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3. 架純 ~女の純情なめんなよ
架純 ①
しおりを挟む「好きです! 付き合って下さい」
渾身の勇気を振り絞り、硬く目を瞑って告白すれば、自然と前傾姿勢になった。
「ごめんなさい」
頭上から、即答でお断りの言葉が降って来て、茫然と彼を見上げた――――時には既に遠く離れているって、「いっそ清々しいな、おいッ!」と去って行く背中にツッコむ。
佐々木架純が、金子黒珠に告白してから去って行かれるまで、ものの数秒。
しかし。
これで終わったと思って貰っては困る。
「こんなのまだ序章なんだから」
姿がとっくに消え去った方を眺め、猫のような双眸を瞬く。猫のようなは誇張でも何でもなく、友人たちには『ちょっとキレイめな猫娘』と言われる。光の加減で目の色が変わって見えるから、余計らしい。
サイドの髪だけ顎のラインまで伸ばしたショートヘアの頭をブルルっと横に振り、架純は「待ってなさい。金子黒珠」と口角をクイッと上げる。
架純、黒珠ともに高校三年の深緑が眩しい季節の事だった。
***
金子黒珠は難攻不落の男で有名だった。
入学してすぐから、彼に告白して撃沈した女子は、卒業生も含めたら一体何人いるんだか、最早誰も数えていないだろう。
他校に美人の彼女が居るとか、実しやかに噂されているけど、突き止めたという話は聞いたことがない。
最近では、一部の女子の間で格好の餌食になっている模様。たまたま薄い本を読んでしまった時の、あの言い知れない背徳感ときたら、危うく人格崩壊するところだった。お陰で暫らく黒珠の顔を見られず、以来、薄い本には手を出していない。アレは極めて危険だ。
が。これを本人が知ったら、どんなリアクションが見られるのか、非常に興味深い所である。
(日頃は、あんま表情変わんないしね)
笑えるのに、勿体ないと思う。
正直最初は、金子黒珠と言う男に興味はなかった。
ガサツな自覚がある架純は、最初からモテる男を射程範囲内に入れてない。選ばれるとも思ってないけど、万が一にもそんな相手と付き合えるなんてチラッとでも考えるのは、烏滸がましいと言うか、不敬なように思えてならない。
そんな架純だったのに、何処でどう変わるか分からないものである。
切っ掛けは二年の頃。
母親から頼まれたお遣い物を無事届け、駅に向かっていた。途中、通りかかった河川敷のグランドが賑やかで、何気にそちらに目を遣ると、小学生たちが野球に興じているのが目に入った。
リトルリーグと思しき中に、明らかに無関係と分かる格好の二人を見付け、「暇人」と呟いて立ち去ろうとして、思わず二度見してしまった。
ノックしている黒珠を発見して目を疑った。学校での彼は、どちらかと言ったら “動” よりも “静” のイメージが強い。
(友達と話しているか、本読んでいるかの二パターンしかない訳じゃなかったんだ)
運動音痴ではないのは、体育祭で実証済みだったけど。
私服だったから、一度家に帰ったと知れる。わざわざ着替えてから、このグランドに来たのだろうか?
小学生たちは年長者の二人を名前で呼んでいるから、顔見知りなのだろう。
配球している子は中学生くらいだろう。遠目にも可愛らしい顔をしているのが分かって、黒珠の噂の彼女かと思ったけど、子供たちが『兄ちゃん』呼ばわりしていたので、男の子らしい。
残念な気がしたのは何故だろう?
しかし。リトルリーグなら監督がいる筈なのに、とぐるり見渡す。
すると少し離れた所で、ベンチに俯せているそれらしき人物を発見した。
「ありゃぁ、やっちゃったパターンだな」
見るに見兼ねてなのか、頼まれたのかは定かじゃないが、コーチ役を引き受けたのだろう。
伏せっている監督を気の毒に思いながら、架純は暫くの間、練習風景を眺めていた。
どのくらい時間が経っていたのだろう。
不意に鳴った電話の音に驚いて飛び上がった。
「……どんだけ集中してんのよ」
架純の口元に微苦笑が浮かぶ。
黒珠から目が離せなくなっていた。
それを邪魔した不届き者は誰だと、着信画面を見れば母親だった。
「あっ、やば」
お遣いの帰り道で、道草を食ってしまったことを今更のように思い出す。
慌てて電話に出れば、案の定いきなりお小言が始まった。
「ごめんごめん。今から帰る……え。卵? なに。あと食パン? はいはい。買って帰りま~す」
お遣い第二弾が来るとは思わなかった。
「人使い荒いんだから」
もう少し見ていたかったけど、どうやらタイムアップだ。ここで粘ったら、どんな報復がくるか分かったものじゃない。
夕飯抜きやお小遣い減額は、扶養家族の身には堪える。
こちらには全く気が付きもしない黒珠を一瞥し、架純は大きな溜息を吐く。後ろ髪を引かれる思いで歩けば、未練がましくグランドを振り返った。
(ピンチヒッターみたいだし、もうここでは見られないよね?)
そう思うと母の電話が恨めしい。
出るんじゃなかったとボヤキながら、また大きな溜息を吐いて、駅に向かって歩き出した。
以来、やたらと黒珠が視界に入って来る。
学校では相変わらず、釣れないと言うか、素っ気ないと言うか、超クールだ。グランドの一幕を見ていなかったら、クール過ぎて無感情人間の認識のまま、気にもならなかった。
声を荒げて怒りもしていたけど、声を上げて笑ってもいたし、凄くいい顔で子供たちを褒めてもいた。
学校でもそんな彼を見てみたい――――欲望が沸々と湧き上がってくる。
佐々木架純と言う女子は、思い立ったら吉日を地で行く性格だった。
黒珠に何気ない顔で近付く。しかし全くの無関心で、いっそスルーされる日々だ。
「ちょっと! 挨拶くらい返しなさいよね! 挨拶されたら返すのが、人としての基本でしょ!」
遠ざかって行く背中に毒づく。
歯牙にもかけられない架純を嘲笑する声が聞こえるが、そんなのはどうだって良い。どうせ彼女等だって、同じ穴のムジナだ。
焦ってはいない。
勝負は長期戦覚悟だ。
「しっかし。どうして女子には塩対応なのかね?」
リトルリーグの中には女の子だっていた。
塩対応に見えなかったけど。
「もしかして、ロリ…?」
「ロリって、誰が?」
不意に背後から声を掛けられ、ギョッとして振り返った。そこには友人の内山貴美が「おはよ」と手を挙げている姿。彼女が薄い本の所有者で発行者。架純に多大なるショックを与えた人物だ。所謂ところの腐女子である。
ぱっと見、腐女子には決して見えない詐欺師のような美人が、ニコニコ笑ってにじり寄って来る。
そんな彼女には、口が裂けたって言えない。黒珠のロリ疑惑。
「ロリって? ロリポップとは言ったけど」
咄嗟に出た言葉に、些か苦しいかと後悔したが、今更後にも退けない。
胡乱な目で見返してくる貴美。
「……そお?」
貴美はわりかしあっさりと退いてくれたが、僅か数秒の事だったのに、背中にはびっしょりと汗を掻いていた。
(どうして此処まで、金子くんの事でビビらにゃいかんのよ! …や。あたしの不用意な一言で変な誤解を招いたら、金子くんにバレた時、あたし生きていられる気がしない!!)
あの凍てつくような眼差しで、瞬殺される自分が容易に想像できるって、なんか切ないけど。
(これは墓場まで持って行く案件という事で)
頭の片隅にさっさと追いやって、引き出しの中に突っ込むと鍵を掛ける。
そのうちキレイさっぱり忘れるだろう。
「架純。何やってんの? 早く行こう」
自分の世界に入り込んでいた彼女に、数歩前を行く貴美が声を掛けてくる。架純は小走りで貴美に近寄り、彼女の腕を取って「ロリポップ食べたい」と思い出すような余計な一言を口走って、“あ” に濁点が付いた声を上げる。
速攻で解除されるとは、何と脆い鍵である事か。
貴美のやたら気遣かわし気な眼差しに、胸を抉られる架純であった。
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