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5. ニブイにもほどがある!!
ニブイにもほどがある!! ⑤
しおりを挟む篤志はぐぬぬとばかりに上目遣いで幽さんを睨み、幽さんは飄々と宙に浮いて沙和の頭を撫で回している。
何故浮いているかと言えば、事の発端は一週間前のリベンジだった。
「沙和。この間の話なんだけど……」
「この間?」
首を傾げて沙和が頭を巡らす。
結局あの晩の告白は幽さんの妨害によって有耶無耶にされ、沙和には満足に伝わらなかった。
あれから一週間、沙和を思い出せば連動して幽さんの嘲笑を思い出し、苦いものを飲み下した気分にさせられたものだ。
しかしもう、ヘタレは返上すると決めた。
伝えられないまま、後悔はしたくない。
臆病ゆえに先延ばしにし、永遠に機会を失うと感じた時、尽々痛感した。
幽さんの鋭い眼差しが突き刺さる。篤志に圧し掛かる無言のプレッシャーが重くて、早くも心が萎えそうだ。
出来れば敵の居ない所で伝えたいが、引き離すのが無理な相手では篤志が腹を括るしかないと心を決め、正面の沙和を見た。
「俺と付き合って」
「いいけど何処に?」
響くように返った沙和の言葉に篤志の表情が固まり、幽さんは妨害失敗の焦りを払拭すると、『さすが沙和だわ』と満足そうな笑みを刷く。
心底嫌な奴だと、小さな舌打ちが漏れてしまったが、幸い聞き咎められないで済んだようだ。幽さんをチラリと盗み見て、こっそり息を吐く。
目を瞬き、篤志の言葉を待っている沙和に目を戻す。
「沙和。そんなお約束なボケは期待してないんだけど?」
「ボケ?」
一瞬呆気に取られた沙和が、眉を寄せてじっと篤志の目を見入って来る。彼の唇から渇いた笑いが知らず漏れた。
(……天然か。ある程度は予測していた事じゃないか……ふっ)
こんな感じで八年だ。
今までの篤志だったらこの時点で戦意喪失し、美鈴の馬鹿にしくさった冷笑を一身に受けていた。
だけど、変わらぬ明日があると信じていた頃ならいざ知らず、そうではないと知ってしまった今は、ちゃんと彼女に伝えたい。
(たとえ振られた…って………俺、号泣する…な。多分。間違いなく)
そうならないことを祈りつつ、身を前に乗り出し、瞬がない双眸で沙和を見る。
「俺 “に” じゃなくて、俺 “と” って言ったの、ちゃんと聞こえてた?」
「聞こえてたよ? で何処に行くの?」
「……」
このスルースキルは絶賛ものだ。ふと、そんなことを考えてしまった。
沙和は端から言葉の意味なんて考えていない。反射で答えているだけだ。
考えるまでもない些末事なのか、ワザと躱しているのか。
「何処にも行かない」
『一人で何処へなりとも行って、さっさと沙和の前から消えろ』
「幽さん。黙って。じゃあ、何に付き合えばいいの?」
沙和は幽さんを一睨みし、まどろっこしそうに篤志を見た。
この返しに心の底から泣きたい。
(これだけ幽さんが俺を牽制してんのに、どうしてこの子は、他の可能性を思いつかないんだろ……?)
それとも相手が篤志じゃなければ、恋愛の可能性を考えるのだろうか?
例えば幽さんが同じことを言っても、沙和は同じようにスルーするのか?
そんなことを考えると、胸がギュッとなった。
頭の中で駄々っ子が、いやだいやだと地団太を踏んでいる。
不利な状況は分かっている。勝てなくても負けたくない。
「俺は沙和が――ッ!?」
言いかけたその時、著しい殺気を感じた。
鼻先を掠めて行ったものの正体を知るよりも早く、篤志は仰け反って難を逃れ、呆然とする彼に幽さんが舌を打つ。
「悪運の強い奴だな」
幽さんが憎らし気に呟いた言葉も、どこか遠くに聞こえる。
はたと気が付けば、先刻まで同じように呆けていた沙和が、烈火の如く幽さんを怒っているところだった。
という訳で先刻からずっと、篤志が沙和へ想いを伝えようとするたびに、空中で待機している幽さんの羨ましい程長い足先が、篤志を掠めて行くのだ。しかも寸前で素早さが増す。
(えげつない。この男……)
沙和が注意したってどこ吹く風だ。
幽さんは自分の持てるすべての能力を使ってでも、篤志を沙和から遠ざけたいだろうし、彼だって幽さんを引き離したいと思っている。
沙和の周囲に男を寄り付かせたくない。互いが目の上の痰瘤なのだ。
胸の中がもやっとする。
これまでにも何度も頭に浮かんだ “生前の幽さんが沙和を好きだった説” を咄嗟に打ち消し、今も篤志の隙を狙っている眼差しを受け止め、睨み返した。
幽さんが沙和に抱く想いが恋情だったら?
沙和も憎からず幽さんを想っていたら?
生者と死者の隔たりが、ちっぽけなものだと言われたら、そこに割って入る隙なんてあるだろうか?
考えないようにしているのに、気が付けば脳裡を占めている。
記憶のない男に、本当の所はどうなんだと訊いたところで詮無い事だ。素直に答えてくれるとも思わないし。
幽さんの姿が視えれば、或いはその正体がわかるかもと期待したが、必死に頭を巡らせてもそれらしき人物に至らなかった。
自分のあずかり知らない所で人に恨まれる。
逆恨みだったとしても、それは少なからず篤志にショックを与えた。
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