隠者の弾丸

桐条 霧兎

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第2章 荒れる国、動く刻

プロローグ

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 ヒルムド王国王都にて、1人の騎士が慌ただしくこの国の若き王"ラーム・ヒルムド"に謁見を申し入れた。
 息が荒く、途切れ途切れの中で玉座に座るラーム王に報せを伝える。
 ラーム王、僅か二十代前半で王に即位した彼は青き空色の髪にレムリア大陸において、持ち前の顔の良さにより広く知られている。
 そんな若きラーム王は話を聞き頭を抱えた。

「それは、本当か?」

「はい、現在アクストリア、ペタルダニアの両大国が我がヒルムドに進軍するとの話です」

 カナレリアに夢中だったアクストリアは、思わぬ誤算により三万の軍隊を無くした。
 それによって少しの間は落ち着きが取り戻せ、ここヒルムドでも警戒する負担が減り、アルケニアとの小競り合いに集中していたのだが…。
 一週間ほど前にて、アルケニアはカナレリアと揉めたと報せを受けて徹底抗戦に打って出た矢先。
 新たにペタルダニア帝国とアクストリアが攻めてくる事に、項垂れてしまった。

 ヒルムドの若き王ラームは、それの他にもレムリア大陸において最も懇意にしているカナレリアを心配していた。
 こちらも手が一杯で、援軍も助力も出来ない中でも幼い頃から知っている金髪の元気なお姫様を思い出しては案じている。

「アッシェはいるか?」

 ラームは国一番に信頼する男を呼ぶ。
 ヒルムド王国随一の剣士にして、ヒルムド王国の四騎士団の1つを率いている男であり、そしてラーム王の実の弟である。
 名を呼ばれ、ラーム王の前にやって来ると片膝をついて挨拶する。
 空色の様な髪に落ち着いた風貌で、白いマントに鎧に身を包んでいる。

「お呼びでしょうか」

「アッシェ、これからこの書状を持ってシュヴァリトに向かって欲しい」

「畏まりました、直ちに出立致しましょう」

「頼んだぞ。俺の弟ととして、代わりに行って欲しい」

「はっ」

 一礼してラームから直接受け取った丸めた書状を受け取りその場から離れる。
 それと入れ違いに、今度はオロオロとした女の子が入ると慌ててラームの前にやってきて一礼するも、思い出した様に片膝を遅れてついた。

「ヴァ、ヴァニラ・ディラン。た、只今……えーっと、やっやってきましたって痛っ!」

 あわあわとしながら、ピンク色の髪をサイドポニーに束ねた可愛らしい女の子が片膝から正座に変わりながら勢い良く頭を床に叩きつけて一礼する。
 オデコを抑えながら涙目でラーム王を恐る恐る見る。

「うぅー……」

「あーはっはっはっはっはっ、相変わらずだなヴァニラ」

「お、お恥ずかしいですぅ」

「お前にはこれからカナレリアに向かって貰おうと思っている」

 そう言ってラームは臣下に書状を渡して、それをヴァニラに受け取らせる。
 ヴァニラはそれを大事そうに両手で持って頭にハテナマークを浮かべながら首を傾げる。

「カナ…レリ、ア?」

「そうだ、ヴァニラ。頼めるか?」

 優しく笑いかけると、ヴァニラは頬を赤く染めながらうんうんと力強く頷いて部屋を飛び出した。
 それを心配そうに腰が曲がった老人がラームを見る。

「宜しいのですか陛下?ヴァニラは魔法の腕は確かですが、どうも天然な所が……」

「良い、あいつの真っ直ぐな心がカナレリアとの話には必要だ」

「で、ですが陛下。もう1人位ヴァニラの面倒役をお付けになった方が…確かヴァニラは方向が」

「………確かに一理あると言うより忘れていた」

 苦笑気味にラームが綺麗な青髪をぽりぽりと掻く。

♢♦︎♢

 ヴァニラは自身の部屋に戻ると旅支度を行なっていた。
 大きな荷物に不必要な物もちらほらと覗かせながら、手に持っているハンカチと歯磨きを交互に見る。

「ハンカチと歯磨きは……荷物重なるし、現地で…いやでも、歯磨きは必要だね!」

 ハンカチを放り投げて歯磨き道具をリュックの奥に詰め込む。
 そのままぬいぐるみを数個入れると、パンパンに詰められたリュックを背負って部屋を出ようと歩き出す。

「お、おおーー?おー!……あれ?あれれー?」

 よろよろと左右にバランスを崩し、足を踏ん張りながら一歩一歩前に進んで部屋の扉を開けて前に外に出ようとするも、パンパンなリュックが入口の幅を超えて突っかかる。

「あれ、あれれーーー!」

「やっぱりお前は……」

 涙目になりながらジタバタしていると、すらっとした長身で青い綺麗なローブに身を包んでいる男が呆れながらヴァニラをリュックから解放させたあげる。
 赤髪にサラッとした落ち着いた髪型で、ヴァニラの頭を優しく撫でながら落ち着かせる。

