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1. 瑠珠 ~枯れ女に花を咲かせましょ
瑠珠 ①
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初めましての方もいつもお読み頂いている方も、有難うございます(=゜ω゜)ノ
ちょっと気分転換に、投稿しちゃいました。
よろしくお願いします。
**************************************
二年近く前から日本列島に、奇妙な現象が発生するようになった。
頭の上に実物の大きさや時季に関係なく、萼の部分から大輪の花が咲く何とも珍妙な光景。それは切り取ることも引っこ抜くことも叶わず、枯れるまで放置するしかない。頭を洗う時には本当に邪魔でしかない代物だ。
最初は都心で前触れもなく数人に発生し、瞬く間に拡がったらしい。当初は伝染病も疑われたが、調査を進めて行くうちに幾つかの発生条件が見つかった。
主に十代から三十代の女性の頭部に花が咲く。
“脳内お花畑” と、ちょっとお目出度い思考回路をしている人を揶揄する言葉はあれど、頭の上に花が咲くとは、これ如何に? である。
頭上に花が咲くくらい頭の中がポカポカしてるんだろうねぇ、と思いきやそうとも限らないのが、この現象の特徴の一つだ。何せ才女と呼ばれる方々、キャリアと呼ばれる方々の頭上にも等しく花は咲く。
そして花は一種類とは限らない。
美人にはさぞかし美しい花が咲く、と言うわけではないのだ。一般的にはちょっと残念系女子の頭に大輪の薔薇であったり、蘭であったり、逆に清楚系女子の頭頂に食虫植物のウツボカズラだったり、見た目ゴージャス女子にかすみ草だったりする。
そう。花頭は宿主の本性、性格に沿った花が咲く。
当然、男性諸君の見る目も変わると言うものだ。
しかも開花時期は、排卵日前一週間の限定であり、下半身事情が丸わかりとなってしまう女子には居たたまれない。まったく以て、プライバシーもへったくれも有ったものではない。尤も子作りに勤しんでいる人たちには、分かり易くて有り難いそうだけど。
と、ここまで花を咲くことを前提にしていたわけだが、無論、花が咲かない女子もいる。咲く咲かないに顔の美醜は、やはり関係ない。
本人の気持ちの問題であることが解っている。
つまり、二次元であろうと三次元であろうと、誰にも恋をしていなければ、花は咲かない。対象年齢で花が咲かない=休眠中、カレジョ、完璧なおひとり様宣言とも言える。美人は周囲が好意的に “休眠中” と受け取ってくれるが、それなり以下には見栄も張らせて貰えない辛い現実が待っている。
そして彼女、金子瑠珠もここ一年ばかり、恋愛がどうでも良くなっているカレジョの一人であった。
中堅リフォーム会社の総務で働く金子瑠珠は、短大卒、入社二年目の二十一歳。
黒い髪は伸ばしっ放しで後ろに一つ括りし、日に焼かない肌は些か青白い。これで顔色の悪さをカバーするのに化粧の一つでもすれば良いものを、まるっきりのノーメイク。綺麗な弧を描く二重の双眸もどこか生気がなく、ぽてっとした唇は夏を前にして、白くカサついている。
今でこそこんな形だけど、入社当時はお洒落にも気を付け、流行のチェックは欠かさなかった。そんな彼女がガラリと変わったのは、仕事にも慣れつつあった夏のこと。
短大に入学してから始めたバイト先で知り合った、二歳上の彼との付き合いも順調で、『お盆休みは何処か遠出をしよう』なんて言っていた彼氏の突然の裏切り。
予定より早く切り上げた飲み会の帰りに、驚かそうと思って彼のアパートに訪ね、そこで見た光景に愕然とした。
