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第五話

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 三日後に私は地味な緑色のボールガウンを着て舞踏会へと向かった。装飾品も少なく、いつものピアスを付けただけ。
 馬車に揺られながら、とても懐かしい気持ちになった。何度も何度もこの馬車でいろいろな舞踏会へ顔を出し、帰りは男性に送ってもらう。それが私の日常だった。処女は遠い昔に失くしてしまった。でも私はどんな男性の前でだって初心な女を演じていた。
 今の私には初心な女の演技なんてできない。演じる意味を見出せない上に、男の本当に嫌な部分という物を知ってしまったから。

「ソフィ嬢じゃないか」
「騎士号のパーティーに来るなんて珍しいな」
「声をかけてみないか?」

 男性達のそんな声が耳に入った。

「あれ、シャロール家の令嬢じゃない?」
「いつも伯爵や侯爵家の舞踏会ばかりに言っているくせに、なんで来たのよ」
「せっかく私新しいドレス買ってもらったのに。これじゃああの子に全部いいところ持っていかれちゃうじゃない」

 今度は令嬢たちのひな鳥のような声が耳をつんざいた。

 人に話しかけられないようにさっさと階段を上っていき、会場である大広間の中へと入った。いるのは子爵家や男爵家の令嬢ばかり。
 騎士号の男性ばかりが集まる舞踏会へ前世の私がほとんど来たことが無かったためだろう。集められる視線がとても痛い。その視線から逃げるように、ワインを浴びるほどに飲み、いろんな騎士達からのダンスの誘いをのらりくらりと交わしていた。
 どれだけ大広間を見つめても、外を眺めても、ゲイベル様が居る気配は全くない。
 体が熱くなり、頭がくらくらとして、夜風に当たることが出来るテラスへと出た。大広間ではワルツが流れていて、たくさんの人が踊りに夢中になっている。男女の理性もあやふやになっていることだろう。
 手すりを掴み頭を下げた。ため息が漏れて、耳についていたピアスが妙に重く感じられ、乱暴に取った。

「痛!」

 白い手袋をはめたまま耳を触ってみると、手袋に、真っ赤な血がしみていた。

「もう!」

 血のしみた手袋を取って、地面にたたきつけた。耳が痛い。もう帰ってしまおうと、振り返った時、そこには大きな影が地面に写っていた。ゆっくりと顔を上げてみると、白い燕尾服を着たゲイベル様が立っていた。青い瞳で私のことを眺めている。

「ソフィ嬢。ここへいらっしゃるとは」
「ゲ、ゲイベル様」

 手すりの方へ一歩後退すると、ゲイベル様はハンカチを持って、私の方へ手を伸ばしてきて、思わず私は両手を前に構えて、目をつむると、耳たぶを触られる感覚がした。目を開けて、構えていた両手をだらんと下げた。

「ありがとうございます」

 静かにゲイベル様はうなずいた。それから私が地面に投げ捨てた私の手袋を拾い上げ土ぼこりを払うと、私の方へ渡した。黙って私はそれを受け取った。

「先日は両親が申し訳ありませんでした」

 今までの行動を見られていたと思うと恥ずかしく、ため息交じりに声が出た。

「いえ、気にしていません。なぜこのパーティーに?」

 やっと出会えたことで私は意思が固まった。

「あなたに会いに…」

 そう言いかけた時、ゲイベル様が私の手を掴んで、手のひらを見た。その手のひらは月の光でも分かるくらいに、赤く腫れあがって、醜くかさぶたになっている。
 ああ、なんで手袋を外したんだろう。かさついて、かゆくて、醜いから見せたらいけないと思っていたのに。みせたら、ダメなものだと思っていたのに。

「気持ちが悪いと思うので、見ないでください」
「なぜこんな手に。どうしてこうなったのです」

 みられる予定なんて無かったために、そのための言い訳なんて考えていなかった。こんな故意的に作られた傷をどう言い訳したものか。

「母に、鞭で」
「私と話したからですか?」
「私が反抗したからです。フョードル伯爵と結婚したくないと」

 彼は優しく私の手の平を撫でている。

「なぜ反抗するのですか」

 優しく撫でている感触とは裏腹に彼は目を細め、怒りを孕んでいるよう。

「犯行をしたい年頃なんです」

 私は手を振り払い、背中を向けた。この人も反抗しているただの少女にしか見えていないのだろう。親に反抗したい年頃の少女。そんなわけないでしょ。
 すると私は手を掴まれた。

「すいません。失礼なことを」
「いいえ、私は貴方に会いに来ただけですから」
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