上 下
2 / 32

第二話

しおりを挟む
「本当は、愛している人がいる」

 そう打ち明けられたとき、私はどうしたらいいのかわからなかった。その上愛している人というのは領地にいる平民だという。
 結婚したくて私と結婚したことが無いのは分かっていた。でも結婚した以上は夫婦だと思っていた。両親も婚約関係だったために、夫婦という物は時間が経てば勝手に仲が良くなっていくものだと思っていた。でも違っていたと気付いたときには遅かった。

 そんな話、聞かずに無視していればよかったという感情もあった。そんな女のために私がすることなんて一つもない。

「私は君を愛せない。だから」

 そう言われた日のことはよく覚えていた。私が町へ出かけに誘って、二人で屋敷に帰ってきた帰りだったから。気を紛らわせようとしたのがいけなかった。
 そうやって謝ると日を追うごとにカールは状態が悪化していき、敷地の開いている空間に小さな離れを作り始めた。私に一つも許可を取らず、ただ黙々と敷地に離れを作り始める。業者を読んで、設計して、こじんまりとしていながら、最新の機能がついているらしかった。

 それがその愛人の物だとわかっていた。だから、たまらなく嫌で離れを作ることをやめるように口酸っぱく言った。けれどもカールは自分がこの屋敷の主人であると権力を振りかざし始めた。確かに爵位があるのはカールだけれども、この屋敷も土地も、半分くらいは私の物だと主張できるはずだ。

 私はただの伯爵夫人だけれども、半分以上の仕事は私に回ってきていて、生活ができているのだって、半分は私のおかげなのだ。意見する権利があり、したというのに、相手にもされず伯爵という爵位を盾にして、全く私を相手にしようとしなかった。

 私が二十五歳になった時の夏、普通に人が住めるような離れが出来てしまい、そこに見知らぬ女が出入りし始めた。私に挨拶一つせずその女はフィリップ家の敷地の中で生活し始めたのだ。私が抗議しようものならカールは聞く耳を持たず、離れへ入り浸った。
 離れに入り浸るようになると、仕事だって放棄するようになり、頭を使わなければならないほとんどすべての仕事が私に回ってきた。
 カールが行う仕事と言えば、誰でもできるような簡単な仕事を昼間に行い、眠くなるような会議に出席する程度。


 とある日、散々我慢した私は堪忍袋の緒が切れ、夜に離れへ向かおうとするカールを引き留めた。私の睡眠時間は激減し、日に日に顔色は悪くなっていき、食事をとる暇さえ取れなかった。

「カール!貴方正気なの?伯爵としての仕事も放って、あの女との遊びにふけって」
 
 私が幼少期からの仲であるメイド達は私に加勢して、カールににらみを利かせた。屋敷勤めの騎士達も割り込むようなことをせずただ横目に眺めているだけ。
 そんな空間の中で、カールは私が掴んだ手を振り払い、今までにない威勢で応戦してきた。

「ビオラ、君だって僕のことが好きじゃないだろう。君だって愛人を作ればいい!」

 カールははなから私とまともに会話をするつもりはなかった。愛人を作ればいいなんて簡単に言うけれども、愛人を作る暇だってない。せめて一週間に一度舞踏会へ行く時間を作れればそう言うこともできる。そのためにはカールに成すべき仕事をしてもらわなければならない。
 それとカールは私が愛人を作る体で話を進めているけれども、伯爵夫人としてできるわけがない。男が愛人を作るのはまだしも、舞踏会では様々なうわさが飛び交うけれども、そんな中で夫人が愛人を作っているなんてことが広まったらどうなるものか。

「そう、簡単なものじゃないのよ。貴方は貴族で伯爵なのよ。フィリップ領を統治しているの。この家の婿に入ったら、この家のルールにのっとって仕事をしてもらう。愛人と接触するななんて言ってないの。とにかく仕事をしてッて言っているの!」

 今まで大声を張り上げるなんてこと、数えるほど叱った私は、言い切ると、大きく息を吸って、また声を張り上げようとした。でもカールが子供を諭すような表情を作るものだから、頭に血が上った私は息をのんだ。

「伯爵だって、貴族だって人間なんだよ。好きな人間と一緒になったらいけないなんて誰が言ったんだ。ビオラも愛する人と一緒になればいいよ」

 論点がずれている。真実の愛とかそんな話をしているわけではない。仕事をしろと言っているのだ。ただそれだけしてくれれば、そういう説教じみたことだって受け流せる。
 きっとこんなに余裕な面持ちでそんなことを語りかけられるのは、愛人と毎日が充実しているからでしょうね。

