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第十九話 カール視点
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コーヒーを一杯飲み、山のように積まれた書類の山を見て絶望していた。年末までの仕事納めが終わらず、上から毎日のように説教の手紙が送られてくる。しかもご丁寧に毎朝五時にハトが僕の部屋の窓を叩く。それで起こされて、ハトはフンをして帰っていく。
いままでビオラはこんな大量の仕事をしていたのか?それは前フィリップ伯爵から、もっと前からそうだったのか?それでいて毎日毎日これ以外の、他の仕事もこなしていたのか?正直言って、何度も何度も、仕事をしろとしつこいと思っていた。でもこれは一人じゃできるわけがない。そりゃ、僕に頼み込むに決まってる。
こんな大量の仕事一人ではやりきれないために、居候をしている父上に仕事をお願いしようとしても、友人とゴルフがあると言ったり、母上と観光地を巡ると言ったり。全く仕事を手伝ってくれない。それに、手伝ってくれないくせにどんどんお金を使っていく。銀行から無限にお金が湧き出るとでも思っているのか?そんなわけないだろ!僕が働いて、やっと作られるお金だ。
それになんだよこの衣服の会社!製粉工場があるのに、なんでこんな服の会社がある!会社なんて経営してるなんて聞いてない!その経営の話を僕にされても分かるわけないだろ。それなのにその会社のお金はなぜだか僕に入ってこない。
屋敷や使用人や毎日の食事、とにかく生活するだけで金が飛ぶというのに、母上とミーナは金はどこからか湧いて出るとでも思っているかのように、どんどん僕の銀行から金を引き出して、いろんなものを買ってくる。見たこともない目が飛び出るような価格の絵画や、まばゆい光を放つ宝石、何枚も何枚も同じようなドレスを特注して、一日着ると飽きて捨てる。その繰り返し。
金が羽よりも軽く飛んでいく。これは僕が稼いだお金なのに。
書類の中に埋もれていることが嫌になり、というか仕事が手につかなくなり、立ち上がってミーナと母上がお茶をするラウンジへと向かった。この怒りをぶつけられるのはあの二人以外どこにもいない。とにかく両親に出て行ってもらって、最悪ミーナも追い出して、ビオラを連れ戻さないと、僕が死ぬ。過労死する。せっかく伯爵という爵位を手に入れたところで、死んだら元も子もない。
ラウンジの中には見たこともない彫刻が棚の上に置かれていた。その彫刻を睨みつけて、同じようにそのまま二人を睨んだ。
「ちょっと話がある。もう我慢の限界なんだ!」
二人は笑っていた顔のまま、僕に笑いかけてきた。二人ともとてつもなく強い香水でも付けているのか、とても臭く、鼻をつまんでしまうかと思った。
「我慢の限界?どうしたのよ。カール」
母上が立ち上がって、僕のことを抱きしめようとしてきた。その腕を払いのけて、二人と向かい合った。もう二人の言いなりにはならない。
「どうもこうも!二人が、お金を湯水のごとく使うからだ!そんな調子で金を使われたら、貯金も減っていく!何もしてないくせに、堂々と金を使うな!」
それを聞き母上は顔を顰めたけれども、ミーナの方はおどおどと慌てているようだった。僕と目を合わせようとしない。
「カール、まるでビオラみたいになってるわよ。ケチで傲慢で生意気な、あのビオラのようにね」
「黙れ、ビオラは今どうでもいい」
今まで母上に黙れなんて言ったためしがなかったために母上は目を丸くして驚き、手を握りしめると、脂肪がくっついた体でこちらへ詰め寄ってきた。
「母親になんて口の利き方!ねえ、ミーナ」
「え、ああ、そうですね。親に向かって黙れだなんて」
苦笑いをしながらミーナがそう言った。同じように僕とは顔を合わせようとしない。ミーナが怯えていようがどうでもいい。とにかく僕は気を遣う余裕なんてないんだ。
