【R18】花頭症候群 ~花盛りの女たちと、翻弄される男たちのあれやこれや

優奎 日伽 (うけい にちか)

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3. 架純 ~女の純情なめんなよ

架純 ⑤

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 瑠珠といる現場を目撃されても、杏里との会話を聞かれても、依然と黒珠の態度は変わらない。ここまで徹底して無視されると言うことは、本当に眼中にないんだなと心が折れそうになる。

 潮時かなと、思いつつも目はいつだって黒珠を追う。
 子供たちに向けていた表情の半分―――いや。三分の一……微々たるものでも良いから向けてくれたら、それで充分なのに。
 なんて釣れない男なんだ。

(相沢くん曰く、金子くんなりの理由があるみたいだけど、せめて普通のクラスメートとしての待遇を求める! それもダメなんだろうか?)

 ぼんやり考えていたら、五時限目終了のチャイムが鳴った。
 架純は、はあっと大きな溜息を吐く。
 寝ても覚めても黒珠のことばかり考えている。

(あたしって恋愛脳だったんだなぁ)

 これまでだって、好きだと思った男子はいたけど、四六時中考えていることなんてなかった。意外な発見である。
 架純が自分発見に失笑していると、けたたましい足音が近付いて来た。

 大して気にするでもなく、次の授業の準備をしようかと机に手を突っ込んでいるところで、「黒珠ッ!」と聞きなれた声がする。本日二度目の訪問だけど、昼にはなかった焦りが含まれている声音に、級友たちが一斉に教室の出入り口へ視線を向けた。
 杏里はそんな視線を気にするでもなく、真っすぐ黒珠の席に向かう。

「瑠珠入院したって、何処ッ⁉」

 聞き覚えのある名前に、架純の目が自然と二人に向かう。

(……入院?)

 脳裏に浮かんだのは、あの時の光景。
 これまで見たこともなかった、黒珠の気遣わし気な表情。当たり前に黒珠へ身を委ねる彼の女性。
 杏里の想い人で、黒珠の姉だと分かっていても、言葉に形容しがたい重苦しい感情が、胸の内で渦巻く。身内が入院した災難を気の毒だとは思うのに、沸々と込み上げてくるものが止まらない。
 血相を欠いた杏里に対して、黒珠は大仰な溜息を吐いた。

「放課後になったら連れて行くから、予定入れるなよ?」
「そんなん待てるかよ!」
「言ったら速攻行くだろ?」
「当たり前だろ!」
「だから教えない。母ちゃんズに俺がシバかれるわ。杏里に教えたのは時間の確保と、教えなかったら、拗ね捲っていじけ倒して面倒だからだ。分かったらさっさと教室に戻れ」

 突き放すような物言いをする黒珠の胸倉を掴み、杏里は「教えろよぉ」と彼をゆっさゆっさと揺さぶる。それをまた無表情で受け止めている黒珠。

「授業サボったら、あとで瑠珠に怒られるぞ? しばらく口も利いて貰えなくなるぞ? それでも行くか?」

 泣き所を的確に突いた黒珠の問い掛けに、杏里がぐっと言葉に詰まる。しばらくの間反論したげに黒珠を睨んでいた杏里は、胸元を掴んでいた手を放し、黒珠の乱れた髪を直しながら「わかった」と渋々の声音。

(あ、納得してなさそ)

 それもそうかと、ちょっと冷めた気持ちで杏里を見る。
 心理的にはすぐにでも飛んで行きたいだろう。
 けどそうもいかない学生の事情に縛られた杏里を見ていて、ちょっとだけ溜飲が下がる。杏里に恨みはないし、入院したことは気の毒だと思うけど、好きな人の元へ駆けつけることが出来る彼が羨ましくて、優しい気持ちになれない。

(あたしって、黒っ)

 そんな自分が嫌になる。けれど、制御が利かない。
 消沈して項垂れ、トボトボと教室を出て行った杏里を見送り、黒珠を振り返る。同じように杏里を見送った彼と目が合ったけど、やっぱり直ぐに逸らされて、架純は泣きたい気持ちを溶かした吐息を漏らした。



 瑠珠が入院したと聞いた日から、黒珠は毎日早々に帰って行く。
 杏里が迎えに来るからっていうのもあるけど。  

(そんなにそんなにしょっちゅう行くもの⁉)

 身内が入院した経験のない架純には、いくら姉弟だってと理解し難いものがある。
 いまは架純のことを置いておくとして、黒珠だって受験生だ。負担に感じたりしないものだろうか?

(あたしって、冷たいのかな?)

 好きな人が入院して、足繁く通いたい杏里だったら分かる。
 心配で、少しでも元気づけたくて、架純でも毎日通う。
 だけど、もし仮に妹が入院したら、毎日通うだろうか? と置き換えて考えてみたが、答えはノーだ。架純にだって遣りたいことがある。余命幾許いくばくもないとなったら、この限りではないかも知れないけど。

(男女の兄弟だと、違う? ……あ、でも妹とは、仲良さそうではないんだよね)

 この括りでは矛盾が生まれる。
 二人の会話からは、切羽詰まった感じは受けない。
 特に杏里は、彼女のことに関して感情を隠すことが出来ないだろう。重病だったり、命が限られているとなったら、付きっ切りで看病していそうだ。

 瑠珠のことは杏里に任せたらいい。
 そこまでする必要なんて、ないじゃないか。
 だからつい、感情に任せて言ってしまった。
 教室の出入り口で待ち構え、前を通り過ぎようとした黒珠を上目遣いに見上げて笑った架純は、きっと醜悪な顔をしていたに違いない。

「いくら仲のいい姉弟だって、毎日通うなんて気持ち悪。女子振り捲ってるのだってさ、人には言えない疚しい想いでも隠してるとか?」

 架純の口からするすると出た言葉に、黒珠の足が止まった。
 暗に近親相姦を匂わす言葉。

「お前に何が解る」

 短い言葉は冷気のよう。彼女に注がれる眼差しは、荒れ狂う怒りの熱波。
 初めて感情を露わにして見せた黒珠に、架純の身が竦む。  
 心臓が止まりそうだ。
 一度口から出てしまった言葉は、取り返しようがない。
 完全に嫌われた。

 ふいっと顔を背けて歩き出した黒珠を目で追いかけた杏里が、架純を振り返って軽蔑の目で見、「先輩、バカでしょ」と冷ややかに言う。
 唇を噛んで杏里を見返すと、彼もまた素っ気なく視線を外して黒珠を追いかけて行ってしまう。架純は返す言葉もないまま杏里を見送るしかなかった。

 本当に、どうしてこう考えなしに、言葉を繰ってしまうのか。
 踵を返せば、振り返った先に見えた親友二人の絶望的な表情。
 自分から終わりにしてしまった恋心に、架純は泣くに泣けないでいた。


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