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第二部 擾乱のパニエンスラ
33.交錯する二重烙印
しおりを挟む「はぁはぁ……う、くっ……くそ! 地味にピルムがうぜぇ……ゲホッ」
鬱蒼とした、それでいて綺麗に間伐された林の中に荒い咳払いが木霊する。
4人と3人は、人数差のハンデを感じさせないどころか逆転させ、妙な膠着の中で静止した。
「おい! リコ! 何やってんだ!? 撃て! 攻め手が足りねぇんだ!」
「え……あ……で、でも――」
最前線に立ち、3人と対峙しながら、警戒を切らさないように背後に意識をやるバスターは、
戦鎌を左右に振り後ずさる。木々を盾に身を隠すクロエは離れた場所に居るリコに叫んだ。
「ど、どうしたのよリコ! いつも通りやればいいだけじゃん!」
穂先の奥では《トリデプレタドール》と名乗った3人パーティーの一人が指を差し笑う。
「おい見ろよボイド! ガキ連れでこんなとこまで獲物が迷い込んで来たぜ!」
「ちょうどいいじゃねぇかアニキ! ついでに商会に渡しゃ良い金になるなぁ!」
「だなぁ! カリス! もっかい行くぞ、合わせろよ!」
「任しといて! あのハゲ狙えば良いんだよね!」
バスターがピルムと呼んだ長槍を振り回す小太りの男は、先に特定したグロリアの知識では、
犯罪シニアトリオの長男――名前をアンテと言った。
会話から判別するに、隣に立ちウォーハンマーを突き立てる細身で背の高い男が次男ボイド、
小柄な体を生かして樹上を飛び移る三男がカリス――左甲に装着した弩を装填して指示を待つ。
三位一体の攻撃を地理を活かし、クロエとオリビエを射線から庇いつつ一人で捌いていたが、
ジリジリと後退させられているバスターは、圧倒的不利の中で手詰まっていた。
唯一後衛と呼べるリコが《恐怖》という状態異常に侵され、ほぼ1対3となったのだ。
「おっらぁ! とっととくたばれや!!」
重いボイドの振り下ろしが湿った地面を穿って、飛び退くバスターに多くの破礫が追撃する。
すかさずアンテが投擲した投槍が襲う――
鎖で繋がれたピルムは射程を予測するのは容易いが、重攻撃に連携され、
回避のタイミングに合わせられる為に、強制的に武器ガードを強いられる。
衝撃音を裂いて飛来する第三の矢を躱し切れずに、浅い傷を負う――
単純で直線的ながらも、息の合った連携によりバスターのダメージは着実に蓄積していた。
「グ、グロリア! リコはどうした! なんで動かねぇんだ!?」
グロリアはクロエの手前側で半身になって矢を番え硬直し――
引き絞れず震えているように見えるリコと――つい昨日の追記憶が脳内で重ならずに困惑した。
***
深緑岸――断崖に広がる長草原。見晴らしの良い一本道だが、猛獣が多く危険とされている。
バスターがこの道を選択した理由は彼等の事情もあるが、何よりリコの腕を見込んでだった。
そしてその打算を含んだ期待に、リコは想定以上に応えた。
《ソンブラカラカル》――影豹とも呼ばれる濃土色の猛獣は、
群れでは出現しない生物だが、その危険度からBランクに分類されている。
個体数が多く出現率も高い、だが同士討ちはせず、縄張り意識が強く、
行動範囲が重ならない為に、番いでない限り複数で襲って来る事は無い。
しかし驚異的速さで行動し一気に距離を詰め懐に飛び込んでくる、疾風の捕食者と呼ばれた。
バスター達一行が深緑岸を抜ける際に、襲って来た数は5体。これは比較的少ないと言える。
とはいえ前衛1後衛2護衛1の歪な構成で処理出来る討伐対象では無い。
だがそれらを撃退し、順調にベルデ保護区まで達した理由――それはリコにあった。
『どれだけ速くても、的が大きいから』というパーティーの他の誰にも理解出来ない台詞で、
濃緑の長草原で見失いやすい影豹を――射貫く。
高機動の猛獣でも被弾すれば《速さ》を失う。
トドメを刺す事はヒーラーであるグロリアにでも出来た。
牙や皮などの希少素材を放棄せざるを得ない状況と、惜しむクロエを余所に順調に先へ進み、
バスターの目的だったグレンデス領ドリードへの三叉路、
その付近にある安地で野営をした。
そして翌朝、国法で指定されている森林保護区を貫くベルデ林道に入り――今に至る。
