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3. 架純 ~女の純情なめんなよ
架純 ⑥
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センター試験が間もなくだっていう時に、日本列島をとんでもない現象が蔓延り出した。
女子の頭上が百花繚乱状態で、花粉症に苦しむ受験生が横行し、行政の対策が追い付かない。
(私立はねぇ、金に物言わせて設備バッチリみたいだけど、ウチみたいな公立はなかなか厳しいよね~ぇ。まあ三年は、自由登校になっている所も多いらしいけど)
それでも様々な理由で登校してくる生徒たちは、花粉症対策に万全を期している。
架純はそんなデリケートな体質をしてないので、花粉が飛び交う中でも何の防御もしていない。
チラリと桂子の頭上に目を遣って、架純は何とも言い難い微苦笑を浮かべた。
彼女の頭にはカサブランカが咲いている。ユリ科の花粉は衣服に着くと取れないので、咲いた瞬間にピンセットで花粉を取るらしく、酷い花粉症の彼女には凄まじい荒行となったと聞いた。
メガネの上に花粉用のゴーグルをし、医療用のマスクを隙間の出来ないように装着している彼女は、花頭症候群と呼ばれる現象が流行り出してから、外出先では一切飲食をしない徹底ぶりだ。
そして花頭が咲いている女子の接近を極力避けているため、ただいま架純は接近禁止令が出ていたりする。
「桂子ちゃ~ん。寂しいよぉ」
架純の席から窓際に近い二列向こうに、半べそで声をかける。しかし返ってくる言葉は至極釣れないないものだった。
「お黙り。その花が枯れるまで近付くんじゃないわよ⁉」
「あ~ん。貴美ちゃ~ん、こっちにも来てよぉ」
「ごめん。いい匂いなんだけどね、ちょっと食事中に間近はキツイかなぁ」
まだ一度も花を咲かせていない貴美は箸の動きを止め、架純の頭頂に目を遣って合掌してくる。
「そんなこと言って、桂子ちゃんのカサブランカだってだいぶ匂うよ⁉ それに。それに、自分の頭に咲いた時も同じこと言えんの⁉」
「その時は諦める。しかないでしょ? しっかし。カスミの頭に赤い薔薇って、これ如何にって感じよね。花束だったら良い組み合わせなのに、架純の頭の上だとひたすら残念感が漂うわ」
「うるさいやい」
貴美に言われるまでもない。
架純にカスミ草だったら、どんなに気持ちが楽だったか。
クラス中に残念女子のレッテルを張られている身の上としては、ただただ申し訳なく、居た堪れない。
花頭の咲く条件が “恋” をしていること、と健康番組の特番で言っていたのが瞬く間に広がり、宿主の本質が咲く花を決めると語っていた。
それで “何故薔薇⁉” と納得いかない貴美が花言葉を検索したのは、数時間前のことだ。その意味を知った親友二人は、溜息と共に憐れむ目で架純を見て下さって、なんとも居心地の悪い時間を味わった。
望みが薄いことは承知だ。
花頭が咲くことで、公言しているのも分かっている。
馬鹿なことを言ったせいで完全に嫌われた、そう頭で理解していても、想いは簡単になくならない。
無闇に黒珠に近付いたり、彼を眺めることをしなくなっただけで、ずっと好きが続いている。
何でこんなに彼に執着するのだろうと、思わなくもないけど。
卒業して黒珠の顔を見ることがなくなったら、この想いにも踏ん切りがつく筈だから、それまでは彼に迷惑が掛からない範囲で、好きでいさせて欲しい。
***
大学にはとことんご縁がなかったようで、当然だけど就活にも間に合わず、卒業してから架純は居酒屋でバイトを始めた。
桂子と貴美は無事大学生になり、ちょっと寂しく思う架純だったりする。とは言え、自業自得なので仕方ない。
黒珠も無事進学したと、貴美情報で聞いた。
忙しなく日常が過ぎて行き、彼のことを視界に入れることもなくなった今では、前ほど黒珠のことを考えている暇はなくなった。と言うか、考えないように忙しくしているのが、正しい。
店の中を動き回り、くたくたになって帰宅して、泥のように眠る。
こうしてゆっくり思い出に変わっていくのだろうと、最近になって思えるようになった。
それでも偶に、彼女は出来ただろうか? とか考えてしまうくらいには、まだ吹っ切れておらず、馬鹿みたいに身悶えたりしている。
架純は居酒屋のホールで、店長に呼ばれて愕然とした。
季節は梅雨を迎え、来る夏に向けてバイトを募集していたのは知っていたけれど、これは一体どう言った嫌がらせなんだろうと、思わず天を仰いでしまった。
架純が店長に直々に呼ばれたのは、フルタイムで勤務し、同じ高校出身だからと他意のあるものではなかったけれど、紹介された瞬間にフリーズしたのは、無理もないことだと理解して欲しい。何しろ新人も架純を見るや瞠目し、微動だにしなくなったのだから。
お互いに顔を見合せたまま硬直していたら、店長が「知り合い?」と微妙な感じで空気を読んで、「なら、架純さんに新人くんの指導任せるわ」とにっこり宣った。
どうせ空気を読むなら、こんな中途半端ではなくて徹底的に読んで欲しい―――と思ったのは、何も架純だけではなかったはずだ。
吹っ切れる筈だったのに。
恨みがましい目で店長の背中を追っかけて、薄っすらと殺意の念を送っていた。
背後で聞えよがしの溜息を吐かれ、架純は泣きたい気持ちを必死に堪えて振り返る。アースカラーの双眸に映る新人の顔は、やっと吹っ切れそうだった人。
「誰か他の人に変わって貰うから」
その方がいいよね? と目で訴える。
「いいよ。佐々木さんさえよければ」
意外な言葉が返ってきて、架純は一瞬面食らった。
高校の時はあれほど徹底して架純を無視していたくせに、今になって指導係が架純でも良いとは、彼の心境に何事が起ったのか、ついつい胡乱な目で見てしまう。
黒珠は眉間に皺を寄せ、「仕事に私情を挟むほど子供じゃない」と憮然と言う。まるで引き摺っている架純が悪いと言われているようで、彼女も半眼で黒珠を見返した。
「佐々木って他にもいるから、店では “架純” って呼んで下さい。みんなそう呼んでるんで」
「……わかった」
あからさまに嫌そうな表情をされ、イラっとする。
(可愛さ余って憎さ百倍って、きっとこういう時に使うんだわ)
いざ口を利いてみると、黒珠の何処が良かったのか分からなくなった。
高校の時は、寝ても覚めても彼のことばかり考えていたのに。
「じゃ、教えるんで付いて来て」
愛想も何もない口調。
バックヤードに向かって歩き出した架純の後ろを、黒珠が黙って付いて来る。
(……なんの因果で……)
きっと黒珠とは悪縁なんだ、そんなことを考えて、架純はこっそり溜息を吐いた。
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