「うぅー…マスター」

「先程陛下に呼ばれてね。私も一緒に行くよヴァニラ」

「うぅーマスター!」

 彼はヴァニラの魔道の師であり、名はジルベルト・ニルヴァーナ。
 優しく見つめるジルベルトにヴァニラは泣きながら抱きついた。

「ほら、荷物は私が用意した物で我慢して行きましょう?」

「流石マスターですぅ」

 感動しているヴァニラだが、毎度この調子なのでジルベルトは普段から彼女をフォローしているだけなのだが、それに気づかないヴァニラはまた抱きついて子供のように喜んでいるのを苦笑しながら背中を優しくさする。
 ヴァニラの見た目は15、6なのだが、精神的にはかなり幼く顔も童顔である。
 慣れたように泣き止ませてジルベルトはヴァニラを後ろに連れてようやく出発した。

 王都の門にて、同じく出発しようとしていた青髪のアッシェが馬を連れて鉢合わせる。

「アッシェか、君は確かシュヴァリトに向かうんだったね」

 手を振りながら挨拶すると、兄のラームと違ってあまり表情を変えない仏頂面のアッシェが一瞥して馬に乗る。

「ふん、お前達は確か」

「はは、カナレリアだよ」

 そこでようやくアッシェはジルベルトの背中に隠れているヴァニラを見つける。

「なんだ、泣き虫ヴァニラか」

「な、泣き虫じゃないよ!」

「それ以外にお前の通り名も二つ名もあだ名も見当たらんな」

「ひ、酷いよアッシェ様!」

「そう思うなら兄上の仕事を師匠にフォローされずにやり遂げてからにしろ」

 冷たく言い放ち馬と共に部下数人連れて行ってしまった。
 その後ろを見ながら舌を出して見送るヴァニラをジルベルトが優しく諭す。

♢♦︎♢

 玉座にて残されたラーム王は、手を重ねそこに顎を乗せながら考え事をしていた。
 先程から参謀の臣下がいくつか説明をしているが、全く頭に入らなかった。

 "ペタルダニア"、"アクストリア"の両大国侵攻は小国ヒルムドにとっては非常に不味い事になる。
 ただでさえ、"大陸統一案"から三ヶ月の間でアルケニアとは5度の小競り合いと2度の大戦により国は消耗している。
 カナレリアと違うのがシュヴァリトが隣国にあり、そのおかげでヒルムドは傷が少なく済んでいるのだ。
 ギリギリの中で、大国二つも相手には流石のヒルムドも保たない。
 よって、ラーム王は一つの提案を考えたのだ。

 黙って潰される訳にも行かない、それによりヒルムドは一つの策を思い付いたのだ。
 それは…"アクストリアを倒す"事だったのだ。

 ラームは静かに目を閉じて願った。

 ー願わくば、このくだらない戦争に終止符を…。

♢♦︎♢

 エース達は、屋敷から離れルゥルゥとフェリミアを前にフレン、エース、眠そうなラヴィ、マーシャルと連なってカナレリア王ユリウスに呼ばれ城に入る事となった。
 兵士の案内に従い、玉座の間にいつも通り通され扉が開けられると、玉座にはカナレリア王ユリウスの姿は無く、代わりにカナレリア王国王女レミリアが座って待っていた。
 その表情は少しばかり落ち込んでる様子だったが、エース達を見て表情をきっと真剣になり向き直る。

「も、申し訳ありません。お連れするのに時間がかかりました!」

 マーシャルがしどろもどろに涙を浮かべながら謝罪する様に前に出て片膝をつきながら頭を下げる。
 それに続いてフェリミアも同じ様にして、一緒に謝ったがレミリアはそれを叱責する事なく下がらせる。

