【R18】花頭症候群 ~花盛りの女たちと、翻弄される男たちのあれやこれや

優奎 日伽 (うけい にちか)

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3. 架純 ~女の純情なめんなよ

架純 ⑩

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 黒珠は何を思って、愉しげな表情をするのだろう。
 架純にとって、あまり嬉しくなさそうな展開になりそうで、ちょっと怖い。

 警戒心MAXで黒珠を見れば、俄かに表情を改め「先ずはいろいろゴメン」と頭を下げてきて、架純の意表を突いた。
 肩透かしを食らい、架純は呆気に取られた面持ちになる。

「あの、いろいろって?」

 いろいろと言われても、そのいろいろがあり過ぎて、一括りにされても困る。何しろ黒珠のように頭の出来はよろしくないので、彼の中の展開など架純には理解できない。
 彼にしてみれば眠たくなるスローテンポの脳ミソだと思うけど、それも想定内だと言わんばかりに小さく頷いて見せた。

「高校の頃とか、今も。凄く嫌な奴だったろうから」
「自覚はあったんだ」

 厭味を返すと、流石の黒珠も言葉に詰まり苦い顔で架純を見た。してやったりと口元に微かな笑みを浮かべて調子に乗っていると、彼は唇を固く結んで真っ直ぐ彼女の目を見入って来る。咄嗟にその視線から目を逸らして俯いた。

 マズイ。
 何がマズイのか分からないけど、本能がマズイと警告してくる。
 なのに黒珠の視線に突き刺されて身動きも取れず、ずっと掴まれたままの手に目を落とす。

 架純の小さな手を握り込む彼の手の熱。意識すると途端に脈を強く感じ始め、熱が伝播したかのように火照り出した。
 黒珠はただ引き留めているだけで他意はないのだろうけど、こんなの困る。

(もおやだぁ。こんな……やっと諦める気になったのに)

 強気を張ってきた心が萎えそうだ。
 気持ちが還ってしまいそうで怖い。
 空いた手で黒珠の手を解こうとすると、その手まで捉まった。
 取り押えられた両手を解こうと必死にもがけば、もっと強く捉えられていく。

「放してよ。もお帰りたい」
「その前に、許してくれるか聞きたい」
「許すも何も、怒らせたのは、あたしだし」
「そうさせたのは俺だ。自分を守るのに必死で、不用意に傷つけて来た。だから、ごめん。許して欲しい」

 黒珠が保身のために辛く当たっていたと聞いて、俄かには信じ難く彼の顔を振り仰いだ。後悔を滲ませた瞳とぶつかり、架純は息を詰める。
 架純の引き攣った顔に、黒珠はふっと表情を緩ませた。

「中学の頃、付き合ってた子が友達と話しているのを、たまたま通りかかって聞いてしまったんだ。俺は “人に自慢するには申し分ない” けど…」

 そこまで言って言い淀む。

「けど?」

 先を促した架純をどこか恨めしそうに見て、黒珠は一つ息を吐き出した。

「……“マザコンも嫌だけど、シスコンも引く” って嘲笑されてた」
「あ……」

 と言ったまま、口を半開きで架純は固まった。
 あの日の架純は、思い切りトラウマを抉った言葉を投げつけたようだ。
 恐る恐る彼の顔を窺うと、苦虫を噛んだ顔で架純を見、言を継ぐ。

「俺に直接言えば良いのに、陰で馬鹿にされてるって知ったら、急に醒めてすぐに別れたけど。でもそこから女が信用できなくなった。好きだって言いながら、腹の底では何考えてるのか分からないし、実際、断った女たち、すぐ次の男に乗り換えていたからな。尚更信じられなくなった。無視してもへこたれなかったのは、架純さんくらいなもんだ」

