7 / 17
第6話
しおりを挟む
朝目覚めていつもとは違う天井と、匂いの違う寝具を感じて、昨日のことを鮮明に思い出した。殴られた頬を触ってみると痛みは和らいだけれども、腫れてしまっている。足の傷は酷くなく、皮が少し向けたりしてしまっている程度だったので立つことも簡単にできる。
体を起こして体に違和感を感じた。そして顔がどんどんと赤くなっていく。
ソフィアは今、下着にウィルに借りたシャツを一枚しか着ていない。その上、引っ越してきたばかりのウィルの屋敷に客人用のベッドまで用意されておらず、ウィルがいつも寝て居るベッドを借りてしまったのだ。ソフィアもソファで寝ると言い張ったけれども、根負けしてベッドで眠った。借りたベッドだというのにぐっすり眠れた自分にソフィアは嫌気がさした。
さっさと一階へ降りて、しまおうと思ったのもつかの間、着てきたドレスはパーティー用のドレスで朝からあんなものに着替える力はソフィアにはなかった。
「どうしよう…」
困惑していたとき、突然扉がノックされた。ウィルならば部屋に入れたいけれども、個の姿は見せられない。どうしたものかと考えていた時、女性の声が聞こえた。
「ソフィア様、メイドのリリーでございます。御召し物を持ってきましたので、お着換えください」
「は、はい。ありがとうございます」
黒いワンピースドレスに白いエプロンをつけた若い女性が白いワンピースを持って入ってきた。なぜこの屋敷にそんなワンピースがあるのかソフィアには見当もつかなかったけれども、着れる服があるだけで感謝しかなかった。
その白いワンピースは首元に刺繍がされ、スカートにはフリルがついていた。
「お食事をご用意してありますので、一階へいらっしゃってください」
二人で廊下を歩いている最中、ソフィアは罪悪感ばかりが心の中を埋め尽くしていた。
「その、ウィル様は、どこで就寝なさったのかしら」
「リビングの大きなソファで寝て居らっしゃいました」
「そうでしたか」
ダイニングへ行くと、ウィルはたくさんの資料とにらみ合いながら、コーヒーを飲んでいた。朝食らしい朝食は置かれておらず、コーヒーだけ。
「おはよう。よく眠れたみたいでよかった」
「すみません。ベッドや洋服をお借りしてしまい。なんとお礼を申し上げていいのやら。とにかくありがとうございます」
両手を膝の前に置き、深々と頭を下げた。
「全部僕の偽善だよ。自己満足」
「貴方様の自己満足でも、私は助けられました。私にとってウィル様は善人です」
ソフィアのそのまっすぐとした視線を見てウィルは疲れた表情で笑った。
「そうかい。座り給えよ」
そう言われて、ウィルと向かい合う席に座った。キッチンから一人の女性がコーンスープとパン、サラダに、肉を何切れか、紅茶、果物を持ってやってきた。そしてそれらがソフィアの目の前に並べられる。
「質素で悪いね」
「このようなお食事、私は好きです。量がたくさんあると、食べ残してしまいます」
「そう。それで君はこれからどうする?僕は手を出してしまった以上、後始末をしないといけないし」
スープを一口飲んで暖かな息を吐きだした。
「もちろん自分の屋敷に帰ります」
「それで、いろいろな問題があると思うけど、それらは解決するの?」
「家を追い出されると思うので、早く結婚相手を探さないといけません」
苦笑いを浮かべながらソフィアは言うけれども顔は腫れて、舞踏会なんて行けるわけがない。だからと言って未婚の知り合いがいるかと言われたらいるわけでもない。
「いざとなったら、メイドでもなんでもやって就職します。だから、大丈夫だと思います」
口では大丈夫だと言いながら、ソフィアの心の中は平穏ではなかった。屋敷へ戻ったら、両親とオリバー両方に詰められ、父親に結婚相手を紹介してもらえなければ、舞踏会へ行くしかない。だが顔が腫れている状態で舞踏会へは行けない。最後は公爵家か、どこかのメイドになる選択肢だけれども、メイドになれば最低三年は雇用されるために容易にやめることが出来ず、やめたところで、子爵令嬢という名目は剥奪されたと同義になり、婚期を逃した女性のレッテルを貼られる。そうすれば一生メイドとして働くしかない。
家から出て女性が働く場所というのは限られる。貴族の女性となれば少しは価値が上がるが、ソフィアは結婚するつもりしかなかったために資格もなければ、特に飛びぬけた才能もない。
心配事ばかりが頭の中に浮かび、美味しいはずの柔らかいパンの味がしない。
「それで本当に大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫です。どうにかなります」
どうにかなるという言葉は本当。でもそれは生きていく上でのどうにかなる。精神的なものはどうにもならない。目を伏せるほかない。
「僕は不思議なんだ」
「何がでしょう」
「君は十分すぎるほどに、洗礼されたレディだと思うのだけれども、なぜ結婚相手があんな男しかいなかったのか。もっといい男はいなかったの?」
確かにたくさんいた。オリバーよりも爵位が上の人、優しい人、頭の良い人、気の使える人。でもソフィアは彼らとは一緒になれなかった。
