妹に人生を狂わされた代わりに、ハイスペックな夫が出来ました

コトミ

文字の大きさ
上 下
16 / 17

第15話

しおりを挟む
 ソフィアとウィルが結婚してから六年という月日が経った。

「お母様、お外で遊びたい」

 まだ言葉を話し始めたような子供が窓際の椅子に座る婦人に近づいて、婦人の足にしがみついた。刺繍をする茶髪の婦人はソフィアであった。顔色が良く、肉付きもかなりよくなり体のラインもはっきりとしている。
 それでも品の行動は変わらない。

「そうね。晴れているし、お散歩でも行きましょうか、ノア」

 その幼児はノアという名前らしく、まだまだ幼いのだけれども、大きな瞳を持ち、整った眉、形の整った鼻。将来が楽しみなほどに可愛らしい容姿をしている。

 二人はあれからあの屋敷を離れて、王都に近い屋敷へと引っ越した。ソフィアは家族のことは大丈夫だと話したけれども、ウィルが我慢ならなかったらしい。フラン家の人間には何も言わずに引っ越したために、新居では穏やかに過ごしていた。

 そして新居へ引っ越して一年も経たずにソフィアは妊娠し、次の年の寒い冬の下で、元気な産声を上げてノアが生まれた。

 ウィルはソフィアに両親にノアのことを話すことを止めた。自らの両親であるといえ、ソフィアは二人に身勝手に縁を切られたようなもの。またソフィアが体調を崩して、精神を疲弊することを恐れていた。

「お父様も一緒がいいです」
「お父様は今、お仕事で疲れて眠っているのよ」

 そんなソフィアの話も耳に入らず、ノアは「起こしてくる!」と明るく笑って、ウィルが眠っている寝室へと走った。

「ノア、お父様はお疲れなのよ。お休みさせてあげて」

 寝室の扉を開けて、ノアは中に入ろうとした。けれども走り出そうとして、ソフィアが抱き上げた。言葉が達者で元気だと言ってもまだまだ体は幼い。

「お母様のお話をお聞きなさい」
「だって、お父様ずっと寝てますよ」
「お父様はお仕事でお疲れだと言っているでしょう」

 つまらなそうに表情をゆがめるノアと、穏やかに微笑んでいるソフィア。

「ま、待って…」
「起きていたんですか」
「い、今、今起きた」

 苦しそうに頭を抱えるウィルは、服を着ておらず裸だった。それを見てノアが幼児特有の甲高い声で、大笑いした。

「お父様、裸!」
「なんで服を着て寝て居ないんですか。風邪ひきますよ」
「君だって、寝るとき服着ていなかったじゃないか」
「ノアの前で何言ってるんですか。さあ、ノアは私と一緒にお散歩へ行きましょう」

 ウィルが気だるそうに、いろいろ言っている中、寝室の扉を閉めて、ソフィアはノアを抱きかかえたまま一階へと降りた。

「お母様も裸だったの?」
「お父様の戯言よ。裸で寝るわけないでしょう。寒くてかなわないわ」

 二人で外へ戻ろうとしたときだった。玄関のベルが鳴り、ソフィアはノアの手をつないだまま玄関へと向かった。

「誰かしらね」

 楽し気に廊下を歩いていたのだけれども、その楽しさはすぐに打ち砕かれた。玄関にいるメイド達はあたふたとソフィアのことを見て、心配そうな表情を浮かべていた。

「誰が来たのかしら」
「え、えっと、それが」

 玄関まで行ってみると、ソフィアは目を丸くした。
 そこには、げっそりとやせこけたソフィアの両親が立っていた。昔の美しい母と胸板もあった父の姿はない。やせ細りまるで辺境の貧乏な男爵家の様だった。

 母親はソフィアそっくりのノアを見るや否や、目を輝かせてノアのことを抱きしめようとした。それに恐怖を感じたソフィアはノアのことを抱き仕上げて、二人から距離を取るように屋敷の中に二、三歩下がった。

「久しぶり、ソフィア」

 ぎこちない笑みを浮かべる母親を見てソフィアは背筋に悪寒が走った。

「お母様?」

 ソフィアの恐怖の空気を感じ取ったのかノアも顔をゆがめた。ソフィアはノアをメイドに預けて、母親と父親を温かな陽気が差す外に押し出した。

「いまさら、何をしに来たっていうのよ。お父様もお母様も、もう私と縁を切って、ミアとオリバーと一緒に暮らすんじゃなかったの?」

 二人とも暗い顔をして俯いた。そして話をはぐらかすように母親が作り笑顔をソフィアに向けた。

「あの子、貴方の子なの?ソフィアにとっても似てるわよね。そう思わない?ねえ」
「ああ、本当に似てた。女の子か?」

 きっとミアのことで何か悪いことがあったのだ。それをソフィアはすぐに感じ取った。そしてきっと口を開いても出てくるのは言い訳だけ。そうなれば、ソフィアを頼るほかない。