 結局へこたれたけどね、とやけっぱちなツッコミを入れてると、くんっと腕を引かれた。反射的に黒珠の目を見る。

「そこで確認なんだけど」
「な…なによっ」
「その花頭は、あの頃のまま?」

 黒珠が何を言いたいのか分からず、眉を寄せて彼を見た。

「同じ男を想って咲かせてる?」
「……!」

 言葉の意味をようやく理解した。
 花頭は誰かを想って咲く花だということを今さら思い出し、顔が爆ぜるのと同時に花の香りが立ち込める。
 纏わりつき、噎せるほどの甘い薔薇の香り。
 これでは肯定してるも同じだ。
 どんなに悪態を吐いたって、架純と同調した花頭が彼女の心内を暴露してしまう。

 黒珠がきつそうに眉を顰めた。
 きっと強い匂いが不快なのだろう、そう思い至って黒珠から逃げ出そうと暴れ始めた架純を、彼は放してくれない。
 しつこい奴だと呆れられ暴言を吐かれたら、今度こそ立ち直れない。
 恥ずかしくて、居た堪れなくて、半泣きの架純に彼は言った。
「まだ俺のこと好きなの?」



 心臓が凍り付くかと思った。
 いや。まだ凍りそうだ。
 これから彼の口から繰り出されるだろう言葉を想像して、心臓がキューッと締め上げられる。いっそのこと一気に止めてしまいたい。
 黒珠がベンチを跨ぐように座り直し、真っ直ぐ架純に対峙する。

「俺のこと、好きでしょ?」

 先刻の突き放したような聞き方ではなく、微かな不安を窺わせながら確信めいた言葉で訊いて来る。
 彼がどう言う心算でこんなことを訊いて来るのか、架純には理解できない。
 あの日、つまらない嫉妬で自ら終わらせた。
 黒珠だって、架純を見ようともしなかったではないか。  

「俺のこと好きだよな?」
「……き」
「ん?」

 ようやく絞り出した声に、黒珠が笑みを浮かべて聞き返す。

「よく聞こえなかったからもう一度」

 黒珠が余裕綽々な顔をしているのを見たら、無性に腹が立った。
 花頭が嘘を吐けないと分かっていても、素直に告白するのは癪に障る。

「きっ、嫌いだしっ!」

 吐き出した彼女の言葉に納得がいかないと、黒珠の表情に不満の色が浮かぶ。

「嘘つけ。ホントのこと言えよ」
「だ、だから言ってる! もお金子くんのこと何とも思ってない」
「花頭がこんなに香って、先刻から俺のこと好きだって言ってるのに?」

 ニヤッと笑って架純を引き寄せ、薔薇の花弁に軽く口づける。
 花弁に神経が通っている訳でもないのに、唇が触れた瞬間ぞくぞくした。未知の感覚に戸惑い、小さく肩を震わせる。

(も、やだ。泣きそぉ)

 熱を持ち始めた双眸を恨めし気に黒珠へ向ける。彼はすこぶる愉しそうだ。格好のおもちゃを手に入れたかのように。
 黒珠の追及はなお続く。

「俺のこと好きだって言えよ」
「やだ」
「言えって」
「やだって言ってるでしょ! 何でそんなに言わせたいの!? そうやってまたあたしを甚振るつもり?」
「俺が好きだからだよ!!」

 しまったと言いたげな表情の黒珠と目が合った。
 架純は呆然と黒珠を眺め、こてんと首を傾ぐ。
 バツが悪そうに、ちょっと怒ったような顔で黒珠は花頭を見ると「コイツのせいだ」と低くぼやいた。

 どうにも頭が追っつかない。
 じーっと黒珠の顔を見ていたら、真っ赤になった彼に「見るなっ」と怒られて、どう言った訳だか抱きしめられていた。

 思考が麻痺している架純を胸に抱き、黒珠が大仰な溜息を吐く。
 彼の胸から呼気の音と、忙しく脈打つ心臓の音が聞こえてくる。架純を揶揄うための嘘なんかではないと、その心音が伝えてくるようで、彼女の心音も重なるように鳴り出した。

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