見知らぬ女との行為の真っ最中で、まったく瑠珠には気付かなかった彼に罵声を浴びせて、その場を飛び出した。
翌朝から謝罪の電話が何本も入ったけれど、『今頃ッ!?』って話である。
すぐに追い駆けて来るのが無理なら、せめて電話やメールくらい出来た筈だ。それなのに、暢気に翌朝になって連絡してくるなんて、馬鹿にするにも程がある。それまで何をしていたのか、考えるまでもない。
彼の中の瑠珠のウェイトが解ってしまった。
瑠珠が完全に無視すると、間もなく連絡は途絶えた。新しい彼女は同僚だと風の噂に聞いたけど、それもどうでも良い。
前日まで愛を囁いていた同じ口で、他の女にも同じことを囁く男。
瑠珠を愛撫したその手で他の女を愛撫し、今度はその手で愛撫される。
彼女が気付かなければ、それは延々と繰り返され――――虫唾が走った。
彼の為に努力するのも周囲の目を気にするのも、一気に馬鹿らしくなってしまった。
何のために、自分を良く見て貰う必要があるのか、解らなくなった。
出来るだけ目立たないように、ひっそりと生きて行こうと決めた矢先に、人の注意を引く様な傍迷惑現象が横行するなんて。
女ばかりが集まった総務では、いつも誰かしらの頭頂に花が咲いている。放って置くと室内には強すぎる芳香が充満し、酔ってしまわないように常に換気は欠かせず、最近では防臭マスクや空気清浄機がフル稼働している。
その中で、花を咲かせない瑠珠は、逆に目立つ。入社時と現在のビフォーアフターでよく男性社員に揶揄われるし、憐憫の眼差しを一手に引き受け、芳香で迷惑を掛けていない瑠珠が何故、このような不当な目に遭うのか。
セクハラで訴えて退職してやろうかと思った事もあった。しかし何かと世知辛く、何処に行っても同じ目に遭うのは判り切った事なので、今は堪えてる有り様だ。
そして今日も淡々と過ぎて行く。
***
金子家の朝の洗面所は、騒がしい。
瑠珠が歯を磨いている隣で、高校三年の妹の真珠が、花頭のせいで髪型が決まらないと癇癪を起しつつ、ヘアアイロンを駆使している。
鏡越しに妹の頭を見た。
真珠の頭の上には赤い花弁のサラセニアが鎮座している。初めは何の花だか分からなかったのだが、食虫植物だと知った時、瑠珠は深く納得してしまったものだ。真珠は姉と違って色々と奔放なので。
ウツボカズラと比べたら全然見目が良いし、この花が食虫植物だとわざわざ調べて吹聴する友達もいないのだろう。真珠自身も花の種類にあまり興味がないらしい。瑠珠の二つ下の弟の黒珠は、そんな妹を冷ややかに蔑んだ目で見ているけれど、真珠はそれも気にしていない強者だ。
騒がしい妹を押し退けて、うがいをし、顔を洗う。オールインワンジェルを塗り伸ばしてターバンを外すと、黒いゴムで髪を括り直し、準備完了だ。
苛々した妹の表情を盗み見て洗面所を後にし、リビングの両親に声を掛けて家を出た。
瑠珠が出たのと同時に、隣の玄関から男子高校生が出て来て、彼女に「おはよ」と笑い掛けて来る。鍵を掛けているお隣さんに微笑んで、瑠珠も「おはよ」と返した。
「今日も真珠は遅刻?」
隣人の男子高校生、相沢杏里はその親譲りの端正な顔を惜し気もなく歪める。
「……恐らくね。まだ髪の毛いじっていたし」
「何でアレが瑠珠と黒珠の妹なんだか……」
「そう言わないで、偶には無理やりでも引っ張っててよ。同じ学校なんだし」
「やだね。真珠と一緒に居たら、俺襲われるじゃん」
至極真面目に言い切る杏里は、昔から彼狙いの真珠が苦手で、妹は空回っている事がわりと多い。で、肝心の杏里と言えば。
「俺は、瑠珠が好きなの」
「あ~はいはい」
「またそうやって、はぐらかす」
杏里は面白くなさげに唇を尖らせ、瑠珠はクスクス笑う。