「そんなことどうだっていいのよ!私はお父様とも、お母様とも縁を切ったのよ。さっさと出て行って。ここはウィルと私と息子の家なの」

 もう今までのソフィアではないと二人も分かったのだろう。家族が出来たからためか。息子ができたためか。もうこれ以上二人とは関わるつもりはないとソフィアははっきりと言った。

「お願いだ。少しだけ話を聞いてくれ」

 今までソフィアに頭を下げたことが無かった父親が、深々と頭を下げた。それを見て今まで生きてきた姉妹差別の積み重なったストレスが爆発した。

「いまさら何よ」

 鋭い視線で二人を睨みつけた。

「ずっとミアだけを特別たくさん愛して、今更助けがほしくなったら私を頼るの?」

 瞳の中には涙が浮かび、爪が食い込むほどに痛く手を握りしめた。今までの記憶が頭の中を駆け抜けていき、胃が気持ち悪くなった。

「さっさと帰ってよ!もう二度と、私の前に姿を見せないで!」
「ソフィア」

 背後から声が聞こえたかと思ったら、寝ぐせのあるウィルがノアを抱きしあげ、寝間着のまま立っていた。ソフィアは涙が頬を伝い、震えながら大きく息を吐いた。
 ノアは泣きながらウィルの腕にしがみついている。

「ああ、ケイルトンさん」

 母親が猫なで声を出し、ウィルに近づいた。特にウィルは何をするでもなく微笑んでいる。

「ウィルと、ノアに近づかないで!」

 涙が流れたままで震えた声で言った。母親はそれを聞くなり気持ち悪いほどに皴を作りにっこりと笑い「何もしないわよ」と言った。

「ケイルトンさん、少しお話がありまして」
「では、中でどうぞ。私は寝間着ですし」
「ウィル!!」

 ウィルは二人を屋敷の中へ招き入れ、母親はソフィアを見て勝ち誇ったように笑った。泣きじゃくるソフィアにノアを抱かせて、ウィルは二階を指さした。

「君は二階でノアと遊んでるんだ」

 何か理由があるのだろうとソフィアはノアを抱き上げて、二階の階段を上った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

【完結】双子の妹にはめられて力を失った廃棄予定の聖女は、王太子殿下に求婚される~聖女から王妃への転職はありでしょうか?~

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
 聖女イリーナ、聖女エレーネ。  二人の双子の姉妹は王都を守護する聖女として仕えてきた。  しかし王都に厄災が降り注ぎ、守りの大魔方陣を使わなくてはいけないことに。  この大魔方陣を使えば自身の魔力は尽きてしまう。  そのため、もう二度と聖女には戻れない。  その役割に選ばれたのは妹のエレーネだった。  ただエレーネは魔力こそ多いものの体が弱く、とても耐えられないと姉に懇願する。  するとイリーナは妹を不憫に思い、自らが変わり出る。  力のないイリーナは厄災の前線で傷つきながらもその力を発動する。  ボロボロになったイリーナを見下げ、ただエレーネは微笑んだ。  自ら滅びてくれてありがとうと――  この物語はフィクションであり、ご都合主義な場合がございます。  完結マークがついているものは、完結済ですので安心してお読みください。  また、高評価いただけましたら長編に切り替える場合もございます。  その際は本編追加等にて、告知させていただきますのでその際はよろしくお願いいたします。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

公爵令嬢が王太子に婚約破棄され、妹を溺愛する聖騎士の兄が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

泣きたいくらい幸せよ

仏白目
恋愛
アーリング王国の第一王女リディアは、幼い頃に国と国の繋がりの為に、シュバルツ王国のアインリヒ王太子と婚約者になった   お互い絵姿しか見た事がない関係、婚約者同士の手紙のやり取りも季節の挨拶程度、シュバルツ王国側から送られて来る手紙やプレゼントは代理の者がいるのだろう それはアーリング王国側もそうであったからだ  2年前にシュバルツ王国の国王は崩御して、アインリヒが国王になった 現在、リディア王女は15歳になったが、婚約者からの結婚の打診が無い 父のアーリング国王がシュバルツ王国にそろそろ進めないかと、持ちかけたがツレない返事が返ってきた  シュバルツ王国との縁を作りたいアーリング国王はリディアの美しさを武器に籠絡して来いと王命をだす。 『一度でも会えば私の虜になるはず!』と自信満々なリディア王女はシュバルツ王国に向かう事になった、私の美しさを引き立てる妹チェルシーを連れて・・・ *作者ご都合主義の世界観でのフィクションです。 **アインリヒsideも少しずつ書いてます

いつもわたくしから奪うお姉様。仕方ないので差し上げます。……え、後悔している? 泣いてももう遅いですよ

夜桜
恋愛
 幼少の頃からローザは、恋した男性をケレスお姉様に奪われていた。年頃になって婚約しても奪われた。何度も何度も奪われ、うんざりしていたローザはある計画を立てた。姉への復讐を誓い、そして……ケレスは意外な事実を知る――。

処理中です...