「とにかく金を無駄遣いしないでくれ!いいか、ここは僕の屋敷なんだ。伯爵は僕で、父上じゃない。母上でもない。この屋敷の主人として、はっきり言わせてもらう」
わなわなと母上は怒りに顔を真っ赤にして、紅茶の置かれた丸テーブルを拳で強く殴った。ミーナは小さく悲鳴を上げ、ティーカップが倒れ、テーブルの下に落ち、割れた。紅茶がテーブルから滴っている。
「カール!」
そしてその脂肪に包まれた手で、強く頬を打たれた。痛みが頬から顎に伝わり、響いた。よろめいて、壁に手を付き、今までのことを思い返していた。
ずっと、そうだった。母上は何か嫌なことがあれば、僕の頬を打った。でもそれは人生の中でほんの数回限り。ほとんどの時母上はとにかく僕に優しかった。蜂蜜のように甘かった。
「このあいだ、私は還暦を迎えたんだよ。親の世話をするのが息子の役目でしょう。金なんていくらでもあったじゃないか!今月だって月末になればすぐお金が入ってくるわけだし。なにが、節約しろだなんて偉そうに」
「そうですよ。夫人の言う通りよ。このフィリップ領はとても栄えているし、大丈夫でしょう?」
ダメだ。お金の知識が全くないこの二人には何を言ったって通じない。追い出すって言ってもどうやって追い出す。僕に追い出せるのか?
もう明後日には舞踏会だぞ。タキシードはどうにか届いてよかったが、ウィットビル公爵に見つかりでもしたら。どうすればいいんだ。
母上に言われて数日前にビオラを無理やり連れてこようとして、ウィットビル公爵の敷居を跨いだ。それにウィットビル公爵でなく、オリルン公爵までにも見られた。
ふと部屋がノックされ、入ってきたのは父上であった。父上は手に紙とリボンに包まれた箱を持ってやってきた。
「ミーナちゃんいるかい?頼まれた物貰ってきたよ」
「本当ですか?私とっても嬉しいです」
箱を渡されたミーナはにこにこと子供の様に笑っていて、それを見た父もにこにこと笑っている。それもあれもきっと僕の銀行から引き下ろされている。
なぜ僕はもっとビオラを大切にしなかったんだ…
いままでビオラはこんな大量の仕事をしていたのか?それは前フィリップ伯爵から、もっと前からそうだったのか?それでいて毎日毎日これ以外の、他の仕事もこなしていたのか?正直言って、何度も何度も、仕事をしろとしつこいと思っていた。でもこれは一人じゃできるわけがない。そりゃ、僕に頼み込むに決まってる。
こんな大量の仕事一人ではやりきれないために、居候をしている父上に仕事をお願いしようとしても、友人とゴルフがあると言ったり、母上と観光地を巡ると言ったり。全く仕事を手伝ってくれない。それに、手伝ってくれないくせにどんどんお金を使っていく。銀行から無限にお金が湧き出るとでも思っているのか?そんなわけないだろ!僕が働いて、やっと作られるお金だ。
それになんだよこの衣服の会社!製粉工場があるのに、なんでこんな服の会社がある!会社なんて経営してるなんて聞いてない!その経営の話を僕にされても分かるわけないだろ。それなのにその会社のお金はなぜだか僕に入ってこない。
屋敷や使用人や毎日の食事、とにかく生活するだけで金が飛ぶというのに、母上とミーナは金はどこからか湧いて出るとでも思っているかのように、どんどん僕の銀行から金を引き出して、いろんなものを買ってくる。見たこともない目が飛び出るような価格の絵画や、まばゆい光を放つ宝石、何枚も何枚も同じようなドレスを特注して、一日着ると飽きて捨てる。その繰り返し。
金が羽よりも軽く飛んでいく。これは僕が稼いだお金なのに。
書類の中に埋もれていることが嫌になり、というか仕事が手につかなくなり、立ち上がってミーナと母上がお茶をするラウンジへと向かった。この怒りをぶつけられるのはあの二人以外どこにもいない。とにかく両親に出て行ってもらって、最悪ミーナも追い出して、ビオラを連れ戻さないと、僕が死ぬ。過労死する。せっかく伯爵という爵位を手に入れたところで、死んだら元も子もない。
