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2. 杏里 ~逃がさないから覚悟して?

杏里 ⑬

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 隙あらば身体を触ろうとする杏里と、手を押さえ込んで関係ない話を振っては、気を削ごうとする瑠珠の地味な攻防戦がソファ上で続き、どさくさに逃げを打とうと身動いでは、杏里に捕獲される。

 何とも不毛な遣り取りだけど、杏里は是が非でも訊き出さなければならない案件がある。
 高槻の件に関してだ。
 唯一の同期入社であり、それ以上の感情はないと彼女は言う。
 が、それを鵜呑みにする程おめでたくはない。

 仮に瑠珠がそうだったとしても、高槻は絶対に違うと、本能で感じてる。
 なら杏里の事をどう思っているのか訊いても、弟のような存在と答えるばかりで、全く埒が明かない。
 それでは他に好きな男がいるのかと問い質せば、力一杯「それはないッ!!」と答える。

 胡乱な眼差しで瑠珠を見る杏里に、「花頭が咲いたのは誤作動だから!」と言い切って「そう言うことなんで」と帰ろうとするから、立ち上がりかけた彼女を腕の中に閉じ込めた。
 ふわりと囲っているだけなので、瑠珠は半身を立て直して杏里を見上げてくる。

「暗かったし、はっきり顔が見えてたわけじゃないけど、アイツ、ガンくれて来た。横通り過ぎた時、笑った気がするし、絶対、瑠珠のこと狙ってる! そんな奴が傍に居るって考えただけで、脳が沸きそうなんだけどッ!!」

 あの数分の出来事を思い返しただけで、高槻に殺意すら覚える。
 瑠珠の周囲から完全に排除してしまいたい。
 夥しく発せられる怒りに、瑠珠は大きな溜息を吐いた。そして、高槻に告白され、『男は信用できない』と言って断ったことを白状した。

 思いの外早かった高槻の行動にイラっとしたものの、既に決着はついていたらしい。
 瑠珠としては、高槻のプライバシーを話すことに抵抗があったみたいだけど、杏里の怒りを鎮めるのに仕方がないと判断したようだ。
 案の定、杏里の怒りはシュルシュル萎んでいった。
 けれど、すぐに杏里の顔が苦々しく歪む。

「俺のことも信用できない?」

 否定して欲しい気持ちで瑠珠の顔を見詰めた。
 瑠珠は静かな眼差しで杏里を見返し、「……そうね」と吐息混じりに肯定する。杏里が打ち拉がれて情けない顔になると、瑠珠の追撃が始まった。



「杏里、キス上手いわよねぇ。ビックリしちゃったわ」

 やんわりと微笑んでいるのに、目を逸らすことを赦さない双眸。
 罪を贖うように諭す天使さながらの微笑に、心臓が握り潰された感じがする。

(……なんか、形勢逆転な、感じ?)

 予想だにしなかった口撃に、杏里は完全に凍り付き、瑠珠の口撃はさらに続く。

「キス、いっぱい練習したのかな?」

 瑠珠の満面の笑顔を、初めて怖いと思った。
 何か答えなければと思うのに、心臓がバクバクするし、目が挙動不審にも泳ぎ回る。
 変わらず微笑んで、腕の中から見上げてくる瑠珠。
 いつもの杏里ならここでキスの一つも狙う所だけど、煩悩を曝け出す余裕もない。

「………本能?」

 なに馬鹿なことをとセルフツッコミを入れている杏里に、瑠珠はまたも大きな溜息を吐く。それまで湛えていた微笑みはすっかり形を潜め、微かに眉が顰められていた。
 知らず杏里の喉が上下する。

「もっとマシな嘘つけないの?」
「嘘ついたら怒るだろ。……ホントのこと言ったら、瑠珠、絶対もっと怒るし」
「怒られるような事したんだ?」

 ギロリと睨まれ、相手は真珠かと問い質されてきっぱりと否定した。
 真珠ではないと知り、暫らく考え込んだ彼女は、急に興味を失くしたように項垂れて、「もお、どうでもいいわ」と投げやりに呟く。その言葉に今度は杏里が憤る番だった。

「どうでもいいって、どーゆーこと!?」
「そのままの意味よ。杏里が誰とキスしようが、それをあたしがとやかく言える立場じゃないでしょ」

 瑠珠の物言いに愕然とした。

(とやかく言える立場じゃないって…?)

