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第6話
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朝目覚めていつもとは違う天井と、匂いの違う寝具を感じて、昨日のことを鮮明に思い出した。殴られた頬を触ってみると痛みは和らいだけれども、腫れてしまっている。足の傷は酷くなく、皮が少し向けたりしてしまっている程度だったので立つことも簡単にできる。
体を起こして体に違和感を感じた。そして顔がどんどんと赤くなっていく。
ソフィアは今、下着にウィルに借りたシャツを一枚しか着ていない。その上、引っ越してきたばかりのウィルの屋敷に客人用のベッドまで用意されておらず、ウィルがいつも寝て居るベッドを借りてしまったのだ。ソフィアもソファで寝ると言い張ったけれども、根負けしてベッドで眠った。借りたベッドだというのにぐっすり眠れた自分にソフィアは嫌気がさした。
さっさと一階へ降りて、しまおうと思ったのもつかの間、着てきたドレスはパーティー用のドレスで朝からあんなものに着替える力はソフィアにはなかった。
「どうしよう…」
困惑していたとき、突然扉がノックされた。ウィルならば部屋に入れたいけれども、個の姿は見せられない。どうしたものかと考えていた時、女性の声が聞こえた。
「ソフィア様、メイドのリリーでございます。御召し物を持ってきましたので、お着換えください」
「は、はい。ありがとうございます」
黒いワンピースドレスに白いエプロンをつけた若い女性が白いワンピースを持って入ってきた。なぜこの屋敷にそんなワンピースがあるのかソフィアには見当もつかなかったけれども、着れる服があるだけで感謝しかなかった。
その白いワンピースは首元に刺繍がされ、スカートにはフリルがついていた。
「お食事をご用意してありますので、一階へいらっしゃってください」
二人で廊下を歩いている最中、ソフィアは罪悪感ばかりが心の中を埋め尽くしていた。
「その、ウィル様は、どこで就寝なさったのかしら」
「リビングの大きなソファで寝て居らっしゃいました」
「そうでしたか」
ダイニングへ行くと、ウィルはたくさんの資料とにらみ合いながら、コーヒーを飲んでいた。朝食らしい朝食は置かれておらず、コーヒーだけ。
「おはよう。よく眠れたみたいでよかった」
「すみません。ベッドや洋服をお借りしてしまい。なんとお礼を申し上げていいのやら。とにかくありがとうございます」
両手を膝の前に置き、深々と頭を下げた。
「全部僕の偽善だよ。自己満足」
「貴方様の自己満足でも、私は助けられました。私にとってウィル様は善人です」
ソフィアのそのまっすぐとした視線を見てウィルは疲れた表情で笑った。
「そうかい。座り給えよ」
そう言われて、ウィルと向かい合う席に座った。キッチンから一人の女性がコーンスープとパン、サラダに、肉を何切れか、紅茶、果物を持ってやってきた。そしてそれらがソフィアの目の前に並べられる。
「質素で悪いね」
「このようなお食事、私は好きです。量がたくさんあると、食べ残してしまいます」
「そう。それで君はこれからどうする?僕は手を出してしまった以上、後始末をしないといけないし」
スープを一口飲んで暖かな息を吐きだした。
「もちろん自分の屋敷に帰ります」
「それで、いろいろな問題があると思うけど、それらは解決するの?」
「家を追い出されると思うので、早く結婚相手を探さないといけません」
苦笑いを浮かべながらソフィアは言うけれども顔は腫れて、舞踏会なんて行けるわけがない。だからと言って未婚の知り合いがいるかと言われたらいるわけでもない。
「いざとなったら、メイドでもなんでもやって就職します。だから、大丈夫だと思います」
口では大丈夫だと言いながら、ソフィアの心の中は平穏ではなかった。屋敷へ戻ったら、両親とオリバー両方に詰められ、父親に結婚相手を紹介してもらえなければ、舞踏会へ行くしかない。だが顔が腫れている状態で舞踏会へは行けない。最後は公爵家か、どこかのメイドになる選択肢だけれども、メイドになれば最低三年は雇用されるために容易にやめることが出来ず、やめたところで、子爵令嬢という名目は剥奪されたと同義になり、婚期を逃した女性のレッテルを貼られる。そうすれば一生メイドとして働くしかない。