エレベーターの昇降ボタンを押し、扉のガラスに映り込んだ杏里を盗み見る。
明るめの黒髪はサラサラ揺れ、長めの前髪が黒目がちの双眸を時折隠してしまう。鼻筋が通り、少し大きめの口元はよく憎まれ口を叩き、良く笑う。
気が付いた時には瑠珠よりも頭一個半、大きくなっていた。隣に並ぶと彼の肩にまで至らないのが良く判る。
瑠珠が好きだと言って憚らない杏里に、彼女はスッと目を細めて出会った頃を振り返った。
杏里と初めて会ったのは、彼が中学二年になる春休み。
引っ越しの挨拶に母親と来た時、その容姿の可愛さと杏里と言う名前も手伝って、女の子だと思い違いし、瑠珠は彼の自尊心を酷く傷つけてしまった。当然だけど、顔を合わせても挨拶して貰えないほど嫌われたのは知れたこと。
彼が変わったのは、とある事件が切っ掛けだった。
杏里の母親は女優で、家に帰って来ることがかなり少ない。通いの家政婦はいるものの、基本彼はいつも一人だった。このマンションに越してきた理由は、両親の離婚だ。とは言っても父親は義理だったらしいが。
頼れる大人が近くに居ない。
小さな子供ではないと強がっていても、それはどんなに心細かったか。
初秋の或る休日。
瑠珠は近所へ買い物に出て戻り、『はて?』と首を傾げた。出掛ける前と同じように、隣の玄関が不自然に半開きになっていることに何か嫌な予感がし、瑠珠が覗き込んでみると、そこで見たものは、嘔吐して意識失く倒れ込んでいる杏里の姿で、大慌てで救急車を呼んだ。
虫垂炎をずっと我慢していたせいで腹膜炎を起こし、発見がもう少し遅れていたら、杏里はこの世にいなかっただろうと言われ、身体が大きく震えたのを今でも覚えている。
辛い時に辛いと言えない杏里が可哀想で、なのに目を醒ました彼に瑠珠は罵声を浴びせ、ぎゃんぎゃん泣いた事を未だに杏里に揶揄われる。
彼のたってのお願いという事も有り、忙しい杏里の母親に変わって、瑠珠が甲斐甲斐しく世話を焼く羽目になり、以来杏里は犬の様にやたらと懐き、挨拶の様に “好き” を連発されるようになって、現在に至る。
実弟の黒珠とも仲が良いし、杏里は弟みたいなものだ。
吊り橋効果ではないけれど、彼女に命を助けられて、杏里はそれを恋だと勘違いしていると瑠珠は思っている。
それ以外に考えられない。
自己暗示にかかったまま四年は長いと思うけど、他に心を惹かれるような子が現れたら、きっとただの近所のお姉さんになる。そんな日も近い筈だ。
二人はエレベーターに乗り込み、隣の杏里を横目に見上げた。
母親が美魔女と呼ばれる女優とあって、杏里の顔立ちはすこぶる整っている。彼自身も小さい頃からモデルをしていたので、兎に角モテるのだ。だから何も好き好んで、年上のそれなりの顔しかしてない瑠珠を選ぶ必要はないと思うのだ。
瑠珠の視線に気が付いた杏里が、にっこりと微笑んでくる。
「なに?」
「いや。デカくなったなぁと思ってさ」
「初めてあった時は、瑠珠よりちっこかったもんな」
「そうそう。女の子みたいで可愛かった」
「もうあの頃と違うよ」
「分かってるよ」
微かな熱を帯びた眼差しで見つめられ、瑠珠は慌てて目を逸らす。
(気の迷いなんかで、誰彼構わずそんな目を向けたりしたらイカンよ?)
モテるという事を自覚している筈なんだから。
エレベーターは一階に着き、扉が開かれた。背中をそっと押されて瑠珠が先に降りると、大きな歩調で杏里も続く。瑠珠の二歩が杏里の一歩だと思うと、ストライドの違いにちょっと悔しくなる。
(ホント、大きくなったなぁ……)
少し前を歩く杏里の背中をぼんやり眺めていると、振り返った彼に腕を引っ張って歩かれる。
(だから、なんで連行されてるんだ、あたし……?)