 いや。寧ろその反対だ。
 杏里は唇を噛んで瑠珠を軽く睨み、捨て鉢な気分で意を決した。

「瑠珠だよッ! キスの相手!!」

 会心の告白に彼女はきょとんとして杏里を見る。それにコクコク頷き返した。
 言われていることの意味が解らないとばかりに、呆けている瑠珠へこれまでのキスに至った経緯を話せば、彼女は茫然自失だった。
 杏里のキスを遠巻きに責めた自分が、まさか好みのキスを杏里に教え込んでいたとは、微塵も思ってなかっただろう。

 再び風向きが変わったようだ。
 杏里の腕の中で、魂が抜けかかっている瑠珠の落し所は、きっと今しかない。 

「普段ツレない癖に、本当は俺のこと好きなんじゃないかって思うだろ! それとも何? 幼気な青少年の唇を何度も奪っておきながら、酔っ払いの戯れだったって言って逃げる?」

 瑠珠の良心に訴えるように、声音を潤ませる。すると彼女は肩を震わせて、怯えた小動物の眼差しで杏里を見詰めて来た。
 杏里はさらに畳みかける。

「ファーストキスの味がディープな酒の味って、俺可哀想じゃね?」

 きっと瑠珠には止めだった。
 杏里を見上げたまま、固まってしまった彼女の唇を啄む。

「酔っぱらってない瑠珠と、やっとキスできた」

 ファーストキスの仕切り直しに、ふふっと笑いを漏らし、思考停止している瑠珠が正気に戻る前に、杏里は彼女を横抱きに抱え上げると、いそいそと寝室に向かった。



 瑠珠仕込みのキスが、お気に召さないわけがない。
 彼女のうっとりとした面持ちに、知らず愉悦の笑みが口元を綻ばせる。

 瑠珠が正気を取り戻したのは案外早くて、杏里は小さく舌打ちをしたけれど、彼女はそれどころじゃなかったようだ。
 服越しの愛撫に身悶えながら、必死に快楽を逃そうとする瑠珠が、途轍もなく可愛いくて、杏里まで身悶えそうになる。
 吐息に熱を孕ませ、涙目で杏里に訊いて来た。

 酔っぱらった彼女が、これまでに杏里にしたことが相当気になっているらしい。だから、最後までは致してないけど、それに準じることはやっていると匂わしつつ、彼女の良心を煽ってやった。

 瑠珠は完全に自分から杏里を誘ったと思っている。
 最初は確かにそうだったけれど、慣れてくると杏里から彼女に仕掛ける事もあった。けどそれは彼女に内緒だ。瑠珠には自責の念で、身動き取れない様になって貰う。
 きっと彼女は離れていけなくなる。
 卑怯だって罵られても構わない。それで瑠珠が手に入るなら。

 慣れた手つきで瑠珠の服を脱がせると、流石に慌てた様子を見せた。
 瑠珠のジーンズとショーツを床に投げ捨て、杏里が自分の服を脱ぎ始めると、瑠珠はその手を掴んだ。

「ダメだって」
「瑠珠うるさい」

 ズボンの前を寛がせながら杏里が軽く睨んだ。
 尚も言い募ろうとした瑠珠の唇を塞ぎ、瑠珠の顎を引いて唇を割って入った。
 まったりと舐るキスと、柔らかな双丘を揉みしだく手に尖端が硬くしこり、指先がこすると赤味を増して更に硬くなる。
 耐えきれなくなった瑠珠の鼻から甘ったるい声が漏れて、杏里の口角が上がった。

「気持ちい?」

 瑠珠はそっぽを向いて答えてくれなくて、ちょっと拗ねた顔になる。

(酔っぱらってる時は、素直に答えてくれるのに)

 不満も露に、手の中でやわやわと姿を変える乳房に吸い付いた。
 強く吸い付いたから、「やっ」と呟いた瑠珠が頭を擡げ、顔を上げた杏里と目が合った。目を白黒させている彼女に向かって、満足気な笑みを浮かべる。

「ずっと付けてみたかったんだよね。キスマーク」
「なっ、何てことしてんのよーッ!」
「いいじゃん。酔っぱらって記憶がない時にしたら、瑠珠がパニックになって一人で悩むと思って、ずっと我慢してたんだから、寧ろ褒めて欲しいね」

 悪びれずに言い切って、ニコッと瑠珠脳殺スマイルを浮かべると、彼女は一気に脱力して枕に頭を沈めた。

 白状すると、キスマークを付けたのは、初めてじゃない。瑠珠から見えない、他人から見ることが出来ないお尻に、何回か付けてみたことはある。けど、それは言わなかったらバレないだろう。
 これからは堂々と彼女から見える所に、所有の印を付けられると思うと、気分が高揚する。

「褒める所と違うから」

 ボソリと呟いた彼女の言葉も気にならない。
 湧き上がってくるどうしようもない愉悦。

 杏里は唇に弧を描き、ツンとそっぽを向いた瑠珠の頬に「大好きだよ」とキスを落とした。

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