家から出て女性が働く場所というのは限られる。貴族の女性となれば少しは価値が上がるが、ソフィアは結婚するつもりしかなかったために資格もなければ、特に飛びぬけた才能もない。
心配事ばかりが頭の中に浮かび、美味しいはずの柔らかいパンの味がしない。
「それで本当に大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫です。どうにかなります」
どうにかなるという言葉は本当。でもそれは生きていく上でのどうにかなる。精神的なものはどうにもならない。目を伏せるほかない。
「僕は不思議なんだ」
「何がでしょう」
「君は十分すぎるほどに、洗礼されたレディだと思うのだけれども、なぜ結婚相手があんな男しかいなかったのか。もっといい男はいなかったの?」
確かにたくさんいた。オリバーよりも爵位が上の人、優しい人、頭の良い人、気の使える人。でもソフィアは彼らとは一緒になれなかった。
「婚約者を作るたびに、妹に奪われてしまって。何度も婚約者をとっかえひっかえしていたら売女というレッテルが貼られてしまっていたので。成人する年齢に近づくたびに、男性が近寄らなくなってしまって」
「君の妹はミアだっけ?」
「はい」
「確かに美人だったけれども、僕は君の方が好きだよ。容姿のことをつっつくと怒られるかもしれないけど、派手なのは目が痛くなる。派手な容姿というのは小説の中で十分だと思うよ」
コーヒーを飲みながらウィルはソフィアのことをうかがっていた。するとウィルの赤と金髪が混じった頭を見て噴き出すように小さく笑った。
「すみません」
「うん。こんな派手な髪した僕が言うことじゃない。まあ、だから同族嫌悪ってやつだよ。何度もこの髪を染めようとしたことか。染めたところで上手く染まらないし」
「私はウィル様の髪色素敵だと思います。私はずっと自分の髪色がコンプレックスでしたから、そう言っていただけると嬉しいです」
控えめに笑う表情は今までの固い笑顔とは全く違う。無邪気に子供が笑うような、そんな表情。それを見てウィルは胸をなでおろした。
「君がよかったら、僕にいろいろ手伝わせてくれないか?」
体を起こして体に違和感を感じた。そして顔がどんどんと赤くなっていく。
ソフィアは今、下着にウィルに借りたシャツを一枚しか着ていない。その上、引っ越してきたばかりのウィルの屋敷に客人用のベッドまで用意されておらず、ウィルがいつも寝て居るベッドを借りてしまったのだ。ソフィアもソファで寝ると言い張ったけれども、根負けしてベッドで眠った。借りたベッドだというのにぐっすり眠れた自分にソフィアは嫌気がさした。
さっさと一階へ降りて、しまおうと思ったのもつかの間、着てきたドレスはパーティー用のドレスで朝からあんなものに着替える力はソフィアにはなかった。
「どうしよう…」
困惑していたとき、突然扉がノックされた。ウィルならば部屋に入れたいけれども、個の姿は見せられない。どうしたものかと考えていた時、女性の声が聞こえた。
「ソフィア様、メイドのリリーでございます。御召し物を持ってきましたので、お着換えください」
「は、はい。ありがとうございます」
黒いワンピースドレスに白いエプロンをつけた若い女性が白いワンピースを持って入ってきた。なぜこの屋敷にそんなワンピースがあるのかソフィアには見当もつかなかったけれども、着れる服があるだけで感謝しかなかった。
その白いワンピースは首元に刺繍がされ、スカートにはフリルがついていた。
「お食事をご用意してありますので、一階へいらっしゃってください」
二人で廊下を歩いている最中、ソフィアは罪悪感ばかりが心の中を埋め尽くしていた。
「その、ウィル様は、どこで就寝なさったのかしら」
「リビングの大きなソファで寝て居らっしゃいました」
「そうでしたか」
ダイニングへ行くと、ウィルはたくさんの資料とにらみ合いながら、コーヒーを飲んでいた。朝食らしい朝食は置かれておらず、コーヒーだけ。
「おはよう。よく眠れたみたいでよかった」
