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第一話

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 窓の外から離れの明かりを眺めていた。

「今日もカールはあちらにいらっしゃるのね。食事を持って行ったの?」
「旦那様があちらでお食事をなさりたいと申されましたので」

 自分の声色が低くなり、舌打ちをしてしまった。舌打ちをする癖なんてない。とにかく頭に血が上っているのだ。持っていた羽ペンをほうりだし、テーブルに置かれた山のような書類を見て、頭を抱えた。
 これはすべてカールがやるべきっ仕事だったのに、なぜ、私がやっているのだったか。そうだ。昼間にカールが仕事を終わらせずに、愛人の元へ行ってしまったから。

 窓の外から見える離れの明かりは温かそうで、楽しそうで、私も早くあんな明かりに照らされて穏やかに夕食を取って、ワインセラーにあるワインを開けたい。
 朝起きて、朝食をコーヒーで流し込んで、送られてきた手紙の返信を書く。昼近くになってやっとカールが戻ってきて、怠惰に仕事を進める。残った仕事を私が徹夜して仕上げる。

 もう何日こんな生活続けているのかしら。布団の中で心行くまで眠りたい。

 そんな思いも儚く散り、眠れたのは深夜を回ったところだった。


 眠り込んで、私は昔の夢を見ていた。私の家族と、家系のその歴史。

 辺境伯爵家の長女として生まれた私に弟はできなかった。五人姉妹で一番上で長女だった私はもちろん、この伯爵家と領地を守るために努力をしなければならない。幼少期から厳しい母親にそう言って育てられた。でも妹と差別されなかったために私は甘えることなく頑張ることが出来た。

 姉妹は共に仲が良く、勉強を教え合ったり、一緒に遊んだり、舞踏会では恋の話に花を咲かせて、夜は何度も姉妹で集まって秘密の会議を開いていた。そこで話すのはもっぱら噂話と妹たちの好きな人。
 妹たちは美人な上に、社交性があったために、一人残らず高貴な身の上の男性にもらわれた。
 そして残った私はこの屋敷でフィリップ家を守ることとなった。

 辺境伯であるフィリップ家は、広大な領地を持ちその広大な敷地で大規模な農業を行うことで、農作物を王都へ送り、隣国へも輸出するという貿易で成り立っている。
 作物は天候に左右されて、不作の年はとことん赤字だけれども、ほとんどの年が黒字で領地に住んでいる人々の暮らしも安定している。だからこそ田舎暮らしがしたくなった王都の住民たちはこのフィリップ領へやってきて自然と共に暮らすことが多い。

 人が大勢いるために問題も多く発生し、やることもたくさんある。だからこそ我慢強く、根気強く、毎日の執務をこなすことが出来る人間が必要だった。

 両親はそれができる人間を育てるために、私に言った。

『ビオラ、お前には大変な役を任せる』
『でもお父様もお母様もついています。しっかりと役目を果たすように』
 
 それが何よりうれしかったことを覚えている。
 私がこの家を守ることになると、父は国王にその経営の才能を見込まれて、国の国庫と貿易に携わるように言われた。父は王都へと移り住み、国の重要な仕事をするようになった。王都での仕事は忙しいらしく、私と妹たち、母は父とは中々会えないようになった。

 子爵家の父と交友のあった男性に声をかけてもらい、フィリップ家の婿に入ってもらい結婚した。そのころ私は二十三歳。領地の仕事は順調で、父のノウハウを活用して、父の頃と変わらぬ利潤をもたらし、領民たちの生活も今までと変わらず平穏だった。

 しばらく一緒に暮らしていた母は新婚を邪魔してはいけないと、父のいる王都へと同じく移り住み、父の仕事を手伝いながら、屋敷の管理を行った。母が来たことがよっぽどうれしかったのか、父は私のところへ手紙を送ってきて、夫婦のラブラブな様子を伝えてくれた。

 屋敷には私とフィリップ家に婿に入った元フラン子爵のカールとの二人きりとなった。

 カールの第一印象は落ち着いた美形な男性。綺麗な黒髪をして、宝石のような青い瞳、運動は嫌いなのかかなり細身だった。
 仕事もできるし、穏やかで感情をあらわにするようなこともしない。いわゆる女性に人気ができ、優秀な、デキる男だった。仕事もはかどり、カールとなら幸せな家庭を作って行けるという自信があった。現在進行形で幸せそうな両親のようになれればと思っていた。

 けれども半年間一緒に過ごしていくうちに、私の中にあった違和感が膨張し、不安へと転換し、不安は確信へと変わっていった。
 結婚してからカールは私との行為を拒んでいた。でもそれに気づかなかった。理由は簡単で寝室を別々にしていたから。

 なぜそんなことをしていたかと言われれば、カールが人と同じ部屋では一緒に寝られないと言ったから。それは仕方がないと思った私は寝室を別にした。睡眠が取れずに健康を悪くされたらたまったものではない。

 朝目が覚めて、呆然と窓の外を眺めた。

 でも離れでは、愛人と仲良く一緒に寝て居るのよね。
 ベッド横の丸テーブルに手紙が一枚置かれていた。それを見て私は思わずその手紙を睨みつけてしまった。そして手紙を乱暴に開けるとエリック・テイラーと書かれていた。

「エリック…」

 手紙の内容に一通り目を通すと、乾いた笑みが出て、引き出しの中に仕舞った。届いていた新聞を読むと、ウィットビル公爵が何回目かもわからない離婚をしたとかなんとか書かれていた。

 離婚という言葉が頭の中で反芻された。
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