13 / 14
第十四話
しおりを挟む
舞踏会へ来てよかった。王宮で働いていた時の同僚たちや、王女様とも顔を合わせて話しをすることができた。ジェームズ様は見知らぬ人たちに、握手を求められて大変そうに見えた。騎士団での活躍はこの国にも届いていうことに驚いた。もしくはただ元王子で、現在は公爵だから、挨拶をしに来ただけかもしれない。
様々な人に挨拶をしていると、珍しい人にも出会った。
「久しぶりだな。アンナ」
その聞きなれた声に反射的に顔を向けた。振り向いた先にはたった一人で立つエリックの姿があった。隣にはキャサリンの姿は無い。骨ばった顔つきになり、髪の毛も前よりうまく整えられていなかった。それに顎鬚が生えている。少年期のような満ち溢れる自信はどこかなくなってしまったようだった。
「お久しぶりです。エリック様」
「アシュフォード侯爵。結婚式以来ですね」
それ以外言葉が出てこなかった。どこからどう見ても、何かに失敗したのは目に見えている。キャサリンのことも、結婚のことも、子供のことも聞けない。
「少し、二人で話せないか?」
「え、」
私と腕を組み隣に立つジェームズの方を見た。目を細めてエリックの方を眺めている。これはやめておいた方が良い気がする。
「行ってきたらいい。積もる話もあるだろうし」
「いいのですか?」
「ああ」
「そうですか」
私の腕がジェームズ様の腕から離れた。そしてまっすぐ前だけ見るエリック様の背中を追いかけた。彼が向かったのはテラスだった。夜風が吹く中、腕をさすりながら背中を向け、髪を風で揺らすエリック様を見た。
「あの、彼女は?その、キャサリン」
「ああ、あいつなら離れた。つい最近な」
前よりずいぶんと覇気のない声だった。掠れ、暗く、気が付けばため息を吐いている。
「そうでしたか。失礼しました」
「笑いたければ笑えばいい。全部僕が間違っていたんだ。全く酷い女だった。浮気をしてたんだ。ぼくが働いている間に浮気をしていた」
「それは、大変でしたね」
他にことばがでてこなかった。なんだか、本当にしおらしくなって、昔の面影が感じられない。せわしなく指を動かしながら、俯いている。なんだか嫌な感じがする。私の防衛反応がさっさとジェームズ様のところへ戻りなさいと警報を鳴らしている。
「そろそろ戻ってもよろしいですか?王女様と話をする予定なんです」
「ああ。だが一つ聞きたいことがある」
「何でも」
やっと顔を上げ、まっすぐと私の瞳を見つめてきた。その瞳に希望が見られず、一度だけ会ったことがあるホームレスの人とそっくりだった。ジェームズ様が運営している家のない人々への支援の施設での炊き出し中、持っていたフォークで殴りかかられた。
「僕は騎士団の次期団長になれるはずだった。それなのになれなかったんだ。なぜだか分かるか?」
分かる。たぶん私が筋肉増強と、防御力アップのサポート魔法を年がら年中かけていたから。でも今それを言ってしまってはまずい。
「分かりません」
「そうなったのはお前と婚約を破棄してからの話だ。お前が何かしたんじゃないのか?」
「何もしておりません」
突然一歩、また一歩とエリック様は私に近づいてきた。同じように私は後ずさりした。そしてエリック様は握りこぶしを作ると、眉を顰めた。どうにかここを切り抜けなければ。その時の昔の微か記憶が浮かび上がってきた。
「あ、そう言えば。子供お生まれになったんですよね。私も息子が二人いて。とてもかわいくて。どんなお名前ですか?」
結婚する前キャサリンが言っていた。子供がお腹の中にいるって。最近別れたなら、子供は生まれているはず。子供の話で盛り上がらないはずがない。大丈夫。
けれど予想に反してエリック様は眉を引閉めて、目を細めた。その表情には苛立ちが見えた。
「何の話だ」
「ですから、エリック様の子供。キャサリンの名前を出されるのも嫌だと思うのですが、私がジェームズ様と結婚してここを出る前、彼女に会って。お腹の中に子供がいるって。子供って可愛いですよね」
その話題がエリック様にとって地雷だったようだったことに気づいたときには遅かった。
「子供なんてあいつは産んでいない!妊娠さえも!あいつ、そんなウソまで言ってたのか。意味が分からん!」
「え、と。ど、どういうことです?」
「だから、妊娠も出産もしてないと言ってるだろうが!」
もう話は通じない。こうなってしまったら。