ちょっと不機嫌そうな杏里。
瑠珠は首を傾げつつ、そのままバス停までグイグイと引っ張られて行った。
ちょっと気分転換に、投稿しちゃいました。
よろしくお願いします。
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二年近く前から日本列島に、奇妙な現象が発生するようになった。
頭の上に実物の大きさや時季に関係なく、萼の部分から大輪の花が咲く何とも珍妙な光景。それは切り取ることも引っこ抜くことも叶わず、枯れるまで放置するしかない。頭を洗う時には本当に邪魔でしかない代物だ。
最初は都心で前触れもなく数人に発生し、瞬く間に拡がったらしい。当初は伝染病も疑われたが、調査を進めて行くうちに幾つかの発生条件が見つかった。
主に十代から三十代の女性の頭部に花が咲く。
“脳内お花畑” と、ちょっとお目出度い思考回路をしている人を揶揄する言葉はあれど、頭の上に花が咲くとは、これ如何に? である。
頭上に花が咲くくらい頭の中がポカポカしてるんだろうねぇ、と思いきやそうとも限らないのが、この現象の特徴の一つだ。何せ才女と呼ばれる方々、キャリアと呼ばれる方々の頭上にも等しく花は咲く。
そして花は一種類とは限らない。
美人にはさぞかし美しい花が咲く、と言うわけではないのだ。一般的にはちょっと残念系女子の頭に大輪の薔薇であったり、蘭であったり、逆に清楚系女子の頭頂に食虫植物のウツボカズラだったり、見た目ゴージャス女子にかすみ草だったりする。
そう。花頭は宿主の本性、性格に沿った花が咲く。
当然、男性諸君の見る目も変わると言うものだ。
しかも開花時期は、排卵日前一週間の限定であり、下半身事情が丸わかりとなってしまう女子には居たたまれない。まったく以て、プライバシーもへったくれも有ったものではない。尤も子作りに勤しんでいる人たちには、分かり易くて有り難いそうだけど。
と、ここまで花を咲くことを前提にしていたわけだが、無論、花が咲かない女子もいる。咲く咲かないに顔の美醜は、やはり関係ない。
本人の気持ちの問題であることが解っている。
つまり、二次元であろうと三次元であろうと、誰にも恋をしていなければ、花は咲かない。対象年齢で花が咲かない=休眠中、カレジョ、完璧なおひとり様宣言とも言える。美人は周囲が好意的に “休眠中” と受け取ってくれるが、それなり以下には見栄も張らせて貰えない辛い現実が待っている。
そして彼女、金子瑠珠もここ一年ばかり、恋愛がどうでも良くなっているカレジョの一人であった。
中堅リフォーム会社の総務で働く金子瑠珠は、短大卒、入社二年目の二十一歳。
黒い髪は伸ばしっ放しで後ろに一つ括りし、日に焼かない肌は些か青白い。これで顔色の悪さをカバーするのに化粧の一つでもすれば良いものを、まるっきりのノーメイク。綺麗な弧を描く二重の双眸もどこか生気がなく、ぽてっとした唇は夏を前にして、白くカサついている。
今でこそこんな形だけど、入社当時はお洒落にも気を付け、流行のチェックは欠かさなかった。そんな彼女がガラリと変わったのは、仕事にも慣れつつあった夏のこと。
短大に入学してから始めたバイト先で知り合った、二歳上の彼との付き合いも順調で、『お盆休みは何処か遠出をしよう』なんて言っていた彼氏の突然の裏切り。
予定より早く切り上げた飲み会の帰りに、驚かそうと思って彼のアパートに訪ね、そこで見た光景に愕然とした。
見知らぬ女との行為の真っ最中で、まったく瑠珠には気付かなかった彼に罵声を浴びせて、その場を飛び出した。
翌朝から謝罪の電話が何本も入ったけれど、『今頃ッ!?』って話である。
