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第16話
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「なんですって?」
二階でソフィアは絶句していた。ソフィアの両親と話し終わったウィルは話した内容をすべて伝えた。そしてその内容は想像の斜め上だった。
「ミアが大きな借金を子爵の名義で作り、返し切れなくなり逃げたらしい。それでいろいろな人に話を聞いてこの屋敷を見つけたどり着いたと言っていた」
ノアに絵本を読んでいたソフィアは本を閉じ、両手で頭を抱えた。
「本当にごめんなさい。もう両親もここまでなれば来ないと思っていたのに。もう貴方には迷惑をかけないつもりだったのに」
ソフィアの隣にウィルは座り、ソフィアの肩に腕を回して、茶色の髪を触った。艶のある美しい髪。ソフィアは膝に座らせているノアのことを抱きしめて、大きなため息を吐いた。
「まあ、大丈夫さ。もう縁は切ったわけだし、苗字も違う」
「でも、どうかしら。本当に大丈夫なのかしら。毎日のように尋ねられたら私」
ミアが行った毎日の手紙で懲りていた。だからこそ毎日のように何か送られてきたり、尋ねられたりすれば、もう頭がおかしくなってしまう。
「本当にどうしましょう」
頭を抱えるソフィアに対してウィルは優しく「何も心配いらない」とだけ言った。
「僕が今まで何もしてないとお思いで?」
「それ、どういうこと?」
今までのやってきたことをウィルは一つ残らず話した。内容を簡単に説明してしまえば、貴族にたくさんの友人を作り着々と人脈を広げ、お金と権力の力も相まって、かなり手広い存在になっていた。実際のところソフィアもそれを感じていた。屋敷で同じテーブルをはさんで一緒に食事をしてきたこともあった。それは貴族であったり、商人であったり、神父であったり様々だ。逆に誘われることも多かった。
それから、その人脈を使い、体たらくで、女を手中に収めることにたけている一人の男を見つけたらしい。その男をソフィアも知っていた。舞踏会で何度か話したことのある公爵家の人間だった。
その男とミアを引き合わせ、破局になるころには二人とも、問題の一つや二つ抱えているだろうとウィルは予想し、まさにそれが的中した。
「じゃあ、全部貴方が仕掛けたっていうの?それ本当に?」
「本当。それに君の印象も他の貴族からしたらかなり良いものだから、君の家族が何かしらしてこようとしても、きっと彼らが庇ってくれる」
まさかそんなに事が上手く運んでいようとは微塵も感じていなかったソフィアはあんぐりと口を開けて、頭の中を整理していた。
「だから大丈夫。何も悪くならない」
「ただ仕事が忙しいだけだと思ってた。そんなことする必要なかったのに」
「僕の偽善だよ」
そう言ってウィルは立ち上がると、にっこりと笑った。
それからまた十年という月日が経ち、ソフィアはノア以外に三人の子供を産んだ。四番目以外男の子だった。二番目に生まれたルカ、三番目に生まれたケイリー、四場目に生まれたマリー。屋敷の中では一週間にいくつも物が壊れ、毎日四人とも飽きないケンカを続けていた。
皆ソフィアとよく似た茶髪で、整った顔立ちをして、頭脳はウィルの物をそっくり移し替えたようだった。両親のいいとこ取りをした四人は、ソフィアが驚くほど速く成長していた。特にマリーはソフィアそっくりに成長していて、なんでもそつなくこなした。鏡写しの自分を見ているようだとよくソフィアは言った。
四人には分け隔てなく愛情を注ぎ、四人を育てた。
ある肌寒くなってきた秋の日だった。とある教会でソフィアは驚くべきものを目にした。
その日はウィルと仲が良い神父さんに呼ばれて、神父さんの家で一緒に食卓を囲むことになっていた。娘、息子もウィルとソフィアに付いてきて、食事をすることになっていた。
「あの人、とっても綺麗だわ」
まだ幼いマリーがソフィアの手を取ってそう言った。
「駄目よ。そんなに人を見たら」
マリーの手を引こうとしたとき、一瞬目に入った。マリーの視線の先には、見慣れたブロンドヘアをした美人が祈りを捧げていた。
昔の幼さの欠片もなく、大人の女性というように見える。ただひたすらに手を組んで、神に祈りをしている彼女を見て、ソフィアは時が止った。
手はひび割れ、髪には艶が無くなっていた。ソフィアはマリーの手を握りしめて、彼女を凝視した。
「母上?」
心配そうなノアの声が聞こえ、ソフィアは我に返った。
「どうかしたのですか?」
「い、いえ、何でもないの。早く行きましょう。暖炉のある家の中へ入りましょう。体を冷やしてはいけないわ」
子供たちが神父の家へ入っていったことを見届けると、ソフィアは一人冷えた教会にとどまったままでいた。意を決したように手を握りしめると、彼女に近づいた。
その気配に気づいた彼女は振り向き、二人は目が合った。青い瞳にブロンドの髪。美しさが損なわれているなんてことはなかった。でも今まで彼女から感じたことがなかった哀愁が感じられた。
声をかけるなんてことソフィアにはできなかった。こんなみじめな姿になっても子供時代のことを許せるわけがない。でも、今の状況に同情する優しさをソフィアは持ち合わせていた。
ソフィアは自分が巻いていたマフラーを取ると、それを彼女の首に巻いた。
「貴方のことを許す気はないけど、私も貴方も子供だったから。それに、私はもう四人の母親なの」
彼女は目の前にいるソフィアを見て、ひび割れ、あかくしもやけた手を握りしめると、一筋涙をこぼした。無表情ともとらえられる顔で「ごめんなさい」と子供の様につぶやいた。