「俺が言いたいのはその話じゃない。お前が魔法を使って俺を陥れたんだろう!女のくせに!どうせ、呪いかなんかかけたんだろうが!婚約破棄された腹いせに!」
「何をおっしゃっているか、全く分かりません」
思わず私は後ろを振り向いて、大広間の方へ走り出した。それでもドレスを着ている私よりエリック様の方が随分とすばやく、私の腕を強くつかんだ。
「さっさとその呪いを解け!人を不幸に陥れて置いて、良くのうのうと幸せになれたものだな!」
「私は何も知りません!」
飾っていた髪を掴まれて、ジェームズ様から頂いた髪飾りが固い床に落ち金属と石がぶつかり合う、良く響くカンカンと音を鳴らした。けれどその儚げな音は消え去った。代わりにエリック様に強く踏まれて、バキ!という音が響いた。
「おい!私の妻に何をしている!!」
様々な人に挨拶をしていると、珍しい人にも出会った。
「久しぶりだな。アンナ」
その聞きなれた声に反射的に顔を向けた。振り向いた先にはたった一人で立つエリックの姿があった。隣にはキャサリンの姿は無い。骨ばった顔つきになり、髪の毛も前よりうまく整えられていなかった。それに顎鬚が生えている。少年期のような満ち溢れる自信はどこかなくなってしまったようだった。
「お久しぶりです。エリック様」
「アシュフォード侯爵。結婚式以来ですね」
それ以外言葉が出てこなかった。どこからどう見ても、何かに失敗したのは目に見えている。キャサリンのことも、結婚のことも、子供のことも聞けない。
「少し、二人で話せないか?」
「え、」
私と腕を組み隣に立つジェームズの方を見た。目を細めてエリックの方を眺めている。これはやめておいた方が良い気がする。
「行ってきたらいい。積もる話もあるだろうし」
「いいのですか?」
「ああ」
「そうですか」
私の腕がジェームズ様の腕から離れた。そしてまっすぐ前だけ見るエリック様の背中を追いかけた。彼が向かったのはテラスだった。夜風が吹く中、腕をさすりながら背中を向け、髪を風で揺らすエリック様を見た。
「あの、彼女は?その、キャサリン」
「ああ、あいつなら離れた。つい最近な」
前よりずいぶんと覇気のない声だった。掠れ、暗く、気が付けばため息を吐いている。
「そうでしたか。失礼しました」
「笑いたければ笑えばいい。全部僕が間違っていたんだ。全く酷い女だった。浮気をしてたんだ。ぼくが働いている間に浮気をしていた」
「それは、大変でしたね」
他にことばがでてこなかった。なんだか、本当にしおらしくなって、昔の面影が感じられない。せわしなく指を動かしながら、俯いている。なんだか嫌な感じがする。私の防衛反応がさっさとジェームズ様のところへ戻りなさいと警報を鳴らしている。
「そろそろ戻ってもよろしいですか?王女様と話をする予定なんです」
「ああ。だが一つ聞きたいことがある」
「何でも」
やっと顔を上げ、まっすぐと私の瞳を見つめてきた。その瞳に希望が見られず、一度だけ会ったことがあるホームレスの人とそっくりだった。ジェームズ様が運営している家のない人々への支援の施設での炊き出し中、持っていたフォークで殴りかかられた。
「僕は騎士団の次期団長になれるはずだった。それなのになれなかったんだ。なぜだか分かるか?」
分かる。たぶん私が筋肉増強と、防御力アップのサポート魔法を年がら年中かけていたから。でも今それを言ってしまってはまずい。
「分かりません」
「そうなったのはお前と婚約を破棄してからの話だ。お前が何かしたんじゃないのか?」
「何もしておりません」
突然一歩、また一歩とエリック様は私に近づいてきた。同じように私は後ずさりした。そしてエリック様は握りこぶしを作ると、眉を顰めた。どうにかここを切り抜けなければ。その時の昔の微か記憶が浮かび上がってきた。
「あ、そう言えば。子供お生まれになったんですよね。私も息子が二人いて。とてもかわいくて。どんなお名前ですか?」
結婚する前キャサリンが言っていた。子供がお腹の中にいるって。最近別れたなら、子供は生まれているはず。子供の話で盛り上がらないはずがない。大丈夫。
けれど予想に反してエリック様は眉を引閉めて、目を細めた。その表情には苛立ちが見えた。
「何の話だ」
「ですから、エリック様の子供。キャサリンの名前を出されるのも嫌だと思うのですが、私がジェームズ様と結婚してここを出る前、彼女に会って。お腹の中に子供がいるって。子供って可愛いですよね」
その話題がエリック様にとって地雷だったようだったことに気づいたときには遅かった。
