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第二話
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「雰囲気が変わりましたね」
目の前に立つ前世で私と結婚をしたエリック・フョードルは十七歳。オーダーメイドの上質なスーツを着こなしている。本当に昔らしい。
「そうでしょうか」
今思い出せば、十七歳の私は傲慢で、自信過剰だった。だから舞踏会でも自分が主役であると疑わなかったし、伯爵とだって結婚できる容姿だとわかっていた。そしてきっとエリックは、つい最近会った舞踏会での私と、今の精神が七十歳の私とでは、雰囲気が違うから違和感を感じている。
「舞踏会ではもっと自信に満ち溢れていたと思ったのですが」
「そうですかね」
この人と話す気が無かった。両親も隣で私のやる気のなさを見て、呆れていた。この家にある借金を返すためにはフョードル家か、ゲイベル家に嫁がなければならない。だからこそどちらにも愛想を振りまいてほしいと、両親は思っているのだろう。
それについ昨日までやる気満々だった娘がこんなに元気なさげになっている。私はもう両親のためだって笑顔を作る気になれない。
「申し訳ありません。フョードル伯爵。今日は体の調子が悪いようで」
母が苦笑いをしながらそう言った。それに続けて父も「いつもは明るくて元気なのですが」と笑った。申し訳ないけれども私は、今日エリックと顔を合わせる事が出来ない。この人はとんでもない人格者ということを知ってしまっているし、この人は私の顔にしか興味が無いことを知っている。
この人は舞踏会の人気者だった私と結婚をして自慢をしたり、見栄を張りたいだけ。舞踏会へは私のことを連れていき、家では特に私に愛しているの一言もなかった。
「いえいえ、これから仲良くしていければいいだけですから」
「また来てくださるということですか?」
希望を見つけたように母は嬉しそうに笑った。
「最後に少しだけ二人にしてはくれませんか?」
「ええ、もちろんです」
「どうぞごゆっくりと」
両親は足早に部屋から去っていき、二人きりになった。窓の外から入ってくる初夏の温かい日差し、紅茶から出る湯気は揺らぎ、エリックが私の方へ手を伸ばしてきた。
驚き私はエリックの手から離れた。それと共に怒りが湧いた。
「唐突になんですか」
「いや、その、美しい赤毛だとおもってな」
彼は私の髪を触ろうとした。その手の感触は今でも覚えている。彼は私の髪しか好きではないのだ。特別な私の赤毛。それが彼には特別で、それ以外は他の女性と何ら変わらない。ただエリックは自分を着飾るための特別な女性が隣に欲しいだけ。
「ありがとうございます」
苦笑いをしてから「少し具合が悪いです」と言って私は逃げるようにして部屋から飛び出した。見送りもせずエリックは帰って行った。
若かりし頃のエリックも、昔のエリックもそう変わらない。自分に自信が無いから、特別な妻がほしい。ずっと一緒に居たためか、もうほとんどエリックが考えていることが分かってしまった。
午後からはゲイベル様がいらっしゃる。昔私が会った時は、しかめっ面で、とにかく会話もまともにしてくれなくて、私のことが嫌いなのかと思った。だからエリックに傾いた。
「なんてことだ。ソフィ!つい昨日まであんなにやる気があったのに。今日になって」
「ごめんなさい。お父様」
ため息を漏らし、壁にもたれる父の姿を見て、心が痛むことは無かった。すべてが私にかかっているのに、その私はやる気が無い。でも私はエリックなんかと結婚したくない。考えただけで鳥肌が立つ。
「そうよ!なんてこと!フョードル伯爵になんて失礼な」
両手で顔を覆い母はソファにうずくまっている。きっと最終的に起こる悲惨な結果を予想しているのだろう。悲惨というのは借金が返し切れなくなり、貴族で亡くなるという結果。どうしたって両親は貴族で痛いがために、私を売っている。
「ゲイベル騎士隊長にそんな無礼をしたら今日は鞭叩きの刑ですからね!」
思わず私は手を握りしめた。幼少期から私は何か悪いことをすると手のひらを鞭でたたかれていた。その痛みがあったから両親にこう忠実に育ったのかもしれない。だから貴族という権力にしがみつく両親のために、自分の身を売ったのかもしれない。
両親が出て行って、本当に昔のことを思い出した。古びた、錆びだらけの鉄の箱を記憶の中から見つけた。両親は私が義母や義父の世話をしている中、贅沢の限りを尽くしていた。
私に送られてくる両親からの手紙。最初は普通の羊皮紙だったけれども、時が流れていくにつれてその羊皮紙は高級になっていった。私がいくら両親に助けを乞うても、二人は全く助けてくれなかった。だから私は両親を恨んでいる。私のことを売って、自分達を散々贅沢を尽くしたのだから。
正直なところ私は両親を恨んでいる。
また死んだらどうなるのかしらなんて考えが浮かんだ。だって今生きていても、両親の奴隷になるのだから。なら死んだほうがマシなんじゃない?
そんなことを思いながら温かな日差しの下、散歩をした。
「こちらがシャロール家でしょうか」
寒々しい銀髪をしたガタイの良い男性がそこに立っていた。
目の前に立つ前世で私と結婚をしたエリック・フョードルは十七歳。オーダーメイドの上質なスーツを着こなしている。本当に昔らしい。
「そうでしょうか」
今思い出せば、十七歳の私は傲慢で、自信過剰だった。だから舞踏会でも自分が主役であると疑わなかったし、伯爵とだって結婚できる容姿だとわかっていた。そしてきっとエリックは、つい最近会った舞踏会での私と、今の精神が七十歳の私とでは、雰囲気が違うから違和感を感じている。
「舞踏会ではもっと自信に満ち溢れていたと思ったのですが」
「そうですかね」
この人と話す気が無かった。両親も隣で私のやる気のなさを見て、呆れていた。この家にある借金を返すためにはフョードル家か、ゲイベル家に嫁がなければならない。だからこそどちらにも愛想を振りまいてほしいと、両親は思っているのだろう。
それについ昨日までやる気満々だった娘がこんなに元気なさげになっている。私はもう両親のためだって笑顔を作る気になれない。
「申し訳ありません。フョードル伯爵。今日は体の調子が悪いようで」
母が苦笑いをしながらそう言った。それに続けて父も「いつもは明るくて元気なのですが」と笑った。申し訳ないけれども私は、今日エリックと顔を合わせる事が出来ない。この人はとんでもない人格者ということを知ってしまっているし、この人は私の顔にしか興味が無いことを知っている。
この人は舞踏会の人気者だった私と結婚をして自慢をしたり、見栄を張りたいだけ。舞踏会へは私のことを連れていき、家では特に私に愛しているの一言もなかった。
「いえいえ、これから仲良くしていければいいだけですから」
「また来てくださるということですか?」
希望を見つけたように母は嬉しそうに笑った。
「最後に少しだけ二人にしてはくれませんか?」
「ええ、もちろんです」
「どうぞごゆっくりと」
両親は足早に部屋から去っていき、二人きりになった。窓の外から入ってくる初夏の温かい日差し、紅茶から出る湯気は揺らぎ、エリックが私の方へ手を伸ばしてきた。
驚き私はエリックの手から離れた。それと共に怒りが湧いた。
「唐突になんですか」
「いや、その、美しい赤毛だとおもってな」
彼は私の髪を触ろうとした。その手の感触は今でも覚えている。彼は私の髪しか好きではないのだ。特別な私の赤毛。それが彼には特別で、それ以外は他の女性と何ら変わらない。ただエリックは自分を着飾るための特別な女性が隣に欲しいだけ。
「ありがとうございます」
苦笑いをしてから「少し具合が悪いです」と言って私は逃げるようにして部屋から飛び出した。見送りもせずエリックは帰って行った。
若かりし頃のエリックも、昔のエリックもそう変わらない。自分に自信が無いから、特別な妻がほしい。ずっと一緒に居たためか、もうほとんどエリックが考えていることが分かってしまった。
午後からはゲイベル様がいらっしゃる。昔私が会った時は、しかめっ面で、とにかく会話もまともにしてくれなくて、私のことが嫌いなのかと思った。だからエリックに傾いた。
「なんてことだ。ソフィ!つい昨日まであんなにやる気があったのに。今日になって」
「ごめんなさい。お父様」
ため息を漏らし、壁にもたれる父の姿を見て、心が痛むことは無かった。すべてが私にかかっているのに、その私はやる気が無い。でも私はエリックなんかと結婚したくない。考えただけで鳥肌が立つ。
「そうよ!なんてこと!フョードル伯爵になんて失礼な」
両手で顔を覆い母はソファにうずくまっている。きっと最終的に起こる悲惨な結果を予想しているのだろう。悲惨というのは借金が返し切れなくなり、貴族で亡くなるという結果。どうしたって両親は貴族で痛いがために、私を売っている。
「ゲイベル騎士隊長にそんな無礼をしたら今日は鞭叩きの刑ですからね!」
思わず私は手を握りしめた。幼少期から私は何か悪いことをすると手のひらを鞭でたたかれていた。その痛みがあったから両親にこう忠実に育ったのかもしれない。だから貴族という権力にしがみつく両親のために、自分の身を売ったのかもしれない。
両親が出て行って、本当に昔のことを思い出した。古びた、錆びだらけの鉄の箱を記憶の中から見つけた。両親は私が義母や義父の世話をしている中、贅沢の限りを尽くしていた。
私に送られてくる両親からの手紙。最初は普通の羊皮紙だったけれども、時が流れていくにつれてその羊皮紙は高級になっていった。私がいくら両親に助けを乞うても、二人は全く助けてくれなかった。だから私は両親を恨んでいる。私のことを売って、自分達を散々贅沢を尽くしたのだから。
正直なところ私は両親を恨んでいる。
また死んだらどうなるのかしらなんて考えが浮かんだ。だって今生きていても、両親の奴隷になるのだから。なら死んだほうがマシなんじゃない?
そんなことを思いながら温かな日差しの下、散歩をした。
「こちらがシャロール家でしょうか」
寒々しい銀髪をしたガタイの良い男性がそこに立っていた。
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