指定林である事から領主によって管理され、比較的安全だったはずのベルデ保護区に入って、
半刻程奥へ進み、見るからに盗賊然とした3人組が行く手を塞いだのは日が高い頃だった。
一般的に夜間の通行人を襲う盗賊が、白昼堂々と領主管理の指定林に出没する理由。
それを後々になって第三者が想定する事は、それほど難しくない。
しかしこの時点でのバスターにはすぐには理解出来ず、困惑は判断の鈍化を招いた。
とはいえ影豹単体とランク的に大差ない盗賊相手に、遠射のリコ、投擲ヒーラーのグロリア、
同数パーティーならクロエを守りながらでも十分勝算はある。
だが、そんなバスターの目算は根底から脆くも崩れ落ちた。
最も頼りとしていたリコが動けなかった――いや、《動かなかった》のだ。
バスターは迷う脳裏で理由を察したが、問いただせる猶予は無く、少ない可能性を模索した。
そして、昨夜野営を置いた三叉路に押し戻された頃――
「うぉい! カリス! 外に出られたら面倒だ! 裏ぁ回れ!」
「オッケー! 大兄ちゃん! っほいっと」
リーダーの指示で足場を跳躍した末弟は、長弓で撃ち落とされる心配がないのをいいことに、
樹上を飛び移って大回りに迂回し始め――意図を察したバスターが振り返ろうとする。
「おい! そっち行くぞ! リコ! 早く落とせ!!」
「……う、うん!」
ただ人に促されるがままに長弓を引き絞るリコの照準が、自らに向くのを嘲笑うかのように、
カリスは樹上で身を晒し、大胆に笑って見せた。
「ははっ 知ってんぜ、お前みたいなの! 撃てねんだろ!? まだヒヨッ子だもんなぁ?
まぁ撃てたとしても当てんのは無理だぜぇ? お前の細腕じゃ貫けねぇだろ!」
事実、この頃のリコの弓の威力は、樹の幹どころか太い枝すらも貫通する事は出来なかった。
だが一点、カリスは思い違いをしていた。後に《デトールショット》と呼ばれたリコの技術は、
意図せずに矢の軌道を湾曲させるものであり、遮蔽物があろうと的中は容易だということ――
ただ、それはあくまで――撃てれば、である。
「そして俺はお前を――好きなだけハチの巣に出来るってこった」
そう言って焦る事も無くレバーを引きボルトを嵌め、トリガーに手を掛ける。
「リコ! 隠れて! 狙われてるよ!」
対人戦闘の定石でもある後方遠距離戦力の即時排除を、未経験で察したクロエとは対照的に、
思考が麻痺したリコの足は、地に縫い付けられたかのように動かなかった。
「ほいっ 終~わり~……っと」
射速とはかけ離れた緩さで放たれた短めの矢は、真っ直ぐにリコに向かって空を貫く――
咄嗟に樹影から飛び出し、棚引いた清流髪がリコの小さな体を抱き止め、押し倒した――
「うっ あっっ!!」
「お、お姉さん!!」
庇ったグロリアは身代わりに左肩に矢尻を受け止め、地面に横たわる――
下敷きになったリコは、声を出せずに抜け出そうと湿った土を掻いた――
「グロリア! 無事か!? クロエ! そっちはどうなって――く、くっそ!!」
背後をケア出来ずに1対2の状態を必死で捌き続けるバスターの顔が苦悶に歪む。
「ははっ! ヒーラーが盾になるとかバッカじゃねぇの! もういっちょ!」
嬉しそうに腰筒から矢を取り出すカリス――
――の右側面から高速で《何か》が飛来した。
「ぐあっ」
バイーンと弾性のある衝撃音が反響し、その反発力で吹き飛んだカリスは、宙に矢を散らし、
勢いよく隣の木に頭を打ち突け――昏倒する。
「どうしたカリス!」
大槌を担ぎ上げたボイドは、木陰に遮られ足先しか見えない遠方のカリスを見てふためいた。
「おっと、向こうには行かせねぇぜ? よく分からんが形勢逆転か?」
「くそ! おい! ボイド! とっととコイツブッ倒して弟助けんぞ!」
大鎌で行く手を遮るバスターに向かって猛ったアンテは、ピルムの鎖を手に巻きつけ
穂先を高速で突き立てる――峰で捌きながら後退せず維持するバスターに上から襲い掛かる鎚頭――
を、点では無く面で捉えようと手首を返したボイドの振り下ろしを――柄で逸らす。
ミシミシと軋む大鎌の衝撃を後ろに逸らし――バスターは大鎌を横に薙いだ――
「んっがっ!!」
遠心力で裏返り襲った鎌は、刃首では無く鎌尻でアンテの横腹を殴打する!
