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第二話

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「まさか、また呼んでいただけるとは思っておりませんでした。わたくし、どの殿方からも、断られっぱなしで、今回も無理だと思っておりましたので」

 内側にカールした毛量の多い髪はを三つ編みのハーフアップにして、にっこりと笑って、嬉しそうに頬を赤らめている。それでも品がある座り方をしていて、背もたれに背中を付けることはないし、両手は膝の上に置いている。

「それに!出会ったとき、私泥だらけでしたし!もし、ケイト様が潔癖症だったら、わたくし、すぐに追い返されていたかもしれませんね」
「別に、オレは気にしてない。オレもあのときは返り血がついていたからな」

 けれど、それがもしミラでなければ当然のように追い返していただろう。

「それならよかったです。良かったらお風呂に入れていただいたお礼に、こちらをどうぞ」

 今度は何を持ってくるのかと、ケイトは身構えたが、トランクから出されたのはビンの中に入った乾燥した薔薇の花弁であった。そのビンを、テーブルの真ん中へ置いた。

「私が作りました。薔薇をたくさんもらう機会があったのですが、枯らすのはもったいないと思いまして、乾燥させて、薔薇風呂が出来るようにしてみました。ぜひ、入浴時にお使いください」

 ビンを手に持って、中にぎっしりと詰め込まれた薔薇の乾燥された花弁を見た。それを見てはっきりと、ケイトは確信した。

「この前のアロマもお前が作ったのか」

 それを聞いたミラはとっても嬉しそうに、目を瞬かせて、明るく笑った。

「はい!そうなんです!水蒸気蒸留法と言って、花から匂いの元となる精油成分を取り出して作るんです。使っていただけたのですか?」
「ああ」
「それならよかったです。匂いって人によって感じ方が違うので、気に入ってもらえたらよかったです」

 こんなに明るくしゃべる少女を、ケイトは初めて会った。自分と会う少女たちは皆どこか怯えていて、言葉を慎重異に一言一言選んで、綱渡りをしているみたいに緊張しているのだ。でもミラは明るくはつらつとしていて、まったく緊張している風もない。

「なぜ、自分で作ってるんだ。いくらでも買ってもらえるだろ」
「いや、それが」

 ミラはきまり悪そうだった。

「わたくしの家、貧乏で。そういうものを買うお金がないのです。それに今は借金の返済でいっぱいいっぱいで、わたくし、はやくどこかへ嫁がなければと思っているのですが、どこに行っても失敗してしまって」

 しょんぼりと落ち込んで肩を落として話をするミラは、膝の上で手を握りしめた。ミラの頭に思い浮かぶのは相手方の怪訝そうな表情に、こんなものいらないと、ミラが渡したものをゴミ箱に捨てらるさま。おしとやかではない、品が無いと、男たちは言ったのだ。

「わ、わたくし、こんな風にふるまうつもりはないんです。でもいつの間にかペラペラしゃべってしまって。私の行う善意はすべて、相手には有難迷惑なのです。なので他の方にはこういうものをお渡していないのです」
「なぜ、オレには渡してきたんだ」
「ケイト様は、気難しい方だと小耳にはさみました。なので、手土産を持って行こうと思ったんです。私、ケイト様につかっていただけてとっても嬉しいんです。本当にありがとうございます」

 心底嬉しそうに感謝を伝えるミラは、ケイトの前で頭を下げた。ハンカチで目元を拭いてから、パッと顔を上げると、潤んだ顔でまたにっこり笑っている。
 苦難を乗り越えてもけなげであると、人は言うであろう。

「結婚するか?」
「……へ?」

 テーブルに肘をついて、ケイトはたずねた。それを聞いたミラの頭はよくわからなくなり、ハッとしたときには聞き間違えかと首を傾げた。

「ど、どういうことでございますか?わたくし、聞き間違えをしたかもしれませんわ」
「しないならいいぞ」
「い!いたします!結婚したいです!」
 
 顔を真っ赤にしてミラはそう返事をした。

「よろしいのですか?私のような人間と結婚して」
「お前の方こそいいのか?そう、やすやすと即決して」
「わたくしの取り柄は、傷つかない心と、根性だけです。もう両親のお荷物にはなりたくありませんので。どんな人とでも添い遂げる覚悟です」
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