ラウンジの中には見たこともない彫刻が棚の上に置かれていた。その彫刻を睨みつけて、同じようにそのまま二人を睨んだ。
「ちょっと話がある。もう我慢の限界なんだ!」
二人は笑っていた顔のまま、僕に笑いかけてきた。二人ともとてつもなく強い香水でも付けているのか、とても臭く、鼻をつまんでしまうかと思った。
「我慢の限界?どうしたのよ。カール」
母上が立ち上がって、僕のことを抱きしめようとしてきた。その腕を払いのけて、二人と向かい合った。もう二人の言いなりにはならない。
「どうもこうも!二人が、お金を湯水のごとく使うからだ!そんな調子で金を使われたら、貯金も減っていく!何もしてないくせに、堂々と金を使うな!」
それを聞き母上は顔を顰めたけれども、ミーナの方はおどおどと慌てているようだった。僕と目を合わせようとしない。
「カール、まるでビオラみたいになってるわよ。ケチで傲慢で生意気な、あのビオラのようにね」
「黙れ、ビオラは今どうでもいい」
今まで母上に黙れなんて言ったためしがなかったために母上は目を丸くして驚き、手を握りしめると、脂肪がくっついた体でこちらへ詰め寄ってきた。
「母親になんて口の利き方!ねえ、ミーナ」
「え、ああ、そうですね。親に向かって黙れだなんて」
苦笑いをしながらミーナがそう言った。同じように僕とは顔を合わせようとしない。ミーナが怯えていようがどうでもいい。とにかく僕は気を遣う余裕なんてないんだ。
「とにかく金を無駄遣いしないでくれ!いいか、ここは僕の屋敷なんだ。伯爵は僕で、父上じゃない。母上でもない。この屋敷の主人として、はっきり言わせてもらう」
わなわなと母上は怒りに顔を真っ赤にして、紅茶の置かれた丸テーブルを拳で強く殴った。ミーナは小さく悲鳴を上げ、ティーカップが倒れ、テーブルの下に落ち、割れた。紅茶がテーブルから滴っている。
「カール!」
そしてその脂肪に包まれた手で、強く頬を打たれた。痛みが頬から顎に伝わり、響いた。よろめいて、壁に手を付き、今までのことを思い返していた。
ずっと、そうだった。母上は何か嫌なことがあれば、僕の頬を打った。でもそれは人生の中でほんの数回限り。ほとんどの時母上はとにかく僕に優しかった。蜂蜜のように甘かった。
「このあいだ、私は還暦を迎えたんだよ。親の世話をするのが息子の役目でしょう。金なんていくらでもあったじゃないか!今月だって月末になればすぐお金が入ってくるわけだし。なにが、節約しろだなんて偉そうに」
「そうですよ。夫人の言う通りよ。このフィリップ領はとても栄えているし、大丈夫でしょう?」
ダメだ。お金の知識が全くないこの二人には何を言ったって通じない。追い出すって言ってもどうやって追い出す。僕に追い出せるのか?
もう明後日には舞踏会だぞ。タキシードはどうにか届いてよかったが、ウィットビル公爵に見つかりでもしたら。どうすればいいんだ。
母上に言われて数日前にビオラを無理やり連れてこようとして、ウィットビル公爵の敷居を跨いだ。それにウィットビル公爵でなく、オリルン公爵までにも見られた。
ふと部屋がノックされ、入ってきたのは父上であった。父上は手に紙とリボンに包まれた箱を持ってやってきた。
「ミーナちゃんいるかい?頼まれた物貰ってきたよ」
「本当ですか?私とっても嬉しいです」
箱を渡されたミーナはにこにこと子供の様に笑っていて、それを見た父もにこにこと笑っている。それもあれもきっと僕の銀行から引き下ろされている。
なぜ僕はもっとビオラを大切にしなかったんだ…
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