勢いで吹っ飛んだアンテは、ボイドを巻き込んで左後方へと二転三転した!
「おい! グロリア! 無事か!? クロエ! どうなってる!!」
「良いからアンタはとっととそっちを片付けなさい! ボウガン使いは拘束しとくから!」
聞き覚えのある声に、咄嗟に振り向いたバスターは、駆け寄って来る華奢な青年の向こうに、
倒れるグロリアと、心配そうに膝を付くクロエ、そして――見知った金色のウェーブを見た。
「話は後です! 僕が鎚使いの相手をしますんで、槍使いはお願いします!」
「お? お、おお……だ、大丈夫か? そんな細腕でよ??」
こうして望外の僥倖によりアンテ対バスター、ボイド対……ラウルという構図が出来上がる。
後方でグロリアを治療するオフェリア――意識を失ったカリスを縛り上げるクロエ――
そして、俯いたまま緩んだ馬手を震わせるリコ。
しかしそれでも相手に不利を察させるには十分だった。
「あ、兄貴! ど、どうすんだよ! 捕まっちまったぞ!?」
「突破するしかねぇ! コイツ等何とかすりゃ後ろはどうとでもなんだろ!!」
ピルムを大きく8の字に回すアンテに向かって、黒光りする頂端を突き立てたバスターは、
逆半身に立ち、眼前で対峙するラウルに向かって声をかける。
「お、お前流石に棒っ切れで大鎚相手にすんのはヤベェんじゃねぇか? 入れ替わるか?」
「問題ありませんよ、任せておいてください」
左の手刀を真っ直ぐに伸ばし、その奥にボイドを見据えたラウルは、バトンを頭上に構える。
「片手で俺の一撃を受けれるとでも思ってんのかぁ? 舐めやがって……喰らいやがれ!」
鈍重に踏み込んだボイドが振り上げた戦鎚は、腕力に己が斤量を乗せ加速し――襲い掛かる。
ラウルは伸ばした左手をスッと引くと、右上段に構えた長棍を袈裟懸けに――振り降ろした。
撃ち落とすのではなく、振り降ろす――重打撃に合わせて接地前に棍を差し込むようにして、
長棍で戦鎚の全威力を――受け止めた。
「な! ば、バカ、へし折れ――」
連続刺突を鎌柄で左右にいなしながら、意識をラウルに向けていたバスターの口から洩れる
言葉が収束する前に『く』に曲がったロングバトンは、その変形を反発させ大槌を跳ね返す。
「う、うぉお!! なんだこりゃ!!」
思いがけない重量の反発にのけ反ったボイドは、その長身を無防備にラウルに晒す。
すかさず棍を地に突き立て、フワッと両足を浮かせたラウルは――二段蹴りを叩きつけた。
「ボ、ボイド! おま、何やってん――」
手放さない鎚が重りになり、後方に吹き飛ぶ事だけは防ぎながらも
クルっと回転して地面に叩きつけられたボイド――
を慮り視線を逸らしたアンテの隙を見逃さずにバスターが跳ぶ――
「――手元が疎かだぜ!」
速度を失ったピルムの返しに鎌の刃を引っかけたバスターは、勢いよく右腕を後方に振った。
ジャラジャラと伸びる鎖を咄嗟に放したアンテの手から抜け出したピルムは大樹に突き刺さる。
「く……くそ!! ボイド! 一旦引き上げるぞ!」
「で、でも兄貴ィ! 弟はどうすんだよ!!」
「アレが始まりゃぁ、助けるチャンスはすぐ来んだろ! 纏めて捕まったら終いだ!」
「わ……わぁったよ……! てめぇら覚えてろよ! 借りは必ず返してやるからな!」
逃げ足優先で放置された大槌、投擲槍、背後で拘束され転がったままのカリスに一瞬躊躇し、
それでも追おうとするラウルを制止して、バスターは肩で息をしながら鎌を地に突き立てた。
「えっと……どうしますか、遺留品とか。あの罪人は私が連れて行きますが……」
「いらねぇよ。デカすぎて運べねぇ。それよりお前、その棍――」
「――アンタが要らないならピルムはアタシが貰ってくわ。こっちは使えるんじゃない?」
バスターとラウルの後ろから割り込んで来たオフェリアは、カリスから回収した弩を手渡す。
「俺は要らねぇが……一応貰っとくか。あと……悪ぃ、助かったわ。正直ヤバかった」
「偶然よ。それよりも分かってんでしょ? これはアンタの過失よ」
バスターはオフェリアの真摯な眼差しを一度は逸らしながらも、強く見返し――瞑目した。
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