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1. 瑠珠 ~枯れ女に花を咲かせましょ
瑠珠 ⑦
しおりを挟む絶対おかしい。
ジタバタと散々暴れて、逃げ出せないと腹を括ったら、だんだん腹が立って来た。
(童貞だって言ってたくせに、どこでこんな玄人染みたキス覚えたッ!?)
ソファに押し倒され、好きなように口中を舐られ、危うく意識を乗っ取られそうになって、我に返えるを何度繰り返していることか。
瑠珠が何か言おうとするたび、杏里に唇を塞がれる。
童貞とは言っていたけど、キスもしたことないとは言ってない。言ってないが、騙されている気分だ。
そして問題なのは、杏里のキスに感じてしまっている事だ。
杏里の誘いに応えるものかと頑張っていたのも最初のうちだけで、彼の舌遣いが絶妙で、瑠珠を悉く絡め取る。くちゅくちゅと淫靡な水音を立てながら、甘噛みされた舌先が甘美に震えた。
思い出したくなかった官能を呼び起こされ、身体の中心の奥から込み上げる甘く切ない疼き。
知らず知らずに膝を擦り合わせ、そこに忍び入ろうとする不届きな感触を感じ、身体を強張らせると、それの動きは止まった。
杏里の唇が離れ、見下ろして来た彼の頬は上気し、眉を少し寄せた切なげに潤んだ瞳の奥に、ゆらゆらと揺れる情欲。
「瑠珠に、もっと、触れたい。奥の、もっと深いとこまで」
恐々と太腿を撫で擦っていた拙い指先が下腹へ這い上り、固く閉じた秘所の上で止まる。
「俺、十八になったよ?」
そんな事は知っている。杏里の誕生日は六月だ。ひと月以上経っているし、一緒にお祝いもした。
「だから、何よ」
「もう法律で、瑠珠がヤバい事にならない。迷惑掛けたくないし、ホントは高校卒業するまで、我慢するつもりだったけど、もお限界。今度こそ、瑠珠は誰にも取られたくないッ」
昂る感情を押し殺した、呻くような声音。けれど瑠珠を見下ろしてくる双眸の激しさまでは殺せず、独占欲と劣情が溢れている。
胸がつきりと痛んだ。
杏里の気持ちを知りながら、彼を選ばずに他の男に恋をした。付き合うとなった時、杏里は泣きそうな顔で頷いただけで、何も瑠珠には求めたりしなかった。それでも彼は自分の気持ちを偽ったりせず、事ある毎に好きだと訴えてきたけど。
正直それが重荷に感じた事もあった。
けど蓋を開けてみれば、杏里を傷付けてまで選んだ男は浮気をし、破局したのだからお笑い草だ。
杏里の手がそっと彼女の両頬を押し包む。
「瑠珠が好きなんだ。もおずっとずっと変わりなく、瑠珠が好きでどうにもならない。 俺は瑠珠を絶対に裏切らないから、だから……だからっ」
眉をギュッと絞り、潤んで真っ赤に充血した目が、切実さを伴い哀願してくる。
「アイツじゃなくて、俺を選んで?」
お願いだから、そう言って瑠珠を抱き起して縋りつき、彼は小刻みに震えている。
杏里の言う “アイツ” が誰なのか、直ぐに顔が浮かび上がった。
小さな子供の様に、頼りなさ気に抱き着いて震える背中に腕を回し、ゆっくりと擦って宥めると、杏里の腕がぎゅうっと瑠珠を締め付けて来た。
「杏里。苦しいから、ちょっと弛めて」
心なしか、背骨がミシミシ軋んでいるような。
瑠珠は顎先を肩に乗せ、喉を逸らした格好になっている。それで背中を締められたら、可なり辛い体勢なのだけど、返って来たのは逆の反応で、喉がぐえっと鳴った。
「やだ。何処にも行かせないし、誰にもやらない」
「お、お願い…どこにも、行くつ、心算ない…けど、強制的に、意識が」
遠くに行きそうだ。
杏里の背中をバンバン叩いていた手から、次第に力が抜けていく。それで彼も気付いたらしく、辛うじて失神する前に拘束が弛められた。
腕の中でくったりする瑠珠。蒼白になった杏里は「ごめん! 嫌わないで」と半泣きになって、彼女をカクカク揺さぶった。
兎に角、杏里の欲情スイッチをオフにしようと、気を逸らすのに色んな話を振った。
が、なんでだか高槻に帰結する。
結局のところ、杏里が気になって仕方ない相手であり、情緒不安定の原因である高槻への有らぬ誤解を解かない事には、話は延々とループして行きそうだと考え至る。