「子供なんてあいつは産んでいない!妊娠さえも!あいつ、そんなウソまで言ってたのか。意味が分からん!」
「え、と。ど、どういうことです?」
「だから、妊娠も出産もしてないと言ってるだろうが!」
もう話は通じない。こうなってしまったら。
「俺が言いたいのはその話じゃない。お前が魔法を使って俺を陥れたんだろう!女のくせに!どうせ、呪いかなんかかけたんだろうが!婚約破棄された腹いせに!」
「何をおっしゃっているか、全く分かりません」
思わず私は後ろを振り向いて、大広間の方へ走り出した。それでもドレスを着ている私よりエリック様の方が随分とすばやく、私の腕を強くつかんだ。
「さっさとその呪いを解け!人を不幸に陥れて置いて、良くのうのうと幸せになれたものだな!」
「私は何も知りません!」
飾っていた髪を掴まれて、ジェームズ様から頂いた髪飾りが固い床に落ち金属と石がぶつかり合う、良く響くカンカンと音を鳴らした。けれどその儚げな音は消え去った。代わりにエリック様に強く踏まれて、バキ!という音が響いた。
「おい!私の妻に何をしている!!」
65
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
王女殿下を優先する婚約者に愛想が尽きました もう貴方に未練はありません!
灰銀猫
恋愛
6歳で幼馴染の侯爵家の次男と婚約したヴィオラ。
互いにいい関係を築いていると思っていたが、1年前に婚約者が王女の護衛に抜擢されてから雲行きが怪しくなった。儚げで可憐な王女殿下と、穏やかで見目麗しい近衛騎士が恋仲で、婚約者のヴィオラは二人の仲を邪魔するとの噂が流れていたのだ。
その噂を肯定するように、この一年、婚約者からの手紙は途絶え、この半年ほどは完全に絶縁状態だった。
それでも婚約者の両親とその兄はヴィオラの味方をしてくれ、いい関係を続けていた。
しかし17歳の誕生パーティーの日、婚約者は必ず出席するようにと言われていたパーティーを欠席し、王女の隣国訪問に護衛としてついて行ってしまった。
さすがに両親も婚約者の両親も激怒し、ヴィオラももう無理だと婚約解消を望み、程なくして婚約者有責での破棄となった。
そんな彼女に親友が、紹介したい男性がいると持ち掛けてきて…
3/23 HOTランキング女性向けで1位になれました。皆様のお陰です。ありがとうございます。
24.3.28 書籍化に伴い番外編をアップしました。
この国に私はいらないようなので、隣国の王子のところへ嫁ぎます
コトミ
恋愛
舞踏会で、リリアは婚約者のカールから婚約破棄を言い渡された。細身で武術に優れた彼女は伯爵家の令嬢ながら、第三騎士団の隊長。この国の最重要戦力でもあったのだが、リリアは誰からも愛されていなかった。両親はリリアではなく、女の子らしい妹であるオリヴィアの事を愛していた。もちろん婚約者であったカールも自分よりも権力を握るリリアより、オリヴィアの方が好きだった。
貴族からの嫉妬、妬み、国民からの支持。そんな暗闇の中でリリアの目の前に一人の王子が手を差し伸べる。
(完結)伯爵家嫡男様、あなたの相手はお姉様ではなく私です
青空一夏
恋愛
私はティベリア・ウォーク。ウォーク公爵家の次女で、私にはすごい美貌のお姉様がいる。妖艶な体つきに色っぽくて綺麗な顔立ち。髪は淡いピンクで瞳は鮮やかなグリーン。
目の覚めるようなお姉様の容姿に比べて私の身体は小柄で華奢だ。髪も瞳もありふれたブラウンだし、鼻の頭にはそばかすがたくさん。それでも絵を描くことだけは大好きで、家族は私の絵の才能をとても高く評価してくれていた。
私とお姉様は少しも似ていないけれど仲良しだし、私はお姉様が大好きなの。
ある日、お姉様よりも早く私に婚約者ができた。相手はエルズバー伯爵家を継ぐ予定の嫡男ワイアット様。初めての顔あわせの時のこと。初めは好印象だったワイアット様だけれど、お姉様が途中で同席したらお姉様の顔ばかりをチラチラ見てお姉様にばかり話しかける。まるで私が見えなくなってしまったみたい。
あなたの婚約相手は私なんですけど? 不安になるのを堪えて我慢していたわ。でも、お姉様も曖昧な態度をとり続けて少しもワイアット様を注意してくださらない。
(お姉様は味方だと思っていたのに。もしかしたら敵なの? なぜワイアット様を注意してくれないの? お母様もお父様もどうして笑っているの?)
