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9. ずっと一緒だよ。

ずっと一緒だよ。⑨

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 トロトロ更新にも拘らず、お読み頂き有難うございます (o_ _)o))

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 沙和の結婚が日に日に迫ってくるのを、複雑な気持ちで遣り過ごす。
 しかし。篤志の邪魔は決して怠らない。
 此処まで来たら結婚するまで純潔を守れと篤志に言ったら、相当怒り狂っていたが知ったこっちゃない。篤志の欲望なんてものよりも、沙和の純潔を守る方が大事である。いっそ結婚しても邪魔してやるかと思わなくもないが、同じ男として不憫が過ぎるかと考えを改めるかどうか検討中だ。

 そしてまた、かつての婚約者に想いを馳せる。
 椥との結婚を指折り数えていた彼女は、いま幸せだろうか?
 碧の心の移り変わりを耳にしてからずっと、彼女の元に訪れることはなかったが、沙和の結婚準備を見ていて、碧と二人で忙しくしていた当時を思い出し、久し振りに彼女の元を訪れてみたくなった。

 強く彼女を思って念じれば、そこは見知らぬ部屋だった。
 胸中で、何か言葉にし難いものがザワリと揺らめいた気がしたが、ソファで転寝する碧の顔を見れば、自然と口元が綻んだ。

 平日の日中に居眠りする最愛の女性の思わぬ姿に『眼福、眼福』とニコニコして彼女の姿を目に収め、ふと椥の視線が停まった。
 胸がぎゅっと切なく締め付けられて、穏やかに眠る彼女を見下ろしながら眉が僅かに寄せられる。

『幸せ……なんだな?』

 碧に届くことのない呟き。
 お腹の上に置かれた手には指輪が銀色に輝き、小さな膨らみを大切そうに包んでいる。
 椥が碧に与えてあげたかった幸せが、其処にあった。

 ぐるりと部屋の中を見渡し、ローボードの上に並べて置かれている写真立てに目を遣る。自分ではない男と並んで写るウェディングドレスの碧が、はにかんで居た。

『分かってた事とは言え、やっぱしんどいな』

 言うともなしに零れた言葉。
 額に掛かる碧の前髪を指で退ける。すると彼女は僅かに身動いで、口元に笑みを浮かべた。
 どんな夢を見ているのだろう。
 願わくば、彼女のこの幸せがずっと続きますように。
 もう二度と、大切な存在を喪いませんように……。

『ごめんな……碧と居られて、俺はすごく幸せだったよ。今まで、本当にありがとう』

 露わになった丸い額にキスを落とした。

『幸せにな』

 彼女の耳元で囁いて、無理矢理口角を上げる。

『バイバイ。碧―――愛してたよ』

 名残惜し気に碧の頭を撫で、椥は彼女の元を後にした。

   
「――――……なぎ…?」



 ***



 遂にこの日が来てしまったかと、控室で涙を堪えながら、椥は可愛い妹の晴れ姿を見守っている。

 篤志が結婚の承諾を取りに来てから、もうすぐ一年が経つ六月の吉日。
 豊かな緑に囲まれた小さな式場には、招待客が集まってきている。

 梅雨入りしたのが嘘のように、この日を祝うかのような快晴を恨めしく見上げたのは数時間前だったか。そのすぐ後に顔を合わせた篤志が『俺、晴れ男だから』とドヤ顔で言った瞬間、イラっとして血の雨を降らせてやろうかと本気で考えた。

(沙和が可哀想なことになるから、堪えたけどな)

 らしくもなく緊張に顔を引き攣らせている沙和を見た。
 すでに支度は整い、案内される時を待っている彼女は「吐きそ…」と呟き、ブーケを持つ両手が小刻みに震えている。『なんなら逃げるか?』と訊いたら大きく頭を振って、「篤志が可哀想じゃない」と力なく微笑んでいた。

 椥にしてみれば、篤志が可哀想だろうと知ったこっちゃない。沙和が一言 “逃げたい” と言ったら、どんな手を使っても逃がしてやる。篤志は精々涙雨にでも暮れればいいのだ。

(ホント、ムカつくほど良いお天気だよな)

 窓の外は厭味なくらいの青空が広がって見える。
 日取りを聞いた時は、“何もそんな鬱陶しい季節に” と正直思ったものだが。
 実際、当事者の沙和が苦笑していたくらいだ。相変わらず妙に恋愛温度の低い妹だと思う。

 実はジューンブライドに強く拘っていたのは沙和よりも篤志の方で、頑として譲らなかった。椥が『乙女かよっ』と突っ込んだのは言うまでもない。
 篤志曰く『沙和を幸せにする努力は何だってする。ジューンブライドはその意思表明みたいなもんだから、乙女って思われようが良いんだよ』だそうだ。まあ、ケジメと思えば解らなくもない。

(“幸せな花嫁” にしてやってくれよな……なんて、篤志には絶対言ってやらんけど)



 ***



 鏡に映る純白の衣装を纏った自分を見て、その視線を胸元に滑らせた。
 喉元から胸にかけ、刺繍が施されたレースの向こうに目を凝らす。
 衣装合わせの時にも何度も確認したけれど、本番になってみるとやはり気になった。

「うん。大丈夫」

 沙和は口中で呟いて、小さく息を漏らす。
 大きくて醜い創痕は、上手いこと隠されている事に安堵する。が、また次の憂いが頭を占めた。

(とうとうこの日が来ちゃったか……)

 レースの上から手術痕を指でなぞる。
 篤志は気にならないと言っていたけれど、その場になって見ない事には何とも言えない。それくらい大きな創痕だから、篤志を信用していても怖じ気てしまう。  

 結婚式が終わったら、遂に篤志の目に晒される事になるのだろう。それを思うとめでたい日だと言うのに憂鬱になる。

(いっその事、あたしの覚悟が決まるまで、お兄ちゃんに邪魔して貰おうかな)

 そこまで考えて、重い溜息を吐く。

(………いや。ダメだ。さすがにそれは、篤志もキレる……よね?)

 沙和を好きになったばかりに、清く居ざる得なかった不憫な男である。半強制的に十三年も付き合わされた挙句、結婚後もそれを更新するのは余りに鬼畜な所業だ。こればかりは流石に躊躇われる。

(そう思ってみると、十三年もよく愛想を尽かされなかったものだわ)

 一時見切りを付けられそうになったことはあったけど、結局、沙和も篤志も元の鞘に戻ったわけで。
 篤志が適当な所でガス抜きできる性格だったら、ここまで申し訳なさは感じないのに。

(……ダメだ。ダメダメダメ! 許さない。浮気はダメッ! ……って、だったら腹括れってのよぉ。そうよ。一時の事じゃない。あ~ぁでもぉ……)

 覚悟ならこの一年で出来たはずなのに。それを土壇場になってまだウダウダしてて、じゃあこの先変わるのかと訊かれたら、多分ずっと何かしらの理由を付けて、ウダウダしている自信がある。篤志にそんな事を漏らしでもしたら、きっと盛大に嫌な顔をされるだろう。  

(もお、このまま時間止まらないかなぁ)

 切実に願う。
 しかし刻一刻と時間は無情に過ぎて行く。
 ブーケを持たされて、母親がヴェールダウンをし、介添え人が来るのをじっと待っていたら、緊張が極まって気持ち悪くなってきた。
 吐きそうだと洩らしたら、椥が逃げるかと提案してくれたけど、今更そんなこと出来る訳がない。篤志がいないと嫌だと思ってしまうくらい、彼の存在に依存しているのだから。


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