉を迎えに遣ってしまってごめんなさいね?」
「かしわ…くらさん?」
一瞬分からなくて首を傾げ、先日 “主人が会いたがっている” と言った女性を思い出し、梓から血の気が引いた。
(怜くんのお母さんだったんだ!?)
眠くて横柄な態度を取った気がする。
それならそうと一言言ってくれたら、もう少し態度を改めたのにと思っても今更だ。尤も、呼び出しの相手が凛子だと知ったら、一目散に逃げていたかも知れない。
「…その節は、失礼しました」
穴を掘って埋まりたい心境をモロに顔に出して、膝に額を擦り付けんばかりに頭を下げてると、隣で「はあっ!?」と怜が頓狂な声を上げた。
「ちょっと待って。初耳なんだけど? 何でいきなり柏倉さんをアズちゃんの迎えに行かせるわけ? アズちゃんも何も言ってなかったよね?」
「え、だって。柏倉さんのお名前は聞いたけど、誰のお使いか教えてくれなかったし」
血相を変えて言い訳をすれば、怜は額を押さえて溜息を吐いた。
些細なことだからと報告しなかった事を怒っているのだろうか、と怜の顔を覗き込むと、少し困った笑みを浮かべて、梓は頭を撫でられた。怜に撫でられるのは嫌いではないけど、凛子たちの前で子供扱いされて、些か不満げな顔をしてしまう。
それを顔に出している辺り、充分子供っぽいと梓は気付いてない。
「僕をすっ飛ばして彼女を呼びつけるなんて、どう言う心算ですか?」
「興味湧くでしょう? 怜くんから結婚の言葉を引き出すお嬢さんなんて。最初は弱味でも握られたのかしらと思ったのだけど、どうやら違ったようだし」
怜の険しい面持ちに、凛子は飄々と答える。すると怜はがっくりと肩を落として「弱味だらけですよ」と溜息混じりに呟いた。
そんな誤解を招く発言はやめてとばかりに、梓がキッと怜を睨み、向かいの凛子が愉しそうに瞳を輝かせる。
「あら。そうなの?」
息子の弱みを握ったとされる梓は興味津々で見詰められ、顔を強張らせて何度も首を振る。なのにその隣では肯定する怜がいて、まったく生きた心地がしない。
「そうですよ。些細なことでも情緒不安定にさせられるし、離れて行かないように策を弄して必死になるくらいには、彼女を愛してますもん」
所謂惚れた弱みと言うやつを、照れもせずに言い切った。
正面の三人は真顔になって怜を見、梓の方は顔から火を噴きそうなくらい真っ赤にさせて、あうあうと口を動かして怜を見れば、彼は頗るいい笑顔で梓を見ている。
怜に毒気を抜かれていた凛子たちが、気を取り直すのは早かった。
口火を切ったのは彩織だ。
「そうよね。あたしたちを待たせてるのを忘れて、梓ちゃんを押し倒すくらいだもの、本当に好きなの分かるわ」
先刻は何も言わなかったから安心しきっていたのに、寝込みに空爆を受けた心境である。茫然となって彩織を見ていると、志織が「それ本当なの?」と食いついた。
お願いします食いつかないで下さい、と梓が心の中で滂沱の涙を流しているとは思わないだろう。
プロポーズはしたのか、婚約式はいつにしましょうか、結婚式の会場を押さえなきゃ、新居は、と当人たちを置いてけぼりにして、女性三人がわいわい盛り上がっている。
目眩がして梓の身体が後ろに傾ぐ。倒れそうになった身体に怜の腕が伸ばされ、すっと抱き寄せられると、女性三人の期待する眼差しに完全ロックオンされた。
言いようもないプレッシャーを感じる。
「アズちゃん大丈夫?」
心配そうに梓の背中を支える怜を上目遣いで睨むと、何を怒っているのか察知したらしく、「ごめんねぇ」と微塵も思っていないだろう台詞を平然と言葉に乗せた。
怜が初めて好きになった女性を、凛子たちがそう易々と手放すわけがないと、彼も言っていたではないか。
本当にこのまま、流されるように結婚する羽目になるのだろうか?
怜の手を取ったあの日から、逃れることは絶対に許されないと、身体に覚え込まされていた。なのに、何れは結婚すると分かっていても、何故だか釈然としないものが残る。
大事なものを何処かに置き忘れて来た感じ。
胃がムカムカしてきた。
(……気持ち悪い)
額に汗を掻き、血の気が引いてくるのが分かった。
「アズちゃん?」
「………き、きもちわるぃ」
そう言って口を押えると、梓は怜を押し退けて走り出した。
「えっ!? ちょっ、妊娠!?」
「してないしてないっ! 先週生理終わったばかりだよ」
「何よ違うの!?」
「避妊してるし」
「なんでよッ?」
志織と彩織に責められて反論している怜の声を聞きながら、嘔吐く梓は泣き泣き、本気で逃げる算段をしていた。
梓が体調不良になり、凛子たちは早々に引き上げて行った。
お陰で具合が悪いのに逃げなくて済んで助かったが、これはあくまで序章に過ぎなかったと、後に梓は知ることになる。
三魔女にロックオンされ、このまま無事に逃げ切れる気がしない。
ギリギリを躱してやり過ごし、物陰に隠れて幾度となく天に祈った。
無神論者だけど、今回ばかりは本気で祈った。
(神様仏様! お願いですから、プロまで使って出待ちは止めさせて下さい~ぃ)
正面、裏口、地下駐車場の出入り口と、誰かしらが立っている。
覚悟が決まっていないのに、流されるのだけは、ただでさえ怜に流されっ放しなのに、これ以上は、譲れない。
梓は郁美に連絡すると、仕事を速攻片付けて駆け付けてくれた親友に、抱き着いて号泣した。
郁美が揃えてくれた変装グッズで何日間かは旨いこと躱せた。
しかし、痺れを切らした彼女たちは会社にまで乗り込んで来ると、翔と仕事を絡めて談笑された日には、もうそろそろ運が尽きる頃だと諦めが込み上げ、昔読んだ命の蝋燭の話が脳裏を過って、トイレでしくしくと泣くのだった。
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私の執筆時間に、サッカーやるの反対ッ!!
って私の意志が弱いせいなんですけど (´;ω;`)
これでも精一杯急いだけれども、日中はお仕事してるので間に合いませんでした!!
零時更新を待っていて下さる方々、本当に申し訳ありません。
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