「すみません。ベッドや洋服をお借りしてしまい。なんとお礼を申し上げていいのやら。とにかくありがとうございます」
両手を膝の前に置き、深々と頭を下げた。
「全部僕の偽善だよ。自己満足」
「貴方様の自己満足でも、私は助けられました。私にとってウィル様は善人です」
ソフィアのそのまっすぐとした視線を見てウィルは疲れた表情で笑った。
「そうかい。座り給えよ」
そう言われて、ウィルと向かい合う席に座った。キッチンから一人の女性がコーンスープとパン、サラダに、肉を何切れか、紅茶、果物を持ってやってきた。そしてそれらがソフィアの目の前に並べられる。
「質素で悪いね」
「このようなお食事、私は好きです。量がたくさんあると、食べ残してしまいます」
「そう。それで君はこれからどうする?僕は手を出してしまった以上、後始末をしないといけないし」
スープを一口飲んで暖かな息を吐きだした。
「もちろん自分の屋敷に帰ります」
「それで、いろいろな問題があると思うけど、それらは解決するの?」
「家を追い出されると思うので、早く結婚相手を探さないといけません」
苦笑いを浮かべながらソフィアは言うけれども顔は腫れて、舞踏会なんて行けるわけがない。だからと言って未婚の知り合いがいるかと言われたらいるわけでもない。
「いざとなったら、メイドでもなんでもやって就職します。だから、大丈夫だと思います」
口では大丈夫だと言いながら、ソフィアの心の中は平穏ではなかった。屋敷へ戻ったら、両親とオリバー両方に詰められ、父親に結婚相手を紹介してもらえなければ、舞踏会へ行くしかない。だが顔が腫れている状態で舞踏会へは行けない。最後は公爵家か、どこかのメイドになる選択肢だけれども、メイドになれば最低三年は雇用されるために容易にやめることが出来ず、やめたところで、子爵令嬢という名目は剥奪されたと同義になり、婚期を逃した女性のレッテルを貼られる。そうすれば一生メイドとして働くしかない。
家から出て女性が働く場所というのは限られる。貴族の女性となれば少しは価値が上がるが、ソフィアは結婚するつもりしかなかったために資格もなければ、特に飛びぬけた才能もない。
心配事ばかりが頭の中に浮かび、美味しいはずの柔らかいパンの味がしない。
「それで本当に大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫です。どうにかなります」
どうにかなるという言葉は本当。でもそれは生きていく上でのどうにかなる。精神的なものはどうにもならない。目を伏せるほかない。
「僕は不思議なんだ」
「何がでしょう」
「君は十分すぎるほどに、洗礼されたレディだと思うのだけれども、なぜ結婚相手があんな男しかいなかったのか。もっといい男はいなかったの?」
確かにたくさんいた。オリバーよりも爵位が上の人、優しい人、頭の良い人、気の使える人。でもソフィアは彼らとは一緒になれなかった。
「婚約者を作るたびに、妹に奪われてしまって。何度も婚約者をとっかえひっかえしていたら売女というレッテルが貼られてしまっていたので。成人する年齢に近づくたびに、男性が近寄らなくなってしまって」
「君の妹はミアだっけ?」
「はい」
「確かに美人だったけれども、僕は君の方が好きだよ。容姿のことをつっつくと怒られるかもしれないけど、派手なのは目が痛くなる。派手な容姿というのは小説の中で十分だと思うよ」
コーヒーを飲みながらウィルはソフィアのことをうかがっていた。するとウィルの赤と金髪が混じった頭を見て噴き出すように小さく笑った。
「すみません」
「うん。こんな派手な髪した僕が言うことじゃない。まあ、だから同族嫌悪ってやつだよ。何度もこの髪を染めようとしたことか。染めたところで上手く染まらないし」
「私はウィル様の髪色素敵だと思います。私はずっと自分の髪色がコンプレックスでしたから、そう言っていただけると嬉しいです」
控えめに笑う表情は今までの固い笑顔とは全く違う。無邪気に子供が笑うような、そんな表情。それを見てウィルは胸をなでおろした。
「君がよかったら、僕にいろいろ手伝わせてくれないか?」
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