「良いわ、エースだもの。良く来てくれたわね。ラヴィ・ティラール、お怪我は大丈…夫?」

「お久しぶりね、レミリアちゃん」

「ルゥルゥ……様?」

 そう言い放った後に、ここでも言葉が詰まりながらルゥルゥを見る。
 ルゥルゥはニコニコしながら、呆けながら口を開けるレミリアに手を振っている。
 エースはため息混じりに何度目かの関係性の説明をする。

「てか、オイコラ。お前はカナレリアでどんだけ人脈あるんだよ」

 エースはニコニコとしているルゥルゥを見ながら、ちょっと疲れた様に言った。

「仕方ないでしょう?以前ここに仕えた事があって、ちょいちょい遊びに来てたんですもの」

「聞いた事ない」

「あら、だって。ラヴィちゃん達傭兵になってお金稼ぐってさっさと外に出ちゃったじゃない」

 家族会議なノリを始めようとしてるのを、レミリアが咳払いして止める。

「エース!一向に話が進まないから黙って!」

「おい、お前らがこのババァ見てどいつもこいつ同じ反応で固まって同窓会開くのが悪ー……わー!悪かった、悪かったから浮かすのやめろルゥルゥ!ちょっ、ごめんなさい。謝るから許して!」

「ふふ、次はない」

 笑顔ながらその内なる恐ろしさにエースは無言で頷いて降ろされる。

「話戻すわよ?」

 レミリアも若干怒り気味に言って、姿勢を正す。

「言うまでもなく、今後のカナレリアについてです」

「ちょっと待った」

 レミリアの言葉を遮り、顔の包帯を巻き直しながらエースは手を上げる。

「王様は?」

 エースはぐるりと見渡し、カナレリア王がいない事を訊ねた。
 だが、その返事には周りにいる臣下が重苦しい表情で目線を伏せるだけで返ってこない。
 レミリアは口元を強く閉じた後に、一息吐いて口を広げた。

「父、カナレリア王は伏せておられます」

 今朝早くカナレリア王は突然血を吐きながら倒れたことをレミリアは辛そうに説明した。
 この国において、今内政面に関してフェリミアが一身に受け仕事をしているが王の存在も大きく重要な局面となっている。
 レミリアはその場にいる者達に王の病床に伏せている事を漏らさない様に言う。

「それから、ここからが本題なんだけど」

 レミリアの言葉遣いにフェリミアが一言耳打ちすると、咳払いを行い姿勢も背筋を伸ばして座り直す。

「コホン、では…これからお話しする事が本題になります」

 その変わりようにエースが口を開きかけるも、何かを察したラヴィが小さな拳を開いた口に突っ込んで声を出させない様にした。

「先程、ヒルムドから書状を持った使者が来られました」

「三国の大国に挟まれて、アルケニアとずっと戦ってる。あのヒルムド?」

 ラヴィがエースの口から拳を引き抜き、汚れた手をエースのシャツで拭きながら訊ねた。
 レミリアは頷くと、フェリミアに手振りで合図する。

「前回アルケニアはこちらにも攻めて来た理由ですが、ヒルムドとの関係性が理由です。我々カナレリアはヒルムドとは旧くからの国交があり、我々が手を貸す事を恐れての妨害だったと……見ています」

 フェリミアの推測にラヴィが小さくなるほど…と呟く。
 レミリアは続いて話を進めた。

「それで、今回皆様に来て頂いたのは、ヒルムドの使者からの書状内容について、私達は今現在孤立無援の状態ですし、打開策も…ない。そこで、今回私達は三つの国との共同でアクストリアを挟撃します」

「「はあ!?」」

 エース、フレンが思わずハモりながら驚いていると、レミリアは続けながら書状内容を読み上げ説明する。
 そしてある程度話し終えると、エリックがそれを見計らい2人の男女を連れてくる。
 ヒルムドの使者として、ジルベルト・ニルヴァーナ、ヴァニラがレミリアに一礼しみんなに挨拶する。

「お初にお目にかかります。レミリア・ハート・ニアヴェルデ・カナレリア王女殿下。私ヒルムド王国の使者、魔導師のジルベルト・ニルヴァーナと申します。こちらは弟子の魔法見習いヴァニラです」

「は、はじめまして、ヴァニラともうしまひゅ……」

 2人の挨拶を聞き、フェリミアが一歩前に出て来て口を開いた。

「では、ここでお話をお願いします」
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