「仕事をしろと言っているの!貴方は自分が伯爵だと言うなら、とにかく仕事をして!」
「してるよ。きちんと」
「はあ?なんで私が睡眠時間を減らしていると思ってるの?」

 彼は私の肩に手を置いて「少し休んだ方が良い、働きすぎだよ」とそう言った。悪気のない、悪意のない、心配そうな声色。
 働きすぎなのは貴方のせい!仕事をやすんだら、次の日二倍仕事をしなければならない。

「あのね、そんな話をしているわけではないの」

 もう睡眠不足と過労で足元がふらつきながら立っていると、離れから一人の女性が顔をのぞかせた。ブロンドヘアに、青い瞳をしていた。枝のように体が細く、小柄である。

「ミーナ。家の中に入っていて、何でもないから」

 もうカールを追いかける気にもなれずに、二人に背を向けて、屋敷に向けて歩いた。頭にくぎを打ち付けられているかのように酷く痛む。でも残っている仕事がある。
 辛いのに、逃げ出せなくて、苦しくて、涙が流れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

浮気をした王太子が、真実を見つけた後の十日間

田尾風香
恋愛
婚姻式の当日に出会った侍女を、俺は側に置いていた。浮気と言われても仕方がない。ズレてしまった何かを、どう戻していいかが分からない。声には出せず「助けてくれ」と願う日々。 そんな中、風邪を引いたことがきっかけで、俺は自分が掴むべき手を見つけた。その掴むべき手……王太子妃であり妻であるマルティエナに、謝罪をした俺に許す条件として突きつけられたのは「十日間、マルティエナの好きなものを贈ること」だった。

悪役令嬢の残した毒が回る時

水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。 処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。 彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。 エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。 ※設定は緩いです。物語として見て下さい ※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意 (血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです) ※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい *HOTランキング4位(2021.9.13) 読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】旦那様の幼馴染が離婚しろと迫って来ましたが何故あなたの言いなりに離婚せねばなりませんの?

水月 潮
恋愛
フルール・ベルレアン侯爵令嬢は三ヶ月前にジュリアン・ブロワ公爵令息と結婚した。 ある日、フルールはジュリアンと共にブロワ公爵邸の薔薇園を散策していたら、二人の元へ使用人が慌ててやって来て、ジュリアンの幼馴染のキャシー・ボナリー子爵令嬢が訪問していると報告を受ける。 二人は応接室に向かうとそこでキャシーはとんでもない発言をする。 ジュリアンとキャシーは婚約者で、キャシーは両親の都合で数年間隣の国にいたが、やっとこの国に戻って来れたので、結婚しようとのこと。 ジュリアンはすかさずキャシーと婚約関係にあった事実はなく、もう既にフルールと結婚していると返答する。 「じゃあ、そのフルールとやらと離婚して私と再婚しなさい!」 ……あの? 何故あなたの言いなりに離婚しなくてはならないのかしら? 私達の結婚は政略的な要素も含んでいるのに、たかが子爵令嬢でしかないあなたにそれに口を挟む権利があるとでもいうのかしら? ※設定は緩いです 物語としてお楽しみ頂けたらと思います *HOTランキング1位(2021.7.13) 感謝です*.* 恋愛ランキング2位(2021.7.13)

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

【完結】私と婚約破棄して恋人と結婚する? ならば即刻我が家から出ていって頂きます

水月 潮
恋愛
ソフィア・リシャール侯爵令嬢にはビクター・ダリオ子爵令息という婚約者がいる。 ビクターは両親が亡くなっており、ダリオ子爵家は早々にビクターの叔父に乗っ取られていた。 ソフィアの母とビクターの母は友人で、彼女が生前書いた”ビクターのことを託す”手紙が届き、亡き友人の願いによりソフィアの母はビクターを引き取り、ソフィアの婚約者にすることにした。 しかし、ソフィアとビクターの結婚式の三ヶ月前、ビクターはブリジット・サルー男爵令嬢をリシャール侯爵邸に連れてきて、彼女と結婚するからソフィアと婚約破棄すると告げる。 ※設定は緩いです。物語としてお楽しみ頂けたらと思います。 *HOTランキング1位到達(2021.8.17) ありがとうございます(*≧∀≦*)

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

処理中です...