すぐに追い駆けて来るのが無理なら、せめて電話やメールくらい出来た筈だ。それなのに、暢気に翌朝になって連絡してくるなんて、馬鹿にするにも程がある。それまで何をしていたのか、考えるまでもない。
彼の中の瑠珠のウェイトが解ってしまった。
瑠珠が完全に無視すると、間もなく連絡は途絶えた。新しい彼女は同僚だと風の噂に聞いたけど、それもどうでも良い。
前日まで愛を囁いていた同じ口で、他の女にも同じことを囁く男。
瑠珠を愛撫したその手で他の女を愛撫し、今度はその手で愛撫される。
彼女が気付かなければ、それは延々と繰り返され――――虫唾が走った。
彼の為に努力するのも周囲の目を気にするのも、一気に馬鹿らしくなってしまった。
何のために、自分を良く見て貰う必要があるのか、解らなくなった。
出来るだけ目立たないように、ひっそりと生きて行こうと決めた矢先に、人の注意を引く様な傍迷惑現象が横行するなんて。
女ばかりが集まった総務では、いつも誰かしらの頭頂に花が咲いている。放って置くと室内には強すぎる芳香が充満し、酔ってしまわないように常に換気は欠かせず、最近では防臭マスクや空気清浄機がフル稼働している。
その中で、花を咲かせない瑠珠は、逆に目立つ。入社時と現在のビフォーアフターでよく男性社員に揶揄われるし、憐憫の眼差しを一手に引き受け、芳香で迷惑を掛けていない瑠珠が何故、このような不当な目に遭うのか。
セクハラで訴えて退職してやろうかと思った事もあった。しかし何かと世知辛く、何処に行っても同じ目に遭うのは判り切った事なので、今は堪えてる有り様だ。
そして今日も淡々と過ぎて行く。
***
金子家の朝の洗面所は、騒がしい。
瑠珠が歯を磨いている隣で、高校三年の妹の真珠が、花頭のせいで髪型が決まらないと癇癪を起しつつ、ヘアアイロンを駆使している。
鏡越しに妹の頭を見た。
真珠の頭の上には赤い花弁のサラセニアが鎮座している。初めは何の花だか分からなかったのだが、食虫植物だと知った時、瑠珠は深く納得してしまったものだ。真珠は姉と違って色々と奔放なので。
ウツボカズラと比べたら全然見目が良いし、この花が食虫植物だとわざわざ調べて吹聴する友達もいないのだろう。真珠自身も花の種類にあまり興味がないらしい。瑠珠の二つ下の弟の黒珠は、そんな妹を冷ややかに蔑んだ目で見ているけれど、真珠はそれも気にしていない強者だ。
騒がしい妹を押し退けて、うがいをし、顔を洗う。オールインワンジェルを塗り伸ばしてターバンを外すと、黒いゴムで髪を括り直し、準備完了だ。
苛々した妹の表情を盗み見て洗面所を後にし、リビングの両親に声を掛けて家を出た。
瑠珠が出たのと同時に、隣の玄関から男子高校生が出て来て、彼女に「おはよ」と笑い掛けて来る。鍵を掛けているお隣さんに微笑んで、瑠珠も「おはよ」と返した。
「今日も真珠は遅刻?」
隣人の男子高校生、相沢杏里はその親譲りの端正な顔を惜し気もなく歪める。
「……恐らくね。まだ髪の毛いじっていたし」
「何でアレが瑠珠と黒珠の妹なんだか……」
「そう言わないで、偶には無理やりでも引っ張っててよ。同じ学校なんだし」
「やだね。真珠と一緒に居たら、俺襲われるじゃん」
至極真面目に言い切る杏里は、昔から彼狙いの真珠が苦手で、妹は空回っている事がわりと多い。で、肝心の杏里と言えば。
「俺は、瑠珠が好きなの」
「あ~はいはい」
「またそうやって、はぐらかす」
杏里は面白くなさげに唇を尖らせ、瑠珠はクスクス笑う。
エレベーターの昇降ボタンを押し、扉のガラスに映り込んだ杏里を盗み見る。
