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3. 架純 ~女の純情なめんなよ
架純 ⑦
しおりを挟む黒珠が入ってから、口コミで女性客が増えた。
(うん。予想はしていたけどね)
SNSでも黒珠の写真がアップされていて、女性スタッフたちも何かと姦しい。
当然と言えばそうなのだけど、悉く黒珠にチャレンジして敗れているのを見るにつけ、今はもう遠い記憶が甦る。
出来れば抹消したい。
なのに何の因果で指導係を言い使っているのか。
お陰で女性スタッフから僻まれて、厭味の応酬だ。
(店長が恨めしい……)
黒のポロシャツに黒のパンツ。濃紺の前掛けというスタイルの中で一人だけ、白いカッターシャツに黒のパンツ姿でレジに立つ店長を見た。三十代半ばだと聞いているけど、髪の毛にだいぶ白いものが混じっている。見てくれはまあまあ。けど愛嬌があって、常連さんに好かれている。
けど今、猛烈に架純の恨みを買っているのに、この人は気が付いているだろうか?
にこにこと笑いながらお客様と話していた店長が、不意に架純を振り返った。そして分かり易く顔を強張らせ、慌ててお客様に向き直った。一礼してお客を見送る店長からスッと目を逸らして、架純はバックヤードに戻った。
「ささ……かぁ、すみさん」
「ここには “かぁすみ” さんと言うスタッフは居りません」
言い難そうに名前を呼んだ黒珠を振り返りもせず、膠もなく返すと高い所から舌打ちが聞こえた。架純の片眉がピックっと上がり、半眼で黒珠を振り仰ぐ。
「今し「架純さん。ちょっといい?」
舌打ちを窘めようとした架純の声に、店長の声が被る。
踵を返して「はい?」と剣呑な表情で振り返えると、一瞬店長がたじろいだ。その隙に彼女は不満を口にした。
「店長! あたしにはとてもじゃないですけど、彼の指導係は無理ですッ。他の誰かと代えて貰えないですか⁉ 金子くんも、男性スタッフの方が良いみたいなので」
ここで男性スタッフと付け足したのは、無駄に女性スタッフが傷付くのを見たくないからだ―――と胸中で言い訳している。決して他意はないんだとも、付け加えて。
「え? え? 二人とも、同じ高校だったんでしょ?」
寝耳に水とばかりに架純たちの顔を見、にわかには信じがたいと言いたげだ。
きっと店長は、“友達百人” を地で過ごしてきたのだろう。実際、店長に会いに来るお客は多い。架純だって、黒珠のことがなければ、店長は好きだ。人として。
架純は肩を落として嘆息する。
「同じ高校だったからって、みんな仲良しって訳じゃありません。現にあたし金子くんに嫌われてましたし」
店長は驚いたように目を瞠り、「そうなの!?」と黒珠に確認する。黒珠は文句を言いたそうに架純を一瞥し、小さく溜息を零した。
「ウザイとか胡散臭いとかは常に思ってましたが、苦手な人種ではありますが、嫌いとまでは思ったことないです」
「あたしのどこが胡散臭いっていうのよ!」
「いつもヘラヘラ笑ってるとこ」
「はあっ!?」
「ちょっとちょっと店内に響くから。二人とも、店長室に来て」
放っておいたらエスカレートしていくと判断した店長が、苦り切った顔で付いて来いと合図する。架純がチラッと黒珠を窺うと目が合った。彼女はツンとそっぽを向き、店長の後を追うと、黒珠のやれやれと言わんばかりの溜息が聞こえた。
店長にくっ付いて行った室内は、一坪ほどの狭い空間だ。そこに机が一台にパソコンやら資料やらが犇めき合っている。
店長が用意したパイプ椅子に腰掛け、三人が顔を見合わせていた。左隣に黒珠が腰掛けていると思うと、落ち着かなくて尻の座りが悪い。少しずつ椅子を引き摺って、彼から距離を取る。そんな架純に目を遣り、店長が渋面で口火を切った。
「二人は以前から仲が悪かったのか?」
架純と黒珠の顔を交互に見やる。
「仲が悪いも何も、無視され続けてましたが。挨拶すらガン無視ですよ」
「挨拶も?」
聞き返した店長が、眉を寄せて黒珠を見る。責めるような目で見られても、黒珠が動じることはない。
「尤もあたしだけじゃありませんでしたけどね。人非人なのに、大分おモテになってましたから、天狗になってたんじゃないですかぁ?」
鼻であしらうような物言いをすると、黒珠が冷ややかに見てくる。まるで『これだから女は』と言外に責められているようで、苛々が増していく。
「そのくせ女嫌いとかって」
「……」
「あ、違うか。お姉さんのことは、すっごく大事にしてるみたいだもんね」
黒珠の表情が険しくなった。
彼を怒らせた決定的な台詞が、架純の脳裏に甦ったのと同時に、黒珠の記憶も掘り起こされたのは、顔つきを見たら分かる。
「お前に俺の何が解る」
「そうそ。ソレあの時にも言われたわ。分かるわけないじゃん。シャットアウトしている人のことなんか。言わずして分かれなんて言わないでよ? 金子くんの大事な大事なお姉さんでも、仲のいい幼馴染みでも何でもないんだから」
一気に捲し立てた架純の顔を、唖然とした店長が眺めている。
「図太さに磨きがかかった上に、可愛げまで失くしたか」
「可愛げ!? そんなこと微塵も思ってないくせに止めてよ。鳥肌が立ったわ」
「そりゃ悪かったな。こっちが歩み寄ってるのも豪く迷惑だったようだし」
「歩み寄り!? 舌打ちするのが歩み寄りだってのッ!? 金子くんの基準って、おかしいんじゃない?」
「お前が心底嫌そうな顔をするからだろ」
「お前って言わないで。最初に粗塩対応したのはそっちでしょッ。何であたしが責められるのよ!」
「まあまあ。二人とも。少し落ち着いて」
困り切った店長が、眉尻を下げて二人を宥める。
「二人にどんな事情があったか知らないけど、仕事中はもう少し仲良くしてくれないかな? フリでも構わないから」
「なら金子くんに言ってください。人の神経をいちいち逆撫でするなって」
「社会人になってまで感情論でものを言わないでくれ。公私混同して何かと目くじらを立てられたら、舌打ちが出てもしょうがないだろ」
正論をぶつけてきた挙句に舌打ちを正当化され、架純の苛々がメーターのマックスを振り切りそうだ。
悔しくて涙が滲んでくるのに、悪態をつく口が止まらない。
「あーはいはい。金子くんは立派ですよね。大嫌いな女性のお客様が相手でも、ニコニコしてますもんね。みんながそんな金子くん見たら、胆抜かすわ」
「お客を無視できると思うか?」
「利益にならない相手は無視してもいいと? 随分とお偉いんですねぇ」
「付き合う人間を吟味することが悪いことか?」
「じゃああたしたちは全員、取るに足らない存在だったわけね。価値のない人間が纏わりついて、嘸かし不愉快な思いをさせたわね! ごっめんなさいね。気が付きませんで」
白熱していく架純と違って、冷静に返してくる黒珠。
初めてこんなに黒珠と言葉を交わしているのが、罵りだとは。
胸の中に澱が沈殿していくようだ。
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