「婚約者を作るたびに、妹に奪われてしまって。何度も婚約者をとっかえひっかえしていたら売女というレッテルが貼られてしまっていたので。成人する年齢に近づくたびに、男性が近寄らなくなってしまって」
「君の妹はミアだっけ?」
「はい」
「確かに美人だったけれども、僕は君の方が好きだよ。容姿のことをつっつくと怒られるかもしれないけど、派手なのは目が痛くなる。派手な容姿というのは小説の中で十分だと思うよ」
コーヒーを飲みながらウィルはソフィアのことをうかがっていた。するとウィルの赤と金髪が混じった頭を見て噴き出すように小さく笑った。
「すみません」
「うん。こんな派手な髪した僕が言うことじゃない。まあ、だから同族嫌悪ってやつだよ。何度もこの髪を染めようとしたことか。染めたところで上手く染まらないし」
「私はウィル様の髪色素敵だと思います。私はずっと自分の髪色がコンプレックスでしたから、そう言っていただけると嬉しいです」
控えめに笑う表情は今までの固い笑顔とは全く違う。無邪気に子供が笑うような、そんな表情。それを見てウィルは胸をなでおろした。
「君がよかったら、僕にいろいろ手伝わせてくれないか?」
体を起こして体に違和感を感じた。そして顔がどんどんと赤くなっていく。
ソフィアは今、下着にウィルに借りたシャツを一枚しか着ていない。その上、引っ越してきたばかりのウィルの屋敷に客人用のベッドまで用意されておらず、ウィルがいつも寝て居るベッドを借りてしまったのだ。ソフィアもソファで寝ると言い張ったけれども、根負けしてベッドで眠った。借りたベッドだというのにぐっすり眠れた自分にソフィアは嫌気がさした。
さっさと一階へ降りて、しまおうと思ったのもつかの間、着てきたドレスはパーティー用のドレスで朝からあんなものに着替える力はソフィアにはなかった。
「どうしよう…」
困惑していたとき、突然扉がノックされた。ウィルならば部屋に入れたいけれども、個の姿は見せられない。どうしたものかと考えていた時、女性の声が聞こえた。
「ソフィア様、メイドのリリーでございます。御召し物を持ってきましたので、お着換えください」
「は、はい。ありがとうございます」
黒いワンピースドレスに白いエプロンをつけた若い女性が白いワンピースを持って入ってきた。なぜこの屋敷にそんなワンピースがあるのかソフィアには見当もつかなかったけれども、着れる服があるだけで感謝しかなかった。
その白いワンピースは首元に刺繍がされ、スカートにはフリルがついていた。
「お食事をご用意してありますので、一階へいらっしゃってください」
二人で廊下を歩いている最中、ソフィアは罪悪感ばかりが心の中を埋め尽くしていた。
「その、ウィル様は、どこで就寝なさったのかしら」
「リビングの大きなソファで寝て居らっしゃいました」
「そうでしたか」
ダイニングへ行くと、ウィルはたくさんの資料とにらみ合いながら、コーヒーを飲んでいた。朝食らしい朝食は置かれておらず、コーヒーだけ。
「おはよう。よく眠れたみたいでよかった」
「すみません。ベッドや洋服をお借りしてしまい。なんとお礼を申し上げていいのやら。とにかくありがとうございます」
両手を膝の前に置き、深々と頭を下げた。
「全部僕の偽善だよ。自己満足」
「貴方様の自己満足でも、私は助けられました。私にとってウィル様は善人です」
ソフィアのそのまっすぐとした視線を見てウィルは疲れた表情で笑った。
「そうかい。座り給えよ」
そう言われて、ウィルと向かい合う席に座った。キッチンから一人の女性がコーンスープとパン、サラダに、肉を何切れか、紅茶、果物を持ってやってきた。そしてそれらがソフィアの目の前に並べられる。
「質素で悪いね」
「このようなお食事、私は好きです。量がたくさんあると、食べ残してしまいます」
「そう。それで君はこれからどうする?僕は手を出してしまった以上、後始末をしないといけないし」
スープを一口飲んで暖かな息を吐きだした。
「もちろん自分の屋敷に帰ります」
「それで、いろいろな問題があると思うけど、それらは解決するの?」
「家を追い出されると思うので、早く結婚相手を探さないといけません」
苦笑いを浮かべながらソフィアは言うけれども顔は腫れて、舞踏会なんて行けるわけがない。だからと言って未婚の知り合いがいるかと言われたらいるわけでもない。
「いざとなったら、メイドでもなんでもやって就職します。だから、大丈夫だと思います」
口では大丈夫だと言いながら、ソフィアの心の中は平穏ではなかった。屋敷へ戻ったら、両親とオリバー両方に詰められ、父親に結婚相手を紹介してもらえなければ、舞踏会へ行くしかない。だが顔が腫れている状態で舞踏会へは行けない。最後は公爵家か、どこかのメイドになる選択肢だけれども、メイドになれば最低三年は雇用されるために容易にやめることが出来ず、やめたところで、子爵令嬢という名目は剥奪されたと同義になり、婚期を逃した女性のレッテルを貼られる。そうすれば一生メイドとして働くしかない。
家から出て女性が働く場所というのは限られる。貴族の女性となれば少しは価値が上がるが、ソフィアは結婚するつもりしかなかったために資格もなければ、特に飛びぬけた才能もない。