明るめの黒髪はサラサラ揺れ、長めの前髪が黒目がちの双眸を時折隠してしまう。鼻筋が通り、少し大きめの口元はよく憎まれ口を叩き、良く笑う。
気が付いた時には瑠珠よりも頭一個半、大きくなっていた。隣に並ぶと彼の肩にまで至らないのが良く判る。
瑠珠が好きだと言って憚らない杏里に、彼女はスッと目を細めて出会った頃を振り返った。
杏里と初めて会ったのは、彼が中学二年になる春休み。
引っ越しの挨拶に母親と来た時、その容姿の可愛さと杏里と言う名前も手伝って、女の子だと思い違いし、瑠珠は彼の自尊心を酷く傷つけてしまった。当然だけど、顔を合わせても挨拶して貰えないほど嫌われたのは知れたこと。
彼が変わったのは、とある事件が切っ掛けだった。
杏里の母親は女優で、家に帰って来ることがかなり少ない。通いの家政婦はいるものの、基本彼はいつも一人だった。このマンションに越してきた理由は、両親の離婚だ。とは言っても父親は義理だったらしいが。
頼れる大人が近くに居ない。
小さな子供ではないと強がっていても、それはどんなに心細かったか。
初秋の或る休日。
瑠珠は近所へ買い物に出て戻り、『はて?』と首を傾げた。出掛ける前と同じように、隣の玄関が不自然に半開きになっていることに何か嫌な予感がし、瑠珠が覗き込んでみると、そこで見たものは、嘔吐して意識失く倒れ込んでいる杏里の姿で、大慌てで救急車を呼んだ。
虫垂炎をずっと我慢していたせいで腹膜炎を起こし、発見がもう少し遅れていたら、杏里はこの世にいなかっただろうと言われ、身体が大きく震えたのを今でも覚えている。
辛い時に辛いと言えない杏里が可哀想で、なのに目を醒ました彼に瑠珠は罵声を浴びせ、ぎゃんぎゃん泣いた事を未だに杏里に揶揄われる。
彼のたってのお願いという事も有り、忙しい杏里の母親に変わって、瑠珠が甲斐甲斐しく世話を焼く羽目になり、以来杏里は犬の様にやたらと懐き、挨拶の様に “好き” を連発されるようになって、現在に至る。
実弟の黒珠とも仲が良いし、杏里は弟みたいなものだ。
吊り橋効果ではないけれど、彼女に命を助けられて、杏里はそれを恋だと勘違いしていると瑠珠は思っている。
それ以外に考えられない。
自己暗示にかかったまま四年は長いと思うけど、他に心を惹かれるような子が現れたら、きっとただの近所のお姉さんになる。そんな日も近い筈だ。
二人はエレベーターに乗り込み、隣の杏里を横目に見上げた。
母親が美魔女と呼ばれる女優とあって、杏里の顔立ちはすこぶる整っている。彼自身も小さい頃からモデルをしていたので、兎に角モテるのだ。だから何も好き好んで、年上のそれなりの顔しかしてない瑠珠を選ぶ必要はないと思うのだ。
瑠珠の視線に気が付いた杏里が、にっこりと微笑んでくる。
「なに?」
「いや。デカくなったなぁと思ってさ」
「初めてあった時は、瑠珠よりちっこかったもんな」
「そうそう。女の子みたいで可愛かった」
「もうあの頃と違うよ」
「分かってるよ」
微かな熱を帯びた眼差しで見つめられ、瑠珠は慌てて目を逸らす。
(気の迷いなんかで、誰彼構わずそんな目を向けたりしたらイカンよ?)
モテるという事を自覚している筈なんだから。
エレベーターは一階に着き、扉が開かれた。背中をそっと押されて瑠珠が先に降りると、大きな歩調で杏里も続く。瑠珠の二歩が杏里の一歩だと思うと、ストライドの違いにちょっと悔しくなる。
(ホント、大きくなったなぁ……)
少し前を歩く杏里の背中をぼんやり眺めていると、振り返った彼に腕を引っ張って歩かれる。
(だから、なんで連行されてるんだ、あたし……?)
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