あくまで彼は瑠珠の同期で有り、恋愛感情はないことを説明したが、それでもまだ腑に落ちないらしく、胡乱な眼差しを向けられた。そして杏里が言う。
「なら花頭が咲いた理由は? 瑠珠を待ってる時、帰るところだったアイツと目が合って、いきなりムカつく笑みを浮かべてたんだけど!?」
花頭に至っては誤作動――――なんて有り得るのか分からないけど、誤作動だからと有無を言わせず頷かせたけど、杏里と目が合った瞬間、不敵に笑って煽る高槻を想像して、彼に微かな殺意を覚えた。実際に不敵に笑ったかどうかではなく、杏里を逆撫でし、鬼気迫る形相の彼が「何あった!?」と確信を持って迫って来るくらいだから、瑠珠が高槻に怒りを覚えても理不尽ではない……はず。
で、仕方なく告白され、『男は信用出来ない』とお断りした事を白状した。
杏里の顔が苦々しく歪む。
「俺のことも信用できない?」
否定して欲しい、彼の目がそう言っているのを、静かな面持ちで見ていた瑠珠は、「…そうね」と徐に口を開いた。途端に杏里が打ち拉がれて情けない表情になったところで、追い打ちを掛ける。
「杏里、キス上手いわよねぇ。ビックリしちゃったわ」
散々っぱら自分には瑠珠だけと言っていた癖に、何処で覚えたと仄めかし、にっこりと微笑めば、杏里が思い切り凍り付いた。
(ほらね、所詮男なんてそんなものよ)
諦めに似た思いが、切なく胸を締め付ける。
杏里を男扱いしない癖に、それを責めるのはお門違いかも知れないけど、それで彼が諦めて他に目を向けてくれたら、そう願う。
なのに何故、こんなにもやもやとした気分になるのだろう。
「キス、いっぱい練習したのかな?」
厭味ったらしく満面の笑みで、もう一度訊く。杏里の目が泳ぎ、必死に取り繕おうとしているのが見え見えだ。
「…………本能?」
「もっとマシな嘘つけないの?」
「嘘ついたら怒るだろ。……ホントのこと言ったら、瑠珠、絶対もっと怒るし」
「怒られるような事したんだ?」
瑠珠が怒ると聞いて、思い浮かんだのは真珠の顔だった。
杏里を好きな真珠に、心無いキスをしていたなら、いくら彼でも赦せない。
ギロリと睨んで「相手は真珠?」と問うと、頭をぶんぶん横に振って「違う!」と否定する。嘘ではなさそうで、ホッとしている自分に気付き、瑠珠は苦い顔になった。
真珠でなければ、誰だと言うのだろう?
付き合う気もない癖に、それ以上、問い詰めてどうすると言うのか。
瑠珠は溜息を吐いて項垂れた。
「もお、どうでもいいわ」
「どうでもいいって、どーゆーこと!?」
「そのままの意味よ。杏里が誰とキスしようが、それをあたしがとやかく言える立場じゃないでしょ」
「!! 瑠珠だよッ! キスの相手!!」
真っ赤になって声高に言った杏里を、豆鉄砲を食らった顔で眺める。
(……この子は、何て言った? 乱心か?)
瑠珠にはそんな覚えなど、微塵もない。
馬鹿な事をと笑い飛ばそうとした彼女を制し、杏里は爆弾を投下して来た。
「俺が高一の時、酔っぱらって寝惚けた瑠珠に襲われて、キスされたのが最初だからなッ! 黒珠が目撃者だから、確認すればいい」
「――――え?」
想定外の展開に、脳が考えることを拒絶する。
「その後も何度も、そこに黒珠が居たって、酔っぱらってたらキスされたし、俺からもキスしたけど、全然嫌がってなかったぞっ。普段ツレない癖に、本当は俺のこと好きなんじゃないかって思うだろ! それとも何? 幼気な青少年の唇を何度も奪っておきながら、酔っ払いの戯れだったって言って逃げる? ファーストキスの味がディープな酒の味って、俺可哀想じゃね?」
あまりにもあんまりな真実に、固まったまま身動ぎできないでいると、杏里が唇を啄んで来た。
「酔っぱらってない瑠珠と、やっとキスできた」
ふふっと嬉しそうに笑う杏里が視界に入っているのに、頭が認識できないまま、瑠珠は横抱きに抱えられ、杏里の寝室に運ばれて行った。
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