心配事ばかりが頭の中に浮かび、美味しいはずの柔らかいパンの味がしない。
「それで本当に大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫です。どうにかなります」
どうにかなるという言葉は本当。でもそれは生きていく上でのどうにかなる。精神的なものはどうにもならない。目を伏せるほかない。
「僕は不思議なんだ」
「何がでしょう」
「君は十分すぎるほどに、洗礼されたレディだと思うのだけれども、なぜ結婚相手があんな男しかいなかったのか。もっといい男はいなかったの?」
確かにたくさんいた。オリバーよりも爵位が上の人、優しい人、頭の良い人、気の使える人。でもソフィアは彼らとは一緒になれなかった。
「婚約者を作るたびに、妹に奪われてしまって。何度も婚約者をとっかえひっかえしていたら売女というレッテルが貼られてしまっていたので。成人する年齢に近づくたびに、男性が近寄らなくなってしまって」
「君の妹はミアだっけ?」
「はい」
「確かに美人だったけれども、僕は君の方が好きだよ。容姿のことをつっつくと怒られるかもしれないけど、派手なのは目が痛くなる。派手な容姿というのは小説の中で十分だと思うよ」
コーヒーを飲みながらウィルはソフィアのことをうかがっていた。するとウィルの赤と金髪が混じった頭を見て噴き出すように小さく笑った。
「すみません」
「うん。こんな派手な髪した僕が言うことじゃない。まあ、だから同族嫌悪ってやつだよ。何度もこの髪を染めようとしたことか。染めたところで上手く染まらないし」
「私はウィル様の髪色素敵だと思います。私はずっと自分の髪色がコンプレックスでしたから、そう言っていただけると嬉しいです」
控えめに笑う表情は今までの固い笑顔とは全く違う。無邪気に子供が笑うような、そんな表情。それを見てウィルは胸をなでおろした。
「君がよかったら、僕にいろいろ手伝わせてくれないか?」
28
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
【完結】双子の妹にはめられて力を失った廃棄予定の聖女は、王太子殿下に求婚される~聖女から王妃への転職はありでしょうか?~
美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
聖女イリーナ、聖女エレーネ。
二人の双子の姉妹は王都を守護する聖女として仕えてきた。
しかし王都に厄災が降り注ぎ、守りの大魔方陣を使わなくてはいけないことに。
この大魔方陣を使えば自身の魔力は尽きてしまう。
そのため、もう二度と聖女には戻れない。
その役割に選ばれたのは妹のエレーネだった。
ただエレーネは魔力こそ多いものの体が弱く、とても耐えられないと姉に懇願する。
するとイリーナは妹を不憫に思い、自らが変わり出る。
力のないイリーナは厄災の前線で傷つきながらもその力を発動する。
ボロボロになったイリーナを見下げ、ただエレーネは微笑んだ。
自ら滅びてくれてありがとうと――
この物語はフィクションであり、ご都合主義な場合がございます。
完結マークがついているものは、完結済ですので安心してお読みください。
また、高評価いただけましたら長編に切り替える場合もございます。
その際は本編追加等にて、告知させていただきますのでその際はよろしくお願いいたします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました
青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。
それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
泣きたいくらい幸せよ
仏白目
恋愛
アーリング王国の第一王女リディアは、幼い頃に国と国の繋がりの為に、シュバルツ王国のアインリヒ王太子と婚約者になった
お互い絵姿しか見た事がない関係、婚約者同士の手紙のやり取りも季節の挨拶程度、シュバルツ王国側から送られて来る手紙やプレゼントは代理の者がいるのだろう それはアーリング王国側もそうであったからだ
2年前にシュバルツ王国の国王は崩御して、アインリヒが国王になった
現在、リディア王女は15歳になったが、婚約者からの結婚の打診が無い
父のアーリング国王がシュバルツ王国にそろそろ進めないかと、持ちかけたがツレない返事が返ってきた
シュバルツ王国との縁を作りたいアーリング国王はリディアの美しさを武器に籠絡して来いと王命をだす。
『一度でも会えば私の虜になるはず!』と自信満々なリディア王女はシュバルツ王国に向かう事になった、私の美しさを引き立てる妹チェルシーを連れて・・・
*作者ご都合主義の世界観でのフィクションです。
**アインリヒsideも少しずつ書いてます
その出会い、運命につき。
あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる