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第三話

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 温かい日差しの中だというのに、その人はとても寒そうに思えてしまった。真っ白な銀髪に白い肌。体もエリックよりも一回り大きくて、でも冷徹な青い瞳にきりりとした眉をしている。まるで白い狼だと感じた。
 こんなに美しい人だったか、そう思った。でももしかしたらそうだったかもしれない。

「ゲイベル様でございますか?」
「左様です」
「お早いご到着でしたね。紅茶などの準備ができておりませんが」

 目の前の彼はにこりともしない。私は今まで大嫌いなエリックの前でも、姑、義父の前でも笑顔を崩さない完璧な女性を演じていたのに。

「早く来てしまった私のせいです。ゆっくりとここで待ちます」

 それにしても、こんなに穏やかな人だった?もっと怖くて、人のぬくもりみたいなものが感じられなくて、触れにくい人だった気がする。きっと私の精神が成長したのだわ。
 前世の私は外面ばかり見ていたものね。

「テラスへ行きませんか?」
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」

 二人でテラスへ向かう中で、私は上手く息が出来た気がした。両親といるときまで、水中の中にいるようでうまく息が吸えない気がしていた。でもこの人と会った瞬間に私は落ち着いた。
 きっとそれはこの人が私のことを重要としていないから。必要としていないから。私のことをただのお見合い相手、としか見ていない。
 テラスに着き、椅子に座ってみると本当に少し落ち着いた気がした。

「初めまして。ジャック・ゲイベルです。騎士団の隊長として働いております」
「ソフィ・シャロールと申します」

 丁寧に頭を下げて頭を上げてみると、ゲイベル様は少し面食らった様子だった。

「これはシャロール様を悪く言うわけじゃないんです。ですがとても落ち着いていますね」

 少しだけ薄く、微笑んだ気がした。きっと十七歳の舞踏会の私のことを知っているのだろう。あの時の私は自信にあふれ、どんな人にも物おじしなかった。

「少し、心を入れ替えたのです。ただ、それだけです」

 心を入れ替えたというより、たくさんの人生の困難の中で私は、人を信じられなくなり、人のぬくもりがどんなものだったかも忘れてしまった。

「そうでしたか。ソフィ嬢は十七歳でしたか?」
「はい。そうです」
「私は二十七歳です。十歳も年が離れておりますし、きっと近しい年の人の方よろしいでしょう」
「そんなことはありません」

 引き留めるようにして私ははっきりと言った。この人以外私を助けてくれる人はいない。エリックなんかと結婚してフョードル家に嫁いだら私はきっと、今度こそ自ら命を絶つ。
 この人を私の虜にしなければ。

「実のことを言いますと、私は年上の方が好きなのです」
「そう言っていただけるのは嬉しいです。ですがフョードル伯爵と結婚するのでは?それでは私は邪魔でしょう?」

 静かな声でゲイベル様はそう言った。もしかしたらゲイベル様は私のことなんて、微塵も好きではないのかもしれない。気を使ってくれているだけかもしれない。ただ私と結婚したくないかもしれない。

「まだ、決まっていません。両親はフョードル伯爵と結婚させようとしていますが。私は実のことを言うと彼とは結婚したくありません。彼は私の容姿ばかりを見ていますから」

 自分で言っていて、空しくなってしまった。女なんて容姿しか取り柄が無いのに、容姿しか見てもらえないから、結婚したくない。

「わがままですいません」

 右耳についているサファイアのピアスをなんとなく触った。私はいつも癖で耳を触ってしまう。それもサファイアのピアスがついている方を。右耳のサファイアは本物であるけれど、左耳についているサファイアは偽物。
 誰に貰ったのかも忘れてしまった。

「そのピアス素敵ですね」
「はい。誰からもらったんでしょうね。母が言うには、小さいころ私が舞踏会でどこかの誰かからもらって来たらしいんですけど、でもサファイアなんて本当に珍しいので、ずっとつけているんです。私の体の一部みたいなものです」
「物持ちが良いんですね」
「もちろん金具が壊れたりはしたんです。でもそのたびに自分で直したんです。手先は器用なので」

 少女時代の私はドレスを何度も直して着たり、壊れたアクセサリーを自分で治したり、とにかく私は良く見せるたびに外という外を良く見せてきた。

「素晴らしい才能ですね」

 今まで裁縫が得意なんて良いって褒められたことなんてなかった。母は私に裁縫なんてやらないように言ったし、フョードル夫人にも何度も何度もやめるように言われた。新しいピアスでも買えばいいと言われ、捨てられそうになったこともあったけれども、最高級のサファイアだったために捨てることなんて絶対させなかった。

「初めて、そんなこと言われました。ありがとうございます」

 深々と頭を下げると、両親がやってくる足音が聞こえた。

「ソフィ!」

 母は私を椅子から引きはがし、父がゲイベル様の前へと出た。

「ゲイベル様、申し訳ありませんが、ソフィはフョードル家との婚約をすることとなりました」

 そうはっきりと言ったのだ。
 は?何よそれ。


 そうよ。両親は騎士よりも伯爵が良いに決まっている。元から私に選択肢なんて無かった。
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