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2. 杏里 ~逃がさないから覚悟して?
杏里 ⑭
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寝不足で、少しばかり気怠いけど、瑠珠が心を開いて杏里を受け入れてくれた事が嬉しくて、顔がだらしなく緩んでしまう。
気持ちを通じ合わせた交感は、想像するより遥かに良いものだった。
ただ惜しむらくは、一番最初のフライングだろうか。
股擦りなんかとは雲泥の差で、彼女の膣内に入った瞬間の締め付けに、堪らなくなってしまった。それで杏里が本当に “童貞” だったことを瑠珠も認めたのだけど、男としてはかなり複雑だ。
反応に悩んだ挙句、困った面持ちの瑠珠にギュッと抱き締められ、やんわりと微笑んだ彼女に安堵し、杏里は泣き笑いの情けない顔で唇を重ねた。
(巻き返してやったけどね)
尽きない情欲に付き合わされた瑠珠の疲労は、きっと言い知れないものだった。
用事があるって瑠珠は早く家を出ていたから、朝方に別れてから彼女の顔を見ていない。今朝の黒珠情報では、大分フラついていたそうだ。
(アレは絶対に花頭が悪い!)
杏の花自体はあまり香りは強くないのに、瑠珠がイクたびに香りの濃度が増して、腰が止まらなくなった。
花の芳香そのものが種の存続の為だって考えれば、排卵日間近に花頭が咲き、その香りで馬鹿みたいに情交を求めてしまうのは、人もまた種の存続に危機感を本能で感じ取っているせいなのかも知れない。
ただ、“もう出ません” て所まで、止まらなくなるとは思いもしなかったけど。お陰で有難くもない “サル” 認定を瑠珠から頂いた。
(もおサルでも何でもいいんだけどね。瑠珠ン中気持ち良くって、止まらないのはホントの事だしッ)
薄い膜越しだったのが、酷く残念だ。
朝一のドサクサに生で瑠珠の膣内に入った感触を思い出すと、下半身の反応は速攻だ。
ただし、思い出す場所は考慮するべきだったと、今更ながらに後悔している杏里である。
(あんだけ空ッ空になるまで出して、この回復力って……)
自家発電なら一回でスッキリなのに、これでは瑠珠に “サル” と罵られても、申し開きも出来やしない。
今はその自慰行為すら無理なわけで。
額を机に強か打ち付けて突っ伏し、腿に腕を置いて形を変えた半身を何気なく隠す。呪文を唱えるがごとく『落ち着け』を脳内で繰り返していると、英語教諭が声を掛けて来た。
「相沢くん? 具合が悪いなら、保健室に行ってらっしゃい?」
「お……お構いなく」
一瞬吃ってから、顔は上げずに右手を上げて、口早に言う。
瑠珠を余すことなく愛することが出来たのは嬉しいが、情事を思い出すのはTPOを考えないと、中々デンジャラスかも知れない。
この場に男だけだったら、笑って済ませられるが、女子には――もとい。真珠には知られてはならない。襲い掛かって来る口実を、絶対に与えてはならない存在だから。
それからの杏里は、なんとか無になろうと努力をするも、なかなか上手くいかない自分の煩悩塗れの思考回路を罵倒し、授業の終わりには、英語教諭にスクールカウンセラーに行くことを勧められた。
その日は帰宅すると珍しく杏花が家に居て、瑠珠を引っ張り込めないなと落胆している息子に、含み笑いを向けて来た。
「ちょいとお座り」
杏花は向かいのソファを指定してくる。
杏里は逆らわずに腰掛けて、正面の母を見た。すると彼女は口端を歪めて笑いを浮かべるばかりで、何も発してこない。
杏里は不愉快気に肩眉を持ち上げて、下卑た笑いも何でだか様になってしまう母を軽く睨んだ。
「なに? 言いたいことあるなら言えば?」
投げやりな言い方をすれば、杏花はぐふふと笑いを漏らす。これが巷では美魔女と呼ばれている女優の正体だ。
半眼で母親を見据える。
何だかこの空気感が居た堪れない。
「用事ないな「まあ待ちなさいって」
杏里の言葉を途中から遮った杏花の声が重なった。
不機嫌に母を見る。
杏花は先程までの小馬鹿にしたような笑みを引っ込め、居住まいを正して杏里を見返して来た。ひとつ息を吐き、
「ちゃんと避妊してるんでしょうね?」
唐突過ぎて、唖然と杏花を眺めやる。彼女はそんな事お構いなしに言を継ぐ。
「瑠珠ちゃんの事だから、そこん所はうまく杏里をコントロールしてくれるとは信じてるけど、勢いでやらかしてないでしょうね?」
瑠珠との事が、杏花に筒抜けになっている。
(瑠珠がわざわざ言う訳ないし……)
杏里はハタとした。
(あ、俺だわ。犯人)
嬉しくてつい、小西マネージャーに童貞を卒業して、瑠珠と付き合い始めたことを暴露していた。彼と黒珠だけには、どうしても黙っていられなかったのだ。
そして杏花と小西はツーカーの仲だ。何しろ杏里のマネージャーになる前は、杏花のマネージャーだった。しかも杏花は雇用主である。話が抜けない訳がなかった。
いちいち母親にする話でもないから、隠していたかったのに。
(小西マネと黒珠にはさぁ、散々迷惑と心配かけたし、協力してくれたし。黙ってる訳にいかないだろ? 安心させるためにもだけど、これからもっとお世話になるだろうし。いろいろと)
浅慮だったとしつつも、しっかり自己弁護も忘れない。
恋愛ボケしている頭は、まだ就業中の瑠珠の可愛らしく微笑む顔を思い出し、ニヤケそうになったところで、脳内瑠珠が怒った顔に摩り替わる。杏里は大袈裟なくらい肩を揺らし、背凭れに弾かれてソファから転がり落ちそうになった。
挙動不審な息子に、杏花の目が眇められる。
「あんた、まさか」
「してない! じゃなくて、避妊はしてる! 卒業前に妊娠したら、結婚してくれないどころか、認知もさせてくれないって怒られた」
「まあ当然ね。さすが瑠珠ちゃんだわ」
満足気に頷く杏花。
そこで杏里は前々から思っていることの許可を取るべく、「あのさ」と上目遣いに杏花の顔色を窺う。
「やっぱ俺、進学しないで仕事一本で行きたい」
「いいんじゃない」
予想はしていたが、杏花の返事はあっさりしたものだった。
ここで思い切り反対されるよりは、断然助かる。
「つきましては、これから徐々に仕事増やして欲しい。でも役者はやんないよ。特に恋愛ものは絶対に不可だからね」
瑠珠が忘れかけている過去を穿り返すような事を、杏里にはとてもじゃないが出来ない。それがたとえ芝居の中の事だとしても、これだけは譲れない。
彼女の事だから、役者の仕事に反対はしないだろう。けれど、杏里の知らない所できっと深く傷つくだろうし、ひた隠しにする。でもそれ以前に、瑠珠以外とキスするなんて、杏里が無理だ。
(絶対に嘔吐く自信あるっ!)
相手には失礼極まりない話だけど。
杏花も瑠珠の事情を知っている。そしてその彼女をひたすら愛し続けて来た息子の純愛も、胸の詰まる思いで見守って来た。
「役者以外だったら何でもやる?」
「出来る限り。長期ロケとか、少ないに越したことないけど……いや。瑠珠の為に頑張るから、俺に向いてそうなの取って」
「了~解。瑠珠ちゃんの為に、頑張りなさいよ。やっと手に入れた掌中の珠、逃すんじゃないわよ?」
「逃がすわけない」
言い切ると、杏花はよしよしと破顔した。
それから数か月後、風景は初夏から晩秋へと彩りを変え、冬の匂いを漂わせ始める頃、杏里は一つの決意と共に、瑠珠に気取られる事なく、如何にして外堀を埋めていくか画策し、これから起こる出来事に胸を躍らせるのだった。
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