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3. 架純 ~女の純情なめんなよ
架純 ⑲
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(えーと…………これって、やっぱ罠……?)
架純は入店の挨拶をしに、バックヤードに入った瞬間思った。
ずっと黒珠の塩対応に慣らされてきた身の上としては、ふっと後ろ向きな考えが脳裡を掠めたとしても、それが通常運転で。
二人きりの時ならばいざ知らず―――それはそれで地面に掘った穴に頭を突っ込んでしまいたいくらい恥ずかしいのだけど―――黒珠の架純への対応の激変に、スタッフたちが目を白黒させたのは、初めて繋がった日から中二日後のこと。
やっと両思いになれたのに、今までと同じ塩辛い対応をされたらツライ。けど、だからと言って蜂蜜に砂糖と水飴を溶かし込んだような黒珠の笑顔は、控えめに言っても取扱注意の劇薬物だった。
はうっと胸を押さえて前屈みになった架純に、黒珠が慌てて飛んでくる。心配そうに顔を覗き込み、答えられないでいる架純を抱き上げようとした彼から「大丈夫だから!」と思い切り跳び退ったのは、最早条件反射である。
「い、いきなり姫抱っことか、無理だからっ!!」
「……どうして? 具合悪いんだろ?」
「どうしてもっ」
バクバクする心臓を押さえながら不服そうな黒珠を見上げた時、ゾクリとしたものが背筋を走り抜けた。
ぎこちなく首を巡らすと、毛穴と言う毛穴から変な汗が噴き出してくる。
射殺さんばかりの剣呑な眼差しが突き刺さり、架純の喉がヒュッと音を立てた。
(とっ……止まる。息の根、止められるっ)
頭の中がお花畑になっていた所為で、黒珠に口止めするのをすっかり失念していた事に気付いた。高校の時の色々を振り返ったら、決して怠ってはいけない事だったのに。我が身が可愛いなら、尚の事。
(あぁぁぁ。あたしのバカ……)
だってまさか、基本表情ほぼ皆無と思っていた黒珠が人目も憚らず、架純に極上の笑みを垂れ流すなんて、これっぽっちも予想していなかった。
黒珠の事だから何事もなかったように飄々としているのだろうと、すっかりその心算でいたし、だから有る程度のつれなさは覚悟していたのに。
二日ぶりに遅番で出勤して来た架純を待ち受けていたのは、彼女の顔を確認するや架純を腰砕けにさせる笑顔を向けた黒珠と、驚愕しながらも黒珠の異変に直ぐ様反応した女性スタッフの皆様なんて、心臓に悪い。
身の毛もよだつ敵意に躰が震える。
かと思えば、対峙した黒珠の甘々な眼差しに胸がキュッとする。
天国と地獄をジェットコースターで何往復もしている気分だ。
居た堪れない。
眩暈を覚えながら、フラフラとした足取りでその場を離れ、厨房に挨拶をすると逃げるようにホールへ出た。各テーブルを回り、空いた皿を下げながらも後ろ向きな事ばかり考えている。
(……ちょっと考えたら、あたしが黒珠の彼女とかって、こんな分不相応なこと有っていい訳ないじゃん。だから、これはあたしをその気にさせといて、調子に乗った所を一気に潰す心算かも……うん。きっとそんなとこだ)
コバエのように黒珠の周りを飛ぶ架純を容赦なく叩き落す彼を想像し、思わず眉間に皺を寄せつつも、黒珠を間違いなく怒らせて嘆かせることを疑いもせずに考えて、うんうん頷く。
黒珠はモテるのだ。架純を選ぶなんて、本来なら有り得ない。
だからこれは罠なんだ――――と、思い込んだままフンッと荒い鼻息を吐く。
なんともおバカな結論を導き出した架純は、それが黒珠の逆鱗に触れるなどとは、この時微塵も考えていなかった。
何かと接触を図ろうとする黒珠をスルスルと躱し、黒珠狙いの女性スタッフたちの嫌がらせをのらりくらりとスルーしていた。
今は就業時間だ。一々構ってなどいられない。
(高校で培った嫌がらせスルースキル、なめんなよ)
そうは思っていても、やはり気になって黒珠を盗み見てしまうのだけど。
他の男性スタッフと業務連絡していたり、常連客と束の間の談笑をしている間にも、苛立った気配を感じて、こっそり溜息を漏らす。
黒珠の思惑通りに事が運ばないから苛立っている―――とまた見当違いなことを考えて、架純は胸の奥でチクチクするものから無意識に目を逸らした。
黒珠からダダ漏れてくる不穏な空気に気が付かない振りでホールを巡れば、分かり易い嫌がらせの追撃がかかってくる。
(うーん。見事全方位敵ばっかだ)
乾いた小さな笑いが漏れてしまってから、慌てて口を引き結ぶ。
もちろん全員が全員、黒珠に懸想している訳ではないけれど、架純如きが馴れ馴れしいというやっかみはあるようで。
妬み嫉みがあろうとも、客に迷惑を掛けるほど彼女たちも馬鹿ではない……はず。なので、彼女たちの子供じみた嫌がらせは鬱陶しいし面倒臭いけど、何とかなるだろう。
しかし。黒珠の機嫌が毎分毎秒毎に悪化していくのは、如何したものだろうか?
離れた所で接客中の黒珠を盗み見る。
と、ドロリとした黒いものが纏わりつくような視線を向けられて、架純は大きく身震いした。
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