「体には気を付けるのよ」
そう言い残して、ソフィアはその場から離れた。
二階でソフィアは絶句していた。ソフィアの両親と話し終わったウィルは話した内容をすべて伝えた。そしてその内容は想像の斜め上だった。
「ミアが大きな借金を子爵の名義で作り、返し切れなくなり逃げたらしい。それでいろいろな人に話を聞いてこの屋敷を見つけたどり着いたと言っていた」
ノアに絵本を読んでいたソフィアは本を閉じ、両手で頭を抱えた。
「本当にごめんなさい。もう両親もここまでなれば来ないと思っていたのに。もう貴方には迷惑をかけないつもりだったのに」
ソフィアの隣にウィルは座り、ソフィアの肩に腕を回して、茶色の髪を触った。艶のある美しい髪。ソフィアは膝に座らせているノアのことを抱きしめて、大きなため息を吐いた。
「まあ、大丈夫さ。もう縁は切ったわけだし、苗字も違う」
「でも、どうかしら。本当に大丈夫なのかしら。毎日のように尋ねられたら私」
ミアが行った毎日の手紙で懲りていた。だからこそ毎日のように何か送られてきたり、尋ねられたりすれば、もう頭がおかしくなってしまう。
「本当にどうしましょう」
頭を抱えるソフィアに対してウィルは優しく「何も心配いらない」とだけ言った。
「僕が今まで何もしてないとお思いで?」
「それ、どういうこと?」
今までのやってきたことをウィルは一つ残らず話した。内容を簡単に説明してしまえば、貴族にたくさんの友人を作り着々と人脈を広げ、お金と権力の力も相まって、かなり手広い存在になっていた。実際のところソフィアもそれを感じていた。屋敷で同じテーブルをはさんで一緒に食事をしてきたこともあった。それは貴族であったり、商人であったり、神父であったり様々だ。逆に誘われることも多かった。
それから、その人脈を使い、体たらくで、女を手中に収めることにたけている一人の男を見つけたらしい。その男をソフィアも知っていた。舞踏会で何度か話したことのある公爵家の人間だった。
その男とミアを引き合わせ、破局になるころには二人とも、問題の一つや二つ抱えているだろうとウィルは予想し、まさにそれが的中した。
「じゃあ、全部貴方が仕掛けたっていうの?それ本当に?」
「本当。それに君の印象も他の貴族からしたらかなり良いものだから、君の家族が何かしらしてこようとしても、きっと彼らが庇ってくれる」
まさかそんなに事が上手く運んでいようとは微塵も感じていなかったソフィアはあんぐりと口を開けて、頭の中を整理していた。
「だから大丈夫。何も悪くならない」
「ただ仕事が忙しいだけだと思ってた。そんなことする必要なかったのに」
「僕の偽善だよ」
そう言ってウィルは立ち上がると、にっこりと笑った。
それからまた十年という月日が経ち、ソフィアはノア以外に三人の子供を産んだ。四番目以外男の子だった。二番目に生まれたルカ、三番目に生まれたケイリー、四場目に生まれたマリー。屋敷の中では一週間にいくつも物が壊れ、毎日四人とも飽きないケンカを続けていた。
皆ソフィアとよく似た茶髪で、整った顔立ちをして、頭脳はウィルの物をそっくり移し替えたようだった。両親のいいとこ取りをした四人は、ソフィアが驚くほど速く成長していた。特にマリーはソフィアそっくりに成長していて、なんでもそつなくこなした。鏡写しの自分を見ているようだとよくソフィアは言った。
四人には分け隔てなく愛情を注ぎ、四人を育てた。
ある肌寒くなってきた秋の日だった。とある教会でソフィアは驚くべきものを目にした。
その日はウィルと仲が良い神父さんに呼ばれて、神父さんの家で一緒に食卓を囲むことになっていた。娘、息子もウィルとソフィアに付いてきて、食事をすることになっていた。
「あの人、とっても綺麗だわ」
まだ幼いマリーがソフィアの手を取ってそう言った。
「駄目よ。そんなに人を見たら」
マリーの手を引こうとしたとき、一瞬目に入った。マリーの視線の先には、見慣れたブロンドヘアをした美人が祈りを捧げていた。
昔の幼さの欠片もなく、大人の女性というように見える。ただひたすらに手を組んで、神に祈りをしている彼女を見て、ソフィアは時が止った。
手はひび割れ、髪には艶が無くなっていた。ソフィアはマリーの手を握りしめて、彼女を凝視した。
「母上?」
心配そうなノアの声が聞こえ、ソフィアは我に返った。
「どうかしたのですか?」
「い、いえ、何でもないの。早く行きましょう。暖炉のある家の中へ入りましょう。体を冷やしてはいけないわ」
子供たちが神父の家へ入っていったことを見届けると、ソフィアは一人冷えた教会にとどまったままでいた。意を決したように手を握りしめると、彼女に近づいた。
その気配に気づいた彼女は振り向き、二人は目が合った。青い瞳にブロンドの髪。美しさが損なわれているなんてことはなかった。でも今まで彼女から感じたことがなかった哀愁が感じられた。
声をかけるなんてことソフィアにはできなかった。こんなみじめな姿になっても子供時代のことを許せるわけがない。でも、今の状況に同情する優しさをソフィアは持ち合わせていた。
ソフィアは自分が巻いていたマフラーを取ると、それを彼女の首に巻いた。
「貴方のことを許す気はないけど、私も貴方も子供だったから。それに、私はもう四人の母親なの」
彼女は目の前にいるソフィアを見て、ひび割れ、あかくしもやけた手を握りしめると、一筋涙をこぼした。無表情ともとらえられる顔で「ごめんなさい」と子供の様につぶやいた。
「体には気を付けるのよ」
そう言い残して、ソフィアはその場から離れた。
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