途中、タグの変更や追加の可能性があります。ファンタジーラブコメディー。
※異世界の物語です。ゆるふわ設定。ご都合主義です。この小説独自の解釈でのファンタジー世界の生き物が出てくる場合があります。他の小説とは異なった性質をもっている場合がありますのでご了承くださいませ。
(完結)貴女は私の親友だったのに・・・・・・
青空一夏
恋愛
私、リネータ・エヴァーツはエヴァーツ伯爵家の長女だ。私には幼い頃から一緒に遊んできた親友マージ・ドゥルイット伯爵令嬢がいる。
彼女と私が親友になったのは領地が隣同志で、お母様達が仲良しだったこともあるけれど、本とバターたっぷりの甘いお菓子が大好きという共通点があったからよ。
大好きな親友とはずっと仲良くしていけると思っていた。けれど私に好きな男の子ができると・・・・・・
ゆるふわ設定、ご都合主義です。異世界で、現代的表現があります。タグの追加・変更の可能性あります。ショートショートの予定。
釣った魚にはエサをやらない。そんな婚約者はもういらない。
ねむたん
恋愛
私はずっと、チャールズとの婚約生活が順調だと思っていた。彼が私に対して優しくしてくれるたびに、「私たちは本当に幸せなんだ」と信じたかった。
最初は、些細なことだった。たとえば、私が準備した食事を彼が「ちょっと味が薄い」と言ったり、電話をかけてもすぐに切られてしまうことが続いた。それが続くうちに、なんとなく違和感を感じ始めた。
【完結】従姉妹と婚約者と叔父さんがグルになり私を当主の座から追放し婚約破棄されましたが密かに嬉しいのは内緒です!
ジャン・幸田
恋愛
私マリーは伯爵当主の臨時代理をしていたけど、欲に駆られた叔父さんが、娘を使い婚約者を奪い婚約破棄と伯爵家からの追放を決行した!
でも私はそれでよかったのよ! なぜなら・・・家を守るよりも彼との愛を選んだから。
(本編完結)家族にも婚約者にも愛されなかった私は・・・・・・従姉妹がそんなに大事ですか?
青空一夏
恋愛
私はラバジェ伯爵家のソフィ。婚約者はクランシー・ブリス侯爵子息だ。彼はとても優しい、優しすぎるかもしれないほどに。けれど、その優しさが向けられているのは私ではない。
私には従姉妹のココ・バークレー男爵令嬢がいるのだけれど、病弱な彼女を必ずクランシー様は夜会でエスコートする。それを私の家族も当然のように考えていた。私はパーティ会場で心ない噂話の餌食になる。それは愛し合う二人を私が邪魔しているというような話だったり、私に落ち度があってクランシー様から大事にされていないのではないか、という憶測だったり。だから私は・・・・・・
これは家族にも婚約者にも愛されなかった私が、自らの意思で成功を勝ち取る物語。
※貴族のいる異世界。歴史的配慮はないですし、いろいろご都合主義です。
※途中タグの追加や削除もありえます。
※表紙は青空作成AIイラストです。
冤罪により婚約破棄されて国外追放された王女は、隣国の王子に結婚を申し込まれました。
香取鞠里
恋愛
「マーガレット、お前は恥だ。この城から、いやこの王国から出ていけ!」
姉の吹き込んだ嘘により、婚約パーティーの日に婚約破棄と勘当、国外追放を受けたマーガレット。
「では、こうしましょう。マーガレット、きみを僕のものにしよう」
けれど、追放された